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体育祭 二人三脚(花沢)

「何もチャンスは本番だけじゃないだろう」

「どういうこと?」


ソフト部の練習終わり、クールダウンのストレッチをしている最中もあたし達の会議に余念はなかった。

何の会議かって? そんなもの、「玉城との二人三脚を満喫してやろう会議」に決まっている。二人三脚のペアが決まったあの日から、あたしは栞から色々なアドバイスをもらっていた。


「いいか、体育祭本番までの間に玉城を呼びだすんだ、そして二人三脚の特訓をする」

「二人三脚の特訓……」

「玉城は初めて二人三脚をやるんだろう? 呼び出す名分としては充分のはずだ」


確かにそれなら体育祭前から二人三脚を満喫できる。運動する前だし、一緒にストレッチとかも出来てしまうかもしれない。もしそうなれば、もう色々と触りたい放題だ。


「まあ、この作戦は向こう側が奈江の事を警戒して乗ってこない可能性がある、という欠点もあるのだが……」

「……玉城なら大丈夫」

「そうだな、頼めばマネージャーすら手伝ってくれる彼の事だ、恐らくは断られないはず」


これがそこら辺の男子なら、普通に断られるだろうけど、真面目であたしに優しい玉城なら多分乗ってくる。欠点はクリアしている。


「さて奈江、どうする? 後は君次第だぞ?」

「……」


栞は、あたしがいつも大切なところでヘタレていることを知っている。だから、こういう言い方をして発破をかけているのだ。


でも、この作戦にはもう一つ重大な欠点がある。


「栞先輩、奈江先輩、そろそろミーティングっすよ、監督が集合するように言ってたっす」


ソフト部の伝令役である美波がこちらに走ってきた。


「了解だ、さあ、ミーティングが始まる前に決めてしまいたまえ、君は判断を長引かせるとグズグズになる癖があるからな」


さすがあたしの女房役。あたしの事をよくわかっている。


「でも、無理だよね、それ」

「おいおい、なんだそれはもう怖気づいたのか?」

「そうじゃなくて……」

「二人とも、何の話をしてるっすか?」


美波があたし達の会話に入ってきた。


「奈江が例の彼と二人三脚をすることになったのさ、体育祭でな」

「おお、やったすね、奈江先輩!」

「それで、彼とより多く触れ合うために、練習と称して彼を呼びだそうとしたんだが……ここにきて奈江が怖気づいたのさ」

「だから怖気づいたんじゃないって」

「先輩、女は度胸っすよ!」


美波が握りこぶしを作ってあたしに訴えかける。この美少女は本当に栞が言うことにすぐ乗っかるんだから。


「だから、違うっての……」

「他に何の理由があるんだ」

「……あたし、知らないんだよね」

「何をだ?」

「玉城君の連絡先……ラインとかメアドとか電話番号とか……だから呼び出せないの」


栞と美波が顔を見合わせた後、美波は驚愕の表情をこちらに向け、栞が肩をすくめた。

だって仕方ないじゃないか。男子の連絡先とかどう聞いていいかわからないし。というか絶対栞も男子の連絡先とか知らないと思うから、栞にだけは呆れられたくない。


「それじゃあダメじゃないか、まったく、何で知らないんだ」

「う、うるさいな……」

「そうっすよ、自分が知ってるのになんで奈江先輩が知らないっすか?」

「え?」

「え?」

「……え? なんすか?」


いま、美波が聞き捨てならない事を言った。


「なんで美波が知ってるの?」

「え、いや……」

「詳しく聞かせてもらおうか」


あたしが美波の右肩を掴み、栞が美波の左肩を掴んだ。肩に指が食い込むくらいに力を込めている。逃がすつもりはない。


「き、昨日、廊下でたまたますれ違って……それでラインを教えてくれって言われたから、教えたっす……」

「なんで聞かれたの?」

「わ、わかんないっす」

「なんで教えたんだ?」

「そ、それは聞かれたからで……」


これはかなり重要なことだ。自慢じゃないが、あたしは美波よりも玉城と仲が良い自信がある。にもかかわらず、あたしではなく美波が連絡先を聞かれているのだ。

それはつまり……つまり……


「まさかとは、思うけど……玉城君は美波の事を……」

「ええ、それはないんじゃないっすかね……」

「美波、君に発言権はないぞ」

「す、すみませんっす……」


栞の真顔に、美波がガチでビビっている。

栞は美少女に対して根深いコンプレックスがあるのだ。普段は美波に対して普通に接するけど、美波のモテエピソードが垣間見えた時、栞のコンプレックスが爆発する。


「奈江、やはり玉城はそこら辺の男子と変わらないかもしれないぞ、所詮我々ではなく、美少女にしか興味がないのかもしれない」

「そんな……でも……」

「あ、あの、自分は確かに聞かれたんすけど、でも……」

「黙れ、喋っていいと誰が言った」

「す、すみませんっす!」


美波が背を伸ばして直立不動となった。その口は真一文字に結ばれている。


でも、正直そんなのどうでもいい。今は、もう……玉城が美波に連絡先を聞いた、という事実だけでショックだった。玉城は真面目で、女を見た目で選ぶような男じゃないと思っていたのに……


