29.moon light
「ふわぁ、なんか疲れたな。」
開登がそう言ったのは肝試しも終わり、花園の家に戻ってきた時だった。
肝試しも結局は成功と言ったところで、色々と心臓が飛び出そうになったところはあったけども、無事に帰ることが出来た。
一番の疑問は途中の妙にすばしっこい熊のことなのだけれども、開登と菜月はそんなの見たことないと言うばかり。何か隠しているような気もしたけども、俺が知ることができるのはここまでだ。
「そりゃ、今日だけでも海、風呂、森に行ってるわけだからねえ。気づいたらもう夜遅くだし。」
菜月の言葉に反応して、俺はスマホで時刻を確認する。ロック画面のデジタル時計は10時半を指していた。
「今日ももう少しで終わっちゃうね……。」
「よし、眠くならないうちになんか遊ぶぞ!」
正直、既に少し眠気はきているのだが、開登はそんなものはもろともしない元気な様子だった。
「なんかってアバウトすぎるだろ……。」
「具体的に言うと体を動かすやつだな。眠気を吹き飛ばすようなやつ。」
「いや、別にそれは構わないんだけど、何でそこまで眠気を飛ばすことを重要視するんだ?」
俺がそう尋ねると、開登はきょとんとした顔で聞き返してきた。
「何でってお泊りって言ったらオールだろ普通。今夜は寝かせないぞ君たち。」
開登は張り切っているが、今度は菜月、花園の女子人陣が目を丸くしていた。俺もそれに便乗する。
「え、寝るよ?夜更かしはお肌に悪いし。」
「入江君には悪いけど、私も睡眠は取りたいかなあって……。」
「あ、俺も寝たいから寝るわ。」
数秒の沈黙が流れる。正直、俺も眠気がきているので睡眠を取ることには賛成だ。たとえオールしたとしても絶対途中でダウンする。
「……え、まじ?」
「うん。別にオールしても勝手だけど、あまり騒がないでね。まあ1人じゃ騒ぎようがないけど。」
菜月の辛辣な言葉に、開登の心を制御するスイッチが切れる。
「そりゃないってもんよお……!泊まりって言ったらオール!オールって言ったら泊まり!これ常識でしょ!?」
「どこの世界の常識だ。」
そして開登はぐったりと倒れこむ。彼にとってオールというものがそこまで大きな存在だったとは知らなかった。そして1ミリぐらい罪悪感を感じたその時、一気に元気を取り戻して立ち上がる。
「ええい!もうこうなったらヤケだ!寝る前にハードな運動するぞ!何かそういう類のものはないかい?花園さん。」
どうやら、開登にも決心がついたようだ。
「ええっと……体動かすゲームって確かあれがあったと思うんだけど……。」
そう言って花園はちょっと待っててと別の部屋に探し物をしに行く。今日は久しぶりに体を動かして疲れたから、早く寝たいところなのだが……。
「神谷君、右手をええっと……赤に。」
審判の花園が既に四つん這いの状態の俺に逆方向の赤に持っていくよう指示させる。開登の長い体を交差するようにイナバウアーの構えへ。
「これ体制きついって!」
体動かすゲームというのは何も間違っていないのだが、何なんだろう、この屈辱感は。そしてなんで花園の家にツイスターゲームが置いてあるのだろう。
「じゃあ私寝ようかな。もうこんな時間だし。」
菜月がこう言ったのは壁にかけてある時計が11時半を指した時だった。俺と開登は地獄のツイスターゲームをやり終わってはあはあ言っているところだ。
「……そうだな。俺も疲れた。」
「いいバトルだったぜ……。」
「ツイスターゲームで何をどう熱くなれるのよ……。」
言われてみれば確かにその通りだ。2人で何を盛り上がっていたのだろう。
「じゃあ神谷君と入江君は、寝る部屋に案内するからついてきてね。」
花園のその言葉にはーいとついていくも、開登が小声でこう言ったのを菜月は聞き逃さなかった。
「同じ部屋じゃないんかあ……。」
「なんか言った?」
「地獄耳すぎない!?」
花園はクスクスと笑いつつ、ドアを開け、向かって右に進む。
