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体育祭練習編もしくは銭湯(山口)

「つまりだ、君はあえてそこで玉城の腰に手を回すわけだ」

「腰に……でもそれは……」

「男の肩幅を楽しまないと損だと言いたいのだろう? そこが甘いのだよ、男の力強さの象徴は実は腰にあるのさ」

「どういうこと……?」

「セックスする時に男はどこを動かす?」

「……あ!」

「やっと分かったようだな」

「……さすがだよ、栞……あたし、生まれて初めてアンタの事を尊敬したかも」

「そう褒めるな」


下らない!

本当に下らないよ、この人たち!


ソフトボールを磨きながら思った。

なんでこの人たちは部活中に平気で下ネタを言うのだろう。しかもすぐそばで作業をしている僕がいるのに。まったく何が腰使いだ。絶対処女だろこの人たち。


『勝利は白組にあるー! フレー! フレー! し・ろ・ぐ・み!』

『フレ! フレ! 白組! フレ! フレ! 白組!』


「見たまえ奈江、先ほどからあそこに愛しの玉城がいるぞ」

「ちょっと、変な言い方しないでって……」


僕もチラリと声のする方を見る。グランドの隅で応援団の練習をしている男子の集団。そこで一際大きな声を出しているのが玉城先輩だ。僕の隣にいる四六時中エッチなことばっかり考えている先輩たちが、下らない妄想をしていた相手である。


「彼は応援団もやるのか……いいじゃないか、もしかして夏休みの頃、私たちが焚きつけたせいかな」

「かもね……」

「これは玉城応援団計画も始められるかもしれないな」

「そんなが計画あるの?」

「これから考える」


なんでこの人たちは男をエッチな目でしか見れないんだろう。バカじゃないだろうか。


「さて、そろそろ上がりだ、ウォームダウンのストレッチにするか」

「了解」


部活も終わりらしい。

僕は磨き終わったボールをカゴにしまい、カゴを持って立ちあがった。あとは、これを体育館倉庫に持っていかないと……


「栞先輩、一緒にストレッチやりましょうっす!」


しかし、坂口さんの声が聞こえた瞬間、動けずにその場で立ち止まってしまった。


「悪いが、私は奈江と一緒にストレッチをするんだ、君は一人でやるか、別の相手を見つけたまえ」

「ええ、わざわざ先輩とストレッチする為にここまで来たんすよ?」


ストレッチ自体は一人でも出来るが、レギュラー陣は二人でやることが多い。坂口さんはレギュラーじゃないけど、渡部部長を慕っているから、渡部部長とペアを組みたがっているのだ。


