執事喫茶(玉城)
ようやく夏休み編も終わりです
電気街秋葉原
駅を降りたホームにはすでに多くの人がいた。さらに改札までくると、行列が出来ているのでは……と勘違いしてしまうほどの人だかりがあった。夏休みとはいえ平日なのに、さすが東京だと言わざるを得ない。
そして、駅から出たあとがまたすごい。人だかりもさることながら、いきなり目の前に、アニメのものと思わしき美少年のキャラクターが描かれた看板がドンと建物に掲げられているのだ。
「玉ちゃん、こっちだよ」
人の多さと、ゲームやらアニメキャラのデカい看板に圧倒されて、ボケッと立っていると、ヒロミに肩を叩かれた。
「スマン、ボーっとしてた……ヒロミはいつもここにきてるのか?」
「いつもじゃないけど……ゲームを買いたい時はここに来たりするよ、今回は大会で来たけど」
なるほど、さすがはゲームの街だ。
俺とヒロミは二人揃ってこの秋葉原まで繰り出した。
目的はゲーセン大会である。なんでもヒロミが普段やっている格ゲーの大会がここで行われるとかで、俺はその付き添いで来た。
当初、長谷川も来る予定だったが……というか、そもそも長谷川が俺を誘ったのだが、あいつは急用が出来たとかで来れなくなり、結果として俺とヒロミが二人きりでここに来ることになったわけだ。
「その大会って何時からだ?」
単なる付添いの俺は格ゲー大会の情報を何も持っていない。もしその大会まで時間があるのなら、ちょっと行きたいところがある。実は前々から秋葉原の観光をしたいと思っていたのだ。
「うーんと……実はちょっとギリギリだったりして……」
ヒロミが申し訳なさそうに笑う。
「そういうのは早く言えよ」
「いや、玉ちゃん付き合いで来てるだけだし、走らせるのは申し訳ないかなって……」
「バカ、そんな事気にすんな、ほら急ぐぞ」
「う、うん、ゴメンね、ありがとう」
そういうことなら俺の行きたいところは後回しである。走りだすヒロミの後に続いて俺も走った。
交差点を渡り、少し駅から離れたところにそのゲーセンはあった。五階建ての建物がまるまるゲームセンターになっている。さすがはゲームの街、ゲーセンもデカい。
中に入ると、まずいろいろなゲームの音に耳がやられそうになった。ヒロミの方を見ると、特に気にした様子もなくエスカレーターに乗りこもうとしている。やはり普段からゲーセンに通っているやつは違うな。
エスカレーターで三階に着くと、ヒロミは迷うことなく受付まで行って、そこにいる店員と話し始めた。
そしてクリップボードに挟まれた紙になにやら書いてから、俺の元に戻ってきた。
「受け付けて貰えたか?」
「うん、バッチリ」
ヒロミはショルダーバックからハンチング帽をとりだすと、それを被った。
「なんだそれ、勝負帽子か?」
ゲーセンの中で被るのだ、少なくとも日よけの意味はあるまい。とすると「気合を入れるため」くらいしか被る必要はないように思える。
「ううん……まあ、偽装工作、かな?」
「偽装工作? どういう意味だ?」
「ほら、格ゲーの大会って男の子ばっかりだから、上手く溶け込めるようにね」
なるほど、ヒロミの言いたいことがわかった。男だらけの場所で女が混じればそれだけで目立つし、下手すればアウェイになってしまうかもしれない。それを避けたかったのだろう。
言われてみれば、今日のヒロミの服は、なんだかいつも遊ぶ時とは違う。
いつもはスカートこそ履かないが、一目見てレディースとわかるような服を着ている。しかし今日は、上の服は黒を基調としたロックバンドのTシャツだし、下も色の濃いジーパンだ。さらにそこに黒のハンチング帽で目元を少し隠せば、もう見た目は男の子といっても過言ではない。
