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俺が部活を辞めた日  作者: 明戸
2章 Children Voice
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26.冷たそうに見えて、実は温かい

「これ、割とマジメに覗けるんじゃね?」


 開登がそういい出したのは体を洗い終わってのんびり温泉に浸かっているときだった。ここまできてなおも女湯を覗くという発想を捨てきれていないことも意外だったが、それ以上に意外だったのは開登の見つけた小さな穴だった。


「……は?」

「ほら、見てみろよこの小さな隙間。」


 そう言って開登が指差した木の壁には、少し大きめのキリで穴を開けたような隙間があった。まさか、と思いつつもそこに目を当ててみると、


「……まじだ。」


 見えるのである。天国とも称される女湯が。小さい穴から見えるのは女湯の1部分だけだったが、そこが女湯なのは確実だった。


 なぜなら、視界にははっきりと女性が2人、映っているからだ。タオルで大事なところはしっかり隠していて、片方は蒼いショートカット、もう片方はロングの黒髪……ってこれ。


「花園と菜月じゃねえか。」

「え、まじで!?ちょっと代われ修。」

「……あまり大きな声出すなよ。多分これ簡単に向こうまで声聞こえるやつだぞ。」


 恐らくこの木の壁が、男湯と女湯を隔てているのだろう。そういえば俺ら以外のところからもシャワーを浴びる音が聞こえていたような気もしなくはない。


「うお、まじだ。まさか本当に覗けるとは……。」


 開登は向こうに聞こえないよう、ヒソヒソと話していたが、そこからも興奮が伝わってくる。それでいいのか、開登よ。


「これで満足したか?開登。」

「……ん?」


 開登が向こうで何か異変を感じた様子だった。そしてその後、穴に目を当てていたのを、今度は耳に当てた。


「どした?何か聞こえるのか?」

「いいから、修聞いてみろって。」


 俺は不思議に思いつつも、穴に耳を当てた。すると想像よりも鮮明に2人の会話が聞こえてきた。


「……もう、からかわないでよ朱音ちゃん。さっきのシャワーのときもそうだったけどさ……。」


 この甘い声は花園だ。さっきのシャワーのときとはどんな会話のことを指しているのだろう、と思いかけたそのときだった。


「私はいつだって本気よ、本気。絶対、今修に告ったらオーケーもらえるって。」


 俺はその言葉に度肝を抜かれた。会話の内容もなかなか衝撃的だったのだが、向こうはこの湯のカラクリに気づいていない。


 つまり、この会話を俺が聞いていることなんて当然だけども予想していないわけだ。その結果が、この会話。


「……これは、確かにやばいな。」


 そして同時に開登が俺にこの会話を聞け、と言った理由を悟る。確かにこれは俺が聞いて初めて意味のある会話だ。


「だろ?ただ、俺もとっっってもその話気になるんだが、2人だと聞けなさそうか?物理的に。」


 穴はとても小さい。が、女子のお喋りだけあって声量は十分だから、聞けないことはなさそうだ。俺は開登に目配せをしてこっちに来るよう合図をする。


「うっすらだが、聞けそうだ。」


 俺が右耳で穴に耳を当てて、開登が左耳で、穴に耳を当てる。傍から見たら完全に変人だ。誰か人が入ってきたらどう言い訳をしようか。


 まあそんなことは来てから考えればいい。今はこちらの方が重要なのだ。


「で、ぶっちゃけ修のどこが好きなのよ?」


 花園と菜月の会話は俺たちの聞いていない間にかなり飛躍してきている。聞いていないと言えば、菜月の、告ったらオーケーもらえるって、の発言の後、花園は何て答えたのだろうか。


 俺はかぶりを振った。今は別のことを考えていたらだめだ。


「ああ、あれ?朱音ちゃんにあのお泊り会の時、言ってなかったっけ。」


 いつのお泊り会だかは分からないが、今日のことではないことは確かだ。


「今から1年前のあの日でしょ?あの時は気づいたら皆、寝落ちしちゃってたからあまり覚えてなくてさ。」


 1年前?女友達とでも泊まったのだろうか。


「そうだったっけ……。でも改めて言うのってなんだか恥ずかしくて……。」


 ちらりと後ろを見ると開登はとても真面目に聞いている。その集中を勉強に使えばいいのに……。


「いいじゃんこういうときぐらい!誰か他に聞いてるわけじゃないんだしさ!」


 それを聞いて俺と開登は仲良くビクッと反応する。聞いている人がいるんですよ。ここに。


「んっとね……あまり言葉にしづらいんだけど……。


 冷たそうに見えて、実は温かいってところかな。」


 冷たそうに見えて、実は温かい……?


