01.Front of Sea
初投稿になります。よろしくお願いします。
ラブコメディなのですが、この話と次の話はプロローグ的な扱いですので少々シリアスになっています。
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「……何だこれは。」
午前7時50分。俺、神谷修は、登校直後に今日の授業の整理をしようと机の中をあさっていると何やら一枚の紙切れが入っているのを見つけた。
神谷さんへ
今日の午後2時、以下の場所で待っています。お話したいことがあります。
綺麗な字だった。パッと見で女子の字だとはっきりと分かった。むしろこれで男子だったら一周回って恋をしてしまいそうな程綺麗な字だった。
俺は明日の1学期最初の登校日からめでたく高校2年生として、この至って普通の公立高校、千鳥高校へ通うことになっている。
今日はその前日、要は明日の入学式のための準備登校だ。午前だけだが過酷な労働条件の元、キリキリと椅子を出したりレッドカーペットを敷いたりとしなければならない。
俺は生まれてこの方ビジュアルが良いとは思ったことはない。髪の長さや、顔、身長体重、性格、何もかも普通だと思って生きてきた。
現に髪は校則をきちんと守って耳に少しかかる程度の長さだし、鏡を見て自分の顔を見ても何とも思わない。強いて言うなら男にしては目がくっきりしていて眉毛が少し濃い程度か。
身長は172,体重は59。至って普通。性格は……どうなんだろうか。自分であまり意識したことはない。
この手紙の本旨は健全な男子高校生なら何となく想像はつくだろう。文面から淡い期待を抱いてしまうのは仕方がないことだ。
でもそれは健全な男子高校せいなら、の話だが。
「お、今日も登校早いね!帰宅部のエースさん。」
俺より少し遅れて教室に入ってきたのは入江開登。一言で表すと悪友だ。でもそれと同時に今の俺の心境を一番よく理解している人かもしれない。
こいつの特徴と言えば美形で運動神経良くて高身長。そう、モテる要素しかないのである。青がかった髪に茶色の切れ長の瞳。見るだけでどことなくどこかの俳優さんかなんかを彷彿とさせる。
それでも開登が誰かに告白されるといった話をあまり聞かない。そう、要素の多さに反してモテないのである。それはなぜか
「何かお前の顔って見るだけで無性に殴りたくなってくるんだが……。特にその笑顔。」
ネタキャラなのである。言い換えるといじられキャラとでも言うべきか。とにかくいじられる。逆に言えば人気者ってことなのだろうけども…。
「今日も当たり強いねえ……。で、その紙は何だい?」
相変わらず見逃さない奴だ。開登は女子にがめついからラブレターをもらったなんて言ったら面倒なことになる。というか変にがめつくなくても普通にしてればモテると思うのに。
「ああこれ?ちょっと1年のときの手紙を持ち帰るのを忘れてたみたいなんだ。」
「それって結構重要な手紙だったりしないんかい?」
開登は優しい。普通の人以上に気配りができて、ささいなことにもすぐ心配をしてくれる。それでも俺の心境を一番よく理解していると言えるのは俺自身と開登がほとんど同じ境遇かもしれない。
「いや、そこらへんは大丈夫だ。図書室からのなんたら通信ってやつだったから。」
「……そうか。」
俺はドキっとした。開登が俺の前で初めて見せる顔をしたような気がしたからだ。いつも笑顔でクラスの中心でおちゃらけてる開登が悲しい表情をした、そんな気がした。
「なあ修。お前部活入る気あるか?二年で。」
同じ境遇というのは部活のことだ。俺はソフトテニス部を退部した。思い返せばそれは今から丁度半年前のことか。だが開登はバスケットボール部に現在進行形で所属している。
「……ないな。もうここまで帰宅部を貫いたら逆に後にも引けなくなってちゃってな。今更どこかの部活入っても馴染める気もしねえ。そんなことよりお前は部活、どうするんだよ。サボってばっかでさ。」
開登は開登で半年前あたりから部活に急に行かなくなってしまった。これまで理由を何回も訊いてきたが理由は話してくれない。でもそこが俺があいつと一番共感できる部分だった。
あんな部活。消えてなくなってしまえばいい。
「実は俺もその話をしようとしてたんだ。」
「……え?」
「さっき部活に入る気はないとか言わせておいて癪なんだけども、俺と部活を作らないか?」
俺はきょとんとしていた。大嫌いな部活そのものを自らで立ち上げる…?
