体育祭練習編もしくは帰り道(玉城)
応援団に志願してからというもの、毎日行われる放課後の練習に、俺は真面目に取り組んでいた。
「よし、今日の練習は終わりだ、解散してくれ……あと玉城だけは残ってくれるか?」
今日もそんな練習が終わり、さあ帰ろうとしたところで、白組応援団長の遠藤先輩の一言で、俺の足は止まった。
「……なんですか?」
俺は内心でビビりながらも、平静を取り繕いながら遠藤先輩に尋ねた。
実は、遠藤先輩からは「この練習は応援団員を選考するための試験も兼ねている」と言われているのだ。体育祭が目の前にせまる中、そろそろ合否判定が来るとは思っていたが……もしかしたら、今この場で言い渡されるのかもしれない。
そう思ったら、冷静などでいられるか。
「まずは、謝らなくちゃいけないな、すまなかった」
「……え?」
遠藤先輩が、分度器で計れば90度になるのでは、と思える程きっちりと頭を下げた。
「合格」でも「不合格」でもない、予想外の遠藤先輩の言動に、俺は戸惑った。
「あ、あの……何で謝っているんですか?」
遠藤先輩が頭を上げた。
「……実は、お前に嘘をついてたんだ、応援団に選考はない」
「え?」
「玉城の事を試していたんだ、あの噂があっただろう?」
『あの噂』……というのは、俺が他校の生徒をゲーセンで半殺しにした、という長谷川の流したデマの事だろう。
確か、俺が遠藤先輩のもとを訪ねた時、先輩はその噂を気にしていた。
「いや、ですからあれはデマで……」
「そうだな、あれは嘘だった……お前はあの噂と違って真面目な男だったよ」
遠藤先輩は角ばった輪郭に似合わない愛嬌のある笑顔を見せる。
「……あの、事情を説明してほしいんですが……」
「ああ、つまりはこういうことだ……」
……遠藤先輩曰く、俺と初めて会ったあの日、例の噂と俺の見た目から、一目見て俺の事を『不良』だと判断したらしい。不良がなぜ応援団に来るのか、その真意をはかりかねていたそうだ。
応援団といえば体育祭の花形、純粋に応援団に参加しに来た可能性もあるが、逆に応援団を荒しに来た可能性もある……二つの可能性を先輩は、『選抜』という体で、いつでも俺をクビにできる体制を作り、俺の練習態度を見てその真意を判断しようとしたらしい。
「……お前の真面目な練習態度を見て、噂はあくまで噂だと知ったよ、疑って悪かったな、玉城」
「いえ、誤解が解けてよかったです……」
このやりとり、懐かしい感覚が呼び起される。
この世界に来る前の俺の扱いは、まさにこんな感じだった。まず過度な警戒をされ、それから少しずつ打ち解ける……これがいつものパターンだった。
ちなみに男子は打ち解けられるパターンが多いが、女子は打ち解けられずそのままのパターンが多かった。
貞操観念が逆転したこの世界に来てからは、むしろ女子の方が積極的にきてくれることが多く、前の世界の『いつものパターン』はすっかり過去のものになっていたのだ。
「改めて応援団として体育祭をよろしく頼むぞ、玉城……そうだ、もし来年も応援団をやることがあるのなら俺に言ってくれ、OBとしてお前を応援団長に推薦しよう」
遠藤先輩が豪快に笑いながら俺の肩を叩く。
応援団長への推薦……それが俺を疑ってしまったことへの遠藤先輩なりの謝罪の気持ちなのかもしれない。
というか、先ほどの遠藤先輩の告白自体、別に俺に言わずに心の中にとどめておいていいものだ。しかし、それをあえて明かし、ここまで申し出てくれるのだから、遠藤先輩は相当律儀な人なのだろう。
「ありがとうございます」
来年もまた応援団をやるかどうかはわからない。でも、そんな遠藤先輩の厚意に、俺は頭を下げた。
ここ最近、ずっと気にしていた『応援団選抜』の懸念も払しょくされた。遠藤先輩と別れをつげ、意気揚々と校門から出ようとすると、
「おい、玉ちゃん」
後ろから声をかけられて振り向いた。
「長谷川……それに、ヒロミ……」
「玉ちゃん、帰るんなら一緒に帰ろうぜ」
「ああ……」
今、俺の目の前に珍しいことが二つ起きている。
まず一つ目、長谷川がこんな時間まで学校に残っていることが珍しい。いつもは真っ先に帰るやつなのに。
