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体育祭 準備編(玉城)

「全員プリントいったか? これが今年の体育祭のプログラムな」


夏休みが終わって、暦の上では初秋というやつになった。学生にとって、夏休みこそ最大の楽しみだが、学校の行事的にはむしろこれからが本番だ。体育祭に文化祭、二年は修学旅行もある。

そんなわけで、今日の5限のHRは体育祭の準備、つまりは誰がどの競技をやるかの割り当てをする時間となった。


黒板の前にいるのは委員長の女子と長谷川だ。

委員長がいるのは当たり前だが、長谷川の方は体育祭の準備委員ですらなく、あそこにいる必要はない。

ならばなぜいるかといえば、あいつは単純にこういうイベント事に張り切るタイプだからだ。今も委員長そっちのけでリーダーシップを発揮している。普段ふざける奴が積極的に参加してくれるのは学校側としても助かるらしく、担任はそんな長谷川を見て苦笑するだけで、咎めようとはしていない。委員長も「長谷川君がやりたいのなら……」ということで書記の方に専念している。


「まずは二人三脚な、これ二年は全員参加だから誰が誰と組むか決めようぜ」


俺は配られたプリントを見て、今年の体育祭のプログラムを確認する。

俺が関係ありそうな競技は……二年生全員参加の二人三脚、男子が全員で参加する騎馬戦、それと紅白対抗種目の障害物走くらいか。一応、クラス対抗と組対抗のリレーがあるが……まあ、ここら辺は運動部の連中がやるだろう。

ちなみにうちの体育祭に組体操はない。俺が入学する一個前の年代に、体育祭本番中にタワーが崩れて怪我をした生徒がいたため、廃止されたのだ。


「ねえ長谷川君、この二人三脚ってさ、男女混合? それとも男女別なのー?」


クラスメイトの女子が手を上げて質問した。


「え、わかんねえ」


長谷川が委員長の方を見る。


「男女混合だって、三ツ矢先生は言ってたよ、だから同性でも異性でも組んでいいって」


委員長の言葉に、先ほどの質問した女子を含め一部の女子が、オーと歓声をあげた。

この歓声の意味は分かりやすい。つまりは、男子と密着できることへの喜びなわけだ。男子の方は特に反応はない。スクールセクハラとかその辺が過敏になっている昨今だが、この程度の事なら気にしないのが普通だろう。


「じゃあ、どうするか……男と女で組むか?」


長谷川の言葉に、またも、オーという女子の歓声、それも先ほどよりも多くの歓声が上がった。つまりは男子の口からその提案が欲しかったわけだな。


「それで、誰と誰が組むかなんだが……」

「あ、ゴメン、男女は混合でいいけど、紅白は分けてって三ツ矢先生が言ってたから」

「マジ? それならそれで分けるか……つっても二人三脚なら身長合わせねえとダメだよな……よし、お前ら紅白に別れて背の順で並べ、男女関係なしにな……」


長谷川の的確な指示のもと、クラスメイト達は席を立ち、そして教室内が一気に騒がしくなった。誰が何センチとか、どっちの背が高い、とかそんな話をして盛り上がっている。


俺はというと、そんな喧騒から離れて、教室の後ろにある個人ロッカーに寄り掛かった。別に斜に構えてイキっているわけじゃない。このクラスに俺より背が高い奴がいない以上、ここが俺の定位置なのだ。


「玉城君」

「おお、花沢……」


喧騒から離れてきたのは俺以外にももう一人いた。花沢奈江だ。たしかに花沢もデカい。身長は男子と遜色なく……いや、多分、そこら辺の男子よりもデカい。


花沢が俺の隣にきて、俺と同じくロッカーに寄り掛かった。


「あれ、花沢も白組なのか?」

「うん」


紅白の色分けは、体育の時間にそれぞれ男子と女子で背の順になり、交互に白と赤の鉢巻を渡されて決定されていた。体育の授業は男女別だから、女子の紅白の組み分けは知らなかったが、花沢も俺と同じく白組になっていたようだ。