「それでは大会を始めまーす、説明を行いますので、エントリーされた方は受付までお願いしまーす!」
受付の店員がゲームの音に負けないくらい声を張り上げる。
ヒロミが受付をしてすぐに大会開始、やはり結構時間はギリギリだったようだ。
「えっと、僕はこれから大会に出ちゃうんだけど……玉ちゃんはどうする? ゲーセンの中を見て回ってる? ゲームセンターの外で待っててくれてもいいけど」
「いや、ここでお前の勇姿を見ておこう」
別にやりたいゲームもないし、付き添いで来た以上、やはりここはヒロミの応援をしてやらねばなるまい。
「なんか緊張しちゃうな、下手くそでも笑わないでね?」
ヒロミはちょっと表情をこわばらせた。
「俺は格ゲーの上手い下手がわからん」
自慢じゃないが、俺が格ゲーをする時はいつもレバーやボタンをガチャガチャやるだけだ。技術もへったくれもない。ヒロミが下手だろうと笑えるはずがないのだ。
「あ、そっか、えっとじゃあ一回戦で負けても笑わないでね?」
「誰が笑うか、その時は慰めにジュースを奢ってやる」
「もし僕が勝ったら?」
「お祝いにジュースを奢ってやる」
「ははは、一緒じゃん」
笑顔を見せるヒロミ。上手い具合にリラックス出来たようだ。
「えー、これから説明を始めまーす! よろしいですねー?」
「じゃあ、行ってくるね」
「ああ、行って来い」
俺はヒロミの背中を見送った。
大会の結果、ヒロミは一回戦こそ突破できたが、二回戦負け、ということになってしまった。
俺たちは、さっさとゲーセンを後にした。
「うーん、ダメだったよ、まさか2回戦目で@RECと当たるなんて思わなかった」
「そのアットレックってのは強いのか?」
「あの店舗がホームのランカーだもん」
「……ランカー?」
「えっと、全国で上から20番目くらいに強い人なの」
「お前は何番目なんだ?」
「僕は……1000位くらいかな」
じゃあ勝てるわけがない。いきなり優勝候補と当たったようなものじゃないか。
「まあ別にいいよ、僕は遊びでやってるけど、向こうはゲームが生活の一部になってるようなものだし、そもそもレベルが違うんだ」
「ゲームが生活の一部、か……すごいな、さすが秋葉原だ」
「いや、秋葉原はあまり関係ないかも……で、これからどうしようか? なんかハセが言っていたんだけど、玉ちゃん行きたいところがあるんでしょ?」
俺は頷いた。
こんな凄い秋葉原に来たのだ、秋葉原でしかできないことをやりたい。もっと正確に言うと、秋葉原にしかない場所に行きたい。
「メイド喫茶に行ってみたいんだが」
「メイド喫茶……」
前々から気にはなっていた。果たしてメイド喫茶とはどういうものか。本当にメイドさんが接客してくれるのか。
今回、長谷川に誘われた時、秋葉原に行くことを決断したのも、このメイド喫茶に行くためである。夏休みももう終わりだ、夏休みの最後の思い出にピッタリ……とは言えないけど、とりあえずこんな機会でなければ行くことはないだろう。
「メイド喫茶……あるかなあ、秋葉原に……」
「ないのか?」
「うーん、オープンしたって話は聞いたことあるけど……」
おかしい、メイド喫茶ってかなり大繁盛しているのではなかったのか、少なくとも俺のもと来た世界では、割と一般的だったはずなんだが……もしかして、この貞操観念が逆転した世界だとメイド喫茶というものは無くなっているのか?