「そんな事情は知らん……そうだ、ペアでやりたいのなら、そこの山口君と一緒にやっていればいいだろう」


急に渡部部長に話を振られてドキリとした。

ストレッチ……他のソフト部員はもってのほかだけど、坂口さんとなら、別にやってもいいかな、と思う。いや、というか坂口さんとならやりたい。


下を向いた僕の目の前に、ニュっと坂口さんの顔が出てきた。


「う、うわっ」


思わずたじろいだ。どうやら坂口さんが僕の顔を覗きこんできたらしい。


「山口君、一緒にストレッチやるっすか?」

「あ、いや……これ片づけなきゃいけないから……」


僕は逃げるように歩き出した。


「振られたな、美波」

「可哀想だって思うのなら一緒にストレッチやってほしいっす」

「まったく可哀想だと思っていないからストレッチもやる必要はないな」

「先輩ひどいっすよ!」


背中越しに坂口さんと渡部部長の会話が聞こえる。

思わず断ってしまった。こんなのだから僕はダメなんだ。せっかく坂口さんの方から誘ってくれたのに、これじゃあソフト部のマネージャーになった意味がないじゃないか……


ドン


「あ……」


下を向きながら考え事をして歩いていたせいで、思わず人とぶつかってしまった。

カゴからソフトボールが数個、ゴロゴロと転がる。

ボールを追いかけようとした時、後ろから声がかかった。


「山口君?」


聞き覚えのある声に振りかえると、そこにいたのはあの玉城先輩だった。

僕は玉城先輩とぶつかってしまったらしい。


「……どうも」


少し頭を下げて謝ると、またすぐにボールを追いかける作業を再開する。


「すまなかった、考え事をしていたんだ」

「あ、大丈夫ですから……」


考え事をしていたのはこちらも一緒だ。玉城先輩だけが悪いということじゃない。

しかし、玉城先輩は素早く散らばったボールを集め、それらをカゴの中に入れた。


「ありがとうございます……」

「いや、俺が悪かったんだ、手間をかけさせてすまない」

「……玉城先輩だけのせいじゃないですよ、僕もよそ見しちゃってましたし……」

「……よし、お詫びにこれは俺が持とう、運ぶ場所は体育館倉庫でいいんだよな?」

「い、いや、いいですよ、別にそこまでしなくても……」

「気にするな、俺が勝手にやることだ」


先輩はもぎ取るように僕からカゴを取り上げると、そのまま体育館を目指して歩き出してしまった。

先輩の強引な行動に呆気にとられたが、すぐに小走りで先輩の後を追う。


「今日も真面目にソフト部のマネージャーを務めているみたいだな」

「別に真面目とかじゃないです、普通ですよ」


今日も普通にマネージャーの仕事をこなしただけだ。褒められるようなことはしていないし、珍しい事もしていない。


「花沢たちは真面目に練習してるか?」

「してませんね」


花沢キャプテンと渡部部長の先ほどまでのやりとりを思い出し、僕は即答した。


「え……してないのか?」

「監督が見ている前では黙々とやりますけど、監督が見ていない時はなんか喋りながらやっています」


しかも相当下品な話を。

玉城先輩にもあの会話を聞かせてやりたいところだが、先輩も自分がイヤラシイ目で見られていることなんか知りたくないだろう。


「山口君は何でソフト部のマネージャーになったんだ?」

「え、なんですか急に……」

「気になったんだ、教えてくれよ」


僕がマネージャーになった理由、それはソフト部で頑張っている女子たちを応援したいから……ではない。坂口美波さんがソフト部員だからだ。彼女のそばにいたくてマネージャーになった。

でも、その理由はマネージャー仲間にすら明かしていない。


「……まあ、ちょっとした理由ですよ、言うほどの事じゃないです」

「なんだ、逆に気になるぞ、そういう言い方は」

「ぼ、僕の話は別にいいでしょう……そうだ、それよりも応援団をやるんですか?」


僕は少々強引に話を変えた。先輩は気のいい人だけど、あまりプライベートな話をするような関係じゃない。


「ああ、そうだ、体育祭にむけて応援団の選考をな」

「応援団の選考?」

「今年の応援団は人数が多いらしい、練習に参加させてもらって、選考をするんだ」

「へえ、そうなんですか」


応援団にそんなに人気があるとは思わなかった。僕のクラスでは誰も応募していなかった気がするけど。


「というか、山口君、俺が練習していたところを見ていたのか?」

「ええ、まあ……」


先輩の声は僕まで届いていた。


「山口君から見て、俺の応援はどうだった?」

「え? えーと、良かったんじゃないですかね、先輩の声が一番目立っていましたし」


たくさんの応援団員たちの声が聞こえる中で、聞いたことがある声が玉城先輩だけだったってこともあるけど、それを差し引いても玉城先輩の声が際立って大きかったと思う。


「あ、山口君、着いたぞ」


話していたら体育館倉庫に着いた。玉城先輩は体育館倉庫の中に入り、迷うことなくカゴを所定の位置に置く。


「山口君、もうソフト部は終わりか?」

「いえ、もうちょっとありますけど、ストレッチとかいろいろ……」

「そうか……それならだいぶ時間かかりそうかな?」

「そうですね、部員の人たちはストレッチやって、総括やって、色々やるからあと一時間はかかるかもですね」

「なるほど……」


何でソフト部の予定なんて聞くのだろう。花沢キャプテンに用でもあるのだろうか。


「山口君もそれに付き合うわけか」

「いえ、僕はこのままほかの機材の片づけをやれば終わりです」

「え? じゃあすぐに終わるのか?」

「まあ、2、30分後くらいですかね、僕が帰れるのは」


部員は練習が終わった後も、ミーティングとかいろいろあるけど、マネージャーは練習が終われば練習機材の片づけをして終わりだ。早めにあがって早めに着替えないと、着替えを覗いてくる変態たちがいるし。