待てよ、ということは……


「なんだ、それなら二人三脚は俺たちで組むことが決定だな」

「そ、そうみたいだね……」


白組で一番デカいやつと二番目にデカいやつなのだ。それも男女別になってるし。ならばもう俺たちで決定だろう。


「花沢は二人三脚ってやったことあるか?」

「中学の頃に一回くらいあったかな……玉城君は?」

「ない」


だから実はちょっと楽しみだったりする。二人三脚とはどういうものだろう、と。よく漫画とかでは見たことあるけど、本当に足がもつれて二人でずっこけたりするのだろうか。


喧騒の方はまだ収まりそうにない。列が完成するまではちょっと時間がありそうだ。


「……なあ花沢、まだ時間ありそうだし、よかったら二人三脚の形だけでも組んでみないか? 練習がてらにでも」

「え?」


ただ喋って時間を潰すというのもなんだかもったいない気がするし、どんなものかイメージしやすくするためにもちょっとやってみたい。


前の世界の俺なら女子に対してこんな提案はできなかっただろう。断られるか、承諾されても嫌な顔をされるかのどちらかだろうし。

でも、この世界ならそんなことはない。男子と触れ合えることで歓声があがるくらいには、女子の方が男子を求めている。だから、花沢だって拒否はしないはずだ。


「……い、いいよ」


案の定、花沢はOKしてくれた。


「よし、やるか」

「うん……」


俺は花沢と肩を並べる。やはり俺の方が少し背が高いようだ。


「なあ、二人三脚って肩とか組むよな?」

「うん……組む?」

「いいか?」

「……いいよ」


俺は花沢と肩を組んだ。俺の左手が花沢の左肩へ、花沢の右手が俺の右肩に置かれる。かなり密着している。

なるほど、これはこの世界の女子たちが盛り上がるのも分かる。俺もかなり昂ぶるものがあった。

ちらりと横を見ると、花沢の胸に目が行く。体格が大きいからか花沢は胸も結構ある。間近にこんな胸があって、しかも二人三脚中にこの胸が揺れる姿を見れるのか。これはちょっとテンションが上がってきた。男女混合の話を出してくれたあの女子にはグッジョブと言いたい。




五限のHRが終わり、そのまま帰りのHRまで終わらせて、俺は長谷川とヒロミと一緒に教室を出た。これから三人そろってゲーセンに行くのだ。

夏休み中、ヒロミもその格ゲーの大会に出場したし、この二人はやる気満々といったところだろう。俺にはよくわからない世界だけど。


下駄箱を目指して廊下を歩く。

校内も体育祭に向けて色々な準備が見られる。もう下校時間なのに教室に残って何やら話し合っているクラスも多く見受けられるし、教室の壁には新聞部が発行している新聞とか、学校側が出すプリントとかが貼られており、それらには『体育祭』の文字が躍っていた。


何の気なしにそれらを見ていると、気になる文字が見えたので、立ち止まった。


『応援団・チアリーダー募集』


「お、何かあるのか?」


俺の視線が気になったのか、ヒロミと長谷川もそちらを見た。


「応援団にチアリーダー……あー、そういや去年もこういうのやってたな」

「玉ちゃん、応援団に興味あるの?」

「うん? うーん、まあ……」


夏休み中に、ソフト部の練習で応援団の真似ごとをしたことがある。やる時は恥ずかしかったが、やり終えてみると、そばにいた花沢や栞は、俺の応援をべた褒めしてくれた。あの時の事を思い出し、ちょっと挑戦してみるのもいいかもしれない、と思ったのだ。


「マジかよ、玉ちゃん応援団とかやったことあるのか?」

「ないが……やってみるとどうなんだろう、と思ってな」

「へえ~、なんか意外だな、玉ちゃんはこういうのやらないタイプだと思ったし」

「そうか?」

「玉ちゃんはそういうタイプだよな、ヒロミ?」

「……うん、ちょっと意外だったかも……あ、別に玉ちゃんに応援団が似合わないって言ってるわけじゃないんだよ?」


慌てて付け加えるヒロミ。

まあ、俺も夏休み前までなら、こんなプリントが貼られていても、特に気にも留めずにスルーしていただろう。


「どういう風の吹き回しだ?」

「以前、応援団の真似事をしたことがあるんだが、その時に周りからすごく良いって褒められてな」

「へえ、中学時代の話か?」

「いや、数週間前だ」

「夏休み中かよ、何があったんだ?」


俺は夏休みのあの出来事を話した。



「……いや、それ多分、褒めていたわけじゃないぜ」


俺が話し終えると、長谷川が少し渋い顔をした。


「え、褒めてただろ?」


長谷川は花沢と仲が悪い。もしかしたらそのことで花沢のことを変な目で見ているのかもしれない。確かに花沢は俺の事を褒めていたはずだ。


「ヒロミ、どう思う?」


長谷川がヒロミに話を振ると、ヒロミは苦笑いを浮かべた。


「……花沢さんは褒めていたとは思うよ」

「ほら見ろ、長谷川……」

「ただ、ちょっとくらいは下心があったかもしれないけど」

「え?」


ヒロミの言葉に、だよなあ、と頷く長谷川。

長谷川が言うのならまだしも、ヒロミまでそんなふうに言うということは、まさか本当に花沢はただ褒めていただけではなかったのか……?

