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体育祭 二人三脚(玉城)

とうとう体育祭当日となった。


残念ながら天気は快晴。こういう運動したり、ずっと外にいる日は、曇りくらいがちょうどいいのだが。

体操服に着替え、教室から椅子を校庭まで運びだし、トラックの外側に並べる。ここが俺たち生徒側の観覧席だ。

長谷川とヒロミが俺の隣の席を置いた。席の置く場所はクラスで固まってさえいれば適当だ。男女紅白関係ない。


『これから開会式を行います、全校生徒は朝礼台の前に集まって下さい』


朝礼台の近くに設置されたテントから、体育祭実行委員がマイクで知らせてきた。


「玉ちゃん、ヒロミ、行こうぜ」

「おう」

「うん」


さて、長い一日が始まる。




校長のそこそこ長い話と、三年生の体育祭実行委員の選手宣誓というお約束を終え、開会式は終わった。

俺は席に戻ると、プログラム表を確認する。

俺が最初にやる競技は、二人三脚だ。体育祭の全体競技としては二番目にやることになる。

しばらくの間、一番目の競技である三年生のバットまわりレースを観戦した。


バットまわりレースがそろそろ終盤といった頃、


「二人三脚に出場する生徒は、用意してください! サッカーゴールの前に来てください!」


体育祭実行委員の下級生だろうか、俺たちの席の前を、大声を上げながら歩いている。

指示された通り、俺が席を立って歩き出すと、後ろから長谷川が声をかけてきた。


「玉ちゃん、競争しようぜ」

「お前とは同じ白組だろうが」

「そんなの関係ねえって……そうだな、負けた方が勝った方のパシリ、どうだ?」


このお祭り男はすでにテンションが最高潮のようだ。いくらお調子者でも、普段はこんなこと言い出さない。


「……本当に、そんな約束していいのか?」


しかし、祭りの熱に浮かされて安易な提案をしたな、長谷川。どうやらお前は俺のパシリ確定のようだ。


「なんだ、玉ちゃん、やけに自信ありげじゃねえか」

「……実はな、この日のために俺は特訓をしていたんだ」

「特訓……? え、まさか二人三脚の?」


俺はコクリと頷く。


「いつの間に……体育の時間には何もやってねえよな?」

「ああ、放課後に公園でな」


もっと正確に言うと、俺の応援団の練習と花沢の部活が終わった後だが。


「誰と特訓したんだ?」

「花沢に決まってるだろうが」

「マジかよ、玉ちゃんアイツと一緒にいてなにかされてねえか?」

「何かってなんだ?」

「だから、セクハラ的なこととかだよ、明らかに男に飢えてるしな、アイツ」

「……」


セクハラか……セクハラ的な事があったかと言われれば「あった」と言わざるを得ない。もっとも長谷川の考えている「セクハラをする立場」は逆であるが。


「お、その顔は心当たりあるって顔だな、玉ちゃん、マジで気を付けろよ、やりたくなった女ってのは、力任せで押し倒しに来るからな」

「……」


長谷川の言うとおりだ。本気で気を付けよう。本当に特訓の日は危なかった。恋人でもないクラスメイトを襲うだなんて、シャレにならない。厳しく俺自身を律しなければ。


長谷川と話していると、集合場所であるサッカーゴール前についた。


二年生が集まっている中、手持無沙汰気味にソワソワしている花沢を見つけると、話しかけた。


「花沢」


彼女はビクンとこちらを向く。


「た、玉城君……」

「今日は頑張ろうぜ、諸事情で負けられなくなったんだ」

「……そう……」


花沢は顔を曇らせた。

こいつはあの特訓の日から、時折こんな表情を見せるようになった。快活なスポーツ少女らしくない顔だ。何があったのか聞きたいところだが、「女子が不機嫌な理由」というのは、デリケートなものが多いと聞くし、おいそれとは聞けなかった。


「それじゃあ足を結ぶか」

「……うん……」


元気なく返事をする花沢。まったく、本当になぜ花沢はこうなってしまったのか。

俺は、花沢の様子がおかしくなり始めた、あの特訓の日の事を思い返した。




俺が応援団の練習を終えて帰ろうとしたその時、坂口美波からラインが来た。


『奈江先輩が二人三脚の特訓がしたいって言ってるっす!』


なぜ美波経由で来たか疑問に思ったが、そういえば、俺は花沢のメアドやラインを交換していなかった。クラスメイトで休日に遊んだこともあったが、向こうも聞いてこないし、こちらも聞かなかったのだ。


