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俺が部活を辞めた日  作者: 明戸
最終章 On The Rooftop
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40.溝

 体育が終わったその日の6限はLHRだ。このタイミングでLHRということを知った上で恐らく今日の体育の時間の前に急ぎで文化祭のことを決めたのだろう。


 そのせいか、授業ではないLHRにも関わらず、教室内はしーんと静まり返っていた。


 その空気の中、教室のドアを勢いよく開けて、河辺先生がニコニコと入ってくる。


「やあやあ皆!LHRだよー!」


 その河辺先生とは正反対に、俺ら生徒は無言を貫く。当然、場はしらける。


「……って皆どうしたの?文化祭のこと決めるって言ってなかったっけ?」


 河辺先生は、はずれた眼鏡をかけなおして尋ねる。まさか文化祭のことを決めるLHRの時に、数学の時間並にテンションが低いなんて思わなかっただろう。


 この問いにも皆は無言を貫く。


「……と、とりあえず、文化祭のクラス委員は前に出るように!ちょっと不安だけど進行は任せるから。」

「了解です。」


 そして皆が初めて反応したのは河辺先生のこの言葉。皆、というよりは近藤ただ1人だが、その台詞が言い終わらないうちに、近藤が凄まじいスピードへ前の教壇へ。


 って実行委員お前かい!俺は内心でツッコミを入れる。


 この学校にはクラス委員というのが設けられていて、文化祭の間はクラスを代表して仕事を行うのだが、正直言って責任が重い。そんな仕事をお茶らけている近藤がやるというのも少し不安だ。


「えーじゃあ、早速我が2年7組の出し物の案を決めていきたいと思います。」


 そしてこの瞬間、俺の体育の時間からの疑問が全て解消される。


 と、いうのも近藤が実行委員なら、仲の良い開登が裏で事前に話し合ったことを言うだけで委員の方にまかり通り、それをこのクラスの人数の過半数以上が占める男子が全員賛成すれば、多数決によりクラスの出し物はめでたくメイド喫茶に決まる。


 要は開登はさくら、として自ら名乗り出るわけだ。もっとも、女子が納得するかどうかは分からない。


 穴がない完璧な作戦にも思えるこの計画だが、それは破れることとなる。


 開登が手を上げるより先に、菜月が女子の代表と言わんばかりに先手を打った。


「女子はメイド喫茶以外なら何でもいいでーす。」


 これを聞くと手を上げかけていた開登の手が止まる。そして実行委員である近藤の顔が硬直すると、それは志賀、渡部あたりにも広がっていく。


 全く動揺を隠しきれていない。


「りょ、了解。」


 断るわけにもいかず、近藤はそれを受け入れる。そう、女子も事前に話し合って、こちらの行動を読み切っていたのだ。


 恐らく幼馴染の菜月の仕業だろう。開登の単純な思考を完全に読み切ったと言える。


「……男子は、何か意見がありますか?」


 自信満々で前に出てきた近藤もこの表情。まさかにまさかが重なって出来てしまったこの状況、男子軍の完全敗北といえる。


「……。」


 男子全員は撃沈。音沙汰がない。


「じゃあ、案は女子に任せるってことでいいですか?」


 苦し紛れの近藤のこの問に、クラスの男子は黙って頷くだけだった。




「あ、じゃあこの空の段ボールはここに積んで入口代わりにしようか!」


 それから約1カ月後、もう文化祭は1週間前にまで迫ってきていた。いつの間にか、皆の制服も夏服から冬服に衣替えし、本格的に秋の訪れを感じさせた。


 この学校はこの1週間で文化祭の準備をすることになっている。1週間あれば大抵の出し物は余裕で準備し終えるのだが、このクラスは正直言って期限内に終わるか分からなかった。