 それはどういう意味だろう。自分でもあまり考えたことが無かった。


 俺は思わず開登と顔を見合わせていた。お互いに何を喋っていいか分からず、ずっと顔を見合わせていると、壁の向こうではさらに興味の引く話題へと発展していた。


「そういう朱音ちゃんはどうなの?好きな人とか……いない?」


そう言えば、幼少期から菜月朱音の好きな人を聞いたことはなかった。スポーツ万能の元気な少女として男子からも人気も高く、菜月朱音を好きになる人は割と知っていたが。


「私は今はいないかなあ。いたことはあるけどね。」


 ……いたのか。俺も開登も恐らく初耳だ。あまり私情を人に話さない人だったし、何よりどんな人なのだろうか。


「へえ……なんだか意外だね。その人ってどんな感じだったの?」


 花園グッジョブと思っていたが、菜月の返答は予想を大きく外れるものだった。


「ひ・み・つ。」


 今度は俺と開登は仲良く肩を落とす。


「えー……、そこまで言ったんだから朱音ちゃんも教えてよー……。」

「初恋なんてもうとっくに終わったからね。私は過去は振り返らない主義なの。」


 まあ、それも菜月らしい。そう思った時、開登がポンと肩を叩いてきた。俺はゆっくり耳を傾けると、開登はヒソヒソ声で話した。


「そろそろ、出ないか?これ以上隠れて聞くのは罪悪感もあるし。」


 まあこんな話を盗み聞きしている時点で罪悪感もクソもないようなものなのだが、俺は同意した。


「のぼせてきたしな。」


 そう言って2人でニッコリ笑って、ゆっくりと、最後の最後でばれないようにお湯を後にした。


「大胆に覗きはできないかったけど、中々に濃かったな。」


 開登がそう言ったのは、俺が脱衣所でパジャマを兼ねた青いTシャツに着替えたときだった。サーフィンの模様が入っているいかにも夏らしいシャツだったが、開登はバスケの練習着を流用しているみたいだった。


「お前は覗きに何を求めてるんだよ。まあ良い話は聞けたよな。」

「冷たいように見えて、実は温かい、ねえ。」

「急に何だよ……。」


 比喩のようなものなのだろうか、この言葉は。直接本人に聞けないのが残念なところだ。


「花園さん、もしかしたら詩人の才能があるんじゃないかな。」

「え!?開登、この言葉の意味分かるのか?」

「コーヒー牛乳おごってくれたら教えてあげるよ。」

「……やめとくわ。」



「良い湯だったね。朱音ちゃん。」


 私がこう言ったのは風呂から上がった脱衣所ででした。クラスの友達と一緒にふろに入ることなんてめったにないので、こういうときはついお喋りをしてしまいます。


「ねー。でも男子勢かなり待たせちゃったかな。多分もうとっくに上がってるだろうし。」

「あー……だとしたら謝らなきゃね……。」

 

 そんな会話をしつつ、上がった後の待ち合わせ場所である受付の大広間に行こうとしたそのときでした。


「進展はどう?栞。」


 先を歩いていた朱音ちゃんが振り返って言いました。


「うーん。今のところはハイタッチくらいしか……。」

「まだだめねえ。いい?私が応援してるんだから。何としても修との距離を縮めるのよ。分かった?」


 大きな蒼い瞳をキラキラさせてそう言う朱音ちゃんはとても気迫があるのです。私は少し気圧されてしまいます。


「う、うん。」

「そうと分かったらこれを見せてきなさい。」


 朱音ちゃんが後ろから出したのはくじのようなものでした。箱の中に、くじが4本あるのです。


「……これは?」

「肝試しに決まってるじゃない。もうコースも下見してあるわ。」


 恐ろしく準備が良い……。これが朱音ちゃんの本気……。


「でも、くじってことは入江君と同じになるってことも……。」

「そこはガッツよ。」

「わ、分かった……。」

「じゃあはい。」


 朱音ちゃんはそう言うと私にくじを渡しました。


「え!?これ私が渡すの?」

「そりゃそうよ。というか栞は自分からアタックしなさすぎなのよ。もっとがつがついかないと。」


 自分からアタックしない……。私の最近の1番のコンプレックス……。


 私は息を飲みました。今、それを克服する時が来たのです。


「……うん!」

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