『今からか?』

『今からっす』


ずいぶん急なお誘いだ。

しかし、応援団の練習終わりで多少疲れは残っているが、それでも動けない程じゃない。花沢がそこまでやる気満々ということなら、付き合ってもいいだろう。


『いいけど、どこでやるんだ、学校か?』

『学校の近くの都市公園っす! そこの「前に会った時の待ち合わせ場所」で待ち合わせしようって言ってるっす』


前に花沢から、都市公園で筋トレの方法を教えてもらったことがあった。あの時の集合場所に行けばいいわけだな。


『わかった、向かうと伝えてくれ』

『了解っす!』


俺は家路に向かおうとしていたその足を、都市公園に向けて歩き出した。




都市公園の入り口に、花沢と栞はいた。

なぜ栞がいるのだろう? 二人三脚の特訓ならば、必要ないはずだが。


「花沢、待たせたな」

「……今、来たところだから」


俺が花沢に話しかけると、花沢はなんだかぶっきら棒に答えた。

なんだろう、少し言い方にとげがあるような気がする。


「今から二人三脚の特訓だよな?」

「……うん」

「それなら何で栞がいるんだ?」

「私がいると何か問題があるかな?」


栞が半笑いで問い返してきた。

いや、まったくそんなことはない。ないのだが……なんだか、栞の態度にも少しとげがあるような気がする。俺の気のせいだろうか。


「問題はないな、それじゃあやりにいくか」

「ああ、よろしく頼むぞ」


栞が俺の肩にポンと手を置いた。

俺はその栞の手を軽くポンポンと叩き返すと、都市公園の中に入った。


残暑とはいえ、もう九月に入っている。やはり日が落ちるのは八月に比べて早く感じる。あの時筋トレをした芝生の広場には、すでに照明が灯っていた。

その青い芝生に立つ。


「じゃあ、やるか……と言っても二人三脚の特訓って何をやるんだ?」

「何をやるかなんて、そんなもの決まってるじゃないか、実際に二人三脚をするのさ」


栞が俺の肩に手を置きながら言う。

なるほど、特別な事は何もしないわけか。確かにまずは俺たちの息をあわせなければいけないだろう。


「よし、花沢、足を出してくれ、縛るから」

「……うん……」


俺は鞄から普段体育で使っている鉢巻を取り出す。

そして、俺が立て膝をついて、花沢の右足と俺の左足を結ぼうとしたその時、ぐいっと背中が押された。


「うん?」


俺が首を後ろに向けると、花沢がパッと身体を起こしたところだった。

どうやら、先ほど背中が押されたのは、花沢が前かがみでしゃがんだ俺の背中に覆いかぶさってきたかららしい。


……何でそんなことをしたのだろう?