「山口君、久しぶりに一緒に帰らないか?」

「えっと……」


一緒に帰るのは夏休みのあの時以来だ。

急な提案だが、帰る方向は駅まで一緒だし、玉城先輩は見た目と違って気のいい先輩だから、別段断る理由も無かった。


「いいですけど……」


玉城先輩はにかっと笑って、グーサインを出した。




玉城先輩が手伝ってくれたおかげで、10分ほどで片付けは終わり、僕は早々と帰ることが出来た。

先輩と肩を並べながら駅に向かって歩く。


「山口君、お腹が減っているのなら例のラーメン屋でもよるか?」

「……いえ、お腹は減っていませんし、あのラーメン屋はパスですね」

「あのラーメン屋嫌いだったのか?」


『あのラーメン屋』とは夏休みに食べた『ぽんた』のことだ。この辺りは僕と先輩で了解が出来ている。


「……別に嫌いってわけじゃないですけど、多分、あの人たちと鉢合わせするかもしれないので……」

「あの人たち? ……花沢か?」


先輩が少し考えて『あの人』の名前を言い当てた。


「……なあ、山口君、なんでそんなに花沢たちを毛嫌いしているんだ?」

「……まあ、いろいろあるんですよ」

「ふむ」


説明してもいいけど、多分、先輩には伝わないだろう。夏休み、あれだけ花沢キャプテンたちにセクハラをされても、平気な顔をしていたこの人の事だ。

花沢キャプテンのデリカシーのなさは問題だけど、玉城先輩の羞恥心のなさも大問題だと思う。


「……山口君、一緒にお風呂に入らないか?」

「え?」

「山口君も部活で汗をかいただろうし、俺も応援団の練習で汗をかいた、ちょうどいい機会だし、銭湯でも行かないか?」


これまた急な提案だ。いきなりそんな事言われても全然準備とかしていない。


「銭湯ですか? そんなに汗はかいてないんですけどね、それにタオルとかも持ってないし……」

「タオルくらいなら貸してくれるだろ、銭湯なら」

「はあ……でも……」

「まあまあ、いいじゃないか、裸の付き合いって言葉がある、銭湯で男同士気軽に話そうぜ、銭湯代くらいは俺が奢ってやるから」


玉城先輩が僕の肩をパシパシと叩きながら言う。

夏休みにラーメンを奢ってもらったことがあって、その頃から薄々思っていたけど、玉城先輩は兄貴肌みたいなところがある。体育会系の部活に入っているのならこういうノリも分かるんだけど、玉城先輩は帰宅部みたいだし、単純に世話焼き体質なのかもしれない。


「……ちなみにですけど、この辺りのどこに銭湯があるか分かってます?」

「いや? とりあえず、今から探す」


誘っておいてノープランなんて……僕は、はあ、とため息をついた。


強引なくせにどこか抜けている。玉城先輩は一見頼れそうでしっかり者に見えるけど、いろいろ『抜けている』せいで、放っておけない気持ちにさせる人だ。庇護欲をかきたてる、と言っていいのか……例えるのなら大型種の子犬の面倒を見ている感じだ。


