体育祭 準備編(麗)
ビデオカメラを買うのは初めての経験である。私にこんなものを買い求める日が来るとは夢にも思わなかった。
こういうのはあまり詳しくないので、とりあえず家電量販店の店員に言われるがままに買ってみた。
職場の自分のデスクに戻ると、私は説明書を読みながら、早速使い方を確かめる。彰君の学校の体育祭の日まではまだ日があるが、それまでに何としてでもこれを完璧にマスターしなければならない。彼の体操服姿や応援団の姿をこのカメラに収めるのだ。この昼休みの時間だって有効活用しなければ。
「どうしたんですか、それ?」
「え?」
話しかけられたので横に目を向けると、上田さんが私の手元のカメラを覗きこんでいた。
「……先ほど買ってきたものです」
「へえ、どこか旅行に行かれるんですか?」
「いえ……そういうわけでは……」
「あ、もしかして……いま流行のライブ配信者にでもなるつもりですか~?」
「はあ……」
上田さんがニヤリと笑いながらいう。
私は愛想笑いを浮かべながら適当に頷いた。
かつて私と彰君の二人きりの旅行を潰した張本人、『上田さん』。社員旅行で度々話しかけてきたので、適当にあしらっていたが、なぜか社員旅行から戻ってきた後もたびたび話しかけられるようになってしまった。
「あ、島崎さん何かSNSやってます? 私大体やってるんですけど」
「……いえ、特にはやってないですけど……」
「え~、やった方がいいですよ、やり方がわからないのなら教えてあげましょうか?」
「いえ、大丈夫ですから……」
このやりとりからも分かるように上田さんはウザい。それもかなり。
そしてこちらのペースを平気で乱してくる、私の嫌いなタイプだ。
「あ、島崎さん、旅行の時も言いましたけど、私に敬語とかいいですからね、島崎さんの方が年上ですし」
「……そういうわけにもいかないので」
確かに上田さんは年下だけど、勤続年数なら向こうの方が多い。上田さんは高校を卒業して進学ではなく就職の道を選び、この営業所にきた人なのだ。本人曰く、Fランの大学行くくらいなら、就職した方がいいかな、と思ったらしい。
……なぜ私がこんなに上田さんに詳しいかというと、社員旅行の時に聞いてもいないのに色々と話してきたからだ。
上田さんとの無駄話に付き合っていると昼休みが終わってしまう。
私は上田さんを気にせずに、カメラのパワーボタンを押した。
カメラが起動する。左側面のディスプレイを開けると、液晶にはきちんとカメラの画面が映っていた。この状態でRECボタンを押せば映せるのか。
試しにカメラを持ってRECボタンを押してみた。そして営業所内でもちょっと撮影してみようかと思ったが……
「……何やってるんですか?」
「早速撮ってるので被写体になろうかなあって思いまして」
カメラの前にピースサインをする上田さんが映り込んできたのだ。わざわざ身を乗り出して。
ハッキリ言って邪魔である。無論、本人にはそんなこと言わないけど。
私はそんな上田さんを無視して立ち上がると、上田さんから背を向けるようにし、カメラで営業所内を撮影しようとした。
しかし、上田さんがこれまたわざわざ回り込んで私のカメラに映り込んでくる。
「……上田さん、邪魔です」
「いや、でも、やっぱり被写体があった方がいいと思うんですよね、私でよければいくらでも撮っていいですから」
「……」
だからお前を撮りたくないんだ、私は。
何が悲しくて彰君のメモリーを残すためのこのカメラに、仕事場のウザい同僚を映さなければならないのか。
私はカメラを天井に向けた。
これならばもう、私の邪魔はできないだろう。
案の定、上田さんは私のカメラに入ってこない、勝ったな……と私はRECボタンをもう一度を押して撮影をストップし、正面を向いた。
そこには、スマホで私の事を撮っていた上田さんがいた。
「……何やってるんですか?」
「天井を撮る人って珍しいなって思って、その様子を撮ってました」
「……」
「この動画、私のSNSに上げていいですか?」
上田さんは、いま私がこの手に凶器になるようなものを持っていなかったことを感謝した方がいい。