「花沢、大丈夫か?」

「な、なにが!?」

「いや、立ちくらみでもしたんじゃないか?」


長谷川でもあるまいし、花沢が悪ふざけで俺の背中に覆いかぶさってくるわけがない。だとすると、考えられる可能性は、花沢が体調を崩し、俺に寄り掛かってきたことだ。


「へ、平気です……」

「そうか? 部活終わりで疲れてるんじゃないか? ちょっと休むか?」


俺も応援団で疲れているが、きっと俺以上に疲れているのが花沢だろう。ソフト部のエースピッチャーなのだ。練習がハードでないはずがない。


花沢は俺の言葉になんだか悲しそうな顔をすると、栞と顔を見合わせた。

栞は首を横に振る。

その悲しい顔はもう一度俺に向けられた。


一体、何のアイコンタクトだ。


「な、なんでもないから」

「そうか……」


まあ、何でもないというのなら、別にいいか……もう一度、縛る作業を再開しようとすると、またすぐにグイッと背中が押された。


だから一体何なんだそれは。

花沢に背を向けているので、今の花沢の顔を見ることができない。もしニヤニヤ笑っているのであれば、おふざけ確定なのだが……


とりあえず俺は、花沢の謎行動をスルーして、足を縛る作業を再開した。

それにぶっちゃけてしまうと、この状況、そこまで嫌ではない。

なにせ、花沢が覆いかぶさっているわけだから、花沢の胸が俺の背中に当たっているのだ。あまりやわらかくないが、多分、ブラジャーのせいではないだろうか。

重みでちょっと苦しいけど、それがペイできるくらいには良い思いをさせてもらっている。


「花沢、縛り終わったぞ」

「う、うん、お疲れ様です……」


花沢がまたパッと離れた。

立ちあがって、縛った足を少し動かす。どのくらいの加減で縛ればいいかわからないから、とりあえず足が痛くならないようにゆるくやってみたが……どうやら、これくらいでもほどけなさそうだ。


「こんなもんだろう」

「そうだな、私がヨーイドンの合図をするから、二人で走るといい」


栞が俺の右の二の腕を擦りながら言う。

何だろう、今日の栞がやけに馴れ馴れしい気がする。こんなにボディタッチが多い奴だっただろうか。


今度は俺の左の二の腕が擦られた。そちらを見ると、花沢が俺の二の腕を擦っていた。

何だ、この状況は。女子二人が俺の二の腕を触りまくっている。文字通り両手に花だ。元の世界のキャバクラとかだとありえた光景かもしれない。


「……えーと、とりあえず、栞」

「な、何かな」


栞は焦ったようにパッと俺の二の腕から手を離して、その手を隠すように自分の背中に向ける。


「いや、ヨーイドンを頼む」

「……そうだったな、それでは位置について、ヨーイ……」


俺がスタンディングスタートの姿勢をとると、花沢が俺の肩に手を回してきた。

そうか、忘れていた。走る時は、こうしてお互いの肩に手を回すのだ。

俺も花沢の肩に手を回す。

すると、花沢は肩にまわした手を下にずらした。

手は俺の背中を這うように下がっていき、最終的に腰にくると、そのまま俺の腰に巻きつく。

俺は花沢に腰を抱かれている形になった。

花沢を見ると、俺の方を見るでもなく、前を見るでもなく、あさっての方向を向いていた。


「花沢、これは……」

「玉城、君は二人三脚の経験があまりないんじゃないか?」


俺の言葉を遮るように栞が話しかけてきた。


「あ、ああ……実は二人三脚は初めてやるんだ」

「それならば覚えておくと良い、本来、二人三脚というのは、お互いの腰に手を回してやるものなんだ、その方が速く走れる」


そうだったのか、全く知らなかった。

花沢には「腰を抱く意味はあるのか」と聞きたかったのだが、そういう理由があったとはな。


「そういうことなら、俺もやった方がいいのか?」

「やった方がいいだろう」

「だよな……花沢、腰に手を回していいか?」


一応、女子の腰を抱く形になるのだ。かなり馴れ馴れしい行為だし、元の世界なら恋人同士とかがやるやつで、あまり親しい関係でないのならセクハラ行為を疑われるやつだ。念のため、花沢に了解をとったほうがいい。


「い、いいんじゃない?」


花沢はあさっての方向を向きながら、小刻みに頷く。


「ありがとう……こうか?」


俺は肩にまわしていた左手を下げ、花沢の腰にまわした。


「いい感じだぞ、玉城」

「そ、そうか?」


この腰を抱く、という行為は、ちょっと照れるな。

こうしていると、まるで恋人になったような気分になってくる。

自分でもうぬぼれた、いわゆる「彼氏面」みたいなものであることは自覚しているのだけど、なんだか変な独占欲みたいなものが湧いてくるのだ。


「では、改めてもう一度だ、いいか? 位置について、ヨーイ、ドン!」


栞の合図で走りだそうとした瞬間に、俺と花沢はずっこけた。

お互いに違う足を先に出そうとして足がもつれたのだ。

なるほど、本当に二人三脚はしくじると転んでしまうんだな。漫画やアニメと同じ状況になったことにちょっと感動してしまった。

いや、感動している場合じゃない。花沢は大丈夫だろうか。


「花沢、怪我してないか?」

「……」


花沢からは返事がない。まさか……


「は、花沢、マジで大丈夫なのか!?」

「……大丈夫」


俺の腕の中にいる花沢はゆっくりとこちらに顔を向けた。

前に倒れた時、少し花沢に寄り掛かるように倒れてしまい、花沢は俺の腕に抱かれる形になってしまったのだ。


「すまんな、まず最初にどっちの足を出すか決めるべきだった」

「いや……全然オッケーだから」

「え、どういうことだ?」

「あ……なんでもない……」


倒れ込んでオッケー……もしかして、花沢も俺と同じく、こういう二人三脚で倒れ込む状況に憧れを抱いていたのだろうか?


