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俺が部活を辞めた日  作者: 明戸
1章 Grew Heart
16/59

16.以心伝心だったね

「優紀!ふぁいとーー!」


 見事3位でゴールインした男子選抜の後は間髪入れずに女子の選抜リレーへ。既に3走者目の香住優紀さんにバトンが回っている。


 長距離でさえあれだけ速いということは短距離でも速いというわけなのだが、これまでの流れがあまりよろしくないのか、バトンは5番手のままアンカーの菜月朱音へ。


「菜月さん頑張れー!」

「追い抜け追い抜け!」

「朱音ふぁいとお!」


 女子だけでなく男子からも熱い応援が入る。もちろんクラスのムードメーカーの開登も応援に参戦。だんだんクラス全体も体育祭色に染まってきた。


「にしても速いなああいつ……。」


 その陰で開登がそう呟く。確かに他の女子と比べても一線を画す速さだ。50m走で測ったとしても7秒前半はありそうだ。


 ただ、菜月は1人を抜いたのだが、健闘むなしく4位でゴールする。それと同時にクラス全体のムードも少し落ち込んでしまうのだが、そんなことを言っている場合ではない。


「ごめん。最後抜けなかった……。」


 ただ誰よりも落ち込んでいるのは当の本人の菜月のようで、レースが終わって観客席に帰ってきてからの第一声がこれだった。


「朱音頑張ったよ!大縄で取り返してこ!」

「お疲れ様ー!」


 そんな菜月にクラスの女子から温かい言葉がかけられるが、本心なのかは分からない。それが女子の怖いところだ。



 さて、競技は順調に進み、二人三脚、ムカデ競争と無事に終了し、休息の昼食がやってきた。どのクラスも自分達の教室に戻って食べるので、いったん校庭には誰もいなくなる。


「皆、途中結果出たわよ!」


 教室内でそれぞれのグループに分かれて昼食を取っていると、俺らと同じ色のハチマキを結んだ河辺先生が笑顔で教室に入ってくる。


「おお!?」

「5位だって!」

「お、おお……。」


 8クラス中5位とはなんと微妙な順位。リアクションが取りづらいのももちろんなのだが、先生が笑顔で入ってくるものだから良い順位なのかと思ってしまう。


「午後は得点も高いし、まだまだ巻き返せるから頑張ろう!……と、いうことで。」


 先生が隠していた後ろの手を皆に見せると、何やら怪しげな袋が入っている。微妙な順位を聞いてどんよりしていたクラスに再び活気が戻ってくる。


「先生その袋は!?」

「差し入れかな!先生のこの間の旅行のお土産なんだけどね。」


 それを聞いてさらにクラスのテンションが上がる。今この状況で大縄跳んだら500回くらい跳べそうな勢いだ。 


「どこ行ったんですかー?」

「秘密っ。じゃあ一人ずつね……」


 誰かが質問したのをこう答えて、さらに焦らす。そして袋から出したのは……。


「鳩サブレを!」


 そして皆がズッコケる。いやそれどこで買ったのかバレバレだから!


 


 色々あったものの、午後の競技が開幕。5位とはいえどもトップが独走しているわけでもなく、言うなれば団子状態になっているので、午後最初の競技の大縄を始めとして、逆転のチャンスは大いにある。


 そんな中、午後一番の博打競技、大縄がやってきた。制限時間は2分。そしてこの競技の特殊な点は制限時間が過ぎていても跳び続けてさえいれば合計得点としてカウントされるという点。