「奈江、心中察するぞ、私は何度となくその気持ちを味わった」

「栞……」


肩にポンと手を置く栞。

初めて、あたしは栞のコンプレックスに共感することが出来た。男に裏切られるとはこんな気持ちなのか。


「……奈江、このまま終わらせていいのか?」

「え?」

「このまま玉城にやられっぱなしでいいのか?」

「ど、どういうこと……?」

「どうせ向こうからなんとも思われていない以上、最後に好き放題やってみるっていうのはどうだ?」

「好き放題……」

「それこそ、二人三脚の特訓にかこつけて触ったりなんかするんだ、それも過激に」

「過激に……」

「肩だろうが腰だろうが触りまくって、足がもつれたふりをして抱きついてしまうのさ」


確かに過激だ。普通の男子にやったら100%嫌われる。というか、学校にチクられて停学を食らうかもしれない。

でも玉城なら、多分、チクるまではしない気がする。


「栞、それって……」

「うん?」

「かなり陰険だね」

「ははは、ではやらないか?」

「……ううん、やる」

「それでこそ奈江だ、我が親友!」


あたしと栞はがっちりと腕を組んだ。


「あ、ちなみに何だが、私も玉城に触ったり二人三脚を組んだりして良いか?」

「……いいよ、親友」


もう玉城はあたしの手の届かないところに行ってしまったのだ。

それならばもう、玉城を独り占めしようとする意味もないだろう。


「よし……それでいつ決行するかだが……」

「……今日やっちゃう?」

「今からか、しかし玉城は帰宅部じゃ……そうか、応援団の練習で放課後も残っていたはずだな」

「そういうこと、場所は学校の近くの都市公園でいいでしょ」


玉城と筋トレをした思い出の都市公園。あの時は本当に楽しかった。あわよくば付き合えるんじゃ!? みたいな空気も感じてた。

でもすべては幻想だったのだ。


「わかった……美波、聞いていたな」


美波が口を真一文字にしたままブンブンと頷く。


「奈江が二人三脚の特訓をしたい、と言っているとラインを送ってくれ、集合場所は学校近くの都市公園だ」

「前に会った時の待ち合わせ場所っていえばわかるから」


美波がさらにブンブンと頷く。


「……よし、ミーティングが終わり解散しだい、すぐにラインを送るんだ、わかったな?」


美波がそれはもう頭がとれてしまうんじゃないか、と思うくらいにブンブンと頷いた。




都市公園の入り口で待つこと数分、玉城が現れた。

こちらの事情のわかっていない、いつもの玉城だ。


「花沢、待たせたな」

「……今、来たところだから」


あたしは自分でも驚くくらいの冷たい声が出ていた。

玉城はチラリとあたしの横に目を向ける。


「今から二人三脚の特訓だよな?」

「……うん」

「それなら何で栞がいるんだ?」

「私がいると何か問題があるかな?」


横目で栞を見ると、口元では微笑を浮かべながらも、目が笑っていなかった。まあ当然だろう、美少女になびく男は、栞にとってみんな敵なのだ。


「問題はないな、それじゃあやりにいくか」

「ああ、よろしく頼むぞ」


栞が玉城の肩に手をポンと置いた。普通の男子なら、払いのけはしないまでも、「何やってんだコイツ」的な目で栞を見るはずだが……

玉城は栞の手をポンポンと叩き返し、都市公園の中に入っていく。

あたしと栞は顔を見合わせる。ある程度予想していたことだが、やはり、玉城は女子との接触にかなり無防備だ。これはイケる。最後の思い出にいろいろとやらかせる。




「じゃあ、やるか……と言っても二人三脚の特訓って何をやるんだ?」


前に筋トレをやった青い芝生の広場まで来ると、玉城は鞄を下した。


「何をやるかなんて、そんなもの決まってるじゃないか、実際に二人三脚をするのさ」


栞がまたも玉城の肩に手を置きながら言う。玉城の無反応っぷりに味を占めたらしい。

あたしはちょっとムッとした。好きにやっていいといったが、まずはあたしから色々とやるべきだと思うのに。


「よし、花沢、足を出してくれ、縛るから」

「……うん……」


あたしは玉城の左足と隣り合うように右足を出した。

玉城が立て膝をついて、鉢巻きであたし達の足を縛ろうとしている。

無防備な背中があたしの前に晒された。

これは……いけるのか? あたしが栞の方を見ると、栞は「いけ」と言わんばかりにコクリと頷く。

あたしは少し身を屈めて、隣でしゃがんでいる玉城の背中に、覆いかぶさるように抱きついた。右足が固定されているせいで、ちょっと苦しい体勢だけど、それでもやる価値はあった。

一度でいいからこの広い背中に抱きついてみたかったのだ。


「うん?」


すぐに玉城がこちらを向いたので、あたしはパッと身体を起こした。

こんな逃げるようにしなくても、犯人はあたしだって丸わかりだ。咎められれば言い訳はできない。

さすがにいきなり抱きつくのはやりすぎたか……と怒られるのも覚悟したが、


「花沢、大丈夫か?」

「な、なにが!?」

「いや、立ちくらみでもしたんじゃないか?」

「へ、平気です……」


玉城から出た言葉は怒声ではなく、心配だった。


「そうか? 部活終わりで疲れてるんじゃないか? ちょっと休むか?」


なおもセクハラ女ことあたしの事を心配する玉城。

優しすぎる。普通は怒るところなのに、逆に心配してくれるなんて……あたしの心は大きく揺らいだ。こんな聖人みたいな心を持っている玉城に対して、あたしはもっとヒドイ事が出来るだろうか?


助けを求めるように栞の方を見ると、栞は諦めに似た表情をして首を横に振った。


流されるな、と、今さら後には引けないだろう、と、栞はそう言っているのだ。


あたしはもう一度、玉城の方を見た。


「な、なんでもないから」

「そうか……」


玉城はまたあたし達の足を縛る作業を再開する。

あたしはもう一度、玉城の背中に覆いかぶさった。


今度は、玉城はこちらを見ない。ただ黙々と縛る作業に従事していた。玉城的には、この程度、スルーしてしまえることらしい。もしくは本気であたしが疲れているのだと信じ込み、好きにさせているのかも。