「……うん、やっぱり潰れてるなあ……」
ヒロミがスマホを操作しながら言う。
どうやら本当にこの世界だとメイド喫茶というものはないらしい。
「ないのか……残念だ」
「まあ、無いかもね、秋葉原っていったら執事喫茶だし」
「……なに?」
「え?」
「執事喫茶……?」
「え、執事喫茶知らないの? メイド喫茶よりもずっと有名だと思ったけど」
「……」
そうか、そういうことか……つまりは貞操観念が逆転したこの世界だと、『男が女の子と触れ合う機会』よりも『女子が男と触れ合う機会』の方が需要があるわけか。そこから執事喫茶の方が流行っている、と。なるほど、その発想はなかった。
「どうしようか、メイド喫茶はないみたいだけど……」
「せっかくだから執事喫茶に行くか」
「え!? 執事喫茶に行くの?」
メイド喫茶に行けないのは残念だが、執事喫茶とやらがあるのならそこに行こう。もともとメイド喫茶に行きたかったのも「メイドさんに会いたい」という気持ちではなく「知らない文化に触れてみたい」という興味で望んでいたものだ。メイドが執事に変わっただけで、その興味は変わっていない。
「なんだ、まずかったか?」
「あ、い、いや、玉ちゃんが行きたいのなら行こう……」
ヒロミは早速スマホで執事喫茶に調べ始めてくれた。執事喫茶とはどんなところなのだろう。とても楽しみだ。
スマホ片手のヒロミに案内され、俺たちはその執事喫茶があるという雑居ビルに来た。
ここに来るまでの道すがら、秋葉原の街をよくよく見渡してみると、時折執事服の男がビラを配ったり客引きをしている光景が目に留まった。確かにこの世界では、執事喫茶というものが流行っているらしい。
ヒロミは執事喫茶の入り口のドアに手をかけた。
「じゃあ……入るね?」
「ああ」
なぜかヒロミは緊張しているようだ。そんな身構えるような場所なのか。
ドアを開ける。そこは雑居ビルの外面とは似つかない厳かな雰囲気を漂わせている喫茶店だった。テーブルも棚も椅子も、アンティーク調の木製の物であり、店内にいる執事たちはみんな執事服をビシッと決めて、銀のお盆に細かな意匠が施されたカップを乗せて運んだりしている。
執事喫茶とはこんなにも本格的な場所だったのか。俺たちがちょっと圧倒されつつキョロキョロとしていると、一人の執事服を着た男性が俺たちに気付き、こちらまで来て、胸に手を当てて頭を下げた。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
なるほど、これが執事喫茶流の「いらっしゃいませ」か。メイド喫茶だと確か客の事をご主人様と呼ぶらしいが、ここだと客層は女性が多いからお嬢様なわけだ。
「……失礼いたしました、お二方とも旦那様でよろしいでしょうか?」
執事が顔をあげてこちらを見る。
髪をオールバックに整えた爽やかなイケメンだ。この容姿ならきっと女子にも人気が出るだろう。
「あ、え、えっと……」
「いや、こっちは女です」
ドモるヒロミの代わりに俺が答えた。まあこの格好のヒロミを初見で女子と見破るのは少し難しかったかもしれない。
「重ねて失礼しました、お嬢様、旦那様、ようこそいらっしゃいました、お席の方へご案内します」
案内された席に座る。
先ほどの執事、接客のやり方が上手い。堂々としているし、しくじった時も慌てずに丁寧に対応している。あれを盗めれば加咲家の喫茶店のアルバイトに活かせるかもしれない。
ヒロミの方を見るとまだソワソワしていた。
「どうした、落ち着かないようだけど……」
「いや、こういうところ……緊張してさ」
俺はまったく緊張していない。
もしかしたら、緊張するかしないかは男女の違いなのかもしれないな。男の俺は執事に接客されても特になんとも思わないが、やはり女子のヒロミはお嬢様扱いされると体に変に力が入ってしまうのかもしれない。
「まあ、とりあえず、飯でも注文しようぜ、ちょうど昼時だしな」
「う、うん……」
テーブルに置かれているメニュー表を開く。
フードメニューは少々お高めの値段設定で、さらに料理名の横には見慣れない言葉があった。
