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俺が部活を辞めた日  作者: 明戸
2章 Children Voice
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38.あなたの唇

 私は親友に嘘をついてしまいました。


 あの時、あの話を切り出すべきではなかった。そしてもう後戻りできない私は嘘をついてしまった。


「昔はね。開登が好きだったの。」


 開登が悪いというわけではない。でも、対象が開登しかいなかった。


 私って、最低。


「だってもし告白して、オーケーもらったらそれは両想いってことでしょ?私は片想いの時のあいつが好きだったの。それが両想いになっちゃったら、世界が変わっちゃうから。」


 これはあの時、栞に向けて言った言葉じゃない。私に向けて言った言葉。ずっと片想いを続けてたいの。遠くから眺めているあの人が一番良かったから。


 私は告白する勇気がないの。ただ逃げてるだけ。



 その時、私の周りの風景が全てスローモーションに見えた。ぼーっとして、我を忘れていた私の身体は、ゆっくりと地面に倒れてーーー。


「お、おい。大丈夫かよ。」


 いかなかった。私はドキッとした。そんな最低な私を受け止めてくれたのは、大好きなあの人だったから。


「だ、大丈夫よ!」


 思わず突っぱねてしまった。昔からいつも私はそう。自分の感情を素直に認められずに、強気に反対の事を言ってしまう。


 栞の恋を応援する気持ちはあった。けれど、心の奥底で、やっぱりあの人を諦めきれない気持ちがあって。


 今回の泊まりの件だって、半分は自分のため。そう、最低。最低で卑劣。


 でもしょうがないじゃない。好きなんだから。




「相変わらず朱音ちゃんは素直じゃないなあ。」


 お祭りマスターの開登は高みの見物。今回もまた、反射行動で菜月を受け止めたわけだけども、山であんなことがあっただけに少しドキドキしてしまう。


「うっさいわね……。」


 そう言って菜月は浴衣をパンパンと叩き、再び歩き始める。


「大体これが歩きづらいのよ全く。」

「いや、それ言っちゃったらおしまいだよ、朱音ちゃん……。」


 確かに歩きづらそうではあるが、この方が風情が出る。いつも男だけで行ってた身としてはこの方が何十倍もお祭りって感じがするものだ。


「でも俺らも着物着てみたいよねえ?ここまでくると。」


 何がどう、ここまでくるとなのか全く分からないが、俺も着てみたいという感情はある。


「俺らだけ私服ってのもなんか寂しいしな。」

「次来るときだねっ。」


 そう笑って言う花園の頭の中では既に2回目があるらしい。もちろん、俺も賛成だった。


 4月の気まずいときだったら恐らく反対だっただろう。でも、いつの間にか打ち解けて、普通に話せるようになったし、何よりこの2日で皆との仲はぐんと縮まったと思う。


 楽しい、のだ。この4人でいるのが。


「うっ。」


 俺がそんなことを考えながら歩いていると、半袖で露出した腕に何やら激痛が走った。


「大丈夫か修。」


 いち早くそれに気づいた開登が声をかけてくれる。背の低い木の、鋭い葉っぱが刺さってしまったらしい。腕からは血がドクドクと流れている。


「わりい、ちょっと冷やしてくる。」


 俺はそう残して席を立った。



「止まんねえなあ……。」


 偶然持ち合わせていたティッシュで応急処置を行い始めてからもう結構経った。血は一向に止まる気配がない。


 気づけば、祭りのクライマックスを告げる花火が上がり始めていた。これくらいは4人で見たかったのに、何と不運なことか。


 そんな俺が高台の芝生で、腕の傷を冷やしながら1人で花火を見ていると、後ろから甘い声がした。


「神谷君、ここにいたんだ。」


 それはいつもとは違う浴衣姿に、いつもとは違う白のコサージュを身に着けた花園だった。


「……おう。悪いな。戻るの遅れて。」


 全く、大事な時にこんなしょうもない怪我をしてしまうなんて、本当に情けない。そんな気持ちからか、俺は花園の方を見つめることが出来なかった。


「絆創膏、あげるよ。傷広がっちゃうとばい菌入っちゃうし。」


 そう言って、花園はポケットをガサゴソとあさり始める。いつでも絆創膏を常備しているところが花園らしい。だけど、あまり花園に借りを作りたくなかった。もう既にたくさん作っているし。