「……僕が一軒知っていますから、そこに行ってみましょう」

「おお、さすがだ、山口君」


結局、ノリで銭湯に行くことになってしまった。




僕が案内してくれた銭湯は、駅から少し離れたところの住宅街にある、時々ソフト部が利用しているやつだ。最近のスパ温泉と違って、外装も内装も昔の古いままの銭湯である。


「へえ、この辺りまでは来たことがなかったが、ここに銭湯があったのか」

「ソフト部は時々使ってますよ」


休みの日、丸一日練習だった時の帰りとかはここを利用する。

古臭い銭湯だけど、掃除だけはきちんとされているから清潔感があって、良い場所ではある。ただ一点の問題点を除いて。


「ちょっとここで待っていてください、中を見てきます」

「うん? ああ……」


玉城先輩を入り口で待たせ、一人でのれんをくぐり、中に入る。

番頭さんを確認してから、また玉城先輩の待つ入り口まで戻った。


「ここに入るのは止めておきましょう」


ここの銭湯の問題点、それは時々番頭が若い女性である、という点だ。いつもはおじいちゃんが座っているんだけど、たまにこういう日がある。


「営業してなかったのか?」

「いえ、営業はしていますが……番頭さんが女性です、それも若い人が」

「そうか」

「ええ……」

「……」

「……」

「……うん?」

「……はい?」


妙な間があった。

事情を説明したのに、先輩はまるで分かっていないかのようにキョトンとしている。


「いや、営業しているんだろう? 入ろう」

「で、ですから番頭さんが女性なんですってば」

「だからどうした」

「え!? ……あー」


そうだ、先輩はここの銭湯に来たことがなかったのだ。構造が分かっていないのだから、納得のしようがない。

ここの銭湯は、一枚の壁でしきられている男性風呂の脱衣フロアと、女性風呂の脱衣フロアの、ちょうど入り口の真ん中に番頭が座っている。つまり、番頭の視点からは着替えている男性が覗き放題なのだ。


「いやですから、ここって番頭さんが着替えを見れるようになっているんですよ」

「……ああ、そういうことか」


先輩はやっと納得してくれたようで頷いた。


「よし、それならこうしよう、山口君は俺の影に隠れて着替えろ、それなら山口君は恥ずかしくないだろう」

「え?」


てっきり、銭湯に入ること自体を中止してくれるのかと思ったが、先輩の発想は僕の真逆をいった。


「い、いや、それじゃあ玉城先輩が裸を見られちゃうじゃないですか……」

「俺は問題ないぞ」

「もう本当に何なんですか、玉城先輩って……」


僕は頭を抱えた。

先輩の羞恥心があまりないのは分かっていたつもりだが、まさか見ず知らずの女性に裸を見られても平気だというのは……ちょっと僕の認識は甘すぎたみたいだ。


「なんで呆れられてるんだ俺は」

「呆れますよ!」

「まあ、俺が気にしないっていうのならいいだろう、さあ行こうぜ」

「……うーん……分かりました! 」


先輩はもう行く気満々だ。中止の説得は無理そうだし、方向性を変えるしかない。幸い、チラッと脱衣フロアを見た限り、他の客はほとんどいなかった。つまり、着替える場所くらいは選べる。


「……それならなるべく死角になるところで着替えますよ!」


僕の提案に玉城先輩はコクリと頷いた。

先輩が意気揚々と銭湯に入っていく隣で、僕は苦い顔をしていたと思う。




先輩が番頭にお金を払っている間に、上手い具合に番頭から僕らの裸が見えない場所を探す。


幸いにもすぐにその場所は見つかった。この銭湯は脱衣フロアの真ん中にドンとロッカーが縦に並んでいるのだ。番頭の位置からなるべく離れた端っこなら、僕らの裸は見えないだろう。


お金を払い終え、タオルを借りてきた先輩が僕の隣に来る。僕が先輩からタオルを受け取ると、先輩は早速制服を脱ぎ始めた。ワイシャツもズボンもその下のトランクスもパッパと脱いでしまい、あっという間に全裸になった。

やっぱり先輩は羞恥心というものがないみたいだ。僕は先輩に見られないよう、先輩に対して背を向けながら制服を脱ぐ。


「山口君、何をしてるんだ?」

「え?」


先輩の方を見る。全裸で堂々としている先輩が目に映り、すぐに視線を逸らした。


「だ、だって、恥ずかしいじゃないですか、人に裸を見られるのって」

「そうか? 俺は特に感じないが」

「……玉城先輩は色々と図太すぎなんですよ……」

「山口君はちょっと繊細だと思うぞ、俺は山口君の裸を見ても何とも思わないし」


確かに同性同士なんだし、異性に比べれば裸を見られることにはそこまで抵抗感はない。だけど、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。


「……はあ……玉城先輩がうらやましくなります」

「それは呆れてるのか、それとも俺を尊敬しているのか、どっちだ?」

「……両方です」


先輩みたいに豪快に脱いでモロ出しっていうのは……呆れつつもその潔さには感心するところはある。

まあ、先輩はそもそもナイスバディだし、自分の身体に自信があるおかげで堂々としているのかもしれないけど。

僕だって身長があと数センチ高くて、二の腕や太ももももっと太くなって、肩幅だってもっと広くなれれば、あるいは先輩のように堂々となれたかもしれない。

……まあ、無い物ねだりだってことはわかってるんだけどさ。もうそろそろ成長期も終わりだし。きっとチビのまま大人になってしまうだろう。


「……お待たせしました」

「じゃあ行くか」


着替え終わって先輩の方を見る。やっぱりモロ出しのままだ。


「……あの先輩、前を隠した方がいいと思うんですけど」

「男二人で別に隠す必要はないだろう、というかむしろ山口君が隠しすぎなんじゃないか?」


僕はハンドタオルを縦に伸ばし、胸のあたりまで隠している。確かにちょっと気にし過ぎかもしれないけど、コンプレックスであるこの薄い胸板は、なるべく隠しておきたいのだ。