まあいい、とりあえず、立ち上がらなければ。


俺が立て膝で体を起こすと、花沢は「あ……」と名残惜しげな声を上げた。


「どうした? 花沢も立ち上がれ」


足が結ばれている以上、花沢が立ちあがろうとしてくれないと、俺も立ち上がれない。


「ご、ごめん……」


花沢も体を起こした。


「よし、今度はどっちの足を先に出すか決めよう……右足から行くか」

「玉城、結んでいる足が違うことを忘れるなよ」

「……あ、そうか」


栞にツッコまれて、とんだ大ボケをかましてしまった事に気が付いた。お互いに右足を出せば、また足がもつれて転ぶだけだ。


「じゃあ、結んでない方の足から行くか」

「玉城、アドバイスだ、最初に出す足は結んでいる足の方がいいぞ、その方がリズムを取りやすい」

「なるほど、そうだったのか」


的確なアドバイスだ。俺は栞に感心した。

最初、なぜ一緒に来たのかよく分からなかったが、栞は二人三脚のアドバイスをするために来たようだ。


「それじゃあ、最初に結んだ足を出すぞ、いいか花沢?」


花沢がコクリと頷いた。


「栞、合図を出してくれ」

「よし……位置について、ヨーイ、ドン!」


結んだ足から走り出す。

お互いに歩調を合わせ、リズムよく交互に足を出していく。


少々ぎこちなさは残るが、ちゃんと走れてはいる。


花沢の方を見ると、その大きな胸が揺れて……いるようには見えなかった。制服だから見えにくいのか、それとも大きな胸というのは揺れないものなのか。アニメとかゲームとかだと結構揺れているんだけども……


俺が花沢の胸に気を取られていたせいか、リズムがちょっと乱れた。


「うおっ」


一度乱れると修復は不可能だ。そのまま足がもつれ、俺たちはまた転んだ。


ただし、転び方が先ほどとは違った。

ただでさえ緩く結んでいたのに、一度転んだせいで結び目がほどけかけていたのだろう。転んだ拍子に紐がほどけてしまったのだ。

不幸中の幸いなのは、上手い具合にバランスが崩れて、俺が下敷きになるような形で転べたことである。ソフト部のエースを地面に激突させて怪我でもさせたら申し訳ない。


「ううぅ……大丈夫か、はなざ……」


俺が花沢の無事を確かめようとした時、俺の左手が何かやわらかいものを触っていることに気が付いた。

いま現在、俺は仰向けで、花沢はうつぶせの状態で倒れ込み、俺が下敷きになる形になっている。つまり、抱き止める形で倒れているのだ。そして、倒れ込む前に花沢の腰にあった俺の左手は、そこから下がってしまった。


すなわち、俺の左手はがっつりと花沢の尻を触っているのだ。


「……え?」


花沢の顔が真正面にある。

花沢はキョトンとした顔をしていたが、みるみる顔を赤くしていった。


「す、すまん、花沢……」


俺はすぐに花沢の尻から手を離した。

これは事故なんだ花沢、決して触りたかったわけじゃない! いや、女子の尻は触りたいと思っていた。だけどこういう形で触りたいわけじゃなかった! いや、そうでもなくて、とにかくこれは事故なわけで……