もう一度よくあの二人の事を思い出してみる……確かに言われてみるとなんだかやたらとニコニコしていたような気がしないでもない。


「まあ、俺はよくわかんねえけど、女子は男子の応援団とかが好きなんだろ?」

「え? えっと……ど、どうだろうね、ははは……」


ヒロミは誤魔化すように笑った。どことなく冷や汗を流しているように見える。

この様子だと、長谷川の言うとおり、『応援団』というのは女子に受けが良いらしい。


「そんで、玉ちゃんどうするんだ、やるのか応援団?」


まあ、花沢と栞の真意は不明なところだが……しかし、女子受けが良いというのならなおさら応援団というものをやってもいいかもしれない。『モテる』というのは男として目指したいところなのだ。


「やってみるかな……」

「マジかよ」

「ヒロミ、どう思う?」


確認するようにヒロミに聞くと、ヒロミは照れたように頭をかく。この反応で確信が持てた。応援団は、女子受けするようだ。


「まあ、玉ちゃんならサマになるんじゃね? 身体デカいし、声も出るだろうしな」


その辺りは、栞からも褒められたし、自信があるところだ。


さて、俺が興味を持って立ち止ったのは『応援団』だけではない。もう一つの方、つまりはチアリーダーの方も気になっていたのだ。


「ヒロミはどうだ、やらないか?」

「え、ぼ、僕はさすがに無理だよ! 応援団なんて……」

「いや、そっちじゃなくてチアリーダーの方だ」


いくらヒロミがスラックスを履いているからといっても応援団に誘うわけがない。


「チアリーダー? でも、僕やったことないし……」

「俺も応援団はやったことないぞ」

「そ、そうだろうけどさ……僕にチアリーダーって似合わないでしょ?」

「いや、似合うと思うぞ」


ヒロミは男装っぽい格好こそしているが、スカートを履けば普通に女の子に見える。スカートを履くことに抵抗があるのかとも思ったが、別にそんなことはないらしい。ただ、ズボンを履いている方が楽だから履いているのだとか。


チアリーダー姿のヒロミを想像する。

ボーイッシュで、ショートボブのスレンダーな少女がチアリーダーとして、ポンポンを振るのだ……可愛いじゃないか。是非見てみたい。個人的にチアリーダーの格好は女の子を可愛く見せる格好の一つであると思う。


「ハ、ハセも僕がチアリーダーになるっておかしいと思うでしょ?」

「え? いいんじゃね」

「ええ!?」

「やってみろよ」

「ヒロミ、一緒に応援してみないか?」


ヒロミは俺と長谷川の顔を交互に見つめ、「……じゃあ、やってみる」と小さな声で呟いた。




家に帰って、時刻は夜の10時過ぎ。

今日も今日とて従姉の愚痴聞きのアルバイトに精を出す。

夏休み期間中は俺もどこかに遊びに行ってしまったりで、やれたりやれなかったりだったが、夏休みが終わってからはこちらのアルバイトも平常運転だ。


今日は、麗ちゃんはお酒を飲みたい気分だったらしく、俺はお酌係となって麗ちゃんのグラスにお酒を注いでいる。


「はい、どうぞ」

「うん、ありがとう……」


つがれたお酒を、喉を鳴らしながら飲み干す麗ちゃん。


「……麗ちゃん、あんまり一気飲みとかはしない方がいいんじゃないか?」

「彰君のついでくれたおさけが……おいひくて……」


注いだ瞬間にお酒がなくなるから、お酌係としてはやりがいを感じるところではあるのだけど……ただまあ、さすがにワインをジュースのように一気飲みするのは良くない気がする。俺もお酒は飲んだことがあるけど、酒はたくさん飲むと酔っ払ってしまうのだ。

俺もかつて酔っ払ってしまった経験がある。その時の記憶がないから、どう酔っ払ってしまったかまでは覚えていないが、周りにいた連中の反応を見るに、結構やんちゃな事をしてしまったらしい。