「いやいいって!もう結構冷やしたし。」

「残念。もう出しちゃいました。」


 こんな会話をしている間にも、3尺玉と謳われている花火は夜空に打ち上げられては消えていく。


 終わってしまう。この2日間が。あの花火が終わると共に。


「……ありがとう。」


 変な柄の入っている女の子らしいものではなく、バンドエイド。どこまでも真面目な花園らしい。


「隣、いい?」

「ああ。」


 俺がそう応答すると、花園はゆっくりと、俺の隣に座る。まさかあの時、凛とした、花火は女子と行ってなんぼという会話が現実になろうなんて誰が予想しただろうか。


「花火、綺麗だね。」

「……そうだな。ここの花火は初めて来たけども、来年も来てもいいかもしれない。」


 地元の花火大会でさえも、あんまし行ったことないのに、どの口が言うんだろうか。


「その時はまたご案内させてもらうね。」

「よろしく頼む。」

「あ、でも来年は受験かあ……。」


 そう言われてみれば、あまり実感はないけども来年は受験。あの時凛が言っていた通り、本気で遊べる高校の夏は今年で終わりなのだ。


 それならやっぱり部活には入っておくべきだったかなあ、とも思う。でも、そう思うってことは部活にやり残したことがあるってことだ。


「ま、いいじゃん。息抜きって感じで。」


 花園とまた花火を見ることに何の疑問も持たなかった。2回目があってもおかしくないってことだ。


「……花火、綺麗だね。」


 こうしている間にも、色とりどりの花火が夜空に咲いている。


「そうだな。綺麗だ。」


 なんとなくだった。その時、なんとなく花園の顔をチラリと窺った。花園がどんな顔で俺と会話しているのか、気になった。


 でも、その綺麗な瞳は、花火の光に反射して、とても眩しかった。


「……何か顔についてる?」

「いや、何もついてない。気にするな。」


 どうしても、ぶっきらぼうになってしまう。俺は開登みたいに温かい言葉をかけるのは無理みたいだ。


 でも、それで傷ついていたりしないだろうか。


 そんなことを思っていた時だった。少し強い風が2人の間を通り抜けた。


「……!」


 俺と花園は思わず声をあげた。花園のコサージュがポツリと2人の間に落ちてしまったからだ。


 俺は反射的に拾おうと、身をかがめた。もちろん花園も拾おうと身をかがめる。


「あっ。」


 2人が全くの同じタイミングで拾おうとしたことで、俺と花園の距離は5cm程にまで迫ってきていた。しかし、俺も、花園も、コサージュを拾う手が動かなかった。


 胸のドキドキが止まらなかった。あの山での体験といい、今日は盛りだくさんの1日だった。


 でも、それだけでは終わらなかった。


「ねえ。神谷君。」

 

 俺は目を見開いた。


「キスしても、いい?」


 俺は咄嗟に返事が出なかった。しかし、花園は一方的にそう言うと、無言で顔を顔の距離を近づけた。


 残り5cmから、4,3,2,1……。


 


「うそ……。」


 私は硬直してしまった。あまりに2人が遅いから、辺りを見回っていた。


 草むらの奥に、修と栞がいたようなシルエットが見えた。事実、それは間違いなく2人だった。けれど、私が見たのは深いキスを交わしている2人。


 私は何も言わずにその場から走り去っていた。また逃げるの?そう自問した。でも、一度走り出した足は止まらなかった。


 これって、嫉妬、してるのよね。きっと。

これで2章も完結です。

次回は閑話を挟みますのでご了承ください。

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