「花沢、縛り終わったぞ」

「う、うん、お疲れ様です……」


あたしは、またすぐにパッと離れた。

玉城は立ちあがって、縛った足を少し動かす。あまり強く縛られてはいないせいで、いざ走ったら、ほどけてしまうかもしれない。


「こんなもんだろう」


しかし、玉城的にはこれでオッケーのようだ。

あたしとしても、真面目に二人三脚の練習をするわけではないのでこれでいい。


「そうだな、私がヨーイドンの合図をするから、二人で走るといい」


栞が今度は玉城の右の二の腕を擦りながら言った。

栞のやつ、本当に無遠慮になっている。

あたしは栞に対抗するように玉城の左の二の腕を擦った。負けてなるものか。


「……えーと、とりあえず、栞」

「な、何かな」


栞はすぐに玉城の二の腕から手を離して、その手を隠すように自分の背中に向ける。

やはり栞は調子に乗りすぎた。さすがにもう怒るかも。


「いや、ヨーイドンを頼む」

「……そうだったな」


しかし、やはり玉城は怒らなかった。ここまで怒らないとなると、もう本当に正面から無理やり抱きついたりしても、怒られない気がしてきた。


「それでは位置について、ヨーイ……」


玉城がスタンディングスタートの姿勢をとる。

あたしは玉城の肩に手を回した。これは当然オッケーの範囲だろう。なにせ、前に玉城の方から提案してきたことだし。

玉城も、あたしの肩に手を回してきた。

……よし、ここからだ。

あたしは肩にまわした手を、一旦引っ込め、そこからさらに下にずらして、腰に持っていた。腰を抱くような形だ。

栞が前に言っていたように、腰に手を回してみたが……なるほど、これはいい。ガッツリとした腰回りは男を感じることができるし、なによりも、「こいつはあたしの男である」ということをアピールしているかのようでとても気分が良くなる。