「おっけー!このお化けのセットは?」


 と、いうのもメイド喫茶の案が完全になくなったその後、香住さんの提案のお化け屋敷が通り、めでたく7組はお化け屋敷を開催することとなったのだ。


 あまりにもオーソドックスだが、その分客足は安定してるであろう。外れることがない出し物ともいえる。


 そして指揮を執るのは実行委員の近藤。頭脳的には不安だが、先導していくのにはぴったりだ。


「それは教室の外の壁かな!外装頼む!」


 教室の外では外装班が黒カーテンを貼っている。だんだんそれらしくなってきたぞ。


 去年は喫茶店だったから、アトラクションを1から作っていくのは初めてで、新鮮だった。


「近藤、俺に何か仕事ないか?」


 忙しいとは思うが、俺は近藤に尋ねる。皆頑張ってる中で俺だけ突っ立っているというのも気が引けるしな。


「あ、じゃあ今仕事ない人でこのセットを作ってもらいたいんだけどいいか?」

「了解っと。」


 流れで引き受け、設計図と思われる紙を渡される。その紙には仕切りの壁を作るように書いてあった。


「はい今空いてる人集合!」


 俺が言う前に、近藤は招集をかけてくれる。やっぱりこういうところも向いている。


「今暇だよー。」

「何かやることあるのかな?」


 しかし、近藤の言葉につられて顔を出したのは、花園栞と、菜月朱音だった。


「お、花園さんと菜月さんナイスタイミング。このセットを作ってもらいたいんだけど、3人もいれば十分かな。」


 俺と花園、菜月は3人とも硬直してしまう。2学期が始まってから避けられている感は否めなかったし、こちらから話しかけるのもあまり積極的ではなかった。


 だってあんなことがあったんだもの、意識してしまう……じゃないか。


「じゃ、紙は修に渡してあるから、後頼んだよ!」

「あっ、ちょ、近藤!」


 俺が呼び止めるも、近藤は外装班のチェックか何かだろうか、どこかへと消えてしまった。


 つまり、八方塞がり。この気まずい状況の中、3人で作業をしなかればならない。こんな時開登がいれば……。というか開登の姿を見ないけどどこへ行ったのだろう。


「えっと……じゃあやってこうか。」


 花園がまず先に口を開く。2人の顔を見ても隠そうとしているようで隠しきれていない。でもそれは俺も同じだろう。自分で自分の顔を見ることが出来ないのがとても悔やまれる。


「そうね。紙、見せてくれる?」


 俺は今、目の前にいる2人とキスをした。同じ日に。


 でも、その事実を花園と菜月で共有しているのだろうか。共有というよりはお互いに話し合っているのだろうか。


 もし、そうでないとするなら、2人に気を遣わなければならないのは俺だけということになる。


「……おう。」


 俺は静かに紙を渡した。直接渡したのは菜月だが、2人はその紙をじろじろと眺めた。


「つまり、道を仕切る壁を作るってことでいいのかな……?」

「そういうことだな。段ボールで作るらしいからそこに積み上げてるのを使うとよさそうだな。」


 失言をしないよう、慎重に、慎重に言葉を発していく。そして、俺は適当な量の段ボールを担ぐ。


 どんな状況でも、力仕事ぐらいは男がやるものだ。


「半分くらい、くれる?」


 前で抱えていたから顔は見えなかったが、声ですぐに菜月だと分かった。何年聴いてると思っている。


「了解。」


 そして、ゆっくりと仕切りとなる段ボールを半分渡していく。もう半分は花園がもらうことを想定しているのだろう。


 その時だった。気が抜けたのか、手から段ボールがすり抜けて、静かに落ちていく感触がした。俺は反射で下で構えてキャッチをしにいく。


 ただ、菜月も、同じことを考えていた。


「!?」


 手がぴたりと触れ合った。作業に勤しんできたその小さな手はとても冷たかった。俺も、菜月も慌てて手を引っ込める。そして結局段ボールは大きな音を立てて地面に転がる。


「……ごめん。」


 でも、菜月は俯いてこう謝るだけだった。


 ……いつから、こうなってしまったんだろうか。少なくとも、1学期の頃は……まだ。


「……俺、余ってる段ボール取ってくる。」


 キスをして距離が近くなるはずだった。でも実際は埋まらない溝を作っただけ。


 俺は振り返らずに言った。


「こちらこそ、ごめん。」


 そして、また逃げてしまった。

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