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動画配信(玉城)

「玉ちゃん、嘘だろ……嘘って言ってくれ……」

「長谷川」

「頼む、嘘って……」

「長谷川、今日から学校だ」

「嘘だー!」


長谷川が大声を上げ、席からずり落ちると、教室の床をのたうちまわった。

クラスメイト達が何事かとこちらを見る。


「嘘だ、そんなわけねえ……これは夢だ……」

「今日は月曜日だから、今日を含めて五日間は学校だな」

「うわー!」


長谷川が耳をふさいで床にうずくまった。


それから数秒の沈黙を経て、長谷川はムクリと立ち上がると、俺たちの隣でスマホのムービーモードでこちらの様子を撮影していたヒロミに話しかけた。


「ヒロミ、撮れたか?」

「うん、撮れたよ」

「……おい、長谷川、付きあってやったけど、これなんだ?」


今日は9月1日。

40日間の夏休みが終わり、久しぶりの学校だ。夏休み明けの倦怠感は朝に家を出るところまでがピークであり、それ以降、満員電車に乗り、秋名に抱きつかれ、学校の下駄箱に靴をしまったころには、夏休み前の学校に通うテンションに戻った。


そして教室に入って早々、長谷川が俺に話しかけてきたのだ。


『玉ちゃん、動画撮ろうぜ!』


何が何だかよくわからないまま、とりあえず長谷川に教えられたセリフを長谷川に教えられたタイミングで言ってみたのがさっきのである。

ここまで付き合ってやったのだ。いい加減、事情くらいは説明してもらわねば。


「玉ちゃん知ってるか? 最近は動画をネットにアップするだけでお金が貰えるんだぜ」


そんな話はどこかで聞いたことがある。一回再生されることに動画サイトの運営会社から、わずかばかりのお金が手に入り、数十万数百万の再生数を稼げば、それだけで数億円の金が手に入るとか。


「つまりだ、俺たちで面白い動画を撮って金を稼ぐ、どうよ?」


どうよ、と言われても、世の中そんなうまい話はない、としか言いようがない。まとまった金が手に入るためにはそれこそ最低数万再生はいるだろう。

ヒロミの方を見ると、苦笑していた。こいつもいつも通り長谷川につき合わされているのだ。


「色々と言いたいことはあるが……とりあえず、さっきの動画は面白いのか?」

「え、面白くね? 昨日一日中考えたんだけど」


先ほど撮ったものは『夏休み明けという現実を受け止められない学生』をオーバーリアクションで表現しただけの動画だ。夏休み最終日に一日中考えたにしてはクオリティが低い気がする。そんなことしている暇があったのなら、ゲーセンにでも行った方がまだ有意義だったと思うぞ。


だがまあ、まったく面白くなかったか、と言われると……そうでもない。あそこまで全力でリアクションをとられればついつい笑ってしまう。まあ、ちょっとだけ面白かった、と言えるだろう。

ただ、俺が面白く感じたのは、おそらくは長谷川の事を知っていたから、という要素も大きいと思う。多分、長谷川のことをまったく知らない視聴者がさっきの動画を見ても『なんかわけわからん高校生がのたうち回っている』程度の認識しかされない気がする。


「ヒロミ、さっきの面白かったか?」


ここで俺が素直に「ちょっと面白かった」なんて言った日には、長谷川が調子に乗るのは目に見えている。ここはカメラで撮影していたヒロミに客観的な意見を貰おう。


「……ごめん、ちょっと面白かったかも」

「だろ? な?」


……しまった、ヒロミも俺と同じ思いだったか。

ヒロミの言葉にすっかり鼻息を荒くさせた長谷川は、


「これ早速アップするわ!」


そうのたまうと、スマホを熱心にいじり始めた。


……まあ、本人のやりたいようにやらせてやるか。全く評価されず、現実を見せつけられてもよし、何かまかり間違って評価されてしまい、金が手に入ってもよし。俺にはあまり関係ない事だ。


ジリリリリ


教室に設置されたスピーカーからけたたましい非常ベルの音が鳴る。

9月1日、学校の恒例行事が始まったようだ。

耳をつんざくベルが鳴り終わると、生活指導の三ツ矢のアナウンスが流れてきた。


『火事です、一階の校長室で出火しました、全校生徒は体育館に避難してください』


クラスメイトがダラダラと立ち上がる。一応、避難訓練なので、迅速に行動しなくてはいけないのだろうけど……毎年、毎年、小中のころから繰り返してきたことだ。もう高校生ともなれば『面倒な全校集会』という認識しかない。


