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執事喫茶(ヒロミ)

『悪い、明日無理になった』

『ええっ』


秋葉原のゲームセンターで行われる、格闘ゲーム、ナイツオブザラウンドテーブルの大会が明日に迫っているのに、今日になってハセがドタキャンの電話をしてきた。


『どうしたの? ハセも楽しみにしてたでしょ?』

『いや、何かバイト出てくれって店長に言われてよ、予定があるから無理っすっつったら、来てくれたら臨時ボーナスで1000円くれるって言われたからさ』


格ゲー大会は臨時ボーナス1000円に負けてしまったらしい。まあもともとお遊びで参加しようって話だったし、仕方ないか。


『じゃあ、僕もどうしようかな……』

『ヒロミは行けよ、てか行ってくれ、玉ちゃんは行く気満々何だから』

『え? 玉ちゃんって何?』

『あれ、言ってなかったか? 玉ちゃんも一緒に行くんだぜ?』


聞いてないんですけど。本当にハセって適当過ぎる。


『なんかな、玉ちゃんって前々からアキバで行きたいところがあったんだってよ、大会のついでにアキバ観光でもやってやれよ』

『……』


もちろんアキバ観光でも何でもさせてあげたいけど、こちらも色々と事情がある。

明日着ていく服はとあるロックバンドのTシャツで、オシャレというよりも男子に擬態することを目的にした服だ。あまりこういう服を着ているところを玉ちゃんに見られたくはない。

これでハセが一緒にゲーセンに来てくれるのなら、擬態を諦めてハセのそばにいることで居場所を確保できたのだろうけど……いないのならば、これを着ていくしかない。


『玉ちゃんには駅の集合時間教えてるからな……じゃあ後よろしくな~、大会の結果も教えてくれよな』


ハセの陽気な声で電話は切れた。

まあ、「行かない」という選択肢はないんだけどさ。一応玉ちゃんと二人きりで出かけるわけだし、デートって事になるのかな? ……秋葉原でゲーセンデート? さすがにないかな……

はあ、と大きくため息をついた。




次の日

僕は玉ちゃんと秋葉原の駅に降り立った。秋葉原に来るのはもう5、6回目くらいだが、相変わらずの人の多さだ。

時間を確認する。ちょっとヤバいかもしれない。集合時間を決めたのがハセだった、という点がいけなかった。時間にルーズなハセが組んだ予定だ。当然到着もギリギリの時間になることは予想すべきことだった。

なるべく急ぎたいのだけど、付き合いで来てくれているだけの玉ちゃんの事を考えると、あまり走らせるのもよくないと思うし……

その玉ちゃんを見ると、アニメキャラの看板をジッと見ていた。アニメを見るようなタイプじゃないだろうし、多分アニメの看板が物珍しいのだろう。


「玉ちゃん、こっちだよ」


玉ちゃんの肩を叩く。


「スマン、ボーっとしてた……ヒロミはいつもここにきてるのか?」

「いつもじゃないけど……ゲームを買いたい時はここに来たりするよ、今回は大会で来たけど」


地元のゲームセンターにも筐体は置いてあるけど、大会は主催してくれない。なので、腕試しがてら、わざわざ秋葉原まで来たのだ。


「その大会って何時からだ?」

「うーんと……実はちょっとギリギリだったりして……」


スマホの時計を見せながら言ってみた。


「そういうのは早く言えよ」

「いや、玉ちゃん付き合いで来てるだけだし、走らせるのは申し訳ないかなって……」

「バカ、そんな事気にすんな、ほら急ぐぞ」

「う、うん、ゴメンね、ありがとう」


玉ちゃんに急かされ、僕たちはゲームセンターまで走った。


目的地のゲームセンターは駅から少し遠かったのだが、幸いにも交差点につかまらなかったおかげで予想よりも早く着いた。


エスカレーターで三階まで昇り、受付まで行って大会の登録を済ませる。登録リストの定員は32名。僕は31番目に名前を書いた。どうやら時間的にも定員的にもかなりギリギリだったようだ。