「花沢、これは……」


しかし、さすがに玉城もこれは咎めようと思ったらしい。何やってるんだ、という目でこちらを見てきた。


「玉城、君は二人三脚の経験があまりないんじゃないか?」


しかし、玉城の追及の言葉を遮るように栞が割って入る


「あ、ああ……実は二人三脚は初めてやるんだ」

「それならば覚えておくと良い、本来、二人三脚というのは、お互いの腰に手を回してやるものなんだ、その方が速く走れる」


ナイス栞、あたしのピンチを颯爽と助けてくれるなんて、さすがあたしの親友。


「そういうことなら、俺もやった方がいいのか?」

「やった方がいいだろう」

「だよな……花沢、腰に手を回していいか?」

「い、いいんじゃない?」


あたしはあさっての方向を向きながら頷いた。


「ありがとう……こうか?」


玉城は肩にまわした手をそのまま下に下げる。そして、あたしの腰に手を回した。


「いい感じだぞ、玉城」

「そ、そうか?」


これはいい……腰を抱くのも抱かれるのも、どちらも素晴らしかった。グイッと男子が自ら自分の方に引き寄せてくる感覚を、嫌う女子はいないだろう。


「では、改めてもう一度だ、いいか?」


栞があたしの方を見ながら言う。勿論、栞の言いたいことは分かっている、わざとこけるのだ。そして玉城のいろんなところを触る。


「位置について、ヨーイ、ドン!」


栞の合図を出した瞬間にずっこけた。

始めからわざとこけるつもりだったけど、ガチでこけてしまった。どうやら、お互いに違う足を先に出そうとして足がもつれたようだ。


しかし、こけれたことに変わりはないし、また、良いこけ方が出来た。

玉城の腕の中にあたしはいる。男の腕に抱かれて横になる日が来るとは……願わくば、これがやった後のベッドの上とかならよかったんだけど……


「花沢、怪我してないか?」

「……」

「は、花沢、マジで大丈夫なのか!?」

「……大丈夫」


男の腕の中を満喫していたせいで、玉城への返事が遅れてしまった。


「すまんな、まず最初にどっちの足を出すか決めるべきだった」

「いや……全然オッケーだから」

「え、どういうことだ?」

「あ……なんでもない……」


危ない、ついつい本音が出かけた。

玉城が立て膝で体を起こす。


「あ……」


もうこの夢の空間も終わりなのか。少し名残惜しいが、ここはふかふかのベッドではないし、あまり横たわってもいられないだろう。


「どうした? 花沢も立ち上がれ」

「ご、ごめん……」


足がつながっている以上、あたしが立ち上がらないと玉城も立ち上がれない。あたしは体を起こした。


「よし、今度はどっちの足を先に出すか決めよう……右足から行くか」

「玉城、結んでいる足が違うことを忘れるなよ」

「……あ、そうか、じゃあ、結んでない方の足から行くか」

「玉城、アドバイスだ、最初に出す足は結んでいる足の方がいいぞ、その方がリズムを取りやすい」

「なるほど、そうだったのか」


栞が意外にも的確なアドバイスを送っている。まあ、栞は知識だけは豊富だから。いろんな意味で。


