07.でも、ありがとう
今回から若干時系列が前後します。
少し複雑になりますが、よろしくお願いします。
「ふわーあ。」
起床、11時半。
昨日は金曜だったから、今日は土曜。公立高校だから土曜授業はなし。目覚ましもかけずにたっぷり10時間睡眠を取ると逆に寝すぎてだるくなってくる。
しかし、有意義だ。凛は真面目に部活行ってるし、母さんは仕事。誰も俺の休日を邪魔するものはいない。とりあえずまずは朝ご飯兼昼ご飯として貯蔵してあるカップラーメンを食べてだな……。
ティロン。そんなことを考えているとそばに置いてあったラインの通知が鳴る。恐る恐る見てみるとやはり開登からだった。
今日遊ぼうぜ!お前暇だろ。
俺は12時半でいいか?と返信する。開登が送ってきたように毎日が暇なので断る理由はない。送った瞬間既読マークが速攻で着いて、おっけー、お前の家行くわと返信が返ってくる。
まあいずれにしてもカップラーメンを食べる時間はあるだろう。そうだな、今日は味噌にしようかな。
そんなことを思いながらお湯を沸かしているとピンポーンとインターホンが鳴る。
「開登…?」
まさか、まさかね……。ついさっき連絡入れたばかりなのにいくら何でも早すぎる。それにまだ待ち合わせ時刻の1時間前だ。
嫌な予感はしつつも、家の中のモニターから応答をする。
「……はい。」
「入江です!」
どんぴしゃり。モニターに映ったのは黒ジャンバーの私服に身を包んだ入江開登だった。
「……どうぞ。お入りください。」
引き返すわけにもいかなく、こう言う他なかった。
「で、何でこんな早いんだよ。マッハ何だよお前。」
「君と僕の愛の力がここに呼び寄せたんだよ。」
「帰ってくれ。」
「いやごめんごめんって!お湯をぶっかけるのだけはやめて!」
全く、朝から何をしているんだか俺は……。
「種明かしをしますと、返信が来る前にもうすでに家を出ていました。」
「お前、暇だよなあ……。」
「そこはお互い様じゃな。」
こんな時間に開登が家にいるって何かシュールだ。小さい頃はよく菜月を合わせて家に招いたりはしていたけど中学に上がったあたりからめっきりなくなった。
「ま、開登に聞きたいこともあったし丁度いいな。」
「何でもじゃんじゃん来なさい。」
と言いつつうちのリビングのソファーに殿様のように腰かける。じゃあ遠慮なく問いただそう。
「お前、部活本当に作るのか?」
俺が聞きたかったことと言うのは部活のことだった。その話を初めてされたのは始業式の前日、あの日だったけど、新学期は忙しかったので流れていた。
「お前さえ入れば作るつもりだぞ。」
「じゃあ俺が入ったとして、どういう部活を作るんだ?」
「そりゃ楽しい部活でしょう。」
「ああ、言い方が悪かったな。どんな内容の部活を作るんだ?」
俺がそう言うと開登は少し考えた。それを見るに、あまり現段階では構想は練っていないみたいだ。
「俺もあんまり考えてないんだけど、あえてぼかして言うなら、運動部と文化部の活動内容を足して2以下の数で割った……って感じかな。」
「なんだそりゃ、割り切れないじゃん。」
「そ、余りが出ちゃうんだ。」
開登のその言葉はやけに深く、捉え方によって色々な考え方が出来た。
「要は運動部と文化部を上手く合わせて、かつ、それ以上の楽しい活動をしましょうってことよ。」
「そんなこと出来るのか?」
俺の意見はもっともだと思った。そんな部活があったら皆入るだろうに。俺みたいな退部者を出さずに済む、まるで夢のような計画じゃないか。
「出来るのか?じゃない。俺らが創始者になるんだよ。」
そう語る開登はなんだか楽しそうだった。まるで部活でバスケをやっているときのような……。俺は同じ部活では無かったけど、なんだか、部活をやっていた頃の開登の方がいきいきしてた気はする。
