04.恋とはすれ違うものです
俺はドキッとした。まさか花園まで同じクラスなんて……。
花園が告白する日を昨日に設定した理由はよく分かる。それはクラス替えを挟むことによって、もう俺と花園の接点すらなくなってしまうかもしれないからだ。
しかし、今年も同じクラスになれば話は別だ。別どころか恐ろしく気まずいぞこれ。
「朝から嫌なものを見てしまったわ……。」
「まあまあ、そんなこと言っても今年は俺、入江開登と同じクラスになれるという悲願を達成できて内心舞い上がっているのでしょう?」
「ないわ。アウストラロピテクスからやり直してきなさい。」
忘れがちだが、皆から開登への当たりは基本強い。相当優しい人でなければ大体ぞんざいな扱いを受けている。ああ、イケメンなのに……。
というかアウストラロピテクスからやり直すってどんな日本語だ。
「……先行ってるぞ俺は。」
「待って俺も行く!」
菜月は既に別の友達と喋っているようでついてきたのは開登だけだった。合流したのはそれから少し歩いた先の昇降口だった。
「で、どうなのよ今の心境は?」
それからの第一声がこれだった。主語が断片的に欠けていたが何が言いたいかは大体分かったが、念のため訊きかえす。
「……どうって何がだよ。」
「決まってんじゃない。花園さんだよ。」
一応開登は声のボリュームを下げたが、昇降口はよく声がよく響くこと響くこと。まだ皆正門に集まっているので余計に響く。
「……馬鹿お前本人がいたらどうすんだよ!今の割と響いたぞ!」
「大丈夫大丈夫っと。」
「その自信は一体どこから来るんですか先生。……別に普通だよ普通。」
「うふふ青春してますねえ。」
そう言って開登はまたいつもの無駄に屈託のない平和そうな笑顔。今はこれから1年を過ごす2年7組へ向かっているところだが、こうして横に並んで歩くのももう慣れたものだ。
「お前は何を考えて生きているんだ……。」
「秘密っ。」
「……これほどどうでもいい秘密も初めて聞いたわな。」
2年の教室は階段を一階上がった先の2階に構えている。ということだから1年の教室は1階。3年の教室は3階と極めてオーソドックスとなるのは自然の話だ。
階段を上がった先から1組,2組,3組と順番にあって8組までずらりと並んでいる。
「あ、ちょっとトイレ行ってくるから先行っててくれ。」
開登が突然そんなことを言い出したのは7組に入る直前だった。もう7組の看板が後10mくらいのところまで迫ってきているが、横にトイレがあったのだ。
「あ、おう。」
思えば俺はこの時に察するべきだった。昔から開登が妙な事を言い出すときは恐ろしい程くだらなくてバカげたことを考え付いた時か、恐ろしい程鋭い観察力で先手に回って俺を陥れるときのどっちかだった。
そしてこの時は後者の方だった。
「へっ!?」
教室のドアを開けるとその中にいたのは花園栞たった一人だった。ただ完全に花園栞一人しかいないわけではなかった。机の上にはちらほらバッグが置いてあった。
つまり誰かしら登校はしているのだろう。ただ教室の中にはいないということだ。
「あ……。」
驚きのあまり上手く言葉が出ない。何か言葉を言おうとは思うのだけども昨日の出来事がここぞとばかりにちらついて思うように言葉が出ない。
それは向こうも同じことで顔から驚きの表情がもろに出ている。
「……よ、よう。」
一回目を合わせてしまった手前、見て見ぬふりもできるわけなくとてもぎこちなく朝の挨拶が交わされる。
「お、おはよう。神谷君……。」
はい、会話終了。いや、昨日振った相手と一日後に会話するなんて常人じゃ考えられないんですけど!とりあえずここの教室にいたら気まずすぎて心臓が何個あっても足りやしない。
とりあえず今は教室から出ることだけを考えよう。そうだな、とりあえずこのバッグを置いて提出物だけ机の中に追いやったら速攻で教室を出よう。
高速で作業を済ませ、素早く席を立った瞬間だった。もう一つの机からもガコンと席を立つ音が聞こえた。
「え……。」
俺と花園はまるでシンクロしているかのようにもう片方の席を見る。するとそこには全く同じタイミングで同じことを考えて教室を出ようとしたもう一人のクラスメイトの姿が……。
いや考えてること同じだった!?まさか、そんなはずはない。落ち着け俺。花園も全く同じことを考えてたから席を立ったわけだから花園を先に教室から出してしまえばいいんだ。
つまり俺は再度席に座ればいい!花園は明らかに教室を出る流れだ。俺がその権利を譲ってあげればいい。
そう考えて俺が席に着いたその時、窓際の席からもまたガコンと椅子を引いて座る音が……。
冷や汗よろしく、またお互いに席を見てしまう。また同じことを考えてた!?
