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動画配信(秋名)

始業式の日ってなんでかならず避難訓練するんだろう?

9月1日になるたびにこの疑問が浮かぶけど、学校が終わるころにはすっかり忘れているので、いまだに解決されていない疑問だ。


「はっちゃん、今日半日で終わるし、学校終わったらアニメショップ行こう?」


避難訓練からの流れで全校集会、そしてそれを終えて教室までの帰り道、ボケッと考えごとをしていると、咲ちゃんから話しかけられた。


「いいよ」


どうせ暇だし。家に帰ってもやることもないし……というか、家に帰ると兄がいるから、むしろ家に帰らない方がいい。兄は大学生なので、夏休みが高校生の私よりも長いのだ。

そして兄は長期休みであることをいいことに家に籠って遊びほうけている。

やっていることはほぼライブ配信だ。

自称人気配信者『たっくん』はショタコンのお姉さん方にちやほやされるのをいいことに、それはもう頻繁にライブ配信をしている。

妹としては本当にもう辞めてくれって感じなんだけど、たっくんこと卓巳は最近ますます調子づいて来た。なんでもチャンネル登録者数で中堅の仲間入りをしたとか……たとえライブ配信で中堅になっても、私の中で卓巳の評価は底辺だ。


「はっちゃん、私、そろそろ同人誌即売会って行ってみたいんだ」

「コミケってやつ?」

「コミケはもう終わっちゃったから、秋にやるやつとかに行きたい、あ、でも冬コミに行ってもいいかも……」

「へえ~、玉城先輩も誘う?」


まあ、咲ちゃんからは断られるだろうけど、一応聞いてみた。

咲ちゃんはこれでも自分がオタクであることを玉城先輩に隠しているつもりなのだ。もう半分くらいはばらしているようなものなのに。


「……誘ってみようかな」

「え、マジで!? オタクってばれるよ?」

「……もうばれちゃったようなものだし……」


咲ちゃんが目に見えてテンションを落とした。


「やっとばれてたって気づいたの?」

「え? 気づいたっていうか、先輩が私の部屋に……」

「私の部屋? 玉城先輩が咲ちゃんの部屋に行ったの?」


夏休みの間も、結構ラインなり電話なりでやりとりをしていたし、二人だけで遊んだことも何回かあったが、そんな話は一度も聞いていない。


「……いや、なんでもないよ……」

「咲ちゃん、とりあえずゆっくり歩こうか」

「ああ……うん……えーと……」


どうやら夏休み、私の知らないところで先輩と何かがあったらしい。これは詳しく聞かなくてはいけないようだ。


私の咲ちゃんへの事情聴取は教室に着くまで続いた。




アニメショップ『アニメランド』

アニメショップではあるけど、扱っている商品はアニメのDVDだけじゃなくて、漫画や単行本、ライトノベル、さらにはゲーム本体は売っていないけど、それに関連したコミックアンソロジーやらなんやらを販売している。

咲ちゃんと漫画やアニメのDVDなどを見つつ、雑誌のコーナーまでやってきた。

咲ちゃんは早速一冊の雑誌を手に取った。男性声優のグラビアが表紙の雑誌だ。正直その人はあんまり格好良く見えないんだけど、咲ちゃんがファンなのでそこら辺は深くは言及しないようにしている。


私もアニメはよく見るけど、声優とかあまりよくわからない。テレビに出るくらいの有名声優さんとかならまだどのアニメキャラを演じたかとか言えるけど、こういう雑誌に載っている人とかはさっぱりだ。


つまり、本来なら私はこの雑誌コーナーでも特に見たいものなくスルーするところだったんだけど……一冊、目を引いた雑誌があった。

それを手に取る。表紙に『ライブ配信者特集』とあったからだ。

なんでアニメ雑誌でライブ配信者の特集なんて……と思ったが、どうやら秋から始まるアニメの一つにライブ配信者が主人公のアニメがあるらしい。それに関連して実際にアニメ実況をやっているライブ配信者を特集した記事のようだ。