そして、二つ目の珍しい事、それは……
「ヒロミ、その格好……」
「……どうかな? ハセは似合ってるって言ってくれたんだけど……」
ヒロミがスカートを履いているのだ。
上はノースリーブのシェルトップ、下はプリーツタイプのミニスカート、あざやかな赤色に染まったそれに、手には赤色のポンポンを持っている。
ヒロミは紛うことなき『紅組のチアリーダー』の格好をしているのだ。
「すごいな、ヒロミ……」
「すごいってどういう意味?」
すごいものはすごい、としか言いようがない。自身の語彙力のなさに自分でも呆れるが、とにかくヒロミのチアリーダーの姿というのはしっくりきた。
ノースリーブから出ている細くて白い腕、さらにスカートから流れるよう出ているこれまた細くて白い脚、まるでお人形のようだ。いつも長袖にスラックスを履いていたから気付かなかったが、ヒロミはこんなに色白だったのか。
赤い鉢巻も、そこら辺の女子のように、額ではなくショートボブの髪をまとめるように前頭部のあたりで巻かれており、それもまた強烈な女子っぽさを醸し出していた。
いつもは同性に近い状態で接していた女子から、強烈な女らしさを感じて、俺の心は大いに滾った。
「すげえだろ、玉ちゃん、ヒロミがまるで女みたいだぜ……痛てっ、何で叩くんだよ!」
失礼なことを抜かすからだ。『まるで女みたい』は、この素晴らしい格好を形容するにはあまり不適当である。
「……とにかくヒロミ、すごいぞ」
「えっと、褒められてるってことでいいのかな……?」
俺は大きく頷いた。
褒めているに決まっている。むしろこれを褒めない男がいるだろうか。
「チアリーダーの格好をしてるってことは、ヒロミもさっきまで練習だったのか?」
「うん、体育館でね……そろそろ体育祭だし、実際に衣装合わせも兼ねて、この格好で練習してたんだ、借り物だけどピッタリのやつがあってよかったよ」
チアリーダーは学校側がチアリーダー用の服を用意してくれているらしい。確かに、チアリーダーの服を持っている生徒なんて滅多にいないだろう。
「それで、ハセも暇だからって理由でこっち側の練習の見学をしてたんだ」
なるほど、だから長谷川と一緒にここにいるわけか。
「応援団の方は衣装合わせしないの?」
無論、している。応援といえば学ランだ。昨日、俺以外の団員が衣装合わせをして練習をしたところだ。
「俺以外はしているぞ」
「なんだ、玉ちゃんだけハブられてんのか」
「俺のだけは自前だ、サイズが無くてな」
応援団の服装……というか学ランだが……も学校側で用意してくれるのだが、あいにくと俺に合うサイズは一着しかなく、それは俺と同じくらい体格の大きい遠藤先輩が着ることになっている。
幸い、俺は中学時代に学ランだったので、それを着てくる、ということで折り合いは付けられた。
「玉ちゃん、応援団の練習どう? 大変?」
「大変といえば大変だが、辛くはないな、むしろやれてよかったとすら思っている」
俺は胸を張って答える。
ぶっちゃけ昨日までは練習の辛さよりも、選抜されるかの方が不安で、気が気ではなかった。しかし、そのしこりはたった今さっきとれたところだ。
「ヒロミの方はどうだ?」
「僕の方はちょっと大変かな、結構体力使うんだよね、チアリーダーって」
確かに、チアリーダーというのはポンポンを振りながらその場で激しく動く。運動量も半端ないだろう。
「でも、ヒロミは結構動けてたじゃねえか」
「三年生の先輩以外はみんな初体験だから、正直どんぐりの背比べだと思うよ」
応援団とチアリーダーの練習が並行で行われるのは本当に惜しい。
チアリーダーの練習も見てみたかった。ヒロミのチアリーダー姿はここまでしっくりくるのだ。実際のチアも様になっているに違いない。
……まあ、体育祭本番までのお楽しみとしてとっておくことにするか。
「あ、そうだヒロミ」
「なに?」
長谷川が思い出したようにヒロミに声をかけると、スカートをつまんでめくり上げた。
スカートの中に隠れていたライトグリーンの下着が、俺の目に飛び込んでくる。
「うん!?」
何やってるんだ長谷川は!?