 つまり、最後まで諦めてはならない。最後の最後まで逆転のチャンスはある。


「いくよー!」


 全員が息を呑んだ。そして練習通り、掛け声を合わせる。2分の中でどれだけ差をつけられるか。


「せーのっ!」


 回し手の近藤と志賀もゆっくりと縄を回し始める。練習通りの綺麗な円を描いた縄は、1周して俺らの足元にやってくる。


 そしてそれを掛け声と共にジャンプする。


「1!」


 まずは1回だ。さすがにここで終わっているようでは練習の意味も無いというもの。周りもさすがにここでミスをしているわけではない。


「2!」


「3!」


「4……ってああ。」


 4回のところで縄は一旦止まってしまう。俺は真ん中を跳んでいるが、どうやら先頭の方が引っかかったみたいだ。


 ここまでくると他に引っかかっているクラスもちらほら見えてくるものの、未だに飛び続けているクラスが皆の焦りを加速させる。


「落ち着いて落ち着いて!」

「練習通りにやればいけるって!」


「いくよー!」


 それからわずかに5秒。素早く体勢を立て直した近藤と志賀が再び号令。


「せーのっ!」


 しかし、声こそは練習通りに聞こえるものの、一度引っかかってしまうと乱れが出てきてしまう。


「7!……っ。」


 今度は7回。ここまで合計しても11回。また素早く立て直して縄を回し始める。


「6!……っっ。」


「8!……あっ。」


 何度やっても上手くいかない。おかしい。練習だと上手くいっていたのに。他のクラスは跳び続けている。その焦りをさらに加速させるがごとく制限時間だけが減っていく。


 回し手も早くリスタートさせようとするあまり、回すのが雑になってきている。悪循環だ。


「5!……っ。」


 もう誰も励ましの言葉をかけなかった。諦めていたからだ。必然的にクラスは無言の沈黙状態になる。


「35!36!37!」


 その焦りに拍車をかけるように隣のクラスの掛け声が耳に飛び込んでくる。


「後10秒……。」


 誰かが言った。皆それに反応して時間を確認してしまう。結果的に、その一言が皆の焦りを限界まで加速させた。


 と、同時に皆が諦めかけたそのときだった。


「いくよー!」


 近藤と志賀の声のどちらでもなかった。男にしては高く、よく通る、そして誰もがこの声を知っていた。


「なんで回さない!?まだ1回跳べるだろ!」


 皆が諦めていたのではなかった。具体的に言えば1人、往生際の悪い馬鹿がいたのだ。


 ……良い意味で。


 近藤と志賀はそれを聞くと何も言わず縄を持った。皆も何も言わず、跳ぶときの定位置についた。


 制限時間は残り2秒。そして1秒にカウントダウンするのと同時に縄は動き出した。


「せーのっ!」


 

「1位、92回。2年7組!」


 それからは他のクラスの人は唖然とするような奇跡が起きた。最後の希望を乗せて回り出した縄は引っかかって止まることを知らなかったのである。


 1回でもミスをすればそこで終了。そんな背水の陣の中、2年7組は52回跳んだのである。前の30回と合わせて92回。結果的に2位の4組の78回を大きく突き放して1位に。


 そして実行委員から点数が告げられると、皆は大はしゃぎだった。そしてその騒ぎの中心にいるのは今回の逆転勝利の立役者、入江開登。


「やっぱ俺がいなきゃ始まらないんだよこのクラスは!!」


 いつも通り調子良いこと言ってはいるが、今日の開登は色々と違った。


「たまにはいいことすんじゃん、あいつも。」


 気が付けば横にいた菜月も本日だけは開登の頑張りを認めているようだ。


「菜月が開登を褒めるなんて珍しいな。」

「いつもだったらバックドロップ決めてるとこだけどね。」


 さらっと言うけどめちゃくちゃ怖いんですがそれは……。というかバックドロップを会得している女子高生ってどうなんだ……。


「手厳しいっすねえ。まあでも今日ぐらいはあいつがヒーローでもいいんじゃないのか。」

「まだ優勝したって決まったわけじゃないけどねっ。」


 そう言って菜月は再び女子の輪へ。俺も皆に便乗して開登をいじくり倒してくるかな。




 そう盛り上がっている中で、花園栞は1人、観客席でずっとクラス旗を振っていたーーー。

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