「じゃあ、時間になったら呼びますんで、ここに集合してください」

「わかりました」


僕はなんとか受付を済ませると、玉ちゃんの元に戻った。


「受け付けて貰えたか?」

「うん、バッチリ」


僕はOKサインを作って答えた。

そして、ショルダーバックからハンチング帽をとりだすと、それを被る。


「なんだそれ、勝負帽子か?」


勝負帽子……面白い表現かもしれない。確かに大会とか勝負の場面でよくかぶるけども、ちょっと違う。


「ううん……まあ、偽装工作、かな?」

「偽装工作? どういう意味だ?」

「ほら、格ゲーの大会って男の子ばっかりだから、上手く溶け込めるようにね」


ハセといればまだ誤魔化せるんだけど、やっぱり男子の中に女子がいると目立つ。それに時々ナンパ目的で紛れ込む疑似オタクみたいな女子もいるから、わかりやすい女子の格好とかしていると、結構警戒されるのだ。


「それでは大会を始めまーす、説明を行いますので、エントリーされた方は受付までお願いしまーす!」


受付の店員がゲームの音に負けないくらい声を張り上げる。


「えっと、僕はこれから大会に出ちゃうんだけど……玉ちゃんはどうする? ゲーセンの中を見て回ってる? ゲームセンターの外で待っててくれてもいいけど」

「いや、ここでお前の勇姿を見ておこう」

「……なんか緊張しちゃうな、下手くそでも笑わないでね?」


ただでさえ大会ということで緊張しているのに、玉ちゃんに見られながらやる、というのはさらにハードルを上げられていると思う。


「俺は格ゲーの上手い下手がわからん」

「あ、そっか……えっとじゃあ一回戦で負けても笑わないでね?」

「誰が笑うか、その時は慰めにジュースを奢ってやる」

「もし僕が勝ったら?」

「お祝いにジュースを奢ってやる」

「ははは、一緒じゃん」


ジョークなのかわからないけど、玉ちゃんは真顔でこういう事を言うから面白い。笑ったおかげか、緊張が少しほぐれた。


「えー、これから説明を始めまーす! よろしいですねー?」


店員がこちらを見ながら大きな声を出す。いけない、僕が待たせている。


「じゃあ、行ってくるね」

「ああ、行って来い」


玉ちゃんに見送られながら、僕は受付のもとに向かった。




大会の結果、僕は一回戦こそ突破できたが、二回戦負け、ということになってしまった。大会のあとに参加者限定でフリープレイができるらしいけど、玉ちゃんを放っておいてまでやることじゃない。ということで、僕らは足早にゲーセンを出た。


