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俺が部活を辞めた日  作者: 明戸
1章 Grew Heart
18/59

18.変わった

「と、いうわけで!」


 気が付けば体育祭も最後の種目へ。明暗を分けるのは大トリ、全員リレー。この競技の直前に開示された点数速報によると、1位の4組とは4点差。そして俺ら7組が2位、そしてそこに5点差ついて追いかけてくるのは3組だ。


 とうとう本番ということで、肩を組んで円陣を組んでいるというわけだ。そしてその円の中心で開登が皆に囲まれて指揮を執っている。


 開登は口いっぱいに息を吸い込んで言い放った。女子も男子も統一して掛け声を合わせる。



「長かった体育祭もこれで最後!」

「おう!」

「泣いても笑ってもこれで最後!」

「おう!」


 そして開登は叫んだ。


「じゃあ気張っていきましょう!ふぁいとぉ!……って。」

「おう!!」


 全員が一歩右足を前に出して闘魂注入。そしてそのままのステップで男子は円の中心で逃げ場がない開登を蹴りまくる。


「痛い痛い!お前らもっと俺を崇めろよ!!」


 全く仲がいいんだか悪いんだか。そして俺は皆に便乗して直前まで開登をいじくり倒した。



 自分にもっと自信を持て……。


 私の頭の中でこの言葉がぐるぐると回っていました。昔から私が強気に出ると良からぬことが返ってくるのです。なんというか空回りしてしまうというか。


 思い返せば、始業式の前日のあの日もそうだったなあ。


「自信……。」


 私は円陣を組んでいる皆を眺めながらそう呟いていました。私もあの輪に入るはずだった。けど入れないなら……。


 私は覚悟を決めました。変わるチャンスが来たのです、この全員リレーで。




「位置について!よーい。」


 監督の先生が運命のピストルを構えた。それと同時に第1走者目の渡部が左足を引いてスタンディングスタートの構えを取る。


 トップバッターとアンカーは速い人が走るのは定石だ。7組もその例に漏れず、スタートはクラスでもトップクラスに速い渡部を、アンカーには今日絶好調の開登が控えている。


 ただ、それは他のクラスも同じこと。その場にいる全員が息を呑んだ。


 パァン!


 ピストルの音が鳴り響いた。それと同時に各クラスが一斉にスタートを切る。


「渡部君ファイト!」

「渡部行けー!」


 それと同時にクラス内の応援も一層厚くなる。それが8クラス分もあるわけだから、非常に賑やかだ。


 さすがは俊足といったところで、3番手でバトンを2走者目にパスする。2走者目は女子なのだが、菜月に訊いてみたところ運動はあまり得意ではないらしい。


 走りにもそれが現れていて、一生懸命走っているものの、横から抜かされてしまう。それでも5位でバトンを渡す。


 次の走者は近藤、柔道部で痩せているはずはないのだが、なぜか速い。本人も動けるデブを自称している。実際はデブというよりはガタイがいい方だと思うのだが。近藤は1人抜いて4位でバトンをパス。


 体育委員の菜月曰く、足があまり速くない人と、速い人を交互に入れて、バトンゾーンを有効活用しようというよくある作戦だ。


 俺は40番目。最後は足の速い人で追い込みをかける作戦だが、果たしてどうなるのか。



 

 私は胸のドキドキが止まりませんでした。体育祭で優勝などしたことがなかったので、チャンスが来ているというのもそうなのですが、一番は今、自分が置かれている状況についてです。