あまりにも突然の事で、俺はあっけにとられ、ヒロミの下着を凝視してしまった。
「お前、当日は下着も赤いやつ履いてこいよ、紅組なんだし」
「ちょっと止めてよ、ハセ」
ヒロミがポンポンでスカートをつまんでいる長谷川の手を叩いた。
しかし、長谷川の方は特に悪びれもせず、悪戯っ子のようにニヤリと笑いながら、スカートを上げたり下げたりして遊んでいる。
そこでようやく、俺は正気に戻った。
「長谷川!」
「痛てっ! だから何で叩くんだよ!」
俺は先ほどより強めに長谷川の頭を叩くことで、このバカの不埒な行為を止めさせた。
「お前は……やっていいことと悪いことがあるぞ」
「えぇ? いきなりなんだよ、三ツ矢かよ、玉ちゃん」
三ツ矢とは生活指導の先生のことだ。あいつが生徒に説教する時の口癖が「やっていいことと悪いことがあるぞ」なのである。
いや、今は三ツ矢の口癖などどうでもいい。それよりも長谷川だ。友達としてきちんと注意してやらねばならないだろう。
「あ、玉ちゃん、そんなに怒らないでいいよ、別に僕なんとも思ってないから……」
しかし、ガツンと言おうとした俺を止め、長谷川をかばったのは、誰であろう被害者側のヒロミだった。
「え? で、でもスカートをめくられたんだぞ?」
「うん、そうだけど……ごめんね、変なの見せちゃって」
変なのとはめっそうもない。むしろ見れて良かった……じゃない。
「……スカートをめくられても、何とも思ってないのか?」
「うん、別にハセからスカートめくられるくらい何とも思わないよ、だからそんなに怒らないで?」
ヒロミは困った顔をしていた。
しかも、この困った顔は、スカートめくりをした長谷川にではなく、スカートめくりに怒った俺に対して向けられている。
ここで思い出した。そうだ、ここは貞操観念逆転世界である。
いきなりスカートめくりなんてものを目の当たりにしたせいで、頭からすっぽ抜けてしまっていたが、この世界では『女性がその服の下を見せる』という行為に関して、女性側の羞恥心や抵抗感がかなり低い世界なのだ
つまり、スカートめくりという行為はこの世界では、性的な悪戯ではなく、ただの悪ふざけ、程度の認識になっているのかもしれない。
……だとすれば、やりすぎたのは俺の方だ。明らかに「悪ふざけの注意」の範疇を超えて、長谷川を強く叩きすぎた。
「……すまん、長谷川、強く叩きすぎた」
「……帰りにコンビニでから揚げ奢ってくれたら許してやる」
「二つやるぞ」
「許す!」
長谷川が俺の肩にポンと手を置いた。こういう付き合いやすいところが長谷川の良いところだ。掛け値なしにそう思う。
「ていうかさ、玉ちゃん、別にスカートめくるくらい良いじゃん、チアの応援って思いっきり足上げるんだぜ?」
「そ、そうなのか、ヒロミ!?」
「う、うん」
そうか、思えばチアリーダーの応援というのは腕を振るだけじゃない。全身を使ったものが多いはずだ。当然足を振り上げる振付だって存在するだろう。
なんてことだ、あのライトグリーンが全校生徒に見えてしまう……!
