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俺が部活を辞めた日  作者: 明戸
最終章 On The Rooftop
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52.ダイスキ!!

「……いない。」


 私は文化祭中の校内を探し回っていました。1階から2階へ、東へ西へ。


 でも、どこにも見慣れた朱音ちゃんの姿はありませんでした。いないはずはない、だとするとどこかで入れ違いになったのかも……。


 こうしている間にも刻々と時間は過ぎていきます。その分入江君を待たせることになるし、その分、17時30分までの時間も縮まっていきます。


 その時でした。私は唯一行ってない場所があることに気が付きます。


 私は息を呑みました。


「また、あそこに行くの……。」




 俺は携帯の画面を見ながら動揺が止まらなかった。俺は今まで、2人の女性の間で悩んでいた。菜月朱音から17時半に理科講義室に来て、と言われ、花園栞からも17時半に屋上に来て、と言われた。


 もしかすると、告白かもしれない。でも、そのもしかするとじゃないとしたら、俺から告白するチャンスになる。


 でももう意中の人は1人に定まっている。正確には来栖と保健室で話したあの日、俺は部活を辞めた経緯を誰かに言うことで、肩の荷が降りた、そんな気がした。


 そしてこうしている間にも、時間は過ぎていく。運命の時、17時半まで。


 俺は1人で文化祭を見て回っていた。そういえば、菜月や花園のことばっかりで、開登は今どこで何をしているのか。


 何となく、開登にラインを送ってみた。今、何しているのかと。


 すると文化祭中にも関わらず、返信はとても早く一瞬で既読マークがついた後、その3秒後に短くこう送られてきた。


 チュロス1人で食べてる、と。


 俺はそのラインを見ると苦笑いをしてしまったが、その直後、またラインが送られてきた。


 お前暇?暇だったらチュロス屋に来てくれ、と。


 俺が暇を持て余しているの前提で送ってきているのが微妙な気持ちにさせるが、現に俺も1人だったから都合が悪いわけではなかった。


 俺は真っすぐにチュロス屋へと向かった。




 また、ここに来ちゃった……。


 後悔まみれの私の体を、秋風が通り抜ける。今日が全てを決める大事な日だなんて、こんな清々しい昼からは想像もつかない。


 でも、そんな大切な日に私は1人で何をやっているんだろう……。


 私は何を求めに、ここへ来たんだろう。誰かに、いや修にまた見つけてほしいから?違う。ここに来ると何だか落ち着く。ただ単に安らぎを求めているのかも。


 そして、その時でした。私の背後で、屋上の古い扉がギギギギと音を立てて開く音がしました。


 私は反射的に振り返る。そして、扉の向こうから顔を出したのは……。


「やっぱり、ここにいたんだね。」


 ある意味、今一番会いたくない人、だった。



 私の予想は的中しました。私がドアを開けると、そこに立っていたのは紛れもない、朱音ちゃん本人でした。


 朱音ちゃんは驚きのあまり、声も出ない様子でした。それもそのはず、朱音ちゃん側からしたらいきなり私が姿を現したらびっくりするでしょう。


 でも、私は違った。やっと朱音ちゃんに言いたいことを言える。私にとっては唯一の、そして最後のチャンスだったのです。


「朱音ちゃん。」


 前、屋上で話した時は朱音ちゃんが自分のしたいことを思うがままに喋っただけだった。じゃあさ、今度は私がやり返してもいいんだよね?


「……どうしたの。」

「私も今日、告白する。神谷君に。」

「……!!」


 朱音ちゃんは無言。一瞬驚いたような表情を出すも、何となくこうなることを予想していた素振りでした。


 そしてしばらくの間、沈黙が流れます。私は朱音ちゃんが口を開く気のないことを悟ると、短く言いました。


「私が今言いたいのはこれだけ。ごめんね。時間取っちゃって。」


 そして、私は朱音ちゃんの返答も聞かないまま、背をくるりと向けて歩き始めました。


 これでよかったのかな、一瞬そう思いました。でも言いたいことは言えたし、もう満足かな。


 これで後は告白するだけ……。そんなことをふと思ったその瞬間でした。


「待って!!」


 私は自然と立ち止まっていました。いやだめだ私。私は何をしに屋上まで上ってきたの?入江君も置き去りにして。


 仲直り、しに来たんでしょ?