『お嬢様サービス有り』
「なあ、ヒロミ、このお嬢様サービスってなんだ?」
「え? えーと、なんだろう、分かんないや……」
俺よりも秋葉原に詳しいであろうヒロミも分からないのか……すごく気になるぞ、この『お嬢様サービス』。
その名称から察するに、お嬢様をもてなすようなサービスをしてくれると考えられるが……果たして男の俺がこれを頼んでもいいのか? 頼んでもいいのなら、是非頼みたい。
「すいません!」
俺は手を上げた。
店にいた執事と、それと女性客も一斉にこちらを見る。
「ご注文お決まりでしょうか、旦那様」
すぐに先ほどのオールバックの執事が俺のもとに馳せ参じてきた。
「このお嬢様サービスというのは何ですか?」
「お嬢様サービスは、お嬢様へご奉仕させていただくサービスです」
「例えば?」
「例えば……こちらのオムライスですと、ケチャップでお嬢様の名前を書かせていただきます」
「へえ、じゃあスパゲティだと?」
「僭越ながら、最初の一口目をワタクシが食べさせて差し上げます」
「なるほど……」
これが『お嬢様サービス』か。たしかにサービス満点だ。この世界だと、こういうことが女子にとって嬉しい事なのだろう。
「ちなみになんですが、俺もこのサービス受けられますか?」
「え、た、玉ちゃん? な、なんで……」
「勿論可能でございます、旦那様」
オールバックの執事は白い歯を見せながらニッコリと笑った。おそらくは男からお嬢様サービスを要求されるのなんて、想定外のことだと思うのだが、この執事は全く動じずに即答した。
この執事、接客においてかなり熟練者のようだ。
「じゃあ俺は……オムライスをお嬢様サービス付きで」
「かしこまりました」
ヒロミの手前、さすがにスパゲティは自重した。一人で来ていたら興味本位で頼んでいたかもしれない。
「ヒロミは何にする?」
「え? えっと……ふ、普通のオムライスを……」
「かしこまりました、お嬢様サービスのオムライスがお一つと普通のオムライスがお一つ、以上でよろしいでしょうか?」
「はい」
「失礼いたします」
オールバックの執事は深々と頭を下げると、俺たちの席を離れた。
「楽しみだな、オムライス」
「う、うん……玉ちゃん、なんかすごく積極的だね……」
「楽しいからな」
カルチャーショックというか、異文化コミュニケーションに近い感覚だと思う。もともと見知らぬ文化に触れあいに来たのだ。楽しまなければ損だと思う。
「そ、そうなんだ」
だが、ヒロミはそんな俺に引いているようだ。一体なぜだ?
「お待たせしました、オムライスでございます」
オールバックの執事が二つのオムライスをヒロミと俺の前に置く。
オムライス自体は値段のわりにはチープなもののように見える。まあ、少々お高めの値段設定はサービス料が加味されているのかもしれない。
「それではお嬢様サービスをさせていただきます、旦那様、失礼ですがお名前を伺ってもよろしいですか?」
「玉城彰です」
「アキラ様ですね」
オールバックの執事が、オムライスの上にケチャップで『アキラ』と書いた。オムライスの上に文字を書くのは意外と難しいのに、それをすらすらとやり通すとは、やはりこの執事出来る……いかん、さっきから客ではなく、接客業の同業者としての目線でこの執事を見ている気がする。
「それでは彰様、お嬢様、ごゆっくり」
執事が深々と頭を下げてテーブルから去った。
「それじゃあ食べるか」
「うん……玉ちゃん、満喫してるね」
「まあな」
オムライスを切って一口食べる。見た目もチープだが味もチープだった。
オムライスを食べ終え、ちょっと休憩してから店を出るかと思っていると、ヒロミがメニュー表を見始めていた。
「食べたりなかったか?」
「ううん、なんかこの後イベントがあるみたいで……」
「なに?」
俺はヒロミからメニュー表を受け取ってそのイベントを確認した。
『お嬢様じゃんけん大会』
●希望されるお嬢様と当店の執事たちによるじゃんけん大会を開催します!
●もし最後まで勝ち残れば、ご希望の執事とチェキでツーショット撮影が可能!
●当店で素敵な思い出を作りませんか?