「それはだから先輩が図太いからで……いえ、もうなんでもないです、本当にうらやましく思いますよ、玉城先輩の事は」

「あ、今のは完全に呆れただけだな」


僕はため息で返事をして、浴場に向かった。




身体をよく洗ってから湯船につかった。

広い湯船だが、人がほとんどいないせいで貸し切りみたいな状態だ。僕が肩までゆっくりつかると、体の芯まで温まっていく感覚に、多少の眠気すら覚えるくらいにリラックスできた。


先輩が僕の隣にきて「うぃ~」とおじさんのような声を上げながら湯船につかる。


「たまには銭湯もいいなあ……そう思わないか、山口君……」

「はい、いいですね……誘ってくれてありがとうございます」


来るまでは「付き合いだから」と思っていたが、銭湯は思いのほか気持ちの良いものだった。誘ってくれた先輩には感謝である。


「山口君、恥ずかしいのは分かっているが、タオルは湯船から出した方がいいぞ、それはマナーだ」

「……そうですね」


確かにお風呂の中までタオルで身体を隠す必要はないか。

僕はタオルを絞ると、頭に乗せた。


「素直じゃないか」

「なんか湯船に浸かったらどうでもよくなってきました」


先輩のように羞恥心が無くなったわけじゃないけど、でもあまりこういうことを気にしすぎるのも野暮な気がしてきたのだ。


「山口君、実はな、銭湯に寄ったのは山口君と仲良くなりたいのと、もう一つ目的があるんだ」

「なんです?」

「なんで花沢を毛嫌いしているか、その理由を聞きたかったんだ」

「ああ、それですか……」


どうやら、先輩はあの話を気にしていたらしい。


「少なくとも俺の知る花沢は良い奴だからな、あまり嫌われるってことが想像できない」

「……まあ、先輩の前だったらそうでしょうね」


僕は大きく伸びをした。

一応、先輩の事を思って黙っていたけど、聞きたいというのなら教えてあげよう。

先輩は裸の付き合いで気軽に話そうって言っていたけど、確かにお互い裸でいると、警戒心とか配慮とかが薄れて、いろいろと話しやすくなる気がする。


「まず最初に断っておくと、別に毛嫌いしているわけじゃないです、ただちょっとデリカシーがない事にイラっときているだけで」

「……何か前もそんなことを言っていたな」

「まあ、この場だから言いますけど……玉城先輩は花沢キャプテンと二人三脚をやるんですよね」

「よく知っているな、やるぞ」

「それでまあ……花沢キャプテンはどうすれば先輩ともっと密着できるかとか、そういう話を渡部部長と話してたんです、部活中に、そばにいる僕に聞こえる声で」


配慮してあげようという気持ちは薄れているが、さすがに『腰使い云々』は伝えないでおいた。あの下品な言葉を言うと僕の口が汚れる。


「ねえ? デリカシーないでしょ? そういうところが苦手なんです」

「……つまり山口君は俺のために怒っていたわけだな?」

「いや……別にそういうわけじゃないですけど……」


確かに結果的に玉城先輩のために怒っているような形にはなっているが、花沢キャプテンたちに対しての怒りは前々からあったものだ。


「はは、照れるなよ、お礼に頭を洗うのを手伝ってあげよう」

「もう洗いましたから結構です」

「まあ、なんにせよ、花沢が何を思っていても俺は気にしていないぞ」

「……先輩ならそういうと思いましたよ」


そう、結局のところ、言われている本人はさして気にしていないのだ。当事者でない僕だけが怒っているという不思議な状況である。やってられない。

僕は身体を沈め、鼻から上だけをだしながら、ボコボコと湯面に泡を立てる。


「そういえば、山口君、もう一個疑問があるんだが」

「……なんですか?」


僕は上を向いて湯面から顔だけ出した。


「何でソフト部のマネージャーをやっているんだ?」

「……」


巻き戻すように、口を湯面の下に。


「山口君」

「ボコボコ」


「好きな人がいるからです」とちゃんと答えた。湯船の中で。残念だけど、先輩には聞こえなかったかもしれないが。

僕はゆっくりと先輩から離れていく。この話題を続けられるとちょっと困る。