 こうしてリレーを見ているとつくづくそう思います。見ているだけなのに、流れるように走り始めて、走り終わって。


 私は息を呑みました。


 応援しなくちゃ……。一歩踏み出すんだ……。


 気づけばもう半分ぐらいは走り終わっています。私のクラスは現在4位。上位との開きもあまりありません。言うなれば拮抗しているという状態。


「朱音ーー!!」

「菜月さん抜かせえ!」


 観客席にいても聞こえてくる皆の声援を聞いて朱音ちゃんが走っていることを知ります。私、目が悪いので反対側のトラックは誰が走っているのか分からないのです。


「がっ、がんば……。」


 ……勇気が出ない。なんで私ってこんなに引っ込み思案なんだろう。何事に対しても。そしてもちろん恋愛にも。


 思えばこんなナヨナヨした女、振られて当然だったんだ。去年1年も一緒にいたのに、自分から攻めることができないでいました。


 そう、朱音ちゃんが応援さえしてくれなければ私は今頃……。その俊足で3位の人を抜かす朱音ちゃんを見ながら私はそんなことを考えていました。


「いいぞ菜月さん!!」

「朱音キープ!キープ!」


 私も……朱音ちゃんのようになれたらなあ……。



 やべえ、めっちゃドキドキするんだけど。


「志賀上げてけ!」

「志賀君抜かせる抜かせる!」


 今走っているのは俺の2走前だから38走目。ここまでは順調だ。あまり運動が得意でない人もロスを最小限に抑え、足の速い人で巻き返している。


「お。」


 思わず俺は声を出していた。志賀が抜いたのだ。前の4組を。その少し前で1位を走るのは現在3位の3組。この競技、最後の競技だけあって1位から8点刻みで点が入るのだ。


 1,2,3位が合計点数でも拮抗している今、このリレーで1位を取ったクラスが優勝となる。


「志賀君ナイス!!」

「かっこいいぞ志賀ぁ!」


 そしてバトンは39走者目へ。足の速いサッカー部がバトンを受け取ると同時に爆走。


 自分の心臓の音が早くなっているのを感じた。だんだんとトップとの差は縮まっている。コーナーを曲がり切った時点でおよそ20メートルくらいか。


「神谷抜かしてこいよ!」

「神谷君頑張って!」


 そう応援をかけてくれるのは走り終わった級友達。のしかかるプレッシャーを振り切って、俺は小さく頷いた。


 3組の人がバトンを受け取った。その2秒後くらいに俺もバトンを受け取る。しっかりと落とさないように、もらったらきちんと右手に持ち替えて、


 決戦だ。帰宅部の意地を見せてやる。



 もう終わってしまう。こんなことをしている間に。私は焦りを感じていました。最初から数えてはいないからもう何走者目かは把握していなけど、もう相当走っているのです。


 今日で奥手な自分から変わるって、さっき覚悟したはずなのに。やっぱり、だめなのかな。私って最後までこんな感じなのかな。


 そんなことを思っていた私の視界に、入江君が飛び込んできました。ビブスを着ているってことはアンカー!?


「もう少し自信を持った方がいいと思うよ。花園さんかわいいんだし。」


 それと同時に教室でのあの言葉が蘇ってきました。


「つまりは自分に自信を持て!ってことだね。」


 それに反応するかのように河辺先生の言葉も頭の中を駆け巡ります。


 でも、後1歩、その1歩が出なかった。私は臆病で、嫌なことがあるとすぐ逃げて、いつもいじいじしていて、自己主張が出来なくて……。


 でも、でも……でもでもでもでもでも!!


 そんな私は嫌だ!!


「頑張れぇ!!!!」


 口が勝手に動いていました。この歓声の中、私なんかが声をあげても誰にも聞こえるはずがないのに。そして私は顔が真っ赤になっていました。


 自分でもらしくないことをしたというのを瞬時に思ってしまったのですが、何より、


 今、自分の目の前で、神谷君が入江君にバトンを渡していたのです。自分のことに無我夢中で、全く前を見れていなかったのです。


 大丈夫、落ち着け私。私の声なんか通らないし聞こえてないって。でも、私は目を見開きました。


 目の前には私に向かってトラックからグーサインを出す神谷君がいました。


 聞かれてた!?


 思わず私は神谷君から目を背けそうになってしまいますが、そんなことはしません。……今日だけは。


 私は恥ずかしながらも、ニッコリ笑ってグーサインで返しました。


「開登!抜かせる抜かせる!」

「入江君最後の力を!!」


 レースは最後のコーナーで3組のアンカーとそれに追いついた入江君でほぼ並走。


 そしてゆっくりと入江君は抜かしました。その瞬間、クラス中が歓喜に沸きました。


 ……優勝したのです。

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