24.月光を浴びた肉
「ふへえ、なんだかんだ言って充実してたな。」
帰る頃には18時になっていて、もう日が暮れ始めている。あの後は結局海にも入り、海の中でもバレーをしたりした。
海に入った後の髪は4人ともパサパサで、花園はいつもは後ろでポニーテールで1つに結んでいるが、今はその黒髪をすらりと降ろしている。
開登がこう言ったのは花園の家に帰る途中で、海と花園の家は歩いて15分といったところだ。ほとんど直線の道なのだが、近くもなければ遠くもない。
「で、これから何するんだ?」
「うーん、晩御飯にでもしたいんだけどちょっと早いかなって気もするんだよね。皆お腹空いてる?」
俺はお昼を食べたのは1時頃だからお腹が空いているか、と言われれば微妙なところだが、
「俺は結構空いてるよ!」
「私もー!」
菜月と開登は屈託のない笑顔でそう言い張る。となると俺だけが拒否るわけにもいかない。
「神谷君は?」
「俺もそれでいいぞ。」
「おっし。決まりい!で、何食べるんだ?」
「バーベキューの用意なら……。」
花園が言い終わらないうちに開登と菜月はバーべキューという単語にピクッと反応する。バーベキューなら食べ始めるのにも時間がかかるし俺としても丁度いい。
「バーベキューってまじ?」
「バーベキュー!?」
「う、うん。」
それを聞くと開登と菜月はよほど嬉しかったのか、謎の舞を見せながら先に行ってしまう。今までに見たことないスタイルの踊りだったから本当に謎だ。
「バーベキューですって奥さん!」
「バーベキューですってよあなた!」
お前ら本当はめちゃくちゃ仲いいんだろ……。俺と花園は呆れ顔で見送った。
「確かにバーベキューとは言ったけどさ……。」
しかし、バーベキューが始まったというのに、開登の顔はとてもふてくされたものだった。
「俺だけ肉焼く専門係っていうのはあまりにも非情じゃないですか!?」
「仕方ないじゃない。」
「何がどう仕方ないの!?」
それには当然理由があって、それは花園の家に帰り、広大な庭でバーベキューを始めたはいいものの、菜月が開登にだけいきなりトングだけ渡し、開登はひたすらに肉を裏返していたからだ。
俺も肉を頬張りながら少し、ほんの少しだけ同情する。何もせずに食べる肉はとてもおいしいのだ。
「でもなんだかんだ言ってやってくれるのよね開登。」
「だって今更断れないじゃん!?なのに手伝ってくれるの花園さんだけだよ!?これを見て何とも思わないの君たち2人!」
菜月も心のどこかで同情しているのだろうが、それを行動に移しているのは花園だけだ。明らかに嫌な仕事を押し付けられている開登を優しく手伝って、まるで天使のような笑みで皿によそってくれるのだ。
「花園偉いなあと思う。」
「そっちじゃなくて!」
こう突っ込みを入れている間にも開登はひたすらに肉やソーセージを育成していく。ここまで来るともう芸人なのかもしれない。
「あっ。よそ見してたら焦がしちゃった……。」
花園が肉を食べている間に、育てていた肉が焦げてしまっていた。無残にもその肉は金網にへばりついてしまっている。
「あ、それ開登の皿に入れといていいわよ。」
「あんたほんとに人間!?」
平然とそう言い張る菜月。何というか、かなり同情してきた……。ここまできてやっとかって話だけども。
「いや、でも入江君に悪いし、責任持って食べるよ!」
俺だったら躊躇なく開登に押し付けていたその肉を、花園は小さい口の中に運んでいく。開登にもここまで優しく接することが出来るということはきっと全員にこのような温厚な対応をしているのだろう。
その異常なまでの誠実さは、俺と菜月の中にわずかに残る良心に訴えかけたのかもしれない。現に3人はその行動に良い意味で唖然としていた。
「……良い人だ。」
「お前らも少し、いや全部見習うべきだ。彼女のことを。」
これを見るに、改めて花園は誰にでも優しく接する性分なんだろうなあとしみじみ思う。菜月もそう思っていたのか、皿を置いて立ち上がった。
「しょうがないわねえ。仕方ないから今度は私が焼いてあげるわ。仕方ないから。」
「なんでそんな上から目線なんだ……。」
「あら、いいの?せっかくの人の好意を……。」
「いや、ぜひお願いします。」
菜月は言葉こそはしぶしぶといった感じだったが、表情はニコニコしていた。俺も黙って座っているわけにはいかない。
「しゃあねえ。俺もやるかあ。花園、バトンタッチだ。」
「いや、でも……。」
「まあまあ座ってろって。」
「いや、私もやるよ!焼くのは多い方がいいし、元々バーベキューって全員で焼くものだし。」
花園のその言葉にその場にいる3人が凍り付いた。そういえば誰かに押し付けることばかりを考えて、全員で焼くという元も子もないことが頭から抜けてしまっていた。
……一体今まで何をしていたのだろうか。
「そ、そうだな。なんてったってバーベキューだしな。俺も引き続き、焼くっきゃないよな。」
本質を知ってしまった開登は言語がカタコトに。でも待てよ?全員で焼くということは食材の周りが速くなるということ。
食材の周りが速くなるといえば、その中で優先して肉が消えていくのは誰もが分かる。少しの沈黙の後、皆、一斉に口を開いた。
「肉じゃあ!」
「この肉私のね!」
「ちょっとお前ら、さっき散々食べたんだから今くらい俺に譲ってくれたっていいだろ!」
もう鉄板の上は戦争状態。中でも菜月朱音の軍がやはり強いか。
「さっきの私はさっきの私!今の私は今の私なの!」
「いや、意味わかんねーよ!?」
「お前は無条件にとうもろこしでも食ってろ。」
「そんなバーベキューは嫌だあああ!」
気づけば辺りはすっかり暗くなっていて、丸い月がはしゃぐ俺たちの前に顔を出していた。
「ふう。バーベキュー楽しかったねえ。ご馳走様。花園さん。」
あの後、肉を武力で占領した菜月と俺だったが、まさか焼きそばまで用意されているとは知らず、肉まででお腹を満たしてしまった俺らは事実上、開登に敗北したのだった。
故に開登もこの笑顔である。とても腹ただしい。
「喜んでもらえたら何よりだよ!」
「で、これから何するんだ?」
ここ数十分はただだらだらと過ごしている。それはそれでいいのだが、何か最近の何もない夏休みの毎日のようで嫌だ。
「そーだ。お風呂は?」
この菜月の提案に俄然テンションが上がるのは開登。最初の駅の集合の時点で風呂のことは楽しみにしていた。
「近くに銭湯があるからそこにしようと思っているんだけど、いいかな?」
「混浴ですか!?」
「んなわけないでしょ。当然、別々よ。」
「ですよねー。」
混浴説については、駅の時点で既に菜月に否定されていたが、改めて聞くとガッカリするらしい。というか混浴ならそこの銭湯を選ばないはずだ。
「ここからどれくらいなんだ?」
「10分くらい森の中歩いたらあるの。結構近いかな?」
「それって猿とか出てこないのかい?」
いや、それは馬鹿にしすぎだ開登。確かに花園の家の後ろに怪しげな森はあったけども。
「なんか秘湯って感じなの。行ってみれば分かるよ。」
秘湯とはロマンを感じる。実際、俺もこの時点では気になっていた。
とうとう、俺たちの夜が始まったのだ。