俺は心の中で必死に言い訳を並べながら、起き上がろうとした。

その瞬間、俺の唇が花沢の額にぶつかった。焦って、俺が無理に起き上がろうとしたせいだ。


「いって!」

「あ、ご、ごめん! 本当に! 本当にごめん! わざとじゃないの!」


わざとじゃないのはわかってる。むしろ悪いのは俺だ。

花沢が俺の上からどいて立ち上がり、俺も立ち上がった。


「大丈夫!? 大丈夫じゃないよね!?」

「は、花沢、俺は大丈夫だ! それよりも……」

「うそ! 大丈夫じゃないでしょ!」

「落ち着け、大丈夫だ!」

「でも血が出てる!」


唇を触る。ヒリヒリした。どうやら花沢の額にぶつけた時に切ってしまったらしい。だが、たかが唇を切ったくらいだ、こんなもの何ともない。


「俺は大丈夫だ!」

「大丈夫じゃないって!」

「大丈夫だ!」

「大丈夫じゃないって言ってるじゃん!」

「俺が大丈夫だって言ってるんだから大丈夫なんだよ!」

「でも……!」

「だから……!」

「落ち着け、君達」


栞が俺と花沢の間に割って入った。


「何を怒鳴りあってるんだ、まったく」

「す、すまん……」


花沢の尻を触ってしまったことで俺も取り乱してしまったようだ。ついつい訳の分からない言い争いをしてしまった。


「ご、ごめんね」


栞に仲裁されてようやくお互いに平常心を取り戻せた。


「とりあえず、玉城、唇を見せてくれ」

「いや、これは本当に大丈夫だ」

「念のためだ、見せてくれ」


栞はグイッと俺の唇に顔を近づけた。

そんな見てもらう程の怪我じゃないのだが……


「ふむ」


栞は俺の顎に手を当て、唇をしばらく注視すると、そのまま視線を下に向けた。そして、そのまま腕やお腹を触りだす。まるで俺の全身を調べているかのようだ。


「な、何やってるんだ?」

「他に怪我をしている部分がないか確認しているんだ」

「怪我はしていないと思う、俺よりもむしろ花沢を……」

「む、ここは怪我していないか?」


栞が俺のふとももを擦り始めた。

いや、まったくそこも怪我していない。

いい加減、花沢の方を見てやってくれ、と言おうと思ったその瞬間、


「うぐっ」


栞が苦しそうな声を上げた。

その声の原因は、花沢が後ろから栞の首を絞め上げたからだ。


「な、奈江……何を……」

「や・り・す・ぎ」

「だ、だって、そういう……約束……」

「限度ってものがあるでしょ?」


約束? 限度? 二人が何の話をしているのかは知らないが、とりあえず、タップしているのだから、チョークスリーパーは外してやった方がいいと思う。


「花沢、とりあえず冷静になれ、栞が死ぬかもしれない」


花沢が腕を解いた。

栞は乱れた呼吸を深呼吸で整え、俺に向き直った。


「とりあえず、君に怪我はないようだ」

「いや、だから俺じゃなくて花沢を見ろよ」


栞は花沢の女房役だ。俺なんかよりもまず優先するべき相手だろう。


俺にしつこく言われ、栞はチラリと、花沢の方を見た。


「うん、怪我はない」


そう言って、すぐに俺に向き直る。

ずいぶんあっさりとしたチェックだ。俺の時のあの入念さはどうした。


「さて、それで提案なんだが……今度は私と組もう」

「え? 俺と栞が組むのか?」

「そうだ」


いや、それは意味が分からない。当日に組むのは俺と花沢なんだし、栞と二人三脚をすることが何の特訓になるんだ。


「待てよ、栞、これは花沢と俺の二人三脚の特訓だろう?」

「そうだな、だがまあ、深い事はあまり気にせずに私とぉ!?」


栞の言葉が中断された。

またも後ろから花沢に首絞められたからだ。


「ちょ・う・し・に・の・る・な」

「わ、私も……やっていいって……うぐぅ……」


こいつらはさっきから一体何の話をしているのだろうか。

そして、そろそろ本格的に夜になりつつあるのだが、いつまでそのコントを続けるつもりなのだろうか。

いい加減、二人三脚の特訓を再開したいのだが……




結局、あの日はその後もことあるごとに栞と花沢が、どっちが俺と二人三脚をするかでもめていた……まあ、思いかえしてみても、花沢が俺によそよそしくなる原因は思い浮かばなかったが。


