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俺が部活を辞めた日  作者: 明戸
2章 Children Voice
37/59

36.1人じゃない

 言葉が出なかった。全てが急すぎて、何が起こってるのか分からなかった。


 俺は今、厚いキスをしている。小学校からの幼馴染と。


 こいつとは何年も一緒にいる。けども、こんな近距離で接したことはあっただろうか。


「……ごめん。」


 菜月が唇を離した。人生で初めてのキスの味はとても衝撃的で、それでもどこか昔の温もりがあって。俺は湿った唇を肌で感じた。


「いや、いいんだ。」


 菜月の顔は見えなかった。でも、見えなかった方が良かったのかもしれない。あそこで顔を見つめてしまったら、今後どう接したらいいか、分からなかったからだ。


「修、背高くなったね。」

「当ったり前だ。男の子だからな。小さい頃は菜月に負けてたけども。」


 菜月はライトを取って、歩き出した。もう腰は大丈夫そうだ。それを見て、俺も安心して歩き出す。


「ねえ。いつから修は朱音って呼んでくれなくなったの。」


 俺はそれを聞くと、身体に電流でも走ったかのように、ビリビリと震えた。


「……。」

「開登は今でも朱音のままなのに、修はぶっきらぼうに菜月って。」

 

 俺も小さい頃は無邪気に菜月のことを朱音って呼んでた。でも、俺は知っている。朱音から菜月に変わった決定的タイミングを。


「多分、お前が引っ越した時じゃねえかな。」

「私が、引っ越した時……。」

「そう。それでしばらく疎遠になったから、じゃないかな。」


 小学生高学年で菜月が引っ越してから、高校までは関わりはなかった。高校で久方ぶりにあって、それでいきなり下の名前で呼ぶというのも馴れ馴れしいと思ったのだ。


 でも、開登はそんなことを考えてはいなかった。あいつの性格もあるだろうけど。


「じゃあさ。今から、朱音って呼ぶことはあるの?」

「呼んでほしいのか?」

「だ、だって、なんかぎこちないじゃない。ずっと前からお互いに知ってるのに。」


「いつかな。」




「ねえ、入江君。」


 花園さんが突然、話しかけてきた。ここまで一切の会話が無かったから少しびっくりしたけども、元はといえば全部俺がいけないんだから、俺の方からほいほい話しかけるのも気が引けたってのもある。


「どうしたんだい?」

「その……私に好きな人がいるって言ったら、入江君は信じる?」


 そうか。花園さんはあの始業式の前日、俺が一部始終を聞いていたのを知らないのか。でも、どうして急にそんな話を?


「信じるよ。疑う理由なんてないしね。」


 嘘をつくのには少し抵抗があった。そういう性分ってのもあるんだけど、あの日、勝手についてきて話を聞いてたのにそれを知らんぷりするのは罪悪感があったし。


「そう……。」

「どうして、そんなことを聞くんだい?」


 でも、ここで真実を言っちゃうと、花園さんもショックを受けるだろうし、ここは突き通す。そう決めた。


「いや、今好きな人がいるんだけども、その人と上手くいく気がしなくて。」


 そりゃそうだよな。1回告白に失敗してるんだから。


「それで、自信を無くしちゃって。」


 でも、俺だったらそこで諦めてた。そこは本当に凄いと思う。一途っていいなって思うし。


「自信を無くしちゃうのはだめだよ。例えどんなことがあっても。」


 でも、それで逃げたら絶対に成功しない。俺のバスケ部だって、あの日の俺の初恋の時だって、全ては諦めたから失敗したようなものだし。


「なんか、入江君は自分に自信持ってて……いいよね。なんだか羨ましい、かな。」

「そんなことはないよ。いつも逃げてばっかりだよ。」

「入江君が謙遜するって珍しいね……。」

「いやいや、俺だって謙遜くらいするさ。実際、何も間違ってないしね。」


 嫌なことがあるとすぐ逃げようとして。でも、決心がつかなくていつも中途半端。分かりやすいのがバスケ部の幽霊部員の件。


 そこは修と同じ悩みだった。だからこそ俺はあいつと仲良くなれたのかもしれない。もっとも、あいつはすぐにきっぱり辞めたけど。


「要はアタックするのみだよ。当たって砕けろ的な精神で。」

「当たって砕けろ……。」

「そう。花園さん引っ込み思案なところあるからね。もっとガツガツ行っても大丈夫だと思う。」


「……入江君はあの中3の話の時、当たって砕けたの?」


 俺はドキッとした。急に心臓が鼓動が早くなるのを感じ取った。


 そうだ。今の話は矛盾している。俺はあの時、結果も聞かずに諦めてしまった。それって何も砕けてない。


 むしろ、当たって砕けることを恐れて、砕けることを避けて通ってしまった。


「そ、それは……。」

「いや、ごめん。失礼なこと聞いちゃったね。」


「……こっちこそ、ごめん。」


 しかも、花園さんはもう既に1回砕けてるんだ。それなのに失礼……じゃないか。


 それから、会話は無かった。ずっと暗闇の中をライトで照らして進むだけの、ある意味退屈な時間だった。


 でも、この時はなぜか退屈じゃなかった。なんだか2人でいるだけでそんな気持ちは薄れた。


 だって、前来た時は1人だったからーーー。


「……あれ、出口じゃない!?」


 後ろの花園さんが急にそう叫んだ。俺は無心で歩いてたからあまり気づかなかったけど、言われてみると前方に光が差し込んでいた。


「お、行ってみるか!」


 そう言って、2人でダッシュした。白い光は俺たちが近づくにつれ、どんどん大きくなって……。


「……綺麗!」


 光の先は、一言で表すと絶景だった。近くに無数に広がる森林と、遠くの永遠と続く海との対比が美しくて、見とれてしまっていた。


「ここに来たのは……初めてだ。」


 最初に標高200mの地点から見下ろした時の景色と似ているようで、違った。具体的に説明できないけども、有無を言わせない迫力があった。


「あれ、開登じゃん!」


 そして急に後ろから聞きなれた声がした。小学生の頃からずっと聞いている声。


「修と朱音!」


 


「開登と栞もここから出てきたの?」


 菜月が抜けてきた洞窟を指差して言う。洞窟は1つしかないし、恐らくここしかないのだろうが、そうなるといよいよもって洞窟の構造が分からなくなる。


「そうなるね……。」

「だとしたら結局どうなってたんだろうな。この洞窟。」


 この案件は迷宮入りしそうだ。


「あの……。」


 そんな裏で、開登が、何か言いたげだった。言いたいことは恐らく皆分かってるだろう。


「ごめん!俺のせいで厄介なことに巻き込んじゃって。」


 予想通りだった。けども、皆、責めなかった。


「全然大丈夫。むしろこういうのも中々体験できないよ。入江君のおかげだね。」

「そうよ。こんなんで落ち込んでたららしくないわよ、開登!」

「そうそう。顔上げろって。」


「でも、もう日も4時だし。もうすることって……。」


 そんな弱弱しい開登の言葉を遮るように、花園は言った。


「あるよ!最後のビッグイベントが。」


 そして、花園と、菜月が声を揃えて言った。


「祭り!」





「……ねえ。このこと、どうする?」


「どうするってどういうことだよ。」


「その、キスのこと。隠しておくべきかな。」


「それがいいだろな。俺も、朱音・・も、あんまり知られたくないだろうし。」


「……オッケー。分かった。」


「なあ。なんで、キス……したんだ?」


「一瞬の……気の迷い、よ。」


「……そう。」

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