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俺が部活を辞めた日  作者: 明戸
2章 Children Voice
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28.星輝く夜に

 俺はあたふたしてしまった。友達ではない人と、泊まり込みなどしない。友達ではない人と、こうやって2人っきりで話したりはしない。


 確かに友達だ。でも、俺が戸惑うのは、いきなり花園が言ってきたからだ。というか、最近の花園は笑顔の下に何か強気なものがある。


「……やっぱり、戸惑うんだね。」


 淡泊にそう言う花園の声はとても冷たく、乾いていた。恐らく俺が友達かどうかで悩んでいると思ったのだろう。慌てて弁解をする。


「いや、そういう意味の戸惑うじゃなくてだな。急に言ってくるから……。」

「ううん、それは分かってるの。」

「え?じゃあどういう……。」


 花園は星で輝く夜空を見上げて言った。


「やっぱり私、変われてないんだなあって。」


 言葉の意味は何となく掴めた。花園が始業式の時と何となく違うのは俺でも分かる。でも、俺の考えは違った。


「変わる必要って……あるのか?」

「え?」

「花園は花園、それでいいんじゃないのか?」


 花園はなぜ変わろうとしているのか、知りたかった。そこまで変化に価値を見出す理由を。


「……だめなの。」


 短くそう言った後、花園は再び歩き出した。そして立ち止まったままの俺を通り越す時に、耳元で囁くように言った。


「それに、私、もう決めているから。」


 主語が断片的に欠けていて、何が言いたいかはいまいち分からなかったが、俺は聞き返さなかった。


「……行こっか。」

「……そうだな。」


 それから、また俺は歩き出した。今度はさっきよりも距離が近かった。その気になればいつでも手を結べるような……。


 って何考えてるんだ俺。


「ねえ、神谷君。」

「はいっ!?」


 そんなことをふと思った矢先、いきなり花園が聞いてくるものだから、びっくりして変な声が出てしまった。ああ、何ということを……。


「昔の朱音ちゃんと、入江君ってどんな感じだったの?突然だけど。」

「突然すぎんだろ……。」


 俺の嘆きにも、花園は無邪気に笑って見せた。


「ふふ、何か急に気になっちゃって。」


 急に言われても、何を話せばいいのだろうか。ガキの頃は毎日のように人で固まっては遊んでいたけども、いざ話せと言われても、材料が多すぎる。


「んー……どこから話せばいいのかなあ。」


 そんなことを言った直後だった。


「きゃあ!?」


 俺の真横を歩いている花園が突然、甲高い悲鳴とも言える声を上げたのだ。そしてそのままの流れで抱き着いてくる。


 まさかの展開に何が起きたのだろうと横を見ようとするも、その原因は大きく、嫌でも視界に入ってきた。


 茶色の体に、突き出した黄色い鋭い目。草むらから飛び出してきたのはまごうことなき熊だった。熊にしては少し小さいような気もしたけれど、咄嗟に登場したそのインパクトは凄まじいものだった。