一応念のために中を確認する。

……よかった、卓巳はいない。


「はっちゃん、ライブ配信者に興味あるの?」

「え? ……いや、ないけど、何となく見てみただけ」


私の兄貴がいるかを確認していた、なんて口が裂けても言えない。家の外では、兄の存在はアンタッチャブルなのだ。


「いいよね、ライブ配信者って……男とやり放題なんでしょ?」


咲ちゃんがふわっとした意見を言った。

最近のネットニュースでは、ライブ配信者のネタが流れることが多い。女配信者が男性視聴者を食べちゃった、なんてそれはもうとても良く聞く話だ。


そんなお手軽にやりたい放題やれるのならば、是非やってみたいと思うのが普通だろうが、でも私にはすごく身近に(性別が違うけど)サンプルケースがいるので、決してやりたいとは思わない。


そもそもたくさん再生数を稼ぐこと自体が大変で、手っ取り早く再生数を稼ぐ場合、女はネタを、男は裸になるのが良い、という説がある。実際、身体を張ったネタをやった結果逮捕される女性配信者はいるし、有名になりたくて上位の女性配信者を抱きに行く底辺男性配信者の話も、ネット上ではありふれている。


果たして卓巳はどうなのか……卓巳が童貞かどうかなんて欠片も興味ないけど、変なメンヘラ女に捕まって、こちらに迷惑がかかるのだけは勘弁してほしい。身バレ住所バレなんて本当にシャレにならないんだから。


「あんまり良くないよ、ライブ配信者は」

「そう?」

「そう、ロクなもんじゃないから」

「そ、そうなんだ……」


私の真剣な目に、咲ちゃんがたじろいだ。咲ちゃん的には半分冗談くらいのつもりで言ったのだろう。


私は雑誌を棚に戻した。ライブ配信者がフューチャーされる未来があってはならない。いや、最悪あってもいいけど、決して私の兄にスポットが当たる未来が来てはいけない。




夏休みが終わってから二日目、もう学校は平常運転だ。正直、夏休みで休むことに慣れきってしまった体には、一日授業というのはだるくて仕方がない。

ただ、学校に通うことになるのは、決して面倒な事だけでもない、ということも事実だ。

例えば、朝は玉城先輩に抱きついて登校できるわけだし、昼は今みたいに先輩と一緒にご飯を食べられる。

夏休みの期間中は先輩とちょくちょく会っていたから、別に凄く久しぶりってわけでもないが、やはり授業という面倒事を終えた後に、異性の先輩とご飯を食べるのは格別なのだ。


そんなわけでお昼ご飯を食べ終え、まったりしていると、先輩から話しかけられた。


「秋名、ネットに動画投稿とかしたことあるか?」

「え? ないですけど……咲ちゃんならあるかも」


咲ちゃんはオタクだし、そういうのに詳しい。ゲーム実況とか上げていても全然驚かない。

しかし、咲ちゃんも首を横に振った。


「なんでそんなことを聞いてくるんですか? 先輩も動画をアップしたくなったんですか?」

「まあ、どんなものかと思ってな」

「へえ、どんな動画上げるんです? ゲーム実況とか?」


先輩の低音の声は良く通るし、きっと女子受けもよいだろう。多分、その強面が見えないゲーム実況とかが良いと思う。


「まだ決めてないが……ゲーム実況か、でもそれあれだろ、俺が映らないだろう?」

「え、動画に出たいんですか!?」

「ああ、目的は再生数だからな」


なんで先輩がいきなりそんなことを言い出したのかわからないが、これはマズイ。

再生数目的で露出がしたい、というのはもう完全にうちの兄と同じ動機なのだ。つまりそこから行きつくものは一つしかない。


「先輩が映る動画だと……やっぱり、商品紹介とか……あとは、ライブ配信とかですかね」


絶句している私の代わりに咲ちゃんが先輩に話しかけた。止めて咲ちゃん、話をそっちに持って行かないで……!


「なんだ、加咲も詳しいじゃないか」

「ちょっと見てますから」

「商品紹介はまだわかるが……ライブ配信ってなんだ?」

「えっと、自分のパソコンにカメラをつけてリアルタイムで映像を配信するんです、結構いろんな動画でやってますよ、チャットみたいに視聴者とやりとりできるし……」


咲ちゃんの説明を聞きながら、先輩は目を輝かせ始めている。

これはいけない。先輩がその気になってしまっている。


「じゃあ、やってみるか、そのライブ配信……」

「……待った!!」


私は大声を上げて先輩を遮った。


「どうしたんだ、いきなり……?」

「先輩、ライブ配信は止めましょう」

「俺がライブ配信をやるとまずいのか?」

「……色々とまずくなると思います、だから止めましょう」


多分、先輩はライブ配信について何も知らないのだろう。まあ、私もやったことはないけど、でも卓巳の生放送をときどき見かけてげんなりしているからどんなものかはよくわかっている。