「私、好きだから。」


 もうそこに立っていたのはいつもの明るい朱音ちゃんでした。これだけ一緒にいれば直感でも分かります。


「……神谷君を?」

「修もそうだけど……私は……私は……。」


 朱音ちゃんはいつもの声で、言い放ちました。


「栞が好き!!ダイスキ!!」


 その瞬間、私の体は電流が走ったかのように刺激を受けました。


 そうだよ。私達ってこうあるべきなんだ。


「自己中で、自分勝手なことばっかやってきて、今更何だよって思われるかもしれないけど……それでも栞のことが……栞のことが……。」

「私も朱音ちゃんのこと、ダイスキ。」


 私は朱音ちゃんの声を遮るように言いました。そして、静かに屋上を去りました。


 わざわざここまで来て、本当によかった。




「……よっ。」


 1人でチュロスを頬張っている開登は、後ろ姿だけでもすぐに分かった。なんで1人なのかは見当もつかないが。


「お、やっと来たか修君。」

「ま、俺も1人だったからな。さすがに1人でチュロスを買おうなんて思わないけど。」

「そこは大人の事情ってやつ?」

「隣、いいか?」

「どーぞ。」


 流れるような会話から、俺はゆっくりと腰を降ろす。こうしてみると本当にこの1年、隣にはいつも開登がいた。


 部活を辞めたようなもの同士、変に意気投合して、体育祭も開登のみならず近藤、志賀、渡部あたりも巻き込んでバカみたいなことやって、お泊りもして、文化祭もして。


 これが終わったら行事はほとんどなくなっちゃうのかあ、そう思うとなんだか悲しくなる。


「……どーしたん修?そんな悲しい顔しちゃって。」


 いやこいつ本当にエスパーなんじゃないのか。どうしてそんなほいほい俺の考えてることが分かるんだよ……。


 でも裏を返してみると、これだけ一緒にいたからこそ分かるのかもしれない。


「別に。チュロスおいしそうだなあって。」


 適当にごまかしておこう。開登なら核心をついてくることがあっても深追いはしないだろう。


「お、食べるか?」

「馬鹿言え。お前の口づけなんていらんわ。」

「全く素直じゃないんだから!」


 でも、何だろう。この不思議な違和感は。普通に会話しているはずなのに、何かが違う。


 緊張してんのかな。今日の17時半に。


「うるせえ。じゃ、ちょっとトイレ行ってくるわ。」


 そして耐えきれなくなって、一旦その場を後にしてしまった。




 今、あいつの心境、どうなってるんだろな。花園さんが告白するのぐらいあいつならもう勘づいてるだろうに。


 もうすぐ、チュロス食べ終わっちゃうな。そう思うと同時に袋に入ってあるもう1つのチュロスを確認する。


 さすがにこれを食べるのはない。だってこれは……そう思いかけた時だった。


「……はあはあ。本当に待たせてごめん!」


 花園さんが息を切らして俺の目の前に現れた。そう、このチュロスは花園さんの分だから。


「大丈夫大丈夫って。はい、これ。」


 袋からチュロスを取り出すと、花園さんはとても申し訳なさそうな顔で、それを拒否した。


「いやいや遅れちゃった私が悪いしいいよ!代金だけ私が払うから、入江君が食べて。」


 思わず俺はふふっと笑いそうになるのをこらえた。


 なんだか、優しい。そりゃ花園さんが遅れすぎたのも悪いけど、普通の人なら俺に食べさせるって発想はないよ。


 でも、俺は知ってる。優しすぎると、恋愛が成立しないってことを。


「いやいいっていいって。お腹も空いてるだろうし。」


 それを聞くと花園さんは本当に申し訳なさそうに言った。


「じ、じゃあ……お言葉に甘えさせてもらって。」


 花園さんは代金を俺に渡すと、ゆっくりとチュロスを受け取った。


 現に、俺は花園さんの恋の行方も、修の恋の行方も、ただ見守ることしかできない。


「じ、じゃあ私は用事があるからこれでっ。」

「あれ、ここで食べていかないのかい?」

「いや……私もそうしたいんだけども、待たせちゃった入江君の横で食べるのって何だか失礼じゃない?」


 ……そういう考えもあるのか。


 ただ単に優しいだけじゃ、ないのかもしれない。


「……それもそうだね。」

「楽しかった。ありがとね。」


 俺は大きく頷いた。


「こちらこそ。」


 頑張って、花園さん。






 そして、約束の時間はやってきた。

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