「うーん、ダメだったよ、まさか2回戦目で@RECと当たるなんて思わなかった」


先ほどのゲーセン大会はトーナメント形式で戦ったのだが、2回戦目で優勝候補と当たってしまった。


「そのアットレックってのは強いのか?」

「あの店舗がホームのランカーだもん」

「……ランカー?」

「えっと、全国で上から20番目くらいに強い人なの」


ナイツオブラウンドテーブルという格ゲーは、オンライン対戦が出来て全国順位も表示される。先の@RECという人物は界隈ではかなりの有名人だ。


「お前は何番目なんだ?」

「僕は……1000位くらいかな」


プレイヤー人口比でいったらこれでも割とすごい方だと思うんだけど、他の人がすごすぎてどうしようもなかった。


「まあ別にいいよ、僕は遊びでやってるけど、向こうはゲームが生活の一部になってるようなものだし、そもそもレベルが違うんだ」


高校生の僕と違って、大学生や社会人のプレイヤーはお金と時間のかけかたのレベルが違う。一日中ゲーセンに張り付いているような人たちだし。


「ゲームが生活の一部、か……すごいな、さすが秋葉原だ」

「いや、秋葉原はあまり関係ないかも……で、これからどうしようか? なんかハセが言っていたんだけど、玉ちゃん行きたいところがあるんでしょ?」


玉ちゃんは頷いた。


「メイド喫茶に行ってみたいんだが」

「メイド喫茶……」


これまたレアなところに行きたがっているようだ。

やっぱり男の子だと、メイドとかそういうのが好きなのかな。女の子の執事好きの逆みたいな感じで。

でもいくらオタクの街とはいえ、メイド喫茶なんてマイナーなものが秋葉原にあるだろうか。


「メイド喫茶……あるかなあ、秋葉原に……」

「ないのか?」

「うーん、オープンしたって話は聞いたことあるけど……」


オープンしたという話はどこかで聞いたことはある。でもあんまり受けなかった、と言う話も聞いたことがある。

僕はとりあえず、スマホでネットを開き、メイド喫茶を検索してみた。


「……うん、やっぱり潰れてるなあ……」


メイド喫茶を経営している会社のHPはヒットしたけど、「秋葉原店は閉店しました」とある。一応、都内の他の地域にはまだ数か所店舗が残っているようだけど、いずれも秋葉原からはちょっと遠い場所だ。


「ないのか……残念だ」

「まあ、無いかもね、秋葉原っていったら執事喫茶だし」

「……なに?」

「え?」

「執事喫茶……?」

「え、執事喫茶知らないの? メイド喫茶よりもずっと有名だと思ったけど」

「……」


玉ちゃんはポカンとしている。駅からゲーセンに行く道とかでビラ配りしている執事さんとかいたのに……執事喫茶って割と一般的かと思ったけど、オタクじゃない人にはまだまだ広まっていないのかな。


「どうしようか、メイド喫茶はないみたいだけど……」

「……せっかくだから執事喫茶に行くか」

「え!? 執事喫茶に行くの?」


玉ちゃんは執事喫茶がどういうところかよくわかっていないみたいだ。オタクの中でも割と上級者向けの場所で、秋葉原の空気に慣れている僕でもキツイ……まあ、行ったことはないのだけれども。


「なんだ、まずかったか?」

「あ、い、いや、玉ちゃんが行きたいのなら行こう」


でも、玉ちゃんが行きたいというのなら連れて行ってあげないと……とりあえず、比較的まともそうなお店を探そう。




僕たちは執事喫茶が入っている雑居ビルまで来た。

ネットの評判だと、ここが一番良さそうだった。正直外見はあまり良くなさそうだけど……


「じゃあ……入るね?」

「ああ」


これで外れのお店とかだったらどうしよう。玉ちゃんと一緒だし、変な空気にはなりたくない。僕はドアを開けた。

その瞬間、驚いた。

お店の内装は、ボロい雑居ビルからは想像出来ない程に豪華で、落ち着いた雰囲気を漂わせている喫茶店だった。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


