30.すれ違う思い
「……は?それまじで言ってんの?」
俺はきょとんとしていた。菜月が俺のことを好き?そんな思わせぶりな行動、俺の思いつく限りでは1つも無かったし、好きな人とかそういう概念が無さそうだ。
「俺はいつだって正直だぜ。」
「根拠はあるのか?根拠は。」
「ないよ。」
俺は布団の上でズッコケそうになる。
「って根拠ないんかい。びっくりさせんなあおい……。」
「でも考えてみろよ。好きでもない人に一緒に帰ろうって誘うか普通?」
一緒に帰る?菜月とそんなこと日あったっけ、と思ったが、じきにあの教室での出来事が鮮明に蘇ってくる。
なぜか女子マネージャーのミーティングに呼ばれたあの日、教室で菜月に種明かしをされた直後に、一緒に帰ろうって誘われたんだっけ……。
「そういやそんなこともあったなあ。てかよく覚えてんな。」
「俺の記憶力を舐めちゃあかんでえ。で、どうなのよ。」
どう、と言われても確かに好きでもない人に一緒に帰ろうなんて言わない。でもそれだけで好きと決めつけるのは早まりすきだとは思う。
「幼馴染の流れで言ったみたいな感じじゃないかなあ。帰ろうって誘われたぐらいで、脈あるとは一概に言いきれないし。」
「でも、そんなこと言い出したらきりがないんだよな。難しいところよ。」
確かにそれも一理ある。というより、今、この状況だけだと判断材料が少なすぎる。
「ま、あの時は部活で揉めてたしね!でも、今言い出しても何も変わんないんだけど。」
開登がそう補足して、俺は体育祭やらですっかり頭の中から忘れていたあるキーワードを思い出す。
「そういや、開登が言ってた部活を作るとかの話はどうなったんだ……?」
開登にかなり早くから部活に入らないかと誘われていたのにも関わらず、回答を延ばしに延ばした結果、もう今は夏だ。
「どうなるもこうも、修が返事くれないから考えようがなかったんだよね。修が返事くれないから。」
俺が返事をしていない、というところをやたらに強調する開登。そう言われると突き刺さるものがある。
「そこに関しては俺が全面的に悪い。すまん。」
悪いことは正直に謝る。お母さんが幼少期によく俺に言っていたのを覚えている。
「まあいいっていいって。俺も正直言って忘れかけてたしね。」
「おいおい、次期部長がそれでいいのかよ……。」
「あ、そう。そのことなんだけど。」
「……?」
「俺、部活辞めたんよ、バスケ部。」
俺はフリーズしてしまった。爆弾発言にも程がある。元々、幽霊部員だったからあまり変化はないだろうけども、半年間サボっていた開登がいきなり辞めると言ったら驚くものがある。
「……まじ?」
「それこそまじな話だぜ。修には言い忘れてたんだけどね。」
まさか真っ暗な部屋で、布団の上でこれほど濃い話をするとは思っていなかった。
「それで、いつ辞めたんだよ?」
「体育祭のちょっと前くらい?俺1日だけ大縄の練習行かなかった日あったじゃん?あの時、職員室まで位って顧問に直接、辞めるって言って来たんよ。」
確かに、俺が教室に戻ってから花園と開登が2人っきりでいたあの日のことは覚えている。でもそれってかなり前の話だ。今はお盆だし、もう3カ月前の話になるのか。
「……なんか意外だ。というか、半年も行かなかったら部活の名簿から名前消されてるものだと思ってたよ。」
「俺もそう思ってたけど、やっぱりうやむやにしておくのはいけないよなって。」
俺は素直に頷けなかった。なぜなら俺が今までにうやむやに終わらせてきたものはたくさんあったからだ。
告白されたあの日もそう、曖昧な理由だった。
「でも、辞める時に俺は再確認したんだ。1回逃げたものをもう1回立ち上げたところで上手くいくはずがない。それどころか迷惑をかけるだけ。」
それは自分にも言えることだった。帰宅部という楽な選択肢を1度選んでしまったら、もう一生楽し続けるだろう。
全部、辛いことから逃げた自分がいけないんだ。
