05.部活、アゲイン?
「……校長の話とかなんであんな長いんだろなあ。」
開登がそう言ったのは始業式が終了して教室へ戻るときだった。いつも通り二人で並んで歩いて帰っている。友達が少ないんじゃない。部活での友好関係が二人とも一切断ち切られているから今はこうするほかないのだ。
「珍しく同感するわ。あんなん今年度も頑張りましょーでいいのにな。」
「んーでもまだ始業式ってましな方じゃない?」
俺がそう同感した直後に会話に入ってきたのは菜月だった。3人は幼馴染だから別にこの3人で話すというのは珍しいことじゃない。
でも去年は菜月だけクラスが別だったからこう3人で話すというのはなんか新鮮で久しぶりだった。
「と言いますと?」
「例えば卒業式とか?顔も知らない来賓の言葉が10分くらいあるじゃない。」
返答したのは俺じゃなく開登だが菜月はいつも通りだった。なんか開登と菜月がまともに会話しているのを久しぶりに見たぞ。
「しかも1人じゃないしな。確かにあれは苦痛だわな。」
「でしょ?やっぱ修は分かってるじゃない。」
「いや僕は!?ていうか一番先に反応したの僕なんですけど!?」
……いいなあ。ああやって普通に会話できて……
その3人の会話を遠目で見ていたのは花園栞だった。無意識のうちにその人を見つめてしまうのは恋をしている証拠だってよく言うけど、やっぱり神谷君のことを諦めきれてないのかな、私。
今朝のときだって緊張しちゃってたし、緊張しすぎて教室を飛びぬけちゃったし……。
でも、しょうがないよね、あんなキッカケがあったんじゃあ……。
教室に帰ってからはすぐさまHRで、あの長ったらしい始業式のときに聞かされたような話をもう一回、新たな担任から聞かされるというなんとも過酷な試練だった。
内容はもうお決まりの千鳥高校としての自覚を持ってうんぬんかんぬんだ。もう聞き飽きたのでもう少しユーモアのあるお話をしてほしいところ。
今年の担任の先生はどちらかというと新任の女の先生だった。名は河辺千里というらしい。というのも今年の異動でこの学校に来た先生なのでまだ実態が掴めない。
身長は女性の中だと平均くらいか。長い赤い髪を結わえることなく降ろしてある。赤い瞳のかわいらしい丸い瞳をスタンダードな黒縁の眼鏡で覆っている。
「河辺千里って言います。担当は数学です。この学校は今年からですが、皆さん仲良くしてくださいね。じゃあ自己紹介……」
自己紹介という単語を聞いて皆が露骨に嫌そうな反応を見せる。この歳にもなって今更改まって自己紹介とかだるい以外の何者でもない。
「は、いいかな。追々私が覚えていきまーす。」
それを聞いて皆ほっとする。よし、この人はできる先生だ。後は提出物を配って終わりの流れか。隣のクラスからは定期的にまばらな拍手の音が聞こえてくる。これは自己紹介させられている流れだ。しめしめ。
提出物を配り終えるとそのまま挨拶を挟んで解散。11時前にあがれるとは思いもよらなかったぞ。これはラッキーだ。今学校を出れば12時前には家に着ける。
「あら、修部活は?」
俺が帰ろうとバッグを持ち上げたその瞬間、挑戦的な発言が飛んでくる。弁当を持って菜月が俺の席に来ていた。
「今更あるわけねーだろ……。菜月さんは今日も出勤ですかい?」
「あんたと違って真面目だからね。じゃあ部活ないならとっとと帰った帰った。私達がここらで弁当食べるんだから。」
思えば俺の周りの出席番号は女子のテニス部が固まっていた。テニス部と言っても硬式の方だが。そりゃこの周辺が占領されるのも無理はない。女子ソフトテニスはこのクラスは菜月と花園の2人だけだ。
「言われなくても分かってますよっと。じゃ、また明日な。」
「アデュー!」
俺はそれには返答せず、いつも通り開登を誘って帰宅する。高校2年になったからって特にこれといって生活が変わるわけないというのは分かっていた。
俺はいつも通り、授業が終わったらそのまま帰宅し、帰り道にカラオケなり、ゲームセンターなり、ショッピングモールなり、時には真っすぐ家に帰ったりとするだけだった。
そう、この日までは……。
今日は高校2年になってから5日後の金曜日。春休み明けの課題テストが1日びっしり詰まっていた。1限から数学、国語総合、英語、化学基礎の4科目。
まあテストであろうと午前で終了なので俺はそれほどだるいとは思ってなかったが、やっぱりだるいものはだるい。
あくまで課題テストだから赤点の概念は存在しないらしいが、1学期の成績にはしっかりと組み込まれるらしい。
「開登お前勉強した?」
「全くしてない!」
俺がそう訊くとノータイムで自信たっぷりな返答が帰ってくる。
「普通の人がそう言うと実は勉強してんだろ?みたいなノリになるけどお前って本当に勉強してなさそうだから何とも言えないな……。」
「じゃあ私は?」
偶然近くにいた菜月がスマホをいじりながら会話に入ってくる。というかお前余裕だな!
