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俺が部活を辞めた日  作者: 明戸
2章 Children Voice
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25.夜、交わらない

「本当にこの道で合ってるのか?」


 俺はそう花園に問いかける。その秘湯とも言える銭湯は森の中にひっそりと佇んでいるらしいが、それにしてはかなり険しい道を辿っていたからだ。


 歩いて5分しか経ってないのに辺りは電灯も無しに完全に真っ暗。狭くて細い木の道をひたすらに進んでいたからだ。


「もうすぐだよ。もうすぐ。」


 着替えやタオルを持ちながらの移動なので運動していない帰宅部には体にくるものもある。ひょっとしたら帰れないんじゃないかと思い始めたそのときだった。


「あれ、これ温泉の臭いじゃない?」


 菜月が鼻を利かせてそう言う。その言葉にあやかって臭いをかいでみたら、確かに温泉特有の硫黄の臭いがどこからともなくしてくるのだ。


「ってことはあれじゃね?」


 視力が2.0を下回ったことがないことが自慢らしい開登が指差す先に、明かりが点いていた。近づいていくと湯気がもくもくと立っている。


「……これか!」

「そうそう。ここが秘湯風呂っていう名前の銭湯みたいなところなんだけどね。」

「そのままだな……。」


 もっと凝ったネーミングは重いつかなかったのか……と皆はズッコケる。まあ名前なんて飾りみたいなものだ。問題はサービスなのだが。


「おお。」


 中に入るといかにも銭湯って感じの内装だった。視界は全て木の板で、受付の人の良さそうなおばさんが男湯と女湯の間に陣取っている。


 その横にはお馴染み、コーヒー牛乳やらミックスジュースやらアイスまでもが置いてある。


「何気、俺、銭湯くるの初めてかもな。家の近くになかったし。」

「私もかも。引っ越し先にもないしね。」

「つーか、今のご時世、あまり銭湯ないもんなー。」


 4人で他愛もない会話を交えつつ、入ってすぐ受付へと向かう。


「いらっしゃい。今日はお友達とかい?」

「そ、そうですね……。4人です。」


 花園が少し戸惑ったのは、俺と開登を友達に分類して良いか迷ったからだろう。結局、友達ということに落ち着いたのだけども何か複雑な気持ちだ。


「あいよ。1人600円だから2400円だね。」


 皆丁度出せたので、スムーズに会計が進む。といっても後ろに並んでいる人もいないから遅くても支障はないのだが。


「じゃあごゆっくり。」


 そして赤色の女湯と、青色の男湯に別れて、のれんをくぐろうとしたその時、菜月が立ち止まって言った。


「一応言っておくけど、覗いたりしたら分かってるよね?特に開登。」

「心外だねえ、朱音ちゃん。この僕がそんなことをするように見えるかい?」

「見えるから言ってんのよ……。」


 特に、ということは俺も疑われているのか……。


「では、また後で会おう。」


 その後、のれんをくぐって正式に分かれる。そして開登が次に口を開いたのはそれから2秒後だった。


「よし、覗こう。」


 一体何がどう、よしなのか全く分からないんですが……。


「お前、本当に躊躇ないな……。」

「わざわざ覗くなということは逆に覗いてほしいという乙女心、俺はそう捉えた。」


 こんなくだらない話をしている間に、脱衣所まで移動。脱衣所まで全て内壁は木造で、日本の美を感じさせられる。


「絶対に違うと思うが……。」

「修はマジメだなあ……。」

「お前が不真面目すぎるんだって……。」


 脱衣所内にまで人っ子1人いないから、あけすけな言葉も言い放題なのだが、誰か入ってきたらどうしようか。


「じゃあワンチャン覗けたら覗くとするか……。」

「お前はこの銭湯のどこにワンチャンスがある可能性を見出したんだ……。」

「探せば穴か何かありそうじゃないか?雰囲気的に。」