入ってきてすぐに、一人の執事が僕たちに気付いて、胸に手を当ててこちらに頭を下げた。

オールバックの執事が顔をあげると、


「……失礼いたしました、お二方とも旦那様でよろしいでしょうか?」


訂正された。

僕が男の子に見えたのだろう。


「あ、え、えっと……」


執事喫茶という空気、そして対応してきた執事がワイルドなイケメンだったので、思わずドモってしまった。


「いや、こっちは女です」

「重ねて失礼しました、お嬢様、旦那様、ようこそいらっしゃいました、お席の方へご案内します」


ワイルドな執事さんはその見た目に似合わず物腰柔らかに僕たちを席まで案内してくれた。


席に着くが、まだこの空気に慣れない。


「どうした、落ち着かないようだけど……」

「いや、こういうところ……緊張してさ」


玉ちゃんの方はまったく緊張しているように見えない。どころかどっしりとして本当に『旦那様』って感じだ。


「まあ、とりあえず、飯でも注文しようぜ、ちょうど昼時だしな」

「う、うん……」


玉ちゃんがメニュー表を開く。

こういうところのメニューは普通の喫茶店と違って『特殊』な設定がされていたりするんだけど、このお店はどうなんだろう。


「なあ、ヒロミ、このお嬢様サービスってなんだ?」

「え?」


玉ちゃんが指差す先を見ると、確かに料理名の横に『お嬢様サービス』とある。

……なるほど、これがこのお店の執事喫茶としてのサービスなのだろう。


「えーと、なんだろう、分かんないや……」


サービス名から考えれば女の子に提供するためのサービスなんだろうけど……料理を食べさせてあげるとかそういうのかもしれない。執事喫茶のそういうサービスはよく聞くし。


「すいません!」


玉ちゃんがいきなり手を上げて、店内に響くくらいの声をだした。

店にいた執事と、それと女性客も一斉にこちらを見る。当たり前だ、この場所には全く似合わない野太い客の声だもの。


「ご注文お決まりでしょうか、旦那様」


先ほどのワイルドな執事さんが僕たちのテーブルまでやってきた。


「このお嬢様サービスというのは何ですか?」

「お嬢様サービスは、お嬢様へご奉仕させていただくサービスです」

「例えば?」

「例えば……こちらのオムライスですと、ケチャップでお嬢様の名前を書かせていただきます」

「へえ、じゃあスパゲティだと?」

「僭越ながら、最初の一口目をワタクシが食べさせて差し上げます」

「なるほど……」


やはり女の子向けのサービスだった。やるとすれば僕だけど……玉ちゃんの前ではあまりそういうことは出来ない。まあ、玉ちゃんがいなくても恥ずかしくて注文できないと思うけど。


「ちなみになんですが、俺もこのサービス受けられますか?」

「え、た、玉ちゃん? な、なんで……」


まさか玉ちゃんがお嬢様サービスを受けたがるなんて、そんな……え、もしかして玉ちゃんってホモ? いや、そんなわけないよね……多分。

でも、女性向けサービスなんだから、男の玉ちゃんが受けられるわけ……


「勿論可能でございます、旦那様」


……ないこともなかったみたいだ。ワイルドな執事さんは玉ちゃんの質問にもまったく動じていないし、もしかして時々玉ちゃんみたいに男の人がこの店に来て『お嬢様サービス』を注文するのかもしれない。


「じゃあ俺は……オムライスをお嬢様サービス付きで」

「かしこまりました」


玉ちゃんが選んだお嬢様サービスが『あーん』する方じゃなくてよかった。

いや、本音を言うと、男同士のあーんもちょっと見たかったけど。玉ちゃんとワイルドな執事さんのあーんだ……それを目の当たりにした時、もしかしたら新しい扉が開いてしまうかもしれない。


「ヒロミは何にする?」

「え? えっと……ふ、普通のオムライスを……」


玉ちゃんは普通に頼んでいたけど、僕はさすがに『お嬢様サービス』を注文する勇気はない。


「かしこまりました、お嬢様サービスのオムライスがお一つと普通のオムライスがお一つ、以上でよろしいでしょうか?」

「はい」

「失礼いたします」


ワイルドな執事さんは深々と頭を下げると、僕たちの席を離れた。


「楽しみだな、オムライス」

「う、うん……玉ちゃん、なんかすごく積極的だね……」

「楽しいからな」

「そ、そうなんだ」


嬉しそうに言う玉ちゃん、執事喫茶でテンション上げるなんて、もしかして、本当に玉ちゃんってホモ……じゃないよね?




「お待たせしました、オムライスでございます」


ワイルドな執事さんが二つのオムライスを持ってきた。

オムライスは……まあ見た目は普通のオムライスだ。お腹が減っていたら美味しそうに見えたかもしれない。


「それではお嬢様サービスをさせていただきます、旦那様、失礼ですがお名前を伺ってもよろしいですか?」

「玉城彰です」

「アキラ様ですね」


ワイルドな執事さんが、オムライスの上にケチャップで『アキラ』と書いた。これはやられて嬉しいのかな……? ちょっとよくわからないけど、玉ちゃんは満足げな顔を浮かべてワイルドな執事さんの方を見ている。


