37.着物と君
「……遅いねえ、朱音と花園さん。」
確か、泊まる日の前日、凛はどこかで祭りがあると言っていた。俺はそれを他人事だと思って流していたが、まさかそれがこの祭りだったなんて。
俺の最寄り駅でも、夏のこの時期に町内会をあげて祭りが行われるが、ここ、海岸前駅でも似たようなことをするらしい。
「そうだな。もう準備し始めて結構経つけども。」
俺らは何をしているかというと、あの後、祭りに行くことに誰も異論はなかったので、即時決行。山を下り、もう一度花園の家に戻っているのである。
そこでお互い準備をしなくては、という話になって、男女別れたわけだが、男組は速攻で準備が終わったものの、女子組がとにかく遅い。
俺らなんて財布を鞄にいれただけだというのに。俺がそう思っていると、扉の向こうから菜月の声が聞こえてきた。
「おまたせ!」
ただ、遅いのはもちろんそれなりの理由があるわけだ。
「……おお!」
俺と開登は思わず感嘆の声をあげる。そこには、ロングスカートとガウチョパンツの私服姿から、和の着物姿へと変貌を遂げた2人がそこに立っていたからだ。
「ど、どう?似合うかな?」
花園はピンクの布をベースに、黄色い向日葵がインプットされている明るい着物。菜月は黒の布をベースに、白のユリの花がインプットされている着物。
そして何より、花園はいつもは長い黒髪をポニーテールで結んで垂らしている髪を、後ろで団子にまとめていて、とても映えて見える。
「全然似合ってるよ!同級生の着物姿ってのも中々見れるものじゃないしね!」
開登は完全にいつものテンションへと復活。落ち込んでちゃらしくないってのは菜月の意見だが、俺もそれには賛成だ。やっぱ開登はこうでなくっちゃいけない。
「あんた良からぬ妄想なんてしたらただじゃおかないからね……!」
「いやいやあ、俺がそんなことする人に見えますかね?」
「見えるから言ってんでしょ!?」
そう叫んで菜月は開登を追いかけようとするが、着物なので断念する。これはこれで珍しい……。
「ま、2人共似合ってるんだからいいじゃん。それより早く行こうぜ!」
そして、俺が何気なく言った言葉で、菜月と開登の戦いは幕を閉じる。
「そ、そうね。せっかく着替えたんだし、早く行こうか!」
「俺もお腹空いたしねー!」
祭りまではとても近くだった。近くというよりはもう家の前の道に屋台が並んでいるような、そういう状況だった。
それでも、少しの合間時間で、いつものようにたわいもない話を広げていって。ありきたりなことのようだけど、この2日間で4人の仲がこれほどまでに良くなるなんて、当初は思いもよらなかった。
でも、この時間ももうすぐ終わりを告げようとしている。なんだか悲しい。でも、終わってしまうものは仕方ないんだ。
ずっと、この時間が続けばいいのにーーー。
「おーい。修おーい。」
開登のその言葉で俺は我に返った。知らない間に考え事をしてしまったみたいだ。
「あ、ああ……。ちょっと考え事してたみたいだ。」
「疲れてるのか?」
「思えば2日間、動きっぱなしだったもんねー……。」
言われてみれば、この2日間で海、温泉、森、山、そして祭りにも来てるわけか。そりゃ疲れる、疲れるけどもその考えが見当違いであることは黙っておこう。
「それより、まずはどの屋台から攻めようか?」
そして俺は祭りにあやかって話を逸らす。そうだ、まずは今を楽しもう。
「私、金魚すくいがやりたい!」
そう言って、菜月はトトトトと駆けていく。俺もそれに合わせてついていくが、人気なのか、金魚すくいの屋台の前には人だかりができていた。
「朱音ちゃんは得意なの?こういうの。」
「任せときなさいって。この朱音様に不可能なことはないのよ。」
そう意気揚々と屋台のおじさんからもらったポイ(金魚をすくうやつ)を掴み、近くに来た金魚に狙いを定め、すくおうとするも……。
「あっ。」
目測を誤ったのか、金魚は上手くポイの中に入らなかった上、無残に破けてしまった。
「こっ、これはこのすくうやつが……。」
「おじちゃん。ポイもう1個。」
そんな菜月の横に颯爽と現れるのは入江開登。
「あいよっと。」
そしておじさんからポイを受け取ると、明らかに開登の目つきが変わる。普段もバカやって騒いでいながらも目は凛としていたのだが、この時はさらに鋭くなっていた。
そして、開登の伝説は俺も知っている。
「……。」
開登は開登らしからぬ冷静な表情で獲物を視察。菜月は戸惑うような顔で開登を見つめている。
そして、開登は大きく目を見開いた。
「ここだ!」
そしてポイを水面に対して垂直に差し込み、一気にすくい上げた。ポイの上にはイキイキとした金魚が躍っている。
「えっ、開登すごい!」
これには菜月もびっくりで、周りからもおおー!と歓声があがっている。
昔から開登はこういう遊びに対しては他人とは長けているものがあった。この祭りもその例に漏れないのだが、小さい頃はよく開登と祭りに行ってたからこの特技を知っていたのだ。
「ふ、お望みの金魚を後1匹すくい上げて御覧に入れましょう。お嬢ちゃん。」
開登はここぞとばかりのドヤ顔。対照的におじさんはとても苦い顔をしている。この店は取れても1人2匹までらしいので、開登の本領が発揮されることはなさそうだが、制限がないといつまでも取り続けるかもしれない。
「え、じゃああれ!」
菜月が指を指すのは周りより一回り大きい金魚。しかしそれにも臆することなく、開登はさっきと同じ要領で、垂直面から一気にすくい上げる。
「おおー!」
周りからは拍手が飛び交う。開登は群衆に手を振ってノリノリ。
「知らなかったわ……。開登がそこまで上手いなんて……。」
「俺は言わば祭りの覇者だからね。何でもどんとこい!って感じだよ。」
「じゃ、じゃあ!これは?」
花園がたまたま通りかかった射的を指指して言う。
「おやすいごようさ。どれが欲しいんだい?」
「あ、あれ……。」
花園が指指したのは巷で話題の最新ゲームソフト……の隣にぽつんと置いてあるフローラルの花の髪飾りだった。
「あれでいいのかい?」
「へ、変かな?」
「いーや。とてもかわいくていいと思うよ。」
開登はそう言うと、渡されたおもちゃのがんを髪飾りに一直線に向けて構える。そしてそのまま弾を発射。
開登のその自信は覆ることなく、そして弾は髪飾りの中心を射抜く。そしてまた周りからは歓声が巻き起こる。
「す、すごーい……。ありがとう入江君。」
花園もまさか本当に自分のものになるとは思っていなかったみたいで、顔からは驚きが隠せない様子だった。
「はい、どうぞ。」
花園は受け取ると、そのまま髪飾りを自分の頭へとつける。
「えへへ。似合うかな。」
その姿を見て、俺は胸にズキンと来るものがあった。花園の綺麗な黒髪と、白のフローラルのコサージュが対照的に光っていて、何というか、
美しかった。
「栞めっちゃ似合ってるよ!」
「花園さんかわいいよ!」
他の2人が次々に口を開いてお褒めの言葉を告げる。
俺も、俺も何か言わなければ……。でも、上手く言葉は出なかった。
次回で2章完結です。
よろしくお願いします!




