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俺が部活を辞めた日  作者: 明戸
最終章 On The Rooftop
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53.告白

 時が経つのは早いものだ。体育祭、あの夏の泊まりはもちろん、始業式の前日のあの日さえ、ほんの少し前のことのように思えてくる。


 そして、この文化祭だってそのうちの1つだ。ついさっき1日目が始まったばっかのようにも思えるのに、


「では文化祭お疲れ様でしたー!」


 もう、終わってしまった。


 河辺先生が最後を締めくくり、写真を撮り終わると、皆は一目散に校庭へと向かった。恐らく18時から打ち上げられる花火を見るためだろう。


 屋上に全校生徒が入ることは不可能なので、屋上で見ることは禁止されている。


 でも、俺の目的地はそこじゃなかった。あたりを見渡してみると、菜月も、花園の姿もなかった。


「ついに、か。」


 俺は息を飲んだ。そして胸に手を当てた。


 なんだろう、この緊張感は。去年の文化祭とは大違いだ。でも、もう決意は決めている。だから、俺は胸を張って歩いた。


 時刻は17時23分。もう理科講義室はすぐそこ。胸がドクンドクンと鼓動する。もう振り返らない、そう決めたはずなのに余計に決意が揺らぐ。


 そして、とうとう着いてしまった。中は電気がついている。


 一瞬、入るのをためらった。それは菜月がどうとかでなく、俺自身にもう1度問いかけていたからだ。己の出した答えを。


 俺は頷いた。そしてゆっくりとドアを開けた。


「……よお。」

「……遅かったじゃん。」


 そこにいたのは、約束通り菜月朱音だった。そして俺は教室内に飾ってある時計を見て言った。


「これでも5分前には来てるんだけどな。」


 時計の時刻は17時25分を指していた。花園も17時半に屋上で待っている。


「あんた私の性格知った上でそんなこと言ってるの?私が何時に来るかは置いといて、あんたは絶対先に来るものなの!」


 いつも通りだった。あの泊まりの日からどことなく隔てられていた壁は、どういうわけかすっかりなくなっていた。


 だから、いつも通りめちゃくちゃだった。理論や、話の流れを完全無視してもうめちゃくちゃ。


 でも、それがよかった。菜月朱音はやっぱりこうじゃなくっちゃ。


「いや俺に非あるかよ今の!?」

「あるわある!十二分にある!今すぐに謝って!」

「いや話飛躍しすぎじゃね……。」

「うるさい早く!」


 やれやれとしか言えなかったが、ここで謝らないと話が先に進まなそうだった。


「……すまん。」


 不本意というか、俺が謝っている理由が全く分からなかった。というか2人とも時間より早く来るって最高すぎる条件のはずなのに……。


「ふ……ふふ……。」


 そして謝らせた張本人、もとい悪童の菜月は笑いを隠しきれない様子だった。なんだか謝罪をスルーされたかのような気がしてとても恥ずかしくなってくる。


「な、なんだよいきなり……。」

「いや、なんか平和だなあって。」


 平和と言えば平和なのかもしれない。ここ最近はぴりぴりしている雰囲気だったけど、裏を返せば青春を送れていること自体がそれだけで平和。


「そうだな、平和だな。」

「ねえ、あんた昔のこと覚えてる?」

「昔なんてお前と馬鹿やりすぎて忘れちまったよ……。」


 そして、俺と菜月は机の下にしまってあったイスを出して、並んで座った。


「……私も。」

「……。」


 俺は質問の意図がいまいち分からなかった。だから今は菜月朱音の話を聞くことだけに集中した。


「でもさ、今だから言えることもある。」

「?」

「私、小4で引っ越して、修と開登と離れ離れになっちゃうの本当に嫌だったんだ。」


 それは今でも鮮明に覚えていた。子供心ながら、まさか菜月がいなくなるなんて思いもしなかった。


「お父さんとかお母さんにもやめるよう言ったんだけど、仕方ないことだって言われてね。強引に決められちゃった。今話すのすらすごい恥ずかしいんだけどね。」

「……俺もだ。」


 口が勝手に動いていた。


「え?」

「俺も、お前がいなくなるの、凄い寂しかった。」


 菜月と目を合わせることが出来なかった。今目を合わせたら吸い込まれそうな気がして。


「修がそう言ってくれるの、初めてじゃない……?」

「そうか?」

「うん。いつもあんたはいつも冷めたふりしてて、おまけにぶっきらぼうで、おおざっぱで、たまにアホで……。」

「いや言い過ぎだろ……。」


 これが菜月朱音の本音なのか。長い間接してきて恐らく初めて聞いた、そんな気がした。


「でも、たまに優しくって、たまにテニス上手くて、たまに頼りになる。」


 胸がドキンと大きな音を立てて鳴った。まただ。また胸の鼓動が早くなって……。


 でも、俺は即座に理解した。これは今までのとは違う。重みが違う。今までのなんか比にならないくらいのドキドキだった。


「菜月が俺のこと褒めるなんて珍しいな。」

「たまに、だけどね。」


 その瞬間だった。俺の左の制服の裾がぎゅっと掴まれた。手の主は他でもない、菜月朱音だ。


 そして、無意識のうちに体が左に90度回転した。菜月は右に90度回転して、俺と真正面に向かい合う。


「長くなってごめん。」


 俺の胸のドキドキは最高潮に達していた。俺の前にいる菜月は正視できないほどの輝きを放っていた。


「今日はこれを言うためにここに来てもらったのに、ね。」


 ふと、小さい頃を思い出した。


 俺よりもずっと背が高くて、ずっと運動神経がよくて、ずっとかわいかった。菜月朱音。


 しかし今は俺の方が背が高いし、俺のほうがさすがに運動できるし、容姿は……どうだろうか。


「私、菜月朱音は。」


 楽しかった。楽しすぎた。小さい頃から今に至るまで。


 今年、小学生の頃ぶりに同じクラスになって、そこから体育祭、お泊り、文化祭、マネージャーとかでもめたこともあったっけ。


「ずっとずっと……あなたのことが。」


 くそ……思い出は尽きない。尽きないのに……。


「神谷修君のことが、大好きでした。」


 なんで、涙が止まらないんだろう。


 振らなきゃいけないからって分かり切っているから?


「ごめん。」


 そして俺の手に、涙が滴った。そして、1度落ちてしまった涙はもう自分でコントロールできなくなる。


「ごめん……!ごめんごめんごめん……!!」

「なんで、あんたが泣いてんのよ……。」


 菜月はしゃくり上げたような声で返答した。


 菜月の目からも、大粒の涙が出ていた。古い学校の木のイスは涙で塗りつぶされていく。


「ごめん……朱音……。」


 自然とそう呼んでいた。子供の頃を思い出したのかもしれない。


「やっと、そう呼んでくれたね……。」


 俺の頬に両手が触れた。もう、動けない。


 そして、ゆっくりと菜月の綺麗な顔が近づいてくる。


「今度は聞かせて。」


「キスしてもいい?」

「……いいよ。」


 そして、ゆっくりと唇が重なった。

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