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俺が部活を辞めた日  作者: 明戸
最終章 On The Rooftop
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42.Believe

 お父さんは亡くなった。


 お母さんは俺に嘘をついていたのだ。でも冷静に考えれば気づけたのだ。盲腸の入院がこんなに長いわけないということに。


 あまりに突然の事に俺は涙を流すことさえ出来なかった。ただ茫然とベッドのそばで立っていただけだった。


「なあ、何で嘘ついたんだ?」


 その後は朦朧とする意識のまま、一旦家に帰った。帰ってからは無言の時間が続いたが、俺はそれを断ち切った。


 このままあやふやにさせたくない。どうして俺を騙さなければならなかったのか。


 そして、お母さんからの返答は俺の想像の範囲外だった。


「あんた。部活辞めなさい。」


 俺は度肝を抜かれた。反発する感情がたくさん湧き出てきた。そして、それと同時に疑問の感情も湧いてきた。


「……なんでだよ。なんでそうなるんだよ。」

「あんたが使ってるそのラケット、お父さんのものなの。」


 俺は言葉を失った。俺が部活で使っていたラケットは俺が自らスポーツショップで選んで買ったものではないことは分かっていた。


 テニスをやるという旨を伝えると、じゃあ丁度いいと言ってそのラケットを渡されたのだ。


「だからどうしたんだって言うんだよ……。別の買えばいいじゃないか。」

「だめ……。」


 そう一言で言いきるお母さんは、まるで駄々をこねている子供のようだった。そんな母を見たのはここまで生きてきて初めてだった。


 そして、そんなお母さんを見ていると次第に怒りがこみ上げてきた。


「俺は……俺は……。」


「……俺はテニスがしたいんだよ!丁度軌道に乗ってきて、やっとこれから大会だっていうのに……。」

「……あんたはあの人のことを何も分かっているからそんなことが言えるの!」


 俺は再度言葉を失った。いつも冷静な母がこんなに声をあげるなんて初めてだった。でも、今のお母さんは本質を避けて言ってるということは分かった。


 そして、俺はそれ以上何も言わなかった。俺がお父さんのラケットでテニスをしている時、お父さんは病室で何を思っていたのだろうか。


 それを考えると俺はこれ以上部活を続ける気にはなれなかった。ただ、お母さんの言っていることが筋が通っているとは今も思っていない。


 あの人の言い分だけでは俺が部活を辞めなけれいけない効力にはならないからだ。あくまで俺が最終的に退部の道を自分から選んだ、ただそれだけの話。


 俺は無言でラケットをお母さんに渡した。そして、その後は自分の部屋にこもりきった。そこで俺は改めて退部の決意をした。


 その次の日、俺はひっそりと部活を辞めたのだ。



 それから、お母さんは仕事を見つけるために朝早くに家を空けるようになった。そんなお母さんと入れ替わりに凛が家事を主にやるようになったが、特に支障はなかった。


 お父さんが亡くなる前から日々お母さんの手伝いをしていた貯金もあったんだろうけど、元々そういう才能があったのかもしれない。


 お母さんは仕事を見つけた後も、その仕事の都合で朝早くから夜遅くまで1日中勤務するようになった。学生2人を女手1つで養っていくのがどれだけ大変か分かった。


 そして俺はしばらくの間、人間不信に陥った。人間不信と言ってもそこまで深刻なものでもなくて、今まで通り、友達とふざけあったりもした。でも心の奥底では他人を信じることが出来なかった。


 その状態のまま、あの日が来たのだ。忘れもしない、始業式の前日のあの日。




「……そんなことが。」


 この話を聞いた来栖はとても落ち込んだようすだった。ぱっと見、あの日の俺より落ち込んでいる様子にも見えるほどだった。


「黙っててごめんな。」

「でもやっぱり聞いちゃダメだった話だよね……これ。」


 何度も言うが、来栖はいい奴だ。来栖だけじゃなくて、俺の周りにはいい奴しかいないのだ。


 開登も、花園も、菜月も、香住さんも、近藤も、志賀も、渡部も、河辺先生も、凛も、そしてお母さんも。


「だから、俺から話したんだから気にしなくていいって。俺だって来栖の立場だったらなんでいきなり退部したのか、気になって仕方なかったし。」

「不謹慎かもしれないけど、まさかここまで重い話だとは思わなくて……。」

「だよな。けどもちろん誰にも言わないでくれよ。」


 来栖は言わない、そう分かっているけども念を押す。そこまでしなくちゃいけない話なのだ。


「分かってる。」


 そう言って来栖は席を立った。俺もそれに合わせてゆっくりと体を起こす。


「じゃあ、俺はこれで行くから。お大事にね。」


 来栖は最後まで微笑んでいた。こんな良い奴とペアを組めたのに俺って本当に不運だなあ、と思ってしまった。


「おう。何から何までありがとな。」


 そして、来栖も行ってしまった。



「はあ。」


 来栖が部屋から出たのを確認すると、大きなため息が突然出てきた。全く意図してなく、自然に出てきたものだ。


 長い間、自分を上にのしかかっていたおもりからようやく解放された。そんな気がした。いずれ誰かには打ち明ける話だったけど、言ってしまうとすっきりするものだ。


 もう、後悔はしない。今までは部活に未練があった。度々部活に入っていたらという回想をしてしまっていた。


 俺は正しいことをしたんだ。あの時お母さんに反発せず、鵜呑みにして退部の道を選んだのは正解の道だったんだ。


 もう後戻りはしない。自分の周りの人間は皆、良い人だ。


 開登は皆からいじられながらも、それを全部受け止める。いつだってムードメーカーで体育祭だってあいつがいなければ優勝できなかったし、打ち上げだってつまらなかった。


 花園は穏やかで、静かな心の中にたくさんの愛情があって、夏の泊まりの時にそれを再確認できた。たまに強気なところもあるけど、体育祭のリレーもそんな花園がいなかったら1位になれなかった。


 菜月はいつも元気で、小学生の頃から俺らの輪のリーダー的な存在。自分の感情を素直に伝えることができない時もあるけど、本当は皆のことを褒めてやりたいと思ってる。



 ……そんな皆を信じないでどうするんだよ、俺!!


 自分の気持ちに今、ケリをつけた。

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