 それはそれで店としてどうなのだろうか。欠陥ってレベルじゃないぞ。


「まあ無理だろうよ。じゃ、俺は先に行ってるぞ。」


 俺は先に着替え終わって、タオルをまとめて一足先へ中へ。待ってくれよおと開登も急いで着替えるが、置いてけぼりだ。放っておいてもついてくるだろう。


「おお。」


 開登が散々馬鹿にしてたこの湯だが、蓋を開けてみるとまるで露天風呂かのような湯だった。脱衣所からドアを開けるとそこは外へ通じていて、大きな桶を模した大きな風呂が木の壁に面するようにある。


 すぐ入りたいのは山々だが、まずは体を洗い流すのが優先。俺はシャワーに座り、頭を洗っていると、隣に開登が座りこんでくる。


「これ覗けるかな……?」

「第一声がそれかよ!?風呂の感想はないのか……。」


 俺がシャワーを浴びている最中に割り込んでまで言わなければいけない話だったのか。むしろそこまでする執念がすごい。


「綺麗だと思う。」

「適当!?」



「結構綺麗じゃない。天然の湯って感じで。」


 朱音ちゃんの第一声はこれでした。皆、森の中の湯って聞いてどんな反応をするんだろうって思ったけども、喜んでもらえて何よりです。


「私のおばあちゃんとおじいちゃんの頃からあったらしいから、結構古いんだよね。」


 私自身もここには久しぶりに来ました。祖父と祖母がここの湯が大好きで、生きていた頃はよく来たのですが、亡くなってからはめっきり来なくなってしまいました。


 長らく来てなかったけど、この桶の湯。昔から何も変わっていません。木の壁に寄りかかりながらお湯に浸かるのがとても気持ちよかったのを覚えています。


 ただ、唯一変わったことといえば


「へええ。まさに秘湯って感じね。見る限り私達以外誰もいないようだし。」


 客がいないことです。まだ幼かったけど、ここに来るたびにたくさんの人で賑わっていた記憶があるのですが、時の流れは残酷です。


「こんな良いところを貸し切りにできるなんてもしかしたら私達、運がいいのかもね。」


 私達は並んでシャワーをしながら話します。早く入りたいけども、我慢我慢。


「……何か栞、ちょっと変わったよね。」


 そんな中、朱音ちゃんがこう切り出します。突然すぎて、私はシャワーで洗い流していた手を止めてしまいます。


「ど、どういうこと……?」

「そう、そんな感じ。4月5月の栞は、引っ込み事案すぎて口調も自信が無かったもの。」


 そう言われて初めて私は今までの自分を振り返りました。


 同じクラスになって初めて話したあの時


「お、おはよう。神谷君……。」


 そして気まずくなって思わず逃げてしまったあの時


「本当にごめんなさい!!」


 朱音ちゃんに私の気持ちを暴かれそうになったあの時


「い、いや……そ、そんなわけじゃ…な、ないし!」


 以前の私は言葉が詰まることが多かったのかもしれない。それは自分に自信がなかったから。どんなことにおいても自分を卑下しちゃって、自己主張というものがなかった。


「そ、そうかな……。」


 なんだか思い返すと恥ずかしくなって朱音ちゃんから目を背けてしまいます。


「絶対そうだよ!やっぱり栞変わったって。」

「だと、いいんだけどね。」


 私は止めていた手をもう一度動かします。いまいち自分が変わったことに気づけていないのです。なんせ無意識にやっていたことだったし、いつ変わったのかも定かではないのですから。


 強いて言うなら体育祭、かな。


「今なら、修に告ったらオーケーもらえるんじゃない?」


 朱音ちゃんは突拍子もないことを急に言い出してくるから怖いのです。私は持っていたシャワーを思わず落としそうになってしまいました。


「ば、馬鹿なこと言わないでよ……!」

「あはは。ごめん、そうだよね。まだチャンスはあるんだし、ゆっくり追ってこう!」

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