「菜月こそだろ……。菜月が勉強してたら次の日地球が滅亡すると言っても過言じゃない。」
「いや、過言でしょ過言。見て見なさいこの余裕。スマホなんかいじっちゃって。これぞ王者の余裕って感じだわ。」
「諦めてるんじゃなくって?」
開登の若干煽った言葉に菜月はなんですって!と抗争勃発。何かこの流れ見てて和むな。妙に安定してるし。
そして前のドアからは河辺先生がテストの問題を持って入ってくる。そういやもうこんな時間か。それを見ると生徒の大半は勉強道具を急いでしまう。スマホをいじっている生徒もまた然り。
「はい!じゃあ席着いて。テスト配るわよ。」
こうして俺の高校2年、初めてのテストが始まった……のだが、
「……消し炭になってるねえ。修君。」
完全敗北。春休み中は家でだらだらしててしぶしぶ課題をやったこと以外に勉強した記憶はない……が、もう少し出来たっていいじゃないか、俺。
「なんでそんな君は余裕そうなんだい。」
「いや、俺も吹っ切れたよ。多分これ皆できてないよなって思ったらなんか大丈夫な気がしてきてさ。」
そういう捉え方もあるのか。久しぶりに開登に学んだ気がする。
「ま、そうだよな。所詮課題テストだもんな。」
おっし、じゃあ帰るか!そう言いかけていつも通り帰ろうとしたときだった。突然校内放送が鳴り出した。
「2年7組、神谷修。集合がかかっています。至急理科講義室まで来るように。」
「……へ?」
謎だった。集合がかかるような行事に参加した覚えはないし、そもそもこのタイミングで集合がかかること自体謎だ。
放送が終わると、クラスの目線は完全に俺に集中。まあそうなるわな。
「何かやらかしたのか?お前。」
「……知らん。全く身に覚えがない。」
「とりあえず行った方がいいだろ……。」
開登がそう言い終わると同時に俺は教室を出る。正直言って何が起こっているのか全く見当がつかない。呼び出されることをした覚えもない。
理科講義室まで走って2分程。俺は勢いよくドアを開けた。
「やっと来たか。お前が神谷か?」
ドアを開けると目の前には顔は知っているが見たことない男の先生がそこに立っていた。そしてその向かいには女子が9人程集まっていた。
「はい。そうですけど……。」
「よし、やっと揃ったか。じゃあそうだな、花園の隣がちょうど奇数で空いてるから隣にでも座ってくれ。」
そう先生が言って初めて花園が一番後ろに座っているのを発見した。だが、今は気まずいとか言っている場合ではない。言われるがままに花園の隣に座る。
そして座ったと同時に俺は全てを悟った。
これ、全員女子ソフトテニス部じゃん……。花園と菜月を筆頭として、俺が部活やってた頃に隣のコートでよく見かけたあの先輩まで……。
「よし、じゃあ今年の女子ソフトテニス部の第1回ミーティング始めるぞ。号令は……そうだな。」
「せっかくだからマネージャーの神谷に頼むか。じゃ、よろしく。」
は?マネージャー?俺が?
え、えええええええええ!?