12.ホンネなタテマエ
「かっ、神谷君!?」
俺を見るやいなや花園は跳ね起きた。どうやらびっくりさせてしまったらしい。
「お、おう。元気そうで何よりだ。」
しかし、いつまで経っても会話がぎこちない。花園と話すときはいつもあの日のことを思い出してしまう。いつになったら直るのだろうか。
「な、な、な、なんでここに……?」
「ああ……花園は知らないんだっけか。さっき歩いてたら倒れてた花園を抱きかかえた菜月と会ってな。そこで色々会話したんだ。」
「……で、まあ。一度関わったからにはやっぱり心配になってしまうわけで……。」
いや何を喋っているんだ俺!ただでさえ恥ずかしいセリフを花園に言うと言うのは中々勇気がいる。
「その……見に来た。」
思わず俺は花園から目を背けてしまう。無理だ。直視なんて出来ない。何かささいなことをしようとしても振った相手というのが付きまとうのにこれはハードルが高すぎる。
「……ありがとう。」
花園は静かに言ったが、俺と花園しか話していないこの空間にとても響いた。そう言われて俺は初めて花園を見つめた。
今まで俺もそうだったけど、花園が喋るときはいつもテンパっていた。俺と同じだ。何をするのにも振られた相手、というのが付きまとってくるのだろう。
でも、今のありがとう、って……。
「花園……お前……。」
俺が何か言ったが、それを遮るように花園も目を背けたまま言った。ただ今度は今の言葉の反動か、とても慌てていた。
「ちっ、違うの違う!このありがとうってのはお見舞いというボランティア精神あふれる神谷君のすばら……。」
いやもうテンパりすぎて何喋ってるか分かんねえよ!と俺がそう突っ込もうとしたその時、今まで黙って俺らの会話を聞いていた保健室の先生が口を挟んだ。
「……あんたたち付き合ってるのかい?」
2人の目線は一気に保健室の先生の方へ向けられる。そして声を完全にシンクロさせて反論する。
「付き合ってません!」
「あら、仲いいじゃない。」
仲がいい……?俺と、花園が?
客観的に見たらそう見えるのか……?そんなことをふと考えてしまってまた花園から目を背けてしまう。はたから見たらやっていることは完全にバカップルだ。全く何やってるのだか。
「いや、ほんとただのクラスメイト同士でして……。」
「私にゃただのクラスメイトには見えないけどねえ。」
俺自身も保健室にはあまり来たことはない。部活はやってないから怪我をするとしたらせいぜい体育の時間くらいだし、保健室にまで来て授業をサボるというのは少ない。
要は保健室の養護の先生と話すのはほとんど初めてということなのだが、まさかこんなにがつがつくるおばあさんだとは思わなかった。
「じ、じゃあ俺はこれで。」
こんなところに何十分もいたらとてもじゃないけど精神が持たない。とりあえず退散だ退散。それに今の一番の目的は鶴田先生とやらを探すことだ。
俺はカーテンを閉めると、ゆっくりと保健室を後にした。先生は何か言いたそうだったが、笑って見送ってくれた。まだまだ若いです。
「……なんで引き止めなかったんだい?嬢ちゃん。」
神谷君がそそくさと保健室を出るやいなや、先生は椅子に座ったまま、カーテンの外からそう聞いてきました。
「なんでってそれはどういう……。」
「だって好きなんだろう?あの坊ちゃんのこと。」
私は赤面してしまいました。というより、なんで私の周りの人ってこんなに勘のいい人ばっかりなんだろう……。
「ば、ばかなこと言わないでください……。」
「なんかもうバレバレって感じだったよ。私から見ればね。」
もう隠しても無駄だな、そう私は思ってごまかすのをやめました。
「……そうですか。何で、分かったんですか。」
「私ゃあんたの何倍生きていると思ってんだい。大体雰囲気で分かってしまうもんよ。」
私はそう言う先生の顔をじっと見つめました。確かに歳を取っていて、しわも出てきてはいるけど、どことなく若い頃が想像できました。私も将来こんな風になりたいなあ……。
「それで、あの坊やはあんたの気持ちに気づいているのかい?」
私は少し考えてから言いました。
「……分かりません。」
「そりゃそうだろうね。」
もう気づいているどころか、思いまで伝えちゃったんですけどね。さすがにそうとは言えなくて私は心の奥底にしまい込みます。
先生が何か言おうとしたその時、校庭から直接入れるようになっているドアが勢いよく開きました。
「栞ー!無事でよかったあ!」
「大丈夫なの!?」
「お見舞いに来たよ!」
そこから元気そうに顔を出したのはテニス部の皆でした。こういう笑顔を見ているとふと思うのです。
この部活に入って良かったな、と。
「結論は出たか?」
「はい。」
思えばここに至るまで長かった。始めに職員室に出向いたが不在。次にコートにいないことを途中で知らされ、保健委員の先生だから保健室にいるかもと言われて出向き、そして最後にここ、化学準備室にいるわけだ。
どうやら鶴田先生というのは1年の化学基礎の授業を教えている先生だったらしい。白衣を着て出迎えてくれた。
「そうか。で、どうなんだ?」
結論を出すのは3日遅れた。でももう胸には決めてある。
「……断らせていただきます。」
「……それは残念だ。実は金曜のミーティング終了後、菜月が君が呼び出された経緯を話してくれてな。」
俺は少し驚いた。俺が呼び出された経緯というのは菜月が無理矢理俺の家に上がり込んで……という話だろう。
「つまりは私が全部悪いって自分から話してな。正直突然すぎて俺も何を言っているかよく分からなかったが。」
でしょうね。俺もあの時教室で全て聞いたけども、1度聞いただけでは話の内容は掴めないだろう。
「だから神谷がもしこの件を断っても責めないでくださいって。」
「あいつが……そんなことを。」
「つくづく面白い奴だ。俺も最初に入部届を見たときは男子のマネージャーに目をぱちくりさせたもんだが、その話を聞いてからだと入部届にも合点がいくってもんだ。」
……でしょうね。
「色々あったけども、こうして断る形になってしまい申し訳ないです。」
こう言って俺は深々と頭を下げた。紆余曲折あったものの、これでまた自堕落な毎日に逆戻りだ。
「了解した。でも、経験者がサポートにつくチャンスってのを逃したのは惜しいな。」
俺はその言葉を聞いて目をぱちくりさせた。女子ソフトテニス部の顧問が俺を知っているというのが何とも意外な話だった。
「……それはどういうことですか?」
「俺は去年からここの顧問やってるからなんとなく知っているけど、君確か男子ソフトテニス部の1番手じゃなかったかい?」
どの学校も部内での強さの優劣というのは番手というもので決まる。要は部内で試合をやって強い奴から1番手、2番手、3番手……と決まっていくのだ。
俺は中学時代に県大会に行っていた関係で周りの人より少し貯金があった、それだけの話だ。
「まあそうですね。」
「だろ?気づいたら突然いなくなってたけどね。後から知ったんだけどまさか辞めていたとは。」
辞めたことに触れられ、俺ははは……と愛想笑いをせざるを得ない。俺があまり触れられたくない話題堂々の1位だからだ。
「まあ、色々あったんですよ。じゃあ、俺はこれで。失礼しました。」
そして強引に話を切った。それだけその話が嫌なのはもちろんなのだが、思い出したくもなかった。
化学室を出るとやることも全部終わって急に暇になった。帰ろうにも開登ももういないだろうし、今日は1人で帰るしかないか。
俺はため息をついた後、ゆっくりと歩き始めた。