「みんなー、体育館行くから廊下に並んで……」


クラスのまとめ役である花沢がクラスメイトに声をかける。クラスメイトたちも私語を一切やめずに廊下に出て行く。


「なあ玉ちゃん、みんなが出て行った後にこの教室で動画撮るのなんてどうだ? 面白そうじゃね?」


調子に乗っている長谷川にチョップを落とした。


「いって、何すんだよ!」

「バカなこと言ってないでとっとと行くぞ」


避難訓練なのだからいつもの全校集会と違ってきちんと点呼を行うはずだ。そこで俺たちがいないとわかれば、いつまで経っても全校集会は始められないだろう。せっかく半日で終わる9月1日を余計に長引かせ、他の生徒たちから恨まれるようなことはしたくない。


俺は長谷川の首根っこを掴んで廊下に出た。




次の日

俺が教室に着くと、長谷川が自分の席で机に突っ伏していた。

そばには困り顔のヒロミがいる。


「どうしたんだ、長谷川は?」

「昨日動画アップするって言ってたじゃない?」

「ああ」

「その動画の再生数が全然伸びてなくてショックだったんだって」


そうか、現実を見る方になったか。

長谷川には残念なことになったが、まあ、あんな適当に撮った動画でお金がガッポガッポとなるわけがないのだ。そんなのでよかったら世の中は億万長者だらけである。


「ちげーよ……」


長谷川が静かに身体を起こした。


「何が違うんだ?」

「動画が伸びねえのはショックだったけど、それ以上にショックだったのはコメントだ……」


なるほど、コメントで荒されたってことか。

確かにあの動画は身内受けはするだろうが、第三者には意味がわからないだろう。多分、「面白くない」とか「コイツうぜえ」とか色々叩かれまくったに違いない。


「長谷川、そう気を落とすな、次にまた面白い動画でも撮ればいいだろう」

「玉ちゃんが言うなよな~!」


なぜ俺が言ってはいけないんだ。むしろ共演者である俺には色々と言う権利があるはずだが。


「玉ちゃん、俺の動画見たか?」

「いや?」

「じゃあ見ろ!」


長谷川がスマホを押し付けてきた。

スマホの画面はちょうどその動画のものになっていたので、再生ボタンを押した。


動画自体は1分もみたない。改めて見てみたが、悪ふざけという言葉がピッタリ似合う動画だと思う。

さて、コイツがショックを受けたというコメントを見てみるか。


『隣にいる男子の顔も見せて』

『結構デカいな(隣の人が』

『最近のDKはホンマにエッチな身体しとるな』


動画のコメント自体は10件に満たない。

しかも書かれていることはどれも似たりよったりで、動画の内容は関係なく、のたうちまわっているやつの隣に立っている、こちらに背を向けている男に向けられていた。


「……もしかして俺の事か」

「そうだよ! 玉ちゃんの事しか書かれてねえんだよ!」


長谷川は噴火した。


「おかしいだろ! その動画の主役俺だぜ? 玉ちゃん後姿で顔すら写ってねえのになんかみんな玉ちゃんの事ばっかり書くんだよ、おかしくねえか!?」

「俺に言うな」


俺に当たっても仕方ないだろう。コメントを書き込んでいるのは俺じゃないわけだし。


「ヒロミー!」

「ご、ごめん……」


長谷川の勢いに押され、ヒロミは謝ってしまったが、ヒロミもこのコメントを書いたわけではないのだからヒロミに言っても仕方あるまい。


「ヒロミ、なんで女っていうのはこういうデカい男にしか興味ねえんだよ!」

「な、なんでだろうね……あはは……」


長谷川が空笑いするヒロミの肩を揺さぶった。

貞操観念が逆転した世界において、俺のこの大きな身体は女性に対して強烈なセックスアピールになるのだ。面と向かって俺のこの体格について何か言われることは少ないが、ネットだとこういう露骨なコメントが残せるのだろう。


しかし、異性からこんな風に性的な目で見られるというのは……正直あまり悪い気はしない。少なくとも前の世界だったら、俺と長谷川が並んでも、大抵の女子は長谷川の方を選ぶだろうし、ネット上でとはいえ、他の男子よりモテる男子になれるのは嬉しいものだ。


「長谷川、落ち着け、現実を受け止めるんだ」

「ああん?」


俺は興奮している長谷川の肩に手を置いた。


「お前よりも俺の方がモテるという現実をな」

「うわー! 調子こいてんじゃねえぞマジで玉ちゃん!」


長谷川が興奮を通り越して発狂している。

まあ、この動画で俺がモテているのは俺のこのヤクザみたいな顔が映っていないせいもあるだろう。見えてないから逆に盛り上がれる、いわゆるスカートの中のパンツを見たがる心理だと思う。