「彰くーん、おさけちょーだい」

「はいはい」


麗ちゃんは大人だから記憶が飛ぶまで飲むことはないだろうけど……俺は、ちょっと不安に思いながらも麗ちゃんのコップにお酒を注いだ。


「ふひひ、お酒おいひいよ、彰君も飲みたい?」

「いや、俺は止めとく」


先ほどからちょっと麗ちゃんのろれつが怪しい。もしかしたら、すでに酔っ払っているのではなかろうか。

麗ちゃんは喉を鳴らしながらお酒を飲みほした。


「ああ、そういえば麗ちゃん、最近あんまり仕事の愚痴言わなくなったな」

「ええ? そう?」

「うん、前は仕事場の悪口とかいろいろ言ってたのに」

「うーん、まあ色々あったんだよ……」


麗ちゃんが急に素面に戻ったような気がした。何があったのかは知らないが、愚痴が少なくなったのならそれに越したことはない。以前は「仕事を辞めたい、でも辞めたくない」とか色々と言っていた。麗ちゃんからネガティブな言葉が聞こえなくなったことは、麗ちゃんの置かれた状況を考えれば、とてもいいことであると思う。


「彰君の方は、どうなの~? 学校とか楽しい?」

「楽しいよ」


その問いは即答できる。友達と後輩に囲まれて結構楽しい学校生活を送っていると思う。まあちょっと女子の方は癖の強いのが多いけど。


「いいなあ……私も学生生活に戻りたい、今の季節だったら文化祭とか体育祭とかもあるだろうし……」

「ああ、そういえばそろそろうちの学校で体育祭あるけど」

「……え? マジ?」

「マジだよ」


麗ちゃんが無言でコップを差し出してきた。俺はそこにワインを入れる。

そして相変わらず豪快な一気飲みで、三秒でコップを空にする麗ちゃん。


「……ちなみに、彰君って何の種目に出るの?」

「騎馬戦と二人三脚と障害物走……あとは、応援団でもやろうかなって思ってるよ」

「応援団……!」


麗ちゃんが噛みしめるように言う。


「……彰君、その体育祭って私とか観戦できそう?」

「え? どうだろう……」


去年の事を思い出してみる。

確か、うちの親は来なかった。しかし観戦している親御さんもちらほらと見かけたし、なんだったら、昼食を家族で食べている生徒もいた。


「多分、来れると思うよ」

「そう……行けるんだね……」


麗ちゃんは真剣な表情で何か考えている。


「……もしかして麗ちゃん来たいの? うちの体育祭に?」


母校の体育祭ならまだしも、従弟の学校の体育祭になんて来たがるものだろうか。


「うん? えっと……ほら、ちょっとこう昔を懐かしみたいというか、そういうのがね?」


なるほど、そういうことか。麗ちゃんは先ほど学生生活に戻りたいと言っていた。とするならば、確かに麗ちゃんには良い気晴らしになるかもしれない。


「でも、やるの平日だよ? 麗ちゃん来れる?」


小中の運動会と違って、高校の体育祭は平日にやるのだ。ちなみに当然のことながら体育祭の後の振替休日なんてものはない。


「……うんとね、実は有給が残っているの」

「いいの? 俺の体育祭にそれを使っちゃって?」


俺はよくわからないシステムだけど、確か『有給』というのは回数制限のある休みだったはずだ。そんな貴重なものをここで使っていいのだろうか。


「大丈夫! むしろこのために取っておいたものだから!」

「そ、そうなんだ……」


力強く訴える麗ちゃんにちょっと引きながらも、俺は空になったコップにワインを注いだ。




次の日

昼休み、秋名と加咲と俺の三人で部室練の空き教室でご飯を食べている。もう生活リズムは完全に夏休みの前にまで戻っている感じだ。


「あ、そういえば先輩、先輩って何組です?」


購買で買ってきたであろうあんパンを一個たいらげた秋名が聞いてきた。


「体育祭の事か? 白組だ」

「おお、私と咲ちゃんと一緒ですね、ちなみに何の競技やるんですか?」

「二人三脚と騎馬戦と……あとは障害物走だな」

「リレーはやらないんですか?」

「俺よりも速いやつがいるからな」


夏休み前から自主的に筋トレ等をやっているが、それでも運動部の連中には適わない。


「あとは……応援団もやる予定だ」

「応援団!?」

「マジですか、先輩、応援団やるんですか!?」


さらっと付け加えると、目ざとく女子二人が食いついてきた。

やはりこの世界の女子相手には応援団は受けが良い。俺の選択は間違いではなかったようだ。


「せ、先輩が応援団……まさか応援団をやるなんて……」

「やっぱり半端ないわ、先輩って……」

「いや、まだ応募してないけどな、今日の放課後に準備委員会に言いに行くつもりだ」

「どうする、はっちゃん……」

「どうするって、それはもう……」

「おい、聞いているのか? まだ応募にすら行ってないからな? あとそんな変な期待するなよ?」


もうすでに俺の話はあまり耳に入っていないようで、女子二人はなにやらコソコソと話している。

正直言うと、あまり多大な期待をされても困る。なにせ女子に良いところを見せたくて応募しようとしているだけの素人だ。本番で下手こいて逆に格好悪いところを見せてしまう可能性だってある。