「作るってお前、簡単に言うけどさ……。」
「いや、俺このままでいいのかなって思っちゃってさ。部活はサボってるままだけど、高校生活における部活の重要さに気づいたわけ。」
高校生活における部活の重要さ、か。一緒に青春するという意味でも確かにそれは重要だ。でもそれにはいまいち魅力を感じなかった。
なぜなら俺は部活に入って青春をする権利を自ら放棄したからだ。退部という手段を使って。
「大体部活を立ち上げるって言っても何の部活やるんだよ……。」
「まーそこは完全に見切り発車だねえ。」
開登はそう言った後、千鳥高校の生徒手帳のあるページを俺に見せつけてきた。
「ここに書いてある部活創部の規定によると、新部の創設には部長、副部長を含め、合計5人の部員が必要らしい。」
開登が見せてきたのは部活に関する規定がズラズラと書かれてあるページだった。
「つまり俺が入ったとして後3人必要、と。」
「そーいうこと。てかその返事は修が入ること前提ってことでいいのかな?」
「……考えとく。」
そう言うと開登はニコりと笑って俺の席を離れた。色々葛藤はあった。それは修が持ち掛けてきた部活のことでもあるが一番大きなものはこのラブレターだった。
「次は海岸前、海岸前です。お出口は左側です。」
ラブレターに書かれていた待ち合わせの場所というのはベタな体育館裏でも、放課後の教室でもなければ校内ですらなかった。
俺は学校からの7駅分を電車で通っているが、待ち合わせ場所というのは学校から3駅目の場所だった。降りて海岸沿いの道を行くと開けた道があってそこで落ち合わせるということになっている。
問題はすぐ横で開登がスマホをいじっていることだ。実質二人とも部活はなく、電車通学で一駅違い。これは一緒に帰らざるを得ないということで半年前から共に下校をしていた。
海岸前駅というのは駅前に特に何かあるわけでもなければ周辺もそれほど発展していない。夏は海を利用する人で賑わうが今は春だ。
そんな駅でいきなり俺が降りるなんて言ったら開登は不思議に思うだろうか。いや、いくら勘のいい開登と言えどもさすがにそれはないか。
「まもなく海岸前、海岸前です。」
駅接近のアナウンスと共に電車は閑散としたホームに速度を緩めて停車していく。比較的大きな通りが海岸に沿って開かれているのが車内からでも分かった。
「じゃあ俺、今日は用事あるからここで……。」
「じゃあな。頑張ってこいよ。」
俺はその言葉に連動するかのように開登の方を見た。
「いや、なんで知ってんだお前……。」
「なんでってバレバレだったぞ嘘ついてるの。ちょっと透けて見えてたしな。」
「そっか……。じゃあまた明日な。」
開登からの返事は無かった。返事を待っている時間もないので俺は急いで荷物をまとめて電車を出る。
思えば、誰かにプロポーズされるのは2回目か。1回目に関してはあんまりよく覚えていないが相当昔のことだったような気がする。
時刻は13時46分。降りたことが無い駅で海岸沿いの道というのもどれのことだか分らなかったので早めに出発したのはいいけども、早く着きすぎてしまった。
開けた場所というのはまるで古代ローマのコロッセオかのような真ん丸な場所で海岸沿いの道のすぐ脇にぽつんとある階段を登った先にあった。
登り切った先の景色は絶景だった。オフシーズンで人っ子一人いない海岸がやけに美しかった。だが、ラブレターの主はもうそこで海を眺めて待っていた。
既視感のある後ろ姿だった。身長は平均より少し低いくらいで真っ黒な髪を後ろでポニーテールにまとめている。そして何より見慣れた千鳥高校の制服を着ていた。
俺の足音に気づいたのか、少女は振り返った。大きな赤い瞳で俺は一心に見つめられる。顔は小さく、きちんと整えられた髪型、靴下の長さ、バッグを持つその仕草。どこを取っても清楚で可愛げのある女の子だった。
「急に呼び出してごめんなさい。」
既視感のあったのも当然のことだった。ラブレターの主はまごうことなくクラスメイトだった。
花園栞、中学は別で高校からの級友だった。席が近くなったことも何度かあってここ一年間、それなりには会話を交わしていた。
そして何よりの共通点は半年前に俺がソフトテニス部を抜けるまで同じ部活だったことだ。花園は女子のソフトテニス部で度々合同で練習をしていた。そこで結構話したというのもある。
「いや、全然大丈夫。」
どうせ暇だったし…と言いかけて呑み込む。暇なのは向こうも承知の上で昼間に待ち合わせ時刻を設定したのだ。普通の生徒は部活に勤しんでいる。花園の部活事情はあまり知らないが。
「ここに神谷くんを呼び出したのはちょっと理由があってね…。」
俺は胸がバクバクと高鳴っているのを感じていた。花園も気持ちを落ち着かせながらゆっくりと話していく。
「私、この町で生まれ育ったんだけど……昔からこの場所に来ると落ち着くんだ。どんな苦しいことがあっても、悲しいことがあっても……。ここは私だけの心のオアシス。」
俺も気持ちを落ち着かせる。既に心は決めてある。
「この場所を好きな人と共有できたらどんなに幸せかなあって。」
告白される側がここまで緊張するのだとしたら、告白する側はこれの何十倍緊張するのだろうか。それほど恋とは重たいものなのだろうか。
「話が長くなりました。あの……その……もし神谷君がよければ……なんだけども……。」
俺は息を呑んだ。二人とも緊張は絶頂なんだろうなあって。スキ、の一言を言うだけなのに、まるで時間がスローペースで進んでいるかのようなのだ。
「私と……付き合ってくれませんか……?」
周りには誰もいない。ここは俺と花園栞。二人だけの空間だ。
俺は深呼吸をした。そしてゆっくりと頭を下げた。
「……ごめんなさい。」