「それでは彰様、お嬢様、ごゆっくり」


執事さんが深々と頭を下げてテーブルから去った。


「それじゃあ食べるか」

「うん……玉ちゃん、満喫してるね」

「まあな」


……まあ、いろいろと思うところはあるけど、玉ちゃんが喜んでいるのなら、それでいいか。




オムライスを食べ終え、食休み代わりにメニュー表を見ていると、後ろの方のページにイベント紹介というものがあった。

曜日と時間で色々なイベントがあるらしい。今日だと……『お嬢様じゃんけん大会』というものが開催されるらしい。時間は……この後すぐじゃないか。


「食べたりなかったか?」

「ううん、なんかこの後イベントがあるみたいで……」

「なに?」


玉ちゃんがメニュー表を見た。


「なるほど、チェキの撮影会か……」


『お嬢様じゃんけん大会』の優勝賞品は執事さんとのチェキ撮影会だ。やっぱり女性向けなんだけど、玉ちゃんは興味津々の様子だ。


「……やる?」

「やる」

「だ、だよね~」


『お嬢様サービス』を注文した玉ちゃんが『お嬢様じゃんけん大会』に参加しないわけがなかった。


「お嬢様、これから『お嬢様じゃんけん大会』を開催いたします、参加されるお嬢様はその場でご起立下さい」


ちょうどその時、ワイルドなあの執事さんが店内の一段高いスペースに立って、店内にいるお客さんに声をかけた。


「ヒロミもやらないか?」

「え、僕も? うーんと……」

「減るものじゃないし、やるだけやってみたらどうだ?」

「じゃ、じゃあ……」


確かにやるだけで損はない。それに玉ちゃんだけ立たせるのもよくないと思った。だって女性客ばっかりだから絶対変に目立っちゃうもの。

僕と玉ちゃんが立ちあがる。僕ら以外にも何人かのお客さんが立ち上がっている。当たり前だが玉ちゃん以外全員女の人だ。


「それでは…今お立ちになっているお嬢様と旦那様でじゃんけん大会をさせていただきます……ルールは勝ち残り方式でございます、ワタクシとじゃんけんをし、負けもしくはあいこの場合はお座りください、それでは始めます、じゃんけん……ぽん」


僕は無言で座る。まさか一回で負けちゃうとは思わなかった。


「負けたか、ヒロミ」

「うん、頑張って玉ちゃん」

「それではもう一度じゃんけんを行います、じゃんけん……ぽん」


二回戦目を終えて、玉ちゃんはまだ立っている。玉ちゃん以外には、一人の女性客だけだ。もしかしたら玉ちゃんはこのまま優勝しちゃうかもしれない。


「次で決まるかもしれませんね、それではじゃんけんを行います、じゃんけん……ぽん」


玉ちゃんは執事さんに勝った。もう一人の女性客は……座ってしまった。

つまり、玉ちゃんは本当に優勝してしまったようだ。


「おめでとうございます、旦那様、じゃんけん大会を見事優勝されました、お嬢様も是非拍手でお祝いください」


僕も含め、店内のみんなが拍手をする。お客さんたちの顔には敵意のようなものや嫉妬心のようなものはみられない。むしろ微笑ましいものを見るような目で見られている。変な感じに目立っちゃっているけど、歓迎されていないわけではないみたいだ。