「そうそう、後、俺の方からも聞きたいことがあったんだ。」
「何だ?」
「昨日の放課後のこと。一緒に帰らない?って言われてたじゃん。」
俺はお湯を沸かしながら急すぎる質問にびっくりする。
「って聞いてたのかよお前……。」
「なんか久しぶりだね。こうして帰るの。」
俺はあの後、二人で帰った。あの流れで断るのは気が引けたし、帰りは一人より二人の方がずっといい。駅までは歩いて10分くらいでそこからは電車だ。
「ほんとだな。小学校の通学班以来じゃないか?」
ただ、高校生の女子が隣にいるというのはやはり色々意識してしまう。少し、ほんの少しだけ後悔したがこんな日もあるよね、と割り切った。
「うわ懐かしい!あの頃の修、自分で班長になる!とか言って仕切ってたよね。」
通学班というのは小学生お馴染みの下校班で。同じ学年で家の近い人どうしが班で固まって下校しましょうという流れだ。
その頃は俺も修もまだ引っ越していなかったから3人の班は当然一緒だった。
「今思い返すと恥ずかしいな……。黒歴史って怖いわ。」
俺がたびたび横で歩く菜月のことを意識してるのにもかかわらず、当の菜月朱音本人は全く気にかけてないようだった。まあ意識してたらぎこちないってレベルじゃないし、いつもの菜月が丁度いい。
「で、そこに開登が俺が班長だ!って言って毎回喧嘩になってたよね?懐かしいねえ。」
「なんでそんな詳しく覚えてんだよ……。」
にしても今の快楽主義の開登からはそんな姿想像もつかない。
「修だってどこか記憶の片隅に残っているとは思うよ?」
そう言われて俺は無い脳を振り絞って記憶の引き出しから引っ張り出す。
「あ、俺も思い出した。それで喧嘩になってるときに菜月が喧嘩はだめだよって割り込んできて、俺と修を武力で蹴散らして班長やってたんだ。」
「何それ!?それこそ私記憶にないんだけど!」
「多分お前自分の都合のいいことしか覚えてないんじゃね?」
小学時代のことなんか最近は考えてもいなかったけど、一つ引っ張り出せれば色々なことが蘇ってくるものだ。
「だって私覚えてないもの。私が覚えてないものは認めません。」
「いやそれこそ勝てねえよ!」
なんだか楽しかった。童心に帰ると言うけれど、こうして菜月と二人きりで話しているとまるで少年時代を思い出すのだ。
「……なあ、話は変わるけど一つ聞いていいか。」
「……何?」
俺は駅に向かって動かしていた足を止めた。それに反応して、菜月の足も止まる。
「何で今日帰ろうって言ってくれたんだ?」
それを聞くと菜月は俺から目を逸らしてぶっきらぼうに言った。
「何となく……よ。」
そして勝手に菜月は歩き出した。俺はそれ以上何も聞かなかった。と、いうより聞けなかったのだ。菜月がこの話をあまりされたくないのは態度から分かった。
そうこうしているうちに学校の最寄り駅に着いた。電車の電光掲示板を見るともう次の電車が来るとのことで、俺と菜月は猛ダッシュでホームへ。そして電車に乗り込んだ。
電車は満員というわけでもなく、ところどころ席が空いてる程度だったが、2席連続で空いている席というのはなく、1席ずつしか空いていなかった。
「……座れよ。」
俺はそう言いつつ、思わず菜月から目を逸らしてしまった。こんなことを言っている自分を想像するだけで恥ずかしくなってしまう。全く何をやっているんだか。
「……いいの?」
「俺は立ってる方が好きなんだ。」
「素直じゃないわねえ。」
菜月はクスクス笑いながらも、席に着いた。同時に電車のドアが閉まる。
「……でも、ありがとう。」
菜月はそう言って顔は動かさずに、目だけ上に動かして上目遣い。本人は何気ない仕草だったろうが、俺はドキッとした。
あれ、こいつって……
こんな可愛かったっけ……。