「ハセ、落ち着いて……多分、ハセのこともそのうちコメントつくかもしれないじゃないか」


ヒロミの言うとおりだ。まだ動画を投稿して一日しか経っていない。これから長谷川に対してのコメントがつく可能性は0ではない。

まあ、俺に対してのコメントが増える可能性も十分あるがな。


「もう知らねえ、この動画消す!」


しかし、長谷川は今回の一件で気分を害したようでムスッとしながら椅子に座った。


「動画を消すのか?」

「消す!」


それは残念だ。正直、長谷川の動画が世間的に面白いかどうかはどうでもいい。しかし俺がネット上でどういう評価になるのかは大いに興味がある。この調子でどんなコメントがつくか見守りたかった。


というか、俺は後ろ姿だけでこんなに注目されるのだ。もしかして、俺自身が動画の主役として出演し、それをアップすれば、それこそまさに小遣い稼ぎができるのではないだろうか?


「ヒロミ」


長谷川を宥めているヒロミに話しかけた。


「なに?」

「例えばの話なんだが、俺が何かしている動画は需要があると思うか?」

「え? ……えーと、何かって例えば? そこが結構重要なところだし……」

「例えば……脱いでいるところとか」


「男の上半身裸」にある程度の価値があるのは今までの生活でわかっている。それならばそれを武器にして再生数を稼ぐのも可能ではないだろうか。


「ぬ、脱ぐ!? ダメだよ玉ちゃん!」


ヒロミが言い聞かせるように俺の腕を掴んだ。


「玉ちゃん、その……自分の身体は大切にしよう!」

「お、おう……」


別にこんな身体に大切にするような価値があるとも思えないんだが……しかし、ヒロミの真剣な顔で言われ、俺も頷くしかなかった。


ガラガラ、と教室のドアが開く。担任が入ってきた。朝のホームルームの時間のようだ。長谷川を励ますのもそこそこに、俺とヒロミは自分の席に戻った。




昼休み、一か月と少しぶりに秋名と加咲と昼飯である。

秋名達は特に変わりない……まあ、夏休みにもちょくちょく会っていたから変わりないのは分かっていたことだが。


「秋名、ネットに動画投稿とかしたことあるか?」


飯も食い終わり、まったりしているところで、今朝の事を思い出した。ネットは見るけど、動画投稿とかそういうのはあまり詳しくない。秋名はスカイプの設定とか知っていたし、こういうのに詳しい気がする。


「え? ないですけど……咲ちゃんならあるかも」


加咲の方を見ると、加咲も首を横に振った。


「なんでそんなことを聞いてくるんですか? 先輩も動画をアップしたくなったんですか?」

「まあ、どんなものかと思ってな」

「へえ、どんな動画上げるんです? ゲーム実況とか?」

「まだ決めてないが……ゲーム実況か、でもそれあれだろ、俺が映らないだろう?」

「え、動画に出たいんですか!?」

「ああ、目的は再生数だからな」


俺が出れば再生数がアップする(と思う)。だから俺が出る動画じゃないといけない。


「先輩が映る動画だと……やっぱり、商品紹介とか……あとは、ライブ配信とかですかね」

「なんだ、加咲も詳しいじゃないか」

「ちょっと見てますから」


そういえば、加咲も結構オタクが入っているんだったな。前に部屋にアニメのものらしきポスターが貼られてたし。


「商品紹介はまだわかるが……ライブ配信ってなんだ?」

「えっと、自分のパソコンにカメラをつけてリアルタイムで映像を配信するんです、結構いろんな動画サイトでやってますよ、コメント機能を使えばリアルタイムで視聴者とやりとりできるし……」


ほう、それはいいかもしれない。

見ている人が俺の事をどう思っているかを知りたかったのだから、ライブ配信というのはドンピシャだ。ちょうど秋名から借りているカメラもあるしそれを使えばできるかもしれない。