しかし、玉城先輩もゆっくりと僕の後を追ってきた。

先輩は体が大きいので、必然的に僕が追い詰められる形になる。まるで追い込み漁のように、僕は湯船の端に追い込まれた。


「さあ、観念するんだな、山口君」

「……」


追い込まれてしまった……まあ、ちゃんと逃げるつもりもなかったんだけどさ。

僕は顔を湯面から出す。

誰にも言わないつもりだったけど、部外者である先輩になら言ってもいい……いま、そんな気持ちになっている。これもきっと裸の付き合いの効果だろう。


「……誰にも言いませんか?」

「勿論だ、ここで話したことは俺と山口君だけの秘密だ」


先輩は力強く頷く。

玉城先輩とはまだすごく短い付き合いだけど、この先輩が僕の信頼を損なうような人だとは思えなかった。


「……好きな人がいるんです」

「え?」

「ソフト部に」

「ええ!?」

「な、何でそんなに驚くんですか……」

「いや……そうか、そういう理由だったか……」


こちらも驚くくらいのオーバーリアクションだったが、そんなに驚愕されるようなことだったかな。僕が恋愛相談をするようなタイプに見えなかったのだろうか。


「ちなみに誰なんだ、俺の知っているやつか?」

「……先輩も知っていると思いますよ」

「俺も知っているやつ、だと……」


一緒にラーメンを食べたほどだ。先輩が相当忘れっぽい人でもない限り、坂口さんの事は覚えて……


「……栞か」

「違いますよ!」


そこで渡部部長の名前が出てくる意味が分からない。渡部部長なんてソフト部でデリカシーのない女子筆頭じゃないか。あの人の事を好きになる男子がいるとは思えない。


「何であの人なんですか!」

「いや、なんか気安く話してた気がするから……」

「そんなわけないでしょう、まったく……」


気安く話すというか、向こうが無遠慮に絡んでくるのだ。こちらとしてはウンザリしている。

先輩は、ようやく合点がいった顔をして、手を叩いた。


「そうか、美波が好きなのか……」


やっと気づいてくれたらしい。結構鈍いみたいだ、この人。


「美波か、うん、美波な……」

「……あの、あんまり連呼しないでほしいんですけど、恥ずかしいので」


坂口美波、噂によるとアイドル事務所からスカウトされたこともあるらしい。あんなに可愛いのに性格も明るくてクラスメイトみんなと仲が良い。非の打ちどころがない女子だと思う……ただ一点、妙な体育会系気質で渡部部長を慕っていることを除けば。


「そうか、美波が好きなのか……しかし、俺はよく知らないが、多分競争率は高いんじゃないか?」

「……そうですね、多分高いと思います」


僕のクラスでも、何人かの男子は坂口さんっていいよね、という話をしている。告白してフラれた、という話も聞いたことがあった。

僕のような貧相な男子にとってみれば、『高嶺の花』なのかもしれない。


「なるほどな……よし、わかったぞ」

「え? 何がですか?」


先輩が何かを決意したようにこちらを見ている。


「山口君、何とか俺の方からも色々とやってみよう」

「色々……?」


まさか、僕と坂口さんの仲を取り持つために、お節介を焼くつもりだろうか。


「……いえ、別に大丈夫ですから……」

「遠慮するな、俺と山口君の仲じゃないか」

「……まだ会って話すのは合計で二日目くらいですよね?」

「こうして裸の付き合いをしているじゃないか」


先輩の目はやる気に満ちあふれている。なんで部外者の先輩がここまで燃えているのかよくわからない。本当に相当な世話焼き体質みたいだ。

多分、「結構です」と断ることも出来るだろう。でも「骨を投げてくれ」とねだっている子犬のような目をしている先輩に、そんな言葉は言えなかった。


「……まあ、いいですけど、変なことはしないでくださいね?」

「任せてくれ!」


玉城先輩は勢いよく立ちあがった。

本当にやる気十分なのは結構なんだけど……


「とりあえず先輩、座って下さい……色々丸見えなので」


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