「それじゃあ、最初に結んだ足を出すぞ、いいか花沢?」


あたしはコクリと頷く。


「栞、合図を出してくれ」

「よし……位置について、ヨーイ、ドン!」


結んだ足から走り出す。

お互いに歩調を合わせ、リズムよく交互に足を出していく。


よし、今度はわざと転ぶぞ。あえてこのリズムを崩して……


「うおっ」


あたしの予想としては、さっきみたいにまた腕に抱かれる形になるつもりだった。しかし、ここで予想外の事が起きた。

緩く結んでいた足の鉢巻が、ほどけてしまったのだ。

バランスを崩した玉城を巻き込む形で倒れ込んでしまい、結果、玉城を押し倒すように転んでしまった。


「ううぅ……大丈夫か、はなざ……」

「……え?」


超至近距離に玉城の顔があった。

数センチ顔を動かせばそれこそキスが出来てしまうかもしれない。ヤ、ヤバい、これは離れないと……過激に色々やるっていったけど、キスをするのはやり過ぎだ。


ゴツン


額に衝撃が走った。


「いって!」

「あ、ご、ごめん!」


あたしがどこうとしたのと、玉城が立ちあがろうとするタイミングが最悪の方向でかみ合ってしまった。

玉城の口があたしの額に当たってしまったのだ。


「本当に! 本当にごめん! わざとじゃないの!」


あたしは謝りながら立ち上がった。

ころんだのはわざとだけど、そこから先は全て事故だ。玉城にキスをしかけたのも、玉城の口に頭突きをしてしまったのも……

あたしは玉城を見て驚いた。

玉城の唇から血が出ている。


「大丈夫!? 大丈夫じゃないよね!?」

「は、花沢、俺は大丈夫だ! それよりも……」

「うそ! 大丈夫じゃないでしょ!」

「落ち着け、大丈夫だ!」

「でも血が出てる!」


玉城が自身の唇を触った。血が出ていることを確認できたようだ。


「俺は大丈夫だ!」

「大丈夫じゃないって!」

「大丈夫だ!」

「大丈夫じゃないって言ってるじゃん!」

「俺が大丈夫だって言ってるんだから大丈夫なんだよ!」

「でも……!」

「だから……!」

「落ち着け、君達」


興奮するあたしと玉城に栞が割って入った。


「何を怒鳴りあってるんだ、まったく」

「す、すまん……」

「ご、ごめんね」


あたしが自分のやらかしでテンパっていたせいだ。なぜか知らないけど、被害者である玉城に対して熱くなってしまった。


「とりあえず、玉城、唇を見せてくれ」

「いや、これは本当に大丈夫だ」

「念のためだ、見せてくれ」


そうだ、念のために見た方がいい。栞は知識だけはたくさんあるんだ。部活中に怪我人が出た時も冷静に応急処置をして、保険医から褒められていた。


栞はグイッと彼の唇に顔を近づけた。


「ふむ」


大丈夫そうかな。もしダメだったらきっとそう言っているだろうし……

栞は玉城の顎に手を当て、唇をしばらく注視すると、そのまま視線を下に向けた。そして、そのまま腕やお腹を触りだす。

……待て、ちょっとやりすぎじゃないか?