「じゃあ、やってみるか、そのライブ配信……」

「……待った!!」


秋名が大声を上げた。


「どうしたんだ、いきなり……?」

「先輩、ライブ配信は止めましょう」


いつになく真剣な顔の秋名。一体どうしたというのだ。


「俺がライブ配信をやるとまずいのか?」

「……色々とまずくなると思います、だから止めましょう」


はて、何かまずい要素でもあったかと思ったが、一点思い当たるところがあった。

俺の顔だ。動画で俺の身体を映るのは再生数アップにつながるだろうが、やはりこの強面の顔がネックになって逆に下がってしまう可能性もある。


「やっぱり顔か……」

「顔……いや、まあ顔出しのリスクもあるんですけど……そうじゃなくてですね……」


秋名は頭を抱えている。そんなに言いよどむような問題があったのか。俺の顔以外で。


「ライブ配信は……とにかくいろいろと問題があるんですよ」

「どういう問題があるんだ?」

「口では説明しにくいんですよ……」


秋名は、味のなくなったガムを口の中で持て余しているかのようにモゴモゴとさせながら、言いよどんでいる。

俺に関して、そんなに言いにくいことがあったか? 俺と秋名は割とあけすけな関係だと思っていたのだが。


「……それならとりあえず、実際にライブ配信を見てみたらどうですか? それで先輩が出来そうだったらするって形で……」


加咲が俺たちを仲裁するように提案した。


「そうだな、まずは見てみるか」

「先輩」


秋名が俺の肩に手を置いた。


「な、なんだ?」

「とにかく、私はライブ配信だけは反対ですからね、絶対やらないでくださいよ」

「お、おう……」


ここまで必死になる秋名を見るのは初めてかもしれない。そんなに俺にライブ配信をやらせたくないのか。しかも具体的な理由を言えないで。

まあ、秋名がそこまで恐れるライブ配信というやつを、一度ちゃんと見てみよう。




時刻は10時を回った。風呂にも入りさっぱりしたところで、ノートパソコンを開き、例のライブ配信というのを確認してみることにした。


有名な動画サイトを開き、『ライブ』というタブをクリックする。

サムネとタイトルがずらりと並ぶ。


[ゲーム配信 フラゲ最速クリアを目指す @4枠目]

[【顔出し】たっくんの部屋 お悩み相談♪]

[テスト中]

[【まったり】寝落ちするまで【垂れ流し】]

[暇な人たちお話ししよう!]

[【作業枠】絵とか描いてるよ(*^。^*)] 


スクロールすること数回。1ページに20件ほどのライブ配信が表示されている。さらにページの下部を見れば、まだまだページ送りできるようだ。

ここまで多いと、どれを見ればいいか迷ってしまうが……とりあえず、表示された順番に上から見ていくか。


一番上にきていた[ゲーム配信 フラゲ最速クリアを目指す @4枠目]というのをクリックしてみた。


画面にはなにやらアクションゲームが表示され、そこにコメントが画面に流れていく。

どうやらゲーム実況というやつ……でもないか、パソコンから流れてくる音声はゲームのものだけだ。実況なら何かしらの声が入っているものだろうが、それはなく、本当にゲームしているところを配信しているだけのようだ。

これは参考にならないな。俺はすぐにブラウザバックした。俺が求めているのは配信者の姿が映っているやつだ。


その点でいえば、次の[たっくんの部屋]とやらはタイトルの段階で【顔出し】とはっきり書かれている。これが俺の求めているものかもしれない。しかもこのライブ配信は、入場者数もコメント数も他のライブ配信とは桁が一つ違う。おそらくは人気のライブ配信なのだろう。


俺は[たっくんの部屋]をクリックした。


画面に現れたのは青年だった。多分、これが『たっくん』なのだろう。

一瞬、たっくんのその顔に既視感を覚えた。初めて見る顔のはずだが……まあ、気のせいだろう。


『えー、そんなことないよ~』


たっくんが気の抜けた声を出した。鼻にかかった、媚びるような声だ。

コメントを追うと、どうやら「たっくんって可愛いね」とかそんな風な事を視聴者から言われたようだ。


『でもありがとうね、みんな大好き』


たっくんがウィンクをした。

ウィンクというのは、似合う人と似合わない人がいると思う。似合わない人である俺が言うのも何だが、たっくんも俺と同じ部類だ。

別にたっくんがブサイクとかそういうわけじゃない。童顔でこういう顔が好きだという女性は確実にいるだろう。しかし、あまりにもぎこちなくウィンクをやるものだから、無理をしてやっている感がありありなのだ。


『あ、そうだ~、一応お悩み相談枠だから、たっくんに何かお悩み相談してね?』


一人称がたっくんだと……? これはいわゆるぶりっ子か? 男にもぶりっ子がいるのか……ちょっときついな、この青年は。


軽く引いてしまったが、俺はすぐに気を取り直した。おあつらえ向きに、お悩み相談を受け付けてくれるらしいので、ライブ配信者の先達にいろいろと質問させてもらおう。


『質問があるんですけどいいですか?』

『いいですよ~、コメントにハンドルネームないけど初見さんかな?』


ハンドルネームか……まあ、本名でいいだろう。


『アキラです』

『アキラさんね、どうしたの?』

『ライブ配信をしてみたいんですけど、どうすればいいですか?』

『アキラさんもたっくんみたいに配信者になりたいんだ?』


たっくんのようになりたいかといわれると微妙なところだ。コメントを見ると、恐らくだが異性からの支持を多く受けている。女性からモテるのは望むところだが、このぶりっ子のスタンスはちょっと俺には無理だ。