「……じゃあ、新部の件はなかったことに?」
「まあそうなるな。わりいな。」
なんで、開登が謝っているのだろう。謝るのは自分なのに。そして自分の口から謝罪の言葉が出てこないことが、何より腹正しかった。
「開登、あの……。」
「じゃ、俺寝るわ……ってどうした?」
俺と開登が発言するタイミングがぴったり合ってしまう。でも、この時間にどうしても聞いておきたいことがあった。この際だから反撃しておきたかったのだ。
「さっきの菜月の好きな人を予想するってやつなんだけど、」
「俺は開登のことが好きだと思うぞ。」
根拠もないでたらめだったが、開登は珍しく動揺しているようだった。ボキャブラリーが多い開登が言葉に詰まることなんてほとんどないのに今回はしばらく考えていたからだ。やがて、開登が口を開いた。
「だと、いいけどな。」
そして開登はニコリと笑った後、目を閉じた。
「おやすみ。」
「昔はね。開登が好きだったの。」
朱音ちゃんは淡々とそう語りました。私は開いた口が塞がりませんでした。私からしたら爆弾発言以外の何物でもなかったし、朱音ちゃんからしても衝撃の告白だったのだろうと思います。
「入江……君が……。」
「そ、やっぱり今じゃ信じられないかな?」
信じられないも何も蹴ったり暴言を言うのは日常茶飯事。私ですら見慣れた光景ということは、相当な頻度ということ。とても信じられないのが本音なのです。
「昔ってどれくらいの年の頃?」
「小学校低学年くらいかなあ。あの頃は皆、家が隣接してたから毎日遊んでたんだよね。」
淡泊に話しているけども、その言葉の中でどこか楽しい思い出を懐古していた、そんな気がしました。
「うーん……今じゃとても信じられない……かなあ。」
「だよねっ。しかもそれが私の初恋なんだからなんだか笑っちゃうよね。」
朱音ちゃんの初恋が、入江君。そう考えるとなんだかおかしな気分です。
「昔の入江君ってどんな人だったの?」
「昔のあいつはとにかくチビでね。私もよくチビチビって言ってたんだけど気づけばあんな高くなっちゃって。小学校のあいつからは想像もつかないのよね。」
ぱっと見でも背が高い入江君にそんな少年時代があったとは……。
「でも、体は小さいのに運動は出来て、もっと小さい頃は私がほとんど勝ってたんだけど、小学校を卒業する頃にはスポーツなら何でも出来て」
「多分、私はそんなところに惹かれたんだと思う。小学生の頃の気持ちなんて定かではないけどね。」
入江君のことを話している朱音ちゃんはとても楽しそうでした。私がちょっと羨ましく思ってしまうぐらいの。
「告白したりは?」
「しなかった、かな。というか告白したくなかったの。」
私はその言葉に強い疑問を覚えました。私が既に告白経験者、というのもあるけども、好きなのに思いを伝えない理由が分からなかったのです。
告白する勇気が出ないというのなら分かるけども、告白したくないという言葉の意味が分からなかった。
「……それはなんで?」
「だってもし告白して、オーケーもらったらそれは両想いってことでしょ?私は片想いの時のあいつが好きだったの。それが両想いになっちゃったら、世界が変わっちゃうから。」
結局、謎は謎を呼ぶばかりだったのです。聞けば聞くほど、理解できるようで理解できない言葉が飛んでくる。
カレシになる前の彼と、カレシになった後の彼と一緒にいたら、視点が変わってくるのは当然のこと、私はそう考えました。対応だって違うだろうし、何よりカレカノの関係になったらお互いに優しくなる。
そうなりたいから、そう幸せになりたいから告白するのです。
「でも、もし振られたらどうする?もう片想いしていた頃の甘酸っぱい体験は二度とできない。」
私は心臓が急に早く鳴るのを感じました。1つ、例外を知っている。それは他の誰でもない、
「普通なら、ね。」
私だったからーーーーーー。