「それでは旦那様、優勝賞品のツーショット撮影についてですが……」


そうだ、このじゃんけん大会はここからが本番なんだ。男の玉ちゃんが男の執事さんとツーショットを撮ることになる。

……その写真、ちょっと見たいかも。


「……一つ、提案があります」

「提案?」

「はい、もしよろしければ、そちらのお嬢様とツーショットを撮られるというのはいかがでしょう?」

「え?」


ワイルドな執事さんにいきなり話を振られた。


「いかがでしょうか?」


ワイルドな執事さんがこちらにウィンクをしてきた。

どういうことだろう、もしかしてだけど、いろいろと察してもらえてる……? でも、玉ちゃんは執事さんと写真が撮りたいだろうし……


「ヒロミ、どうだ?」

「え? あ、えっと……玉ちゃんが決めて」

「それならヒロミと撮るか」

「う、うん、わかった」


玉ちゃんは意外にもすんなりと僕とツーショット写真を撮ることを了承した。


「それではお二人で並んで座って下さい」


執事さんの指示のもと、僕と玉ちゃんは並んで座った。


「お二人とも、もう少しくっついていただきませんと、フレームに入りません」


結構僕らの距離は近いのに、まだくっつかないといけないらしい。

肩が触れ合いそうな距離までさらに僕らは近づいた。

でも執事さんはまだ近づくように、とジェスチャーで伝えてくる。

いくらチェキでもこんなに近づく必要はない。多分、執事さんはわざと言っているんだと思う。おそらくだけど僕のために。


「もうちょっとですね」


肩が当たる距離まで近づいても、まだ近づくようにと言われてしまった。もうあと近づく方法があるとすれば、それこそ肩を抱くとか、そういうことくらいしかないと思うけど……僕が玉ちゃんの方を見た瞬間、玉ちゃんと目が合ってしまった。すぐに目を背ける。まさか玉ちゃんがこっちを見ているなんて。


周りを見ると他の執事やお嬢様たちがみんなこちらをジーと見ていた。みんな何かしらの期待をしている目だ。多分これは期待通りの事をしないと終わらない空気である。

どうしよう、僕からやってみようか? いや、でもそれは……やっぱり男の人の方からやってほしいという気持ちもあるんだけど……


そんな事をとやかく考えていたら、僕の肩に手が回ってきて、グッと玉ちゃんの方に引き寄せられた。


瞬間、女の子たちから待ってましたと言わんばかりに、キャーという黄色い声が聞こえてくる。


「はい、これでちょうど写真におさまります、それでは撮りますね、はい、チーズ」


カシャリ


どこまでも穏やかな執事さんによって、チェキのフラッシュが焚かれた。


ヤバい、今のこの空気はかなり恥ずかしい。玉ちゃんが肩から手を離した瞬間に僕は席を立った。


「ちょ、ちょっと僕、トイレ行ってくる……」


トイレで一旦落ち着こう。




落ち着くのには三分もかかった。

僕がトイレから帰ってくると、玉ちゃんがほれ、とチェキの写真を渡してきた。


写真を受け取る。

僕が玉ちゃんに肩を抱かれている写真だ。玉ちゃんの顔はいつもん厳めしい顔だけど、僕の顔がヤバい。にやけようとしているのを必死に我慢しようとしている感じで、客観的にみると気持ち悪い顔をしている。


「じゃあ、帰るぞ」

「あ、うん……」


会計を済ませ、二人揃って執事喫茶を出る。

またお越しくださいませ、とあのワイルドな執事さんに声をかけられながら。


「あ、そうだ、この写真どうしよう……チェキの写真ってコピーできないよね?」


写真のデータとかないし、普通なら執事さんとツーショットの写真になるからこういうことは起きないんだろうけど……


「ヒロミが欲しかったらやるぞ」

「え、いいの……?」


玉ちゃんはコクリと頷く。

僕はありがたく写真をもらうことにした。せっかくの玉ちゃんとのツーショットだし、こんなひどい顔をした僕の顔を玉ちゃんに見られるというのはちょっと嫌だ。


「……玉ちゃんどうだった、執事喫茶?」

「なかなか強烈だったな」

「もう行かなくてもいい?」

「いや、また行きたいと思ってる」


どうやら玉ちゃんはかなりご満悦のようだ。もしかしたら執事喫茶にハマったのかもしれない。

僕は……まあ、しばらくはいいかな……


「ヒロミもまた一緒に行くか?」

「……行く」


……と思ったけど、玉ちゃんに誘われたのなら行かざるを得ないじゃないか。秋葉原の執事喫茶デート、あまり様にはなってないけど、やってることはデートといっても差し支えないものだったし。

……それに、執事喫茶に行って、また肩を……いや、なんでもない。


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