「ヒロミ……! 当日は、アンスコを履くんだ!」
この世界の男子で、女子の下着には興味を持つ奴は少ないだろう。しかしそれでも、俺と仲の良い女子が、パンツを大衆に向かって見せびらかすという行為は、耐えられない。
「え? い、いや、当日は履くに決まってるって、今日は練習の日で履いてなかっただけで……」
「そ、そうか、ならよかった……」
「玉ちゃんの感覚って時々わけわかんねえよな、変なところで無頓着だったり、変なところで怒ったり」
「……俺の事はあまり気にするな」
貞操観念がこことは違う世界から来た、なんて話はしても信じてもらえないだろう。変な奴だと思われるだけだ……いや、現段階でだいぶ変な奴と思われているかもしれない。
「まあいいや、とりあえずヒロミ、早く着替えて来いよ、そんで一緒に帰るぞ」
「……そうだな、着替えてきてくれ、ヒロミ」
「うん、ちょっと待っててね」
ヒロミが校舎に向かって走り出す。ミニスカートがヒラヒラと舞う。あともう少しでまたあのライトグリーンが見えそうだ。
「玉ちゃん、なんでヒロミの尻を凝視してるんだ?」
「み、見てないぞ」
俺は誤魔化すように空を見上げた。
「今日もゲーセンに行くのか?」
駅に向かって帰る道すがら、俺はから揚げを持っている長谷川とヒロミに話しかけた。ちなみにヒロミがから揚げを持っているのは、「二つも食えねえから」と言って長谷川から渡されたものだ。
このメンツが揃えば行く場所はゲームセンターと相場が決まっている。二人のプレイを俺が後ろから見ている、というのがいつものやつだ。
「今日なあ、どうするかー……ヒロミ、ゲーセン行きたいか?」
「僕はパスかな、チアの練習で疲れてるし」
「じゃあいいか……」
どうやらダラダラと駅まで歩くことが決定したらしい。
まあ、それもいいだろう。俺も応援団の練習で疲れていないとは言えないしな。
「……久しぶりにサッカーしねえ?」
「あん、なんだいきなり?」
「いや、ほら」
長谷川が横を向きながら顎でしゃくった。
そちらの方を見ると、細い路地で少年がサッカーボールを蹴って遊んでいた。
「最近ずっと体育も体育祭の練習だったし、たまにはパッと身体動かしてえよな?」
確かに最近の体育は体育祭に向けて、騎馬戦の練習をしたり、リレーの練習をしたりだった。女子の方も体育館でダンスの練習をしているとのことだ。体育らしいスポーツはできていないはずだ。
「ここらへんにデカい公園あったよな? そこで出来んべ?」
確かにあの都市公園ならサッカーをやるのに十分なスペースがあるだろう。
しかし、根本的な問題がある。
「あのな、ヒロミも俺も練習で疲れてるって話なのに、なんでまたサッカーなんだよ」
「あ、そっか……」
大前提を失念していた長谷川が頭をかいた。
「サッカーは今度だね」
「でも今やりてえんだよなあ……」
「危ない!」
急に後ろから大きな声が聞こえた。
後ろをチラリと振り返ると、スーツを着た女性が先ほどの少年を抱きとめている。何事かと思ったが、車道に入っているサッカーボールと、俺たちの横を通り抜けたトラックから察するに、トラックが見えていない少年が車道に飛び出しそうになったのを、あのスーツの女性が抱きとめたらしい。
凄い行動力だ。警察に言えば表彰されるかもしれない。
「あ」
「どうした?」
長谷川が何か気づいたように声を上げた。
「俺、今日バイトだった」
「はあ? 普通忘れるかバイトなんて?」
「いや、うちの店長がさあ、シフト以外にもバイト頼んでくる人なんだよ」
「なんだそれ」
「臨時ボーナス1000円?」
「そうそれ!」
『臨時ボーナス1000円』という単語で、長谷川とヒロミは通じ合うものがあるらしい。なんだかちょっと疎外感がある。
「つうわけで、ちょっとバイト行ってくるわ」
「おう」
「ヒロミも来るか? 前に来たいって言ってただろう?」
「ああ、うん……」
「玉ちゃんも来るか?」
「お前のバイト先にか?」
長谷川が頷いた。
しかし、長谷川のバイト先に特に興味はない。コイツの事だからコンビニとかそんなところだろうし。そんなところに行ってどうする。
「いや、止めとくわ」
「そっか、じゃ行こうぜ、ヒロミ」
「うん……」
ヒロミがこちらを見ながら名残惜しそうな表情をしている。俺にも来てほしかったのだろうか?
