02.同じキモチ
胸が痛かった。こんなにも自分の事を思ってくれている人を真向から振るのは。
「…花園さんの気持ちはとても分かった。でも今は彼女とかはいらないかなって。」
「そう…。」
花園が大きなショックを受けているのは外面からでもすぐ分かった。でもこうする他なかったのだ。
朝登校したら机の中に入れた覚えのない紙切れが挟まっていて、それを開くとラブレターだということがわかった。
こんな夢のような展開、ごく普通の男子高校生なら誰だって舞い上がる。一度しかない高校時代の青春を彼女と一緒に過ごせるなんてこれほど幸せなことはない。これがリア充と言われる所以だ。
ただそれはごく普通の男子高校生の話だ。もう俺は普通じゃないんだ。
あの半年前の出来事さえなければ…今どんな返事をしてたんだろうなあ…。
「貴重な時間をどうもありがとう…。」
花園はそう言って階段のそばで立っていた俺の横を通り過ぎる。通り過ぎるときとてもいい臭いがした。いつも使っているシャンプーの香りだろうか。フローラルのような、バラのような…。
「あ、神谷くん!」
階段を降りかけるところで花園は俺を呼び止めた。この不意打ちに俺はまたドキッとする。
「来年も、同じクラスになれるといいね!」
そう笑顔を見せると俺の返事も待たずに階段を降りて行ってしまった。当然だけども、嬉しいときに見せる笑顔ではなかった。
「貴重な時間かあ…。」
花園は何気なく言った言葉かもしれない。俺の貴重な時間を割いてまで呼び出してしまった、そういう意なのだけども…。
貴重な時間を割いてしまったのは明らかに俺の方だ。勇気を出して告白してくれたその一秒一秒を俺の一言で一瞬で無に返してしまった。
来年も同じクラスになれるといいね!
この言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。この一言には深く、そして重みがあった。
「あらら、振っちゃったんだね。せっかくのチャンスを。」
突然後ろから何者かの声が聞こえてくるが、声の主が誰だかもう聞かなくても分かる。これだけ長く付き合っている友人というのもお前くらいだ。
「お前もこの駅で降りてたんか…。」
「花園さんの恋の行方を知りたくてね、神谷君!」
突然現れた開登は黙って俺の横に腰かける。
「その呼び方をやめろ。」
「つれない男だねえ修。せっかくのチャンスなのに自分から棒に振っちゃって。全くモテる男は辛いねえ。」
「お前だけには言われたくなかったな。」
そう俺が皮肉るも、開登からの返事はなかった。代わりに海を眺めて黄昏ている。
「お前はどこから見てたんだ。花園の件を。」
俺が長い沈黙の時間を断ち切って質問をする。
「どこからって言われてもどこも見てないよ。駅から修に尾行してて階段の近くで待機してたんだけど、しばらくしたら階段から悲しそうな顔をした花園さんが降りてきたわけ。」
「やっぱ俺、悪いことしちゃったかなあ…。」
「ま、良いことではないだろうね。でも悪いこととは限らないよ。」
俺はきょとんとしてしまった。なんだそれ、意味深すぎる。意味深というよりは捉え方によって無限の意味を持つような…。
「それはどういう意味だ?」
「来たるべき時が来たら教えるよ。」
そういうと開登は席を立った。
「帰ろうか。僕たちの町へ。」
ザーザーと潮が満ち引きする音だけが響いていた。どこまでも不思議なやつだ全く。
「…そうだな。今はゲーセン寄るとかそんな気分じゃないしな。」
帰りの電車の頃には完全にいつもの流れだった。椅子に並んで座るが別々にスマホをいじっている。そしてそこから3駅、学校からは合計6駅の比較的大きな開登の最寄り駅に着いた。
「じゃあな。」
俺は先に別れの挨拶を告げる。
「おう。じゃーな。」
開登はいつもの笑顔で電車を降りて行った。そこから先の一駅は一人だ。再びスマホに目を通そうと思ったそのとき、開登からラインの通知が来た。
来年も同じクラスだったらいいな。
開登。
「なれたらいいなあ…。」
「あんた何呟いてんの?」
急に聞こえてくる聞き慣れた女子の声に俺はビクッと反応する。しかしこの声は花園でもなければ当然開登でもない。