「な、何やってるんだ?」

「他に怪我をしている部分がないか確認しているんだ」

「怪我はしていないと思う、俺よりもむしろ花沢を……」

「む、ここは怪我していないか?」


栞が玉城のふとももを擦り始めた。


はい、確実にやり過ぎです。あわよくば股間を触ってしまおう、という魂胆が透けて見える。


「うぐっ」


あたしはそんな栞の首を絞め上げた。あたしの太い腕はガッチリと栞の首に食い込んでいる。


「な、奈江……何を……」

「や・り・す・ぎ」

「だ、だって、そういう……約束……」

「限度ってものがあるでしょ?」


確かに触ってもいいとは言った。だけど、あたしが触る以上に触るのはアウトだ。


「花沢、とりあえず冷静になれ、栞が死ぬかもしれない」


別にもうちょっとくらい絞め上げても大丈夫だと思うけど……まあ、玉城が言うのなら解いてあげよう。

栞は乱れた呼吸を深呼吸で整え、玉城に向き直った。


「とりあえず、君に怪我はないようだ」

「いや、だから俺じゃなくて花沢を見ろよ」


玉城にしつこく言われ、栞は面倒くさそうに、こちらを向いた。


「うん、怪我はない」


そう言って、すぐに玉城の方に向き直る。

一応、あんたとバッテリー組んでるんだからもうちょっと真面目に見なさいよ……まあ、確かに怪我はないんだけど。


「さて、それで提案なんだが……今度は私と組もう」

「え? 俺と栞が組むのか?」

「そうだ」

「待てよ、栞、これは花沢と俺の二人三脚の特訓だろう?」

「そうだな、だがまあ、深い事はあまり気にせずに私とぉ!?」


栞の言葉を中断させた。

あたしが後ろから首を締め上げることによって。


「ちょ・う・し・に・の・る・な」

「わ、私も……やっていいって……うぐぅ……」


確かに二人三脚を組んでいいと約束はした。だけど今の栞は調子に乗っているから、確実にあたし以上のセクハラをかますに違いない。そんなことはさせない。まずはあたしからだ。


それから私と栞でどちらが玉城と二人三脚をやるかで大いに揉め、玉城はそんな私達を困惑した目で見ていた。



そして、体育祭当日となった。


あの日から今日の体育祭までの間、正直、玉城とまともに接することができず、悶々とする日々が続いた。

いい加減、この思いを何とかしたい。美波の事をどう思っているか、それを聞いて、諦めるなら諦めるで踏ん切りをつけたいのだが、玉城に切り出す勇気がなかった。


「花沢」


玉城に唐突に話しかけられて、ビクンとなる。


「た、玉城君……」

「今日は頑張ろうぜ、諸事情で負けられなくなったんだ」

「……そう……」


これから二人三脚が始まる。

頑張りたい気持ちはあたしもあるけど、メンタルの方がついていかない。最近部活の練習もあまり身が入らないし、散々だ。


「それじゃあ足を結ぶか」

「……うん……」


玉城があたしと足を結ぶ。


それから、二人で何を話すでもなく、ずっと立っていた。あたしの方はどう切り出そうか迷っていたのだけど、玉城の方は何か考え事をしているようで、ずっと空を見ている。



そうこうしている間に、どんどん時間は進み、あっという間にあたし達が走る番になった。玉城の方を見ると、まだ空を見ている。


「……玉城君?」

「うん?」

「……もう順番だよ……」


やはり、玉城はボーっとしていて気づいていなかったようだ。


「花沢」

「……何?」

「特訓したんだ、必ず勝とうぜ」

「……」


ここであの特訓の話を出されても……だってあれ特訓じゃないし……


「次の走者、前にきて下さい」


スターターピストルを持つ実行委員に促され、あたしたちはスタートラインに立った。


「花沢」


玉城に話しかけられたので、横を見る。


「この勝負、もし一等になったら、お前の言うことを一個聞いてやる」

「……え?」

「だから勝とうぜ」


何でいきなりそんな提案をしてきたんだろう……?