「ご、ごめん。」
突然花園から謝罪が入る。いやなんでそんな申し訳なさそうな顔するんだ……。半分、というか4分の3くらいは俺が悪いのに。
「いや、俺の方こそ……。」
「本当にごめんなさい!!」
俺の言葉を無理やり遮るかのように花園はそう言うと勢いよく席を立って教室を出てしまった。さすがにこれはシンクロできるわけもなく、唖然としてしまう。
なんなんだろうか、この罪悪感は…………。
「改めましておはよう。神谷君。」
そして変わりばんこに教室に入ってきたのは全ての諸悪の根源、入江開登。口調はまるで花園みたいだが、このタイミングで教室に入ってくるのって開登くらいしかいない。
「……お前、これを見越してトイレに行ったのか?」
俺の知らないどこかで花園が教室に入るのを目撃したからあいつは俺をわざと一人にさせたのだとしたら、さっきの下駄箱での謎の自信の発言も辻褄が合う。
「甘酸っぱくて素敵でござんしたよ。」
「いや、質問に答えろよ。……まあいいや、ちなみにどこから見てたんだ?」
「よ、よう……、って挨拶するところから。」
「それ一番最初なんだけど!?」
全く、本当に恐ろしいやつだ。つくづく敵には回したくない。
「はあ……。」
私は逃げ出した先の廊下で思わずため息をついてしまいました。ふと思い返してみると、私っていつもこんな感じだなあ。
別のクラスになったらもう二度と話さないかもしれないからって、勇気を出して昨日告白して、振られたのは仕方がないんだけども、なんでこんなにドキドキするんだろう……。
しかも、今年も同じクラスになるなんて……。運命なのかな、これ。でもこれが運命だとしたら神様って随分とイジワルだよね。
せっかく振られて神谷君のことを諦めようとしていたのに……諦めきれない……。
「栞じゃない!」
「はいっ!?」
そんなことを考えていると、急に後ろから朱音ちゃんが抱きついてきました。私はびっくりして変な声をあげちゃったけど、大丈夫、誰も見ていない……はず。
「朱音ちゃんか……。びっくりしたあ……。」
「ああごめんごめん!いや昨日栞部活来なかったからさ、心配になっちゃって。何してたの昨日?」
私はまたびっくりして肩をすくめてしまいました。どうしよう、告白してたなんて言えない……。何か、何か上手い言い訳を……。
「ええっと昨日は、び、病院に行ってて……。連絡し忘れちゃってて、ごめん……。」
声、裏返ってないよね?大丈夫だよね?そう自分に言い聞かせます。
「そうだったんだ!何の病院?」
ってそこまで訊いてくるの!?ええっと何か……というかこの際何でもいいから……。
「が、眼科に行ってて……。」
言ってからこれは失言だと気づきました。そう言えば私生まれてこの方視力が1.0を下回ったことないのです。耳鼻科あたりにしておけばよかった……。
「おっけー。お大事にね!でもとりあえず今は急がないとね。始業式始まっちゃうよ。」
朱音ちゃんのその言葉を聞いて、私はほっと一息つきました。思い返してみたら私の視力なんて皆が知ってるわけないか。クラスの人気者ならまだしも私なんか……ね。
「……うん!」
そして朝のチャイムが鳴りました。