「秋名達は何をやるんだ?」


これ以上、俺の応援団の話を引っ張るのは止めておこう、そう判断して俺は話を変えた。


「え? ……えっと、一年は全体で借り物競争やって、あとは女子の種目がダンスですね、ちなみに私は組対抗のリレー走ります」

「ほう」


秋名は見た目からして素早そうだが、実際に足は速いらしい。


「加咲はどうだ? リレーは走るのか?」

「いえ、私も先輩と同じです」


まあ、そうだろうな。加咲は秋名と違って重量のありそうな豊かな双丘を持ち合わせている。走る時はさぞかし邪魔になるだろう。

……加咲が走る時ってやっぱり揺れるのだろうか? すごく気になる。体操服の加咲の全力疾走というものを一度でいいから見てみたい。


「でもいいですね、男子は騎馬戦で、見ごたえありますし」

「ダンスもいいだろう、疲れなさそうだ」

「いやあ、何か合同練習とかしなきゃいけないんですよ、そもそも意味わかんなくないですか、体育祭にダンスって」


秋名はげんなりとした様子だ。

まあ確かに、紅白対抗で点数を競い合う体育祭というイベントで、競い合いのしようがないダンスという種目があるのは謎だ。上手い下手をみるならまだしも、合同練習をする以上そういった差異も生まれないだろうし。


「はっちゃん、ダンスサボるの?」

「超サボりたーい……まあサボんないけどさ」


秋名が肩をすくめた。


「ダンスってどんなダンスをするんだ?」

「なんか浴衣着て踊るらしいです」

「去年と同じだな」


まだ九月の始め、残暑のこの季節なら浴衣を着ている女子を見ながら涼むというのもいいかもしれない。


「秋名も加咲も浴衣を着るわけか」

「浴衣の着用は自由らしいです、だから私とはっちゃんは、着ないようにしようかって話し合ってました」


なんて勿体ない事を。女子の浴衣が男子にとってどれほど素晴らしいものであるのかが分かっていないようだ。多分、貞操観念が逆転したこの世界の男子だって、性欲とは別の方向で、女子のそういう可愛い格好には需要があるだろう。


「加咲は浴衣を持ってないのか?」

「持ってますよ、でもわざわざ出すのも面倒ですし……」

「いいじゃないか、着てきてくれよ」

「え、でも、私の浴衣姿なんて見たいですか? ……見たくないですよね?」

「いや? 見たいぞ」

「え……」


加咲が信じられないものを見る目で俺を見ている。以前の秋名と同じ反応だ。

当然のことながら、俺は加咲の浴衣がガンガンみたい。この世界で巨乳はデブに分類されるらしく、その影響で加咲はあまりモテないらしいが、俺的には全く問題なしだ。


「じゃ、じゃあ……着て来ようかと思います……」

「そうしてくれよ、ついでに写真でも一緒に撮ってみるか」

「あ、はい……はっちゃんも浴衣着てくる?」

「……え、え? いやー、私はどうしようかな……」


しどろもどろになる秋名。どうやら例のミニ浴衣のことを気にしているらしい。


「秋名はやっぱりあのミニ浴衣だと恥ずかしいか?」

「……あー」


秋名が額に手を当てた。

なんだその「やっちまった」って反応は。


「……先輩、ミニ浴衣ってなんですか?」

「いや、夏休みの時にな、秋名と夏祭りに行ったんだけど……」

「え」


加咲がゆっくり秋名の方を向いた。


「うん? 秋名から聞いてなかったか?」

「……聞いていないです、はっちゃん、夏祭りって何?」


加咲の声が詰問調のように聞こえる。

そして秋名は冷や汗をかいているように見える。


「うーんとね、ちょっと色々あったというか……」

「はっちゃん、私の時は凄く怒ったよね? 抜け駆けだとか何とか……」

「はは……あ、咲ちゃん、そうだ! 今度さ、咲ちゃんにも購買のパンとか買ってきてあげる、何が欲しい? 個人的にはメロンパンがおすすめだよ、でもすぐに売りきれちゃうから早めにいかないと、だから明日は私が……いででで、ギブギブギブ!」


秋名の言い(マシンガントーク)は最後まで終わらなかった。

加咲の綺麗なコブラツイストが極まったせいだ。


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