あれは先輩には似合わないものだ。少なくとも視聴者の女どもの餌食になるようなことがあってはならない。


「やっぱり顔か……」

「顔……いや、まあ顔出しのリスクもあるんですけど……そうじゃなくてですね……」


顔出しのリスクもあるが、それ以上に色々と問題がある。先輩はいまいちピンと来ていないようだけど。


「ライブ配信は……とにかくいろいろと問題があるんですよ」

「どういう問題があるんだ?」

「口では説明しにくいんですよ……」


頭に卓巳の顔がよぎる。あんな風になってほしくないんだけど、卓巳を例に出して説明するわけにもいかない。


先輩が、ダメな理由を説明しようとしない私をいぶかしむような目で見ている。そんな目で見られても言えないものは言えないのだ。


「……それならとりあえず、実際にライブ配信を見てみたらどうですか? それで先輩が出来そうだったらするって形で……」


咲ちゃんが私達を仲裁するように提案した。

……それしかないか、全ての配信が卓巳のようなものだとは思わないが、勘違い系アイドル配信は大抵大惨事になっている。

そこでライブ配信者の実態を見てもらって、先輩にはわかってもらおう。うちの兄の配信を見てしまうリスクもあるが、さすがに数多くのライブ配信が流れている昨今、そんなピンポイントで『たっくんの部屋』を引き当てることはないだろう。

……ないと思う。

……ないと思いたい。


「そうだな、まずは見てみるか」

「先輩」


私は先輩の肩に手を置いた。


「な、なんだ?」

「とにかく、私はライブ配信だけは反対ですからね、絶対やらないでくださいよ」


私は先輩の目を真っ直ぐ見つめながら言った。


「お、おう……」


先輩が私に気圧されながら頷く。

私は先輩の事を信じている。先輩ならば正しい判断をしてくれると。




お風呂から出て、ちょうどスマホに着信があった。

誰だろうと思って表示を見ると、玉城先輩とある。


『はい、なんですか』


先輩から電話なんて珍しい。時間的に夜のスカイプのお誘いだろうか。夏休みはあんまりできなかったし、夜のスカイプの習慣も元に戻そうかな。


『さっきライブ配信見たぞ』

『あ、マジすか』


早速見てしまったらしい。時刻は10時過ぎ、この時間帯なら学生社会人問わず多くの人がライブ配信を始めている時間帯だろう。


『……結構強烈だった』

『ですよね』


先輩の言葉に力がこもっている。


『私の言った意味わかってくれました?』

『ああ……』


先輩の声が重い。

どうやら相当ヘビーな配信を見てしまったようだ。先輩の夢を壊してしまったことは心苦しく思うが、これも全て先輩のためなのだ。


『さっきもたっくんの部屋とかいう配信見たけどすごかったぞ、なんか宗教みたいで……』

『え?』


聞き間違いだろうか? 今さっき、先輩が口に出してはいけない単語があった気がしたけど……


『うん? どうした?』

『……たっくんの部屋を見たんですか?』

『ああ、見たが……』


なんてことだ。

恐れていた事態が起きてしまった……いや、しかし、よくよく考えてみると、卓巳はここ最近ほぼ毎日ライブ配信をしている。ということは、当然先輩が卓巳のライブ配信を見かける可能性は低くないわけか……


『……今も見てますか?』

『いや、今は見てないぞ』


よかった、あれは長時間見ると精神力を多大にすり減らす。私なんかは5分が限界だ。それ以降はマウスすら動かす気力がなくなり、ノートパソコンを強制終了させること以外何もできなくなる。


『……先輩、その配信は記憶するだけ意味のないものですからすぐに忘却してください』

『お、おう……』


アレを記憶する為に、先輩の脳のメモリを1バイトでも使ってはいけない。今夜の事はきれいさっぱり忘れ、明日からライブ配信とかそこら辺の現代社会の闇とは無縁の健全な生活を送ってほしい。


『それと、やらねばいけない事が出来ましたので失礼します』

『え、あ……』


私は、一方的に電話を切った。

私はやらねばならない事ができた。現代社会の闇に……いや、秋名家の闇に挑まねばならないのだ。


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