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俺が部活を辞めた日  作者: 明戸
2章 Children Voice
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23.夏らしくない夏へ

「うーん。煌めく海!揺れる波!」


 海に着いた瞬間、元々高めだった開登のテンションは絶頂を迎える。着替えた後は更衣室の出口で落ち合わせるということになっているのだが、必然的に男の方が早く着替え終わる。


 俺は青一色のシンプルな海パンだが、開登は緑をベースに白いヤシの木のような模様がところどころ入っているアロハ仕様。水着からでも気合が入っているのが分かる。


「やっぱ海はこうじゃないとね……ってどしたの修。そんな浮かない顔して。」


 開登の上昇中のテンションに反比例するかのごとく、俺は真顔で海をジーっと見つめている。昔から海や、体育の水泳の授業は大嫌いだった。


「開登だって知ってんだろ。俺が泳げないの。」


 どのスポーツをやらせてもそつなくこなす人だったが、泳ぎだけはからっきしで、昔から金づちなのだ。やっと不格好なクロールで25メートル泳げるようになったところだし。


 本当は海にも来たくなかったのだが、他3人は海に行く前提で話を進めていたのでしぶしぶといった感じだ。


「そういやそうだったね。ま、今日で覚えてけばいいさ。」

「今日の1日で覚えられたら今頃苦労してねえって。」

「それもそうだね。じゃあもう今日は1人で砂浜に座っててもらうしか。」


 開登がそう言うものだから、俺は思わず皆が楽しんでいる横で、1人でそれを眺めている自分を想像しかけて首を横に振る。


「それは絶対に嫌だ。」

「冗談冗談。」


「おまたせー!」


 俺が開登のその言葉にほっとしたその時、背後から花園と菜月の声が聞こえてくる。それに反応して開登の首が音速で180度回転する。


「……ああ。」


 そして開登は落胆する。理由は言うまでもない。菜月と花園は水着の上に薄い上着を羽織っていたからだ。


「あら、ビキニじゃなくて残念だったわね。入江君。今の気持ちはどう?」


 菜月の言葉がいちいち開登の胸には突き刺さるようだ。言葉の槍がぐさぐさと開登の胸をえぐっていく。相当淡い期待を馳せていたようだ。


「全く夢がない方だ……。なあ修?」

「いや、俺に振るな……。」


 俺もそういうものに興味があるわけではないが、女子の前でそれを言う勇気はない。


「それより、俺は皆が泳げるかどうかが知りたいんだが。」


 開登は放っておくとしても、今の問題はそこだ。開登はスイミングスクールか何かに行っていた気がするが、女子陣に果たして仲間はいるのだろうか、いや、いてほしい。


「俺は最低限は泳げるぞ。クロールと平泳ぎかな。スイミングすぐ辞めちゃったしな。」


 運動神経抜群の開登からしたら、出来ない種目の方なのだろうが、俺からしたら平泳ぎが泳げるなんて超人だ。


「私はばっちり4泳法!長いこと習ってたしね!」


 菜月はそう言ってピースサイン。まあ泳げそうだもんなこいつ。なんだか羨ましい。


「……花園は?」


 そして目線は未だ答えていない花園に向けられる。頼む。花園、泳げなくあってくれ。しかしそんな期待は音を立てて崩れ落ちる。


「実は私も習ってて……。」


 俺、神谷修。あえなく撃沈。同時に消し炭と化す。これは本当に皆が海の中でワイワイ遊んでいるとき、海辺で1人で体育座りしながら眺めなければならなくなるフラグでは……。


「あれ、修って泳げなかったっけ?」


 菜月のお気楽な言葉が、今度は俺の胸に突き刺さる。もうこれ以上えぐるのはやめてくれ……やめてくれ……。


「悲しいことに、全く。」


 俺がそう言ったら空気が凍り付くのかと思ったが、花園は手をポンと打って打開案を言い放ったのだった。


「じゃあビーチバレーは?」


 その言葉に他3人も手を打った。


「それだ!」




「いくよー!」


 コートは無料で貸し出ししているコートがあって、そこを使うことになっている。


 菜月がボールを高く上げ、下から簡易的なサーブを打つ。チームはジャンケンで決めた俺、花園対、開登、菜月ペア。そしてボールは放物線を描いて、俺の元へ。


 バレーに関しては全くの初心者だが、皆初心者だから球も弱く、レシーブは容易だ。3回以内でボールを返せばいいのだが、3回以内なので1回で返してもいいのだが……。


「えっ、私!?」


 俺は手を少し花園の構える左へ傾けて、花園にパスをする。花園は俺が1回で返すと思っていたのか、慌てて構える。


「んっ。」


 流れで花園が打ったボールは低い弾道を描いて、相手のコートへ返球される……はずだったが、ネットから1人の背の高い男が、ジャンプして行く手を阻める。


「あ、ブロック!」


 構えていた菜月が思わず声を上げる。そして無残にも開登の大きな手にボールは跳ね返される。ボールは2人のいない場所へピンポイントで飛んでいく。


「おっし!決まった!」

「開登の癖にやるじゃん……。」


 開登のキャラもキャラだからこうして見下されているけども、こうしてみると開登は相当運動神経が良い。


 菜月は手のひらを開登の方に向ける。開登も即座にそれを理解したのか勢いよく手を重ねる。


「いえい!」


 反対側のコートから俺らはそれを見ているが、なんだかんだ言って菜月と開登、仲いいんだなあと思う。花園はそれを黙って見ている。


「よし、じゃあ次行くよー!」


 そうこうしている間に菜月は次のサーブを打ち始める。ボールはゆっくりと、花園の方へ。花園は垂直に高くレシーブをする。


「おう!」 


 もう完全に流れだけだ。俺は高く上がったボールが落ちてくるのに合わせ、振りかぶってジャンプをする。


「……!!」


 形はテレビの見よう見まねだったが、振りかぶった手を大きく振り下ろす。そう、スパイクだ。


 ボールは速度を増し、さらに直線を描いて相手のコートへ。2人はそれを返すことができず、ラリーは終了する。


「……入った。」


 なんとかなるものだ。菜月と開登は唖然としていたが、状況を飲み込むと、即座に口を揃えて言った。


「修、今のすごくない!?ほんとに初心者?」

「お前もしかしたら才能あるんじゃね?」


 あまり人から褒められることのない人生だったから、いざ褒められると素直に嬉しい気持ちもある。


「ま、まぐれだって、まぐれ。」

「いや全然だよ!すごかったよ神谷君!」


 そう否定するが、花園までもがベタ褒め。花園に関してはまるで自分のことかのように喜んでいる。


「そだな。とりあえずちまちま点取ってこう!」


 いつものようにそう俺が返答したその時だった。花園はゆっくりと手のひらをこちらに向け、静止する。突然のことに俺が戸惑っていると、花園が消え入りそうな声で呟く。


「その……良い点決めたから……ハ、ハ、ハ……」


 花園の言いたいことは分かった。分かった上で開登みたいに勢いよく手を重ねる。女子らしい小さな手だった。花園の手を1,5倍してやっと俺の手と同じ大きさかもしれない。



「ハイタッチ、だな!」


 それと同時に花園の顔が笑顔で溢れる。


「うん!」


 海というものは今まで、親でも殺されたかのように嫌っていたものだけども、こういう楽しみ方もあるんだな、と再確認する。


 しかし、俺らの2日はまだ始まったばかりだ。


「おし、次いくぞー!」

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