いや、そんなことは今はいい。まさか向こうから話を切り出すきっかけをくれるなんて思わなかった。これに乗らない手はない。


「……それ、本当に?」

「男に二言はない」

「……わかった」


玉城は嘘をつく男ではないことは分かっている。これは真剣に一位を狙わなくてはいけない。


玉城があたしの腰に手を回してきた。あの特訓を真に受けたのだろう。あたしも玉城の腰に手を回す。こんなスキンシップもやりおさめかもしれない。


「それでは位置について、ヨーイ……ドン」


パンッ


乾いた発砲音と同時に、あたしたちは一斉に走り出した。

あたしは真剣に走った。「特訓」の時はよく転んだが、あれはわざとやったことだし。

あたし達は快走し、周りを突き放して独走状態になった。

あたし達は二人三脚の相性がいいのかもしれない。


『一位白組速いです! コーナーを曲がっています!』


体育祭実行委員の実況の声を背に受け、あたしたちはトップでゴールした。


ゴールした後、少し歩いてから止まる。


「……よし、一番だぞ、花沢!」


玉城は後ろを振り返りながら、顔を真っ赤にして笑顔を浮かべた。


「玉城君……」

「うん?」

「約束、守ってくれるよね?」


あたしはもう一度、念を押した。あたしとしては、本当に一世一代の思いで聞くのだ。下手に誤魔化してほしくはない。


「ああ、何でも言ってくれ」


……よし、言うぞ。

あたしは大きく深呼吸をして、言った。


「……美波の事、好きなの?」

「いや、別に?」

「……え?」


あたしは思わずずっこけそうになった。あたしの決意はなんだったのか、と思いたくなるくらいあっさり玉城は否定したのだ。


「で、お願いってなんだ?」

「お願い? い、いや……さっきのやつがお願いだけど……」

「さっきの? ……美波の事が好きかどうかってやつか?」

「う、うん、お願いで聞いたんだけど……」


しかも、玉城はさっきのあたしの言葉をお願いとすら認識していなかったらしい。


「美波の事、好きじゃないの?」

「待て、その聞き方はなんかズルいぞ、別に美波の事は嫌いじゃないからな」

「ああ、いや、そうじゃなくて……恋人になりたいとか、思って……ない?」

「いや、まったくないけど……」

「……え、え、ちょっと……訳が分からないんだけど……」


なんでこんなに玉城はあっさりしているんだろう。だって、玉城は美波にラインを聞いたのに……何とも思っていない女子にそんなことするわけない。


「すみません、一着から三着までの人はこっちの旗の前に並んでください」

「ほら、行くぞ」


玉城に手を引かれ、一着の旗のもとまで来た。


「た、玉城君、本当に説明して、本当に美波の事は何とも思ってないの?」

「思ってないって」

「それなら……なんで連絡先交換したの……?」

「美波の連絡先? ああ、あれは山……」

「やま?」


玉城は何か言いかけて、ウゥン! と咳ばらいをした。


「実は俺の後輩に美波が好きな男子がいるんだ」


それはわかる。

美波の事が好きな男子はこの学校にたくさんいるだろう。


「それで、先輩として俺が仲介役になろうと思ってな、美波の連絡先を聞いておいたんだ」

「……え、そ、それなら……本当に何とも思ってない……の、ね?」

「だから思ってないって」


玉城はもう「しつこいぞ」という顔すらしている。本当に美波の事に関しては、あたしの勘違いだったようだ。

いや、この場合はあたし「達」の勘違いだ。


とにかく、全ては勘違い、玉城はあたしを裏切ったわけじゃなかった。


「玉城、あたし行ってくる!」

「え? どこへ?」


玉城を置いて、あたしは生徒席に走った。

あたしよりも早くにレースを終え、入賞できずに戻った親友のもとに。


「栞! 栞!」

「うん? 奈江、どうした?」


あたしに声をかけられ、栞が席から立ってこちらに近づいてきた。


「栞!」

「うぐっ!? な、なんだ!?」


あたしは栞を抱きしめた。この喜びを表現するために。


「勘違いだったんだよ! 全て!」

「お、落ち着け奈江……君は自分のあだ名がゴリラであることを……忘れてないか?」


栞が苦しそうな声をあげる。

あたしが力いっぱい抱きしめているせいで、息苦しいのだろう。


「玉城の事! 全部あたし達の勘違いだったの! 玉城は美波のこと何とも思っていないって!」

「そ、そうか……それはよかった……」

「全部あたし達の勘違いだったんだよ!」


あたしはより強く、栞を抱きしめた。この喜びを栞に伝えるために。


「わ、わかった、わかったからあ……ギブだ! ギブギブギブギブ!」


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