体育祭 準備編(秋名)
「おかあさーん、うちって浴衣ないの?」
私は家に帰って夕食を食べ終えると、早速、家中のタンスをひっくり返した。私はあのミニ浴衣しか持っていないが、この家はお母さんの実家で、昔はおばあちゃんとかも住んでいたし、もしかしたらお古の浴衣かなんかあるかもしれないと思ったのだ。
「浴衣? あなた、あのミニのやつがあるじゃない」
「あれ以外で」
「でも、前はあれを喜んで着てたじゃない」
「前って中学生くらいでしょ? もうそういう年じゃないの、ねえ何かない?」
「急に言わないでよね、もう……」
お母さんは眉をひそめながらも、私と一緒にタンスやクローゼットなどを漁った。
「なんで浴衣が欲しいの?」
「体育祭で使うの」
「あのミニじゃダメなの?」
「あれは恥ずかしいからダメ」
「昔は喜んで着たのにねえ……」
だからもう私は中学生の私じゃないのだ。いまあんなのを着ていったら、同級生から笑われる。
玉城先輩は喜ぶかもしれないけど、さすがにクラスメイトの前であの恰好をするのは無茶だ。特に咲ちゃんに見せた日には、半笑いで「なにそれ」とか言ってくるに違いない。
「あら、一着あったわね」
「本当? どれ?」
お母さんがタンスの奥から引っ張り出してきたのは、紺色の浴衣だった。
「なんか地味だね」
「……あのね発子、これは私が昔着ていたやつよ」
「へえ……」
私は浴衣を広げた。袖のところに少しばかり意匠が施されているけど、それ以外はほぼ無地の浴衣だ。さらに防虫剤の匂いが加味されて、地味感が加速している。
「やっぱりかなり地味だね、これ」
「そんなこと言うのなら貸さないわよ」
「あ、冗談でーす、すごく良いのだからこれを着させて」
こんなのでもあのピンクのミニ浴衣よりかはマシだ。
それに見ようによっては、クールな浴衣のように見えなくもない。少なくとも、咲ちゃんに馬鹿にされるような代物ではないだろう。
「ちょっと着てみなさい、丈とか見るから」
「はーい」
私は浴衣を羽織る。裾が地面についてしまった。
「やっぱり長いわね、これ私が発子くらいの頃に着てた奴なんだけど……」
私の背の低さは遺伝だが、それでも私が秋名一家の中で一番小柄だ。太りにくいのは良いが、やはりもっと背が欲しかった。
「じゃあ、仕立て直すから脱ぎなさい」
「仕立て直しとかしていいの? これお母さんのなんでしょ?」
「もう私じゃ着れないし、発子にあげるわ」
「わーい」
一応、喜んでおいた。本音を言えばもうちょっとオシャレなやつが良かったけど、あんまり贅沢も言っていられない。
「でも大変ね、体育祭に参加するのに浴衣を着ないといけないなんて、持ってないご家庭とかはどうするのかしら」
「着るか着ないかは自由だから」
「そうなの……発子にしては珍しいじゃない? そういうのだったら面倒くさくて着ない、とか言いそうなのに」
「……まあ、そういう気分だったの」
さすが母親だ。私の事をよくわかっている。確かに着ないつもりだったけど、先輩の要望と咲ちゃんの圧に負けて浴衣を着ることになったのだ。
「そうだ、私も体育祭、行ってみようかしら」
「ええ、来るの?」
あまり自分の親とかを友達に見せたくない。これが若くてめっちゃ美人の母親とかだったら全然いいんだけど、うちのお母さんは若いというより幼い顔をしているせいで、化粧とかをすると、何か『頑張っている女子大生』みたいな感じに見えてしまうのだ。背も低いから全体的な雰囲気も幼い感じだし。
「いいじゃない、行ったって、親なんだし……それに発子がこれを着て踊っているところも見たいわ」
「いやー、そう言われてもねえ……私にも世間体ってものがあって……」
「どういう意味よ、失礼ね……いいわ、こっそり行くから」
『こっそり』とか言いつつ、どうせ私の事を探しだして話しかけたりとかするのだろう。お母さんの事だから。
「そうだ、ついでにあなたと仲の良い『玉城先輩』の顔も見てみようかしら」
「え……」
玉城先輩のことは度々お母さんに話しており、お母さんの中では割と好青年なイメージが出来ていると思う。本人の強面を見たらきっと驚くだろう。
しかし、玉城先輩に母親を見られるのか……それは少し恥ずかしい。『頑張ってる女子大生』が母親だと思われるのはちょっと……
「玉城先輩って二年生よね? 何組でどの辺にいるのかしら?」
「……知らなーい、それよりも浴衣の仕立て直しよろしくね、じゃあね」
「あ、ちょっと待ちなさい……」
私はお母さんにいろいろ聞かれないように、さっさと自分の部屋に逃げ込んだ。