『やっぱりねえ、リスナーのみんなのことを好きになることが大切かな~』


たっくんが視聴者に向けて媚びると、「私もたっくんの事大好きだよ~」とか「たっくん愛してるヾ(☆´3`)ノ」とかコメントが一気に盛り上がった。まるでお約束のような阿吽の呼吸だ。


『アキラってことは男性かな?』

『そうです』

『それならね~、もしアキラさんが配信者になるのなら~、たっくんも応援するからね、コラボ配信とかもやっちゃう? リスナーさんも見たいよね?』


たっくんが呼びかける度に流れてくる大量のコメント達。そのコメントは全て肯定であり、「たっくん優しい」だの「たっくん可愛い」だの、とにかくたっくんに対しての賞賛の言葉が多く見受けられた。

なんだろうか、このライブ配信は……えも言われぬ痛々しさがある。


『ありがとうございました、これからも頑張ってください』

『あれ? もういいの? スカイプとかしない?』

『大丈夫です、ありがとうございました』


俺はこの空間から逃げるようにブラウザバックした。

なるほど、秋名の言っていた意味が少しわかった気がする。もともとモテたいとかそういう気持ちでライブ配信に興味を持ったが、これは俺が望んでいたものとは少し違う形だった。ちょっとこの空気に、俺は耐えられそうにない。


俺は秋名に電話をかけた。


『はい、なんですか』

『さっきライブ配信見たぞ』

『あ、マジすか』

『……結構強烈だった』

『ですよね、私の言った意味わかってくれました?』

『ああ……』


しかし、こういう空気がある、ということなら言ってくれてもよかったと思う。

まあ、実際に見てみたおかげで実感も得られたわけだが。


『さっきもたっくんの部屋とかいう配信見たけどすごかったぞ、なんか宗教みたいで……』

『え?』

『うん? どうした?』

『たっくんの部屋を見たんですか?』

『ああ、見たが……』


秋名の口ぶりから、秋名もたっくんの部屋を知っているらしい。やはり結構な人気配信のようだ。


『今も見てますか?』

『いや、今は見てないぞ』

『……先輩、その配信は記憶するだけ意味のないものですからすぐに忘却してください』

『お、おう……』


なにやら秋名の声が冷たい。まるで怒っているかのようだ。


『それと、やらねばいけない事が出来ましたので失礼します』

『え、あ……』


そういって、一方的に電話が切れた。

なんだか秋名の様子がいつもと違う。いつもなら向こうから一方的に切る、なんてことまずないのに。

一体どうしたのだろうか、と首をひねりながら、俺はパソコンの電源を切った。




次の日


「おい玉ちゃん、見てみろよ」


教室について早々、長谷川がスマホを向けて話しかけてきた。

昨日の事はなかったかのようにケロリとしている。過去を引きずらないのはこいつの長所だと思う。


「何を見るんだ?」

「ライブ配信の親フラ動画集だ、今朝見たらランキングに乗っててさ、面白いぜ」

「親フラ?」

「親フラグの略だ、ライブ配信していると時々親とか家族が入ってきちまうことがあるんだけど、その時の配信者のリアクションが面白いんだ」


俺はスマホを受け取って、見る。

動画自体は5分くらいのものだが、いろいろなパターンの親フラがあって、それに困惑し驚愕し絶叫する配信者のリアクションは確かに面白いものだった。


動画のスクロールバーが最後らへんになった時、見覚えのある顔が映った。


たっくんだ。どうやら彼も親フラしてしまったらしい。


たっくんが例の猫なで声で視聴者と話していると、急にドアがすごい勢いで叩かれた。

媚びた笑みを浮かべていたたっくんがギョッとした顔をドアに向ける。そして、

『卓巳! ゴルアアァァ!』

『な、何だお前、は、入ってくんな!』

そこで動画が暗転した。たっくんがライブ配信を中止したようだ。


「面白かったろ?」

「……ああ」


動画は確かに面白かったが……あの最後のたっくんの動画で、扉からした声が少し気になった。あの声、怒鳴り声だからわかりにくいが、どこかで聞いたことがあるような……


「やっぱり、動画は投稿するよりも見る方がいいぜ」

「……そうだな」


昨日のあの放送を思い出し、俺は頷いた。


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