「……玉城君?」

「うん?」

「……もう順番だよ……」


花沢に話しかけられて、俺は回想から戻ってきた。

どうやら、あの日の事を思い出しているうちに、二人三脚の競技が始まってしまったらしい。


「花沢」

「……何?」

「特訓したんだ、必ず勝とうぜ」

「……」


花沢が悲しそうな顔をした。

本当にどうしたんだ、これから頑張ろうって時だぞ。こっちは鼓舞するつもりで声をかけたのに、そんな顔をされてしまうとは思わなかった。


「次の走者、前にきて下さい」


スターターピストルを持つ実行委員に促され、俺たちはスタートラインに立った。

マズイな、このままレースが始まっても、花沢がこんな感じでは勝てるものも勝てない。

この勝負、長谷川とのパシリがかかっているのだ。俺にとっては負けられない戦いである。何とかして花沢にはやる気を出してもらわないといけない。


「花沢、この勝負、もし一等になったら、お前の言うことを一個聞いてやる」

「……え?」

「だから勝とうぜ」


負ければ長谷川の言いなり、勝てば花沢の言いなり、一見プラマイゼロだが、長谷川の言いなりになるくらいなら、花沢の言いなりになった方がましなので、実は後者の方がプラスなのだ。花沢だったら、缶ジュース買ってこい、とかそんなことくらいしか言わないだろう。


「……それ、本当に?」

「男に二言はない」

「……わかった」


花沢の顔が引き締まった。この顔は見たことがある。あのノーノーをかけたソフト部の試合だ。花沢が本気になってくれたらしい。


俺は特訓の時と同じく、花沢の腰に手を回す。花沢も同じように俺の腰に手を回してきた。


「それでは位置について、ヨーイ……ドン」


パンッ


乾いた発砲音と同時に、俺たちは横一列に一斉に走り出す。

二人三脚のコースはトラックを半周。つまりは100mだ。

観客席からの声援を受け、俺は花沢とともに懸命に走った。不思議なことに特訓の時はよく転んだが、本番の今はまるで転ぶ気配がない。俺と花沢の息がピッタリと合っているのだろう。


走りながら少し周りを見る。前にも横にも誰もいない。つまり俺たちがトップだ。


もともと歩幅が大きい俺たちだ。現役運動部の花沢と、そこそこ体を鍛えている俺の息が合えば、二人三脚で無敵なのは自明だろう。


『一位白組速いです! コーナーを曲がっています!』


スピーカーから体育祭実行委員の実況の声が聞こえる。白組とは間違いなく俺たちの事だ。


俺たちはトップを維持したままゴールテープを切った。


ゴールした後、少し歩いてから、足を結んでいた紐を解いた。


「……よし、一番だぞ、花沢!」


後ろを振り返る。ヒイコラいいながら、長谷川が二着でゴールをしていた。こいつも結構速い方なのかもしれないが、俺たちのコンビには適わなかったようだな。


「玉城君……」

「うん?」


話しかけられて振り返ると、花沢が真剣な表情でこちらを見ていた。


「約束、守ってくれるよね?」

「ああ、何でも言ってくれ」


一位になったのだ。約束はちゃんと守る。


「……美波の事、好きなの?」

「いや、別に?」


果たして、俺は一体どんなお願いをされるのだろう。ちょっと真面目な顔しているし、もしかしたらキツイお願いをされるかもしれない……


「……え?」

「で、お願いってなんだ?」

「お願い? い、いや……さっきのやつがお願いだけど……」

「さっきの? ……美波の事が好きかどうかってやつか?」

「う、うん、お願いで聞いたんだけど……」


なんだそれは。俺が言うのもなんだけど、そんなわけのわからない事を聞くために「なんでもいうことを聞く権利」を消費してしまっていいのだろうか。


「美波の事、好きじゃないの?」

「待て、その聞き方はなんかズルいぞ、別に美波の事は嫌いじゃないからな」

「ああ、いや、そうじゃなくて……恋人になりたいとか、思って……ない?」

「いや、まったくないけど……」


花沢がなぜ急に美波の事を好きかどうか聞いてきたか知らないが、俺は坂口美波という女子の事を特にどうとも思っていない。いや、山口君のために是非仲良くなりたいとは思っているが、友達以上の関係になろうとか、そういう気はないのだ。どこに後輩が好きになった女子と恋人になろうとする先輩がいる?


「……え、え、ちょっと……訳が分からないんだけど……」


それはこっちのセリフである。


「すみません、一着から三着までの人はこっちの旗の前に並んでください」


体育祭実行委員に促され、俺は混乱する花沢の手を引いて一着の旗のもとに向かった。



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