「ってまじかよ!?」


 そう叫ぶ俺の行動は早かった。ほぼ反射で、花園の小さな手を掴んで森の中を駆け抜ける。花園もついてこれるように全力疾走ではないが、それなりのスピードはあるはずだ。


「か、神谷君後ろ!」


 聞いただけで恐怖も混じっているその声に反応して、後ろを振り返ると、その20メートル程後をすぐ、例の熊が四足歩行で追ってきていたのだ。


「熊ってこんなすばしっこい生き物だったっけ!?」


 当然、エンカウントしたのは初めてだし、熊の実態についてよく分かっていないが、こんな俊敏な動きを見せるのか熊って。死んだふりとかしてる暇ないだろこれ。


「分からない!分からないけどやばいよこれ!ってあれ?」


 花園が初めて聞く声を出している。逃げながらもこれは相当だと勘づく。が、花園が異変に気付いたようなので、俺はその足を止める。


「……どうした?」

「後ろから音が聞こえなくなったから……。」


 俺は、10秒間程、後ろを確認するが、確かに追手は来ていない。


「本当にまいたのか?これは?」


 いまいち信じがたかった。あんな俊敏な熊の化け物をこんな簡単にまけるものなのだろうか。


「来てないし、そうじゃない……かな。」

「……良かった。一瞬死を覚悟したぞ俺。」


 俺は安堵の息をつく。ほっとすると急に手の温もりに気が付く。慌てていて、いつ結んだかは定かではないが、俺の左手はぎっしりと花園の右手と結ばれていた。


「……あっ。」


 それを意識してしまうと急に恥ずかしくなって、俺は花園から目を背けながら手を振りほどく。


「……ごめん。」

「いやいや、こちらこそ……。」


 衝動的とはいえ、初めて女子と手を繋いでしまった。女子の手ってこんなに温かいものなのか。


 しかし、戻りかけていた空気がまたこれで微妙なものに変化してしまう。これは参った……と思っていたら、視界には小さな石の台が見えてきた。その上にはお札が置いてある。


「あ、あれって、お札じゃない?」


 花園もそれに気づいたみたいで、俺らは駆け寄る。思えば熊から逃げるために、それはそれはたくさん走ったのだ。


「…どうやらそのようだな。」


 俺は携帯のライト機能をオンにし、札にかざす。すると、よく分からない文字で表面は埋め尽くされていた。


「じゃあこれを持っていけばいいのかな?」

「そうだな。地図によるとここから下り坂らしいけど、どの道を行けばいいんだろうか。」


 確かに地図にはそう書いてある。真っすぐに下るとゴールの仏壇にたどり着くらしいのだが、暗くてよく見えない。


 花園も、携帯のライトをオンにして、道を探す。しかしそれは案外すぐ見つかるものだった。


「あ、道あるよ。ここかな?」

「……この他に道もなさそうだし、行くっきゃないか。」


 花園はその俺の言葉に小さく頷くと、俺を先頭に、電灯もない暗い道をゆっくりと下っていく。そんな急傾斜な坂というわけでもないのだが、今更転んで怪我をするのだけは嫌だ。


「わっ!?」


 すると急にすぐ後ろをついていた花園が悲鳴を上げる。また熊が出たというわけではないのだろうが、後ろを確認すると、花園が後ろで尻餅をついていた。


「おい、大丈夫か?」

「……うん。大丈夫そう……かな。」


 花園は少し不安げだったが、すぐに立てるあたり、怪我はなさそうだ。俺はほっとするとまたゆっくりと坂を下って行った。


 その時だった。急に腰に、温かい手の感触がしたのだ。誰かにシャツの裾を引っ張られているような感覚だったのだが、この場には俺以外の人間は1人しかいない。


「……花園。」

「……ごめん。その、怖かった、から……。」


 そう言いつつも花園はしっかりと裾を掴んで離さなかった。こんなものに俺が動揺しないわけもなく、俺の心臓が急にバクバクと鼓動を打ち始めた。


 女子とこんな近くで2人っきり。いつもは1つに結んでいるポニーテールは風呂上りで降ろしていて、坂を下っていくごとに女の子特有の良い髪の臭いがする。


「しっかり掴まってろよ……!」


 俺は覚悟を決めた。無事に花園を送り届ける。まだ泊まりは終わっちゃいない。明日もあるのだ。


「……うん。」


 


「おっそいなあ2人。」


 私は先回りしてスタンバイを完了していた。お札を挟むように、前後で開登と位置取りを決めた。1発目の開登は熊に扮して、私はお札を取った直後の坂で待機していた。


 開登が熊の着ぐるみを着て、後ろから追うように驚かすらしいから、私も真似てそれで行こうと企み、驚かす準備をしていたのだけども、中々2人が来ない。


「痛ったあ……。虫にでも刺されたかな。」


 私がそんなことを呟きながら、ふくらはぎをポリポリ書いていたその時、坂の上の方から、静かに足音が聞こえてきた。


 私はそれに合わせて着ぐるみを被る準備をし、草むらに身を潜め、葉と葉の隙間から覗き込む。


 しかし、私は目を疑った。私の視界を横切るように通り過ぎたのは、修と、修のシャツに引っ張られる栞だった。


「……やるじゃん、栞。」


 私は着ぐるみを脱いだ。良いムードを壊すわけにもいかない。元々、栞の恋を少しでも進展させるために、私が半ば無理矢理に呼んだのだけども……。


「大成功、かな。」


 その15センチの身長差の後ろ姿は、さながらカップルだったから。

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