39.ウィッチ、Which?
最終章、開幕です。
夏休みが終わり、この千鳥高校にも秋がやってきた。とはいえ、9月に入ったからといって急に気温が下がるわけでもなく、8月とは何も変化はないように見える。
8月というとつい1カ月程の出来事ということになる。あのお泊りの2日間も。
あれからというものの、開登はともかくとして、菜月や花園の2人とはどこか距離を置くようになってしまった。と、いうより避けられている気がする。
冷静に考えてみれば、あんなその場の流れでキスしてしまって、気まずくならないわけがない。俺から話しかけるというのもやりづらい状況だ。
それは学校が始まった今でさえ同じことで、俺らの仲はギクシャクしている。
「おい。おーい修。」
聞きなれた高いその声で俺は我に返る。
「って近!?」
気づけば開登と俺の距離はほぼ0cm。逆に言うとここまで近づいて喋らないと気づかなかったということになる。
あの泊まりの時以来、こうしてぼーっと考えることが多くなった気がする。俺の脳内で何か心境の変化が起きてるのかもしれない。
もしや、恋?……まさか。自分で否定する。
「やーっと気づいたか。お前最近ぼーっとしてること多いぞ?」
「お、おう。すまん。」
「もしかして、恋でもしちゃったか!?」
「違えって!」
本当にこいつ、エスパーなんじゃないかと思う今日この頃。毎回俺の思ってることをピンポイントで攻撃してくるのだ。
「ま、いいや。体育行こうぜ。」
そんな開登は体育館履きを担いでいる。そういえば次は体育か。どうりで教室内には誰もいないわけだ。
「おう。」
とりあえず今は忘れよう。俺は頷いた。
「にしても、今日は体育館に向かうの早いな。いつもはギリギリまで教室で喋ってるのに。」
体育館への移動中、俺は開登に尋ねた。と、いうのも、今日はまだ皆教室に残ってるはずなのだが、誰もいないのだ。
いつもは限界までクーラーの効いている教室で粘って、それから飛び出すというのに。2学期最初の種目がバスケだからか、張り切っているのだろうか。
いや、でもそれなら開登はもう体育館に到着しているはずだ。俺のそんな葛藤の中、開登が能天気に答える。
「おっ、やっとそこに気づいたか、少年。」
「誰が少年だ。」
俺もこうしてツッコミを入れつつも、現在進行形で体育館へ向かっているわけだが、現在時刻を確認しても次の授業が始まる7分前。つまりそのさらに先に皆は移動している、はっきり言ってこれは異常だ。
「まあまあ、答えはここにあるからな。」
開登は俺を置いてけぼりにするかのように勝手にそう言うと、壁にぽつんと埋まっているドアを開けた。体育館のドアではない。確かここは……。
「!?」
ドアを開けた先は男子生徒の更衣室だった。この学校はこの部屋で制服から体育着に着替えることになっているのだが、俺が驚いたのは当然そこではない。
「やっと来たか!開登大先生!」
近藤が1番にそう叫ぶ。体育祭の時はリーダー呼びだったが、今回は先生と慕われている。開登が慕われる時なんて1つしかない。俺はこの瞬間全てを悟った。
「では諸君、実にお待たせした。」
皆、備え付けられてある長椅子に座り、その前に開登が胸を張って立つ。
そして、その開登の後ろには大きなホワイトボードがある。そんな授業ともいえる構図で、開登は長い人差し指を立てて言った。
「これから文化祭で女子に何をさせたいかを決める会議を行う!」
ってそのままかい!俺の微妙な心境に反比例するかのごとく、皆のテンションは急上昇。
俺が心の中でこうツッコんだのも理由があって、前方のホワイトボードにはでかでかと、これから文化祭で女子に何をさせたいかを決める会議、と書いてあるのだ。
つまり、この会議をするためだけに2年7組の男子一同はこんな早く体育館に来たことになる。
「というわけなのだが、時間も限られてるので早速意見を出してもらいたい。」
そして、さっきも言ったように、開登が慕われる時はたった1つしかない。何か良からぬことを企てている時だ。
「はい!はい!」
開登の呼びかけに対し、真っ先に手を上げたのは志賀。
「志賀君、どうぞ。」
「メイド喫茶!」
志賀が自信満々にこう言うと、部屋中が急に静かになる。しらけると言った方が正しいか。
まあメイド喫茶なんて今時ベタすぎるもんな……俺がそう思った時だった。
「うおお!さすが志賀!」
「やっぱ天才は一味違うぜ!」
「さすが7組のATM!」
「おい最後の褒めてねえぞ!?」
まさかの大うけ。というかウケるのかこれ。なんだか胡散臭くなってきたぞ。
「はいはい!静まりたまえ!静まりたまえ!」
再びうるさくなった場を大先生が鎮圧させる。それで本当に静まるのだから訓練されてるときたものだ。
ただ、それもおかしい。いつもなら開登の言うことなんか皆真面目に聞くはずもないのに。
「えー、異論がなさそうなんで、メイド喫茶ってことでいいすか?」
開登は急にいつもののんきな口調に戻る。この方がなんだか安心するな。
「さんせーい!」
そして皆、声を揃えて言う。今までにない団結感をここで感じるのは気のせいなのか、はたまた。とりあえずこれで終わりかと思ったその時だった。
「ねえ、お前は誰にメイド服着せたい?」
「俺は菜月さんかなあ。」
突然、そんな会話が俺の耳に入り込んできた。突然すぎて誰の口から発せられた言葉が分からないほどだった。
「あー、菜月さんかあ。THE、スポーツ少女って感じでいいよな!」
1度聞いてしまうともう俺はその会話に釘付けだった。言えない。その菜月さんとキスをしたなんて。
というか、菜月が異性に人気があることすら初耳だった。俺は幼馴染だから今までそう思わなかっただけかもしれない。でもそれはそれで衝撃的なことだった。
そして、その2人の会話を引き金に、この話題が驚くべき速度で部屋中に拡散されていく。
「お前は?」
「俺は花園さんかな……。」
そして、再び俺の心臓がドクンと跳ね上がる。なんで俺の周りの人しか話題に挙がらないんだ……。というか花園もモテるのか。
確かに菜月も、花園もかわいいと思ったことはあるけども、いざ聞いてみると……って
何、考えてるんだ俺。無意識のうちに。
「修は、どうなのさ。」
「うおう!?」
そんな無防備の俺に、いつ移動したのか分からない開登が耳元で囁く。あまりに神出鬼没すぎてどこから発したのか分からないような声が漏れる。
「どうって……何がだよ。」
開登は躊躇せず、言い切った。
「朱音と、花園さん。どっちにメイド服を着せたい?」
「そ、それは……。」
今すぐ決断しろというのは無理があった。出来ることならどちらにも着てほしい。でも開登はそんな曖昧な解答を求めていない。白か、黒かのどちらかだ。
「ああ、こう言っちゃ答えづらいか。」
俺が言葉を詰まらせていると、開登はもう1回耳元で静かに囁いた。
「修は、花園さんと、朱音、どっちが好き《・・》なんだい?」
自分で答えづらくさせてるのは本人も分かっているだろう。つまり確信犯だ。でも、同時にさっきから感じていた胡散臭さの正体が分かった。
開登は初めからこれを聞くためにこんなことをしたのだ、と。