長谷川とヒロミと分かれ、一人で駅に向かう。
駅が目の前まで来たところで、
「あ、あれ?」
と呟く声が聞こえた。
後ろを振り向くと、先ほどすれ違ったサラリーマンが目をおさえて、道路を見ながらキョロキョロしている。
風で目にゴミでもはいったのだろう。俺は特に気にせずに、そのまま歩みを進めた。
駅に入る。
応援団の練習で疲れた体を癒すために、売店で買い食いでもしてみようか……
「すみま……っぷを……」
と、そう思っていた矢先、しわがれたか細い声に話しかけられた気がした。
辺りを見渡すと、俺の斜め後ろに杖をつき猫背の老人が立っている。どうやらこの老人に話しかけられたらしい。
猫背でこの身長差だ、見上げるのは辛いだろう。それに声も少し聞き取りづらい。
俺はその老人に顔をグイッと近づけた。
「いま何と言いました?」
「……ああ……な、なんでもありません……」
「はあ?」
老人は頭を下げると、券売機の前まで行ってしまった。
何でもないのなら、なぜ話しかけてきたのだろう……?
俺はいぶかしみながら売店に向かおうとしたが、電車の発車時刻を告げる電光掲示板を見て、その足を止めた。
電車が出発するまでもう数分もない。売店で買ったものを食べる時間などはなさそうだ。電車の中で物を食べるなんてマナー違反だしな。
改札を通り、ホームに降りる。
ホームにはまだ電車は来ていなかった。
ホームから少し身を乗り出し、電車が来る方を見るが、電車の影も見えていない。まだ余裕はあったみたいだ。あの売店で急いで買って、食べながらホームまで歩いてくることも出来たかもしれない。
俺がそんなことを思っていると、線路の先に電車の影が見えてきた。段々とそれが大きくなり、ガタンゴトンという音も聞こえてくる。
電車がホームに止まり、俺の目の前にあるドアが開いた。
中に入り、向かい側のドアまで歩くと、座席の端につけられている仕切りに立ったまま寄り掛かった。
席に座れない程混んではいないが、何となく流れる外の景色を見たい気分だったのだ。
乗り込んでからほどなくして、空気が抜ける音が鳴った。電車のドアが閉まるのだろう。
ドン!
「うごお!?」
反対側のドアからすごい音と太い悲鳴が聞こえた。
そちらの方を見る。ドアがちょうど閉まったところだった。
俺は反対側のドアに歩み寄って、ドアの窓から外の様子を見た。
スーツを着た女性がこちらに背を向けてうずくまっている。
『駆け込み乗車は危険ですのでお止め下さい』
アナウンスが聞こえてきた。どうやら彼女が駆け込み乗車をしようとしてドアとぶつかってしまったらしい。
可哀想に……よほど急いでいたのだろう。
電車が無慈悲に発車する。
俺はあのスーツを着た女性に幸があることを願いながら、流れる外の景色を眺めた。