「菜月!?いつからここに!?」
声の主は菜月朱音。肩に届いているか届いてないかくらいの短い青い髪を束ねていない、典型的なショートカットが特徴的で、見るからにスポーツ少女って感じだ。身長も女子にしては高く162,163くらいはありそうだ。
「ずっと向かいに座ってたわよ。海岸前で乗ってきてたけど何か用事でもあったの?あそこに。」
言えない。告白されたのを振ったなんて。なんでこう俺の周りの人ってピンポイントに痛いところを攻めてくるんだろうか。
「あ、あれだよ、あれ。暇だったから開登と海でも見ようかってなってな。ところでお前部活は無かったんか?」
「昨日の土砂降りの雨でせいでコートまだ使えなくってさ。中練だったから早く上がったの。」
花園に告白されたということを菜月に話してはいけない最も大きな理由の一つとして、花園と菜月が同じ部活というのがある。そう女子ソフトテニス部だ。
花園と菜月が一緒ということは半年前まで俺も同じということ。つまり三人ソフトテニス部だったわけだ。何はともあれ上手く話を逸らすことができた。
「いやあ大変ですねえ。部活があるって。」
「私に皮肉をぶつけるようになるとは昔に比べてだいぶ生意気になってきたわねえ。」
菜月は腕の関節をメキメキと鳴らして戦闘態勢に。見れば分かる通り、清楚な花園とは180度反対のアグレッシブな人間だ。
「何その上下関係!?」
そのときガタンと電車がブレーキをかけ始めた。俺と菜月の最寄り駅に電車が到着しようとしていたのだ。
「なんだ、もう駅に着くのね。」
「…そうだな。」
電車が駅に止まるまでの間、一言も会話を交わさなかった、何というか不思議な時間が流れていた。あまりに何もすることが無かったので買ってあったペットボトルのジュースを飲もうとしたそのときだった。
「あ、そういや栞ってどこにいるか知ってる?なんか今日理由も言わずに部活休んじゃったからちょっと気になるんだよね。」
急すぎるその攻撃に俺は思わず吹き出しそうになってしまった。何とか吹き出すのはこらえたがその代償にゲホゲホとむせてしまった。
「…大丈夫?」
「大丈夫だまじで、うん。いや全然知らないぞ全然。」
平常心を保て俺。そして敵に心境を悟られないようにするんだ。とりあえずまずは電車を降りる。降りた後はホームで二人っきりだった。
「…そっか。栞って皆面倒な中練習でもいつも一番早く来るからちょっと心配なんだよなあ。」
真面目な生き様だなあ。そう思った。典型的な部活に青春を捧げている人って感じだ。
「本人に直接聞けばいいんじゃないか?」
「連絡入れたんだけど返信帰ってこないの。未読のまま無視とかする人じゃないから余計に心配でさ。」
「…部活楽しんでるんだな。」
「そうね。少なくても修や開登とは違ってね。」
菜月と俺、開登は同じ中学かつ幼馴染で昔からの知り合いだ。だいぶ前までは三人の家が隣接していたんだけども、俺と修が引っ越したことによって今はその面影はなくなっている。
「一言多いぞ。」
「事実を言ったまでです。」
その後2人は何も会話を交わさなかった。会話を交わさないと一気に気まずくなるというもので次第に歩くペースも早まってくる。
結局、そのまま改札を出たが、菜月が引っ越した関係で菜月は西口、俺は東口が最寄りの降り口だった。
「そーいや明日、クラス替えだね。」
俺が別れの挨拶を言おうとしたそのとき、菜月が何の脈絡も無しに話を切り出した。
「そうだな。もう高校2年かってなると早いもんだ。でもどうして急にそんな話を…。」
「いや、ふと来年は同じクラスになれるといいなって思ったからさ。」
なんで1日にこんなドキドキしなければいけないんだろうか…。今日だけでこの言葉を花園と開登と菜月からの3人にされている。
といっても、菜月は高校1年のときは別クラスだった。
「また同中三人で同じクラスに…ね。じゃ、また明日。」
だけども、最後の言葉だけは少し意味が違ったみたいだ。開登のおまけつきだった。
「…おう、じゃあな。」
こうして俺の変な一日が終わった。
これにて0章というかプロローグは終了です。
次回からはコメディしていきますので、よろしくお願いします。