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俺が部活を辞めた日  作者: 明戸
最終章 On The Rooftop
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54.ずっと、何度でも

 あの時とは違かった。気持ちも、状況も、何もかも。それはとても深く、一瞬ここがどこであるのかも忘れるほどだった。


 でも、そんな甘い時間は長くは続かなかった。気がつくと、ゆっくり菜月の唇は離れていって、


 終わってしまった。


「……ごめん。」


 そして、短くそう言った。


「……こっちこそ、ごめん。」


 俺はこう返す他なかった。菜月朱音のことを振ってしまった罪悪感はあった。でも、俺の気持ちは揺るがない。


「……いいの。振られたってことは私に落ち度があったんだから。」


 落ち度。その単語を聞いた瞬間にドキッとした。菜月に落ち度はあったのだろうか。いつも明るくて、気さくな菜月に落ち度は……。


「栞のこと、好きなんでしょ?」


 俺の胸の鼓動がその瞬間、急加速し始めた。


 なんで、知ってるんだ?そして知った上で、菜月は告白してきたのか……?


 だとしたら、そんな悲しいこと、あっていいわけないじゃないか。


「……いつから、気づいていたんだ?」


 今更否定する意味もなかった。


「何となく、よ。」

「何となくって、何だよ……。」


 でも、菜月が何かを隠しているようには見えなかった。この期に及んで何かを隠すというのは非現実的だし、思いのままを喋っている、そんな風に見えた。


「だって、お似合いだもん。2人。」


 菜月朱音は心の底から悲しそうな顔をしていた。そうさせたのは俺なのだろうか。後ろ向きの考え方はどんどん連鎖していく。


 菜月にこう言われたのは正直に嬉しかった。でも、誰かが言ってた。誰かが幸せになると、誰かがその分不幸になるって。


「……ありがとう。」

「礼なんか言いわよ……。早く行きなさいよ。」

「行くって……。」

「栞が待ってるんでしょ。屋上で。」


 俺はまたドキッとした。何で、知っているんだ。それだけが疑問符となって頭の中を埋め尽くした。


「何で……。」

「栞からそうラインが来たの。ついさっき。」


 俺はそれを聞くと、教室の掛け時計で時間を確認した。17時40分。待ち合わせに10分も遅れてしまった。


 俺は席を片付け、立ち上がった。


「ありがとう。」


 もう謝りつくした。それでも謝り切れないくらいだったけど、逃げていちゃ先に進めない。強気でいることの大切さを教えてくれたのは今も昔も菜月……いや、


「本当にありがとう、朱音。」


 朱音、だった。


「頑張って……修。」


 俺はそのまま振り返らなかった。教室を出ると俺は全力で走り出した。少しでも、1秒でも早くあの人の場所へ……。


 時間に遅れるかもしれないとは言った。けど、10分遅れは許されない。


 階段を1段飛ばしで上がっていく。息も完全に上がっていた。正直言って帰宅部にこのハードな運動はつらい。でも、止まることは許されなかった。


 1段……もう1段……と上がっていく。


 そして、屋上へと繋がる扉が見えてきた。このドアを開けるのは2回目。階段を駆けながら今の自分の気持ちを整理した。


 ゆっくりと考えている暇はなかった。でも今更考えることもよくよく考えればないようにも見えた。


 今の俺に出来ることは、あいつに会うことだけ……!


 バタン!


 俺は勢いよくドアを開けた。これで花園が痺れを切らして帰ってしまっていたらそれは笑い話にもならなかった。


 が、その後ろ姿は、どう見ても花園栞本人だった。透き通るような肌、見ただけで分かるさらさらな髪を後ろで1つにポニーテールでまとめた髪型。そして小柄な身長。


「花園!!」


 俺は本能の赴くままに叫んだ。絶対に聞き取ってもらえるように。


 名前を呼ばれたその少女はゆっくりと振り返った。


「やっと、会えたね……。」


 帰ってなど、いなかった。花園栞はただ1人、そこに立っていた。


「遅れてごめん……って言ったって遅れすぎか。」

「でも、待ってた。来てくれるって信じてたから。」


 俺は胸のドキドキが止まらなかった。その理由は花園に思いを伝えるからじゃなかった。


 このシチュエーションが、始業式の前日のあの日の、あの海の前で告白されたときと全く同じだったからだった。


 あの日も、あの時も、こんな感じで……。


「ねえ、神谷君。」


 でも、その時とは1つ、確実に違うものがあった。


 それは花園栞の表情だった。


「……?」

「始業式の前日のあの日のこと、覚えてる?」

「……覚えてるよ。」


 あの時の表情はどこか自分に自信がなさそうだった。声も消え入りそうなトーンだった。


 でも、この半年間ゆっくりと変わっていった。そんな気がする。体育祭は自らが出れなくても声を出して応援してくれた。


「なんか今思い返すのも恥ずかしいくらいなんだけどね……。」

「俺も恥ずかしいし、お互い様、かもな。」

「でも、あの日が無かったら、ここまで来れなかったようにも思えるの。不思議な話だけどね。」


 色々葛藤があっただろう。俺も、花園も、そして菜月も。


 そしてその葛藤を乗り越えて出した答えが、今ここにいる理由だ。


「俺もそう思う。2年になってから、楽しかったもん。」

「私も、そう思う。皆といる時が何をしている時よりも一番楽しかった。」


「……中でも神谷君といる時が。」


 胸のドキドキが最高潮に達した。


 始業式の前日のあの日とは色々な意味で比べ物にならなかった。人を本気で好きになるって、こんなに辛いことなのか……。


「神谷君。」


 花園の目がより真剣な眼差しになった。


「告白、していいですか。」


 俺も真剣な眼差しで、答えた。


「はい。」


 日が暮れ始めた空を駆け抜けるように、冷たい秋風が吹いた。


 そして俺は気づいた。これはあの始業式の前日の日と違うものがもう1つあったことに。


 それは俺の心境の変化だった。


「1度振られても、ずっとずっと、好きでした。ここまで好きになれたのも、全部神谷君が素敵な人だったからです。」


 俺は息を呑んだ。


「もう1回、言います。何度でも言います。」


「あなたのことが、好きです。」

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