それにしても広い家だ。今までは1つの部屋にいたから気づかなかったが、改めて見ると目を見張るものがある。
俺がきょろきょろしていたら花園が立ち止まって口を開いた。
「じゃあこの部屋でお願い。布団は敷いてあるから!」
白のフローリングで覆われたドアをゆっくりと開けると、そこには花柄の模様をした敷布団が2つ敷かれていた。
「何から何までほんとありがとね。」
「う、ううん。いいのいいの。女物しか無いのは謝らなきゃいけないけどね。」
「大丈夫大丈夫。俺らは寝れればなんでもオーケーだからな。」
しかし、この布団で花園は寝ているのだろうか……そう思いかけて首を激しく横に振る。全く何を考えているんだ俺は。
「……なら良かった。エアコンとかは自由に使っていいから。」
「ありがとう。じゃあお休み、花園さん。」
「また明日な。」
そして花園はニコリと笑ってドアを閉めた。
「おやすみなさい。」
ゆっくりとドアが閉まり、開登が口を開いたのはそれから3秒後のことだった。
「よし、じゃあ恋バナといくか!」
「何を言い出すかと言えばそれかよ……。修学旅行の夜じゃないんだぞ。」
「あまり乗り気じゃないねえ神谷君。」
乗り気じゃないのには理由があって、恋バナと言っても話題が花園のことしかないのは分かり切っていて、しかもその話をし出すと最終的に俺が開登にあれやこれやといじられる結論に至るだろうからだ。
「……まあな。」
「じゃあこうしよう。今回は朱音の好きな人を予想しよう。花園さんの話題じゃなく。」
俺はビクッと反応する。こいつ本当にエスパーなんじゃないか……。それか読心術か何かを会得しているとか。察しが良すぎるだろ。
「予想ってあいつにいるのかよ、好きな人なんて。」
「だからそれを勝手に予想しようってことよ。面白そうだろ?」
開登はそう言うとエアコンを点け、温度を28度に設定した後、部屋の電気を消す。
「お、おい。消灯早すぎねえか?」
「いーじゃんいーじゃん。この方が雰囲気出るじゃん?」
俺が便乗した前提で話を進めているのが何とも言えないが、ここまで来たら後には引けない。俺と開登は布団に寝転んだ。
「じゃあお前は菜月が誰の事が好きだと思うんだ?」
そして俺は先手を切って尋ねる。あいつが簡単に恋をするような人じゃないとは思うが。
「俺は修のことが好きだと思うけどなあ。」
俺は固まってしまった。
「で、どうなの?」
朱音ちゃんが主語も無しにいきなりそう言ってきたのは、消灯して布団に寝そべってからでした。
「どうって、何が……?」
「決まってんじゃない!修のことよ。少しでも接近できた?ってこーと。」
そう言われて、私は今日の自分を振り返ります。海でハイタッチしたこと。森でシャツの裾を掴んでリードしてもらったこと。
正直言って、今までの弱気な自分とは考えられないほど、攻めたなあ、と。少しでも接近できたって言うより、かなり接近したって言ってもおかしくはないけども。
「う、うん。結構充実してたし……。」
でも、いざ口に出すとそんな強気に出られないのが今の私。春と比べると全然成長したと自分でも思うし、後もうちょっと、かもしれない。
「そう、ならよかったじゃない。 朱音ちゃんは冷淡にそう言います。私は微妙な気持ちでした。朱音ちゃんと2人っきりでこんなことを話す機会滅多にない。ないのは分かっているんだけど、何を話せばいいのか分からない。
でも決心しました。今までこれは今まで聞きづらかったことを聞くチャンスだ、と。
「あ、あのさ、今まで私の事が話題に上がることが多かったけど、朱音ちゃんはどうなの?」
「その......お風呂のとき言ってた......昔好きだった人のこととか......。」
その時、雲に隠れていた月が顔を出したのです。そして月光が窓から私と、朱音ちゃんを照らしました。
「私が…...好きだったのは......。」
月光に照らされて見えたその時の朱音ちゃんは、とても寂しそうな顔をしていました。