「なるほど、チェキの撮影会か……」
「……やる?」
「やる」
「だ、だよね~」
ここまで来たのだ。執事喫茶を満喫しなければ損だろう。ここに書かれている通り、素敵な思い出を作ってやろうではないか。
「お嬢様、これから『お嬢様じゃんけん大会』を開催いたします、参加されるお嬢様はその場でご起立下さい」
丁度良いタイミングで、あのオールバックの執事が店内の一段高いスペースに立って、店内にいるお客さん……もといお嬢様たちに声をかけた。
「ヒロミもやらないか?」
「え、僕も? うーんと……」
「減るものじゃないし、やるだけやってみたらどうだ?」
「じゃ、じゃあ……」
俺とヒロミが立ちあがる。店内にいる他のお嬢様たちも立ち上がっているが、彼女たちは執事の方ではなくなぜか俺たちの方を見ている。
やはり男の俺が混ざると目立つな。ゲーセン大会のヒロミの気持ちがわかった。
「それでは……今お立ちになっているお嬢様と旦那様でじゃんけん大会をさせていただきます」
オールバックの執事は俺が立ちあがったのを見て、ちゃんと俺も勘定に入れてくれた。こういう細かい気遣いもできるとはさすがプロだ。
「ルールは勝ち残り方式でございます、ワタクシとじゃんけんをし、負けもしくはあいこの場合はお座りください、それでは始めます、じゃんけん……ぽん」
俺はチョキを出した。
執事はパー。
俺の勝ちである。
立っていたお嬢様のうち、半分が席に座った。ヒロミも座ってしまった。
「負けたか、ヒロミ」
「うん、頑張って玉ちゃん」
おう任せろ、とガッツポーズをする。
「それではもう一度じゃんけんを行います、じゃんけん……ぽん」
俺はグーを出した。
執事はチョキ。
またも俺の勝ちだ。
まさか二連勝できるとは。以前に秋名達と野球拳をして負けまくったことがあったが、今このときの勝負運をあの時に持っていきたかった。
周りを見ると、立っているのは俺とあともう一人の女性客だけだった。
「次で決まるかもしれませんね、それではじゃんけんを行います、じゃんけん……ぽん」
俺はグーを出した。
執事はチョキ。
俺は勝ったが……もう一人の客の方を見ると、彼女は席に座った。
俺が優勝である。
「おめでとうございます、旦那様、じゃんけん大会を見事優勝されました、お嬢様も是非拍手でお祝いください」
店内が拍手で包まれた。とりあえず、片手を挙げて応える。一応、周りのお嬢様たちも俺の優勝を歓迎してくれているようだ。
「それでは旦那様、優勝賞品のツーショット撮影についてですが……」
そうだ、優勝すると執事とツーショットが撮れるのだ。誰と撮るか……やはりここはこのオールバックの執事と一緒に撮るのがいいかな。
「……一つ、提案があります」
「提案?」
「はい、もしよろしければ、そちらのお嬢様とツーショットを撮られるというのはいかがでしょう?」
「え?」
オールバックの執事に提案されてヒロミを見た。
ヒロミもまさかここで自分が指名されるとは思っていなかったようで、目を白黒させている。
「いかがでしょうか?」
オールバックの執事が白い歯の見える爽やかなほほえみを浮かべた。
ヒロミとツーショットか……ふむ、ちょっと悩むところではある。せっかく執事喫茶に来て楽しもうというのだから執事と写真を撮った方がいいと思うのだが……だが、よくよく考えてみると出来上がるのは強面の俺とイケメン執事のツーショットだ。果たして俺はこれをもらってうれしいのか?
それならば、むしろ執事喫茶に一緒に来た記念ということで、ここの厳かな店内を背景にヒロミとツーショットを撮った方がまだもらって嬉しいものが出来上がる気がする。その方が夏休みの思い出作りにもなるだろうし。
「ヒロミ、どうだ?」
「え? あ、えっと……玉ちゃんが決めて」
「それならヒロミと撮るか」
「う、うん、わかった」
俺がオールバックの執事の方を向くと、すでに執事は手にチェキを持っていた。相変わらず仕事ができる執事だ。
「それではお二人で並んで座って下さい」
オールバックの執事の指示のもと、俺とヒロミは並んで座った。
「お二人とも、もう少しくっついていただきませんと、フレームに入りません」
マジかよ、これでも結構近いと思ったんだがな。
俺は肩が触れ合いそうな距離までヒロミと近づく。
これでどうだ、と執事を見るがジェスチャーでもう少しです、と返されてしまった。
チェキって意外とフレームが小さいんだな……と思いつつ、もう完全に肩が当たる距離まできた。
「もうちょっとですね」
まだダメか。もう近づきようがないぞ、と思いつつ、どうにかして近づく方法を模索する。あるとすれば、もう肩を抱いて寄せ合うくらいしかないが……ヒロミの方を見た瞬間、ヒロミと目が合った。向こうもこちらを見ていたらしい。ヒロミはすぐに目を背けた。
くそ、そんな反応されるとこちらまで照れてくるじゃないか……
周りを見ると他の執事やお嬢様たちがみんな手を止めてこちらを注視している。
これではまるで晒し者みたいだ。早く写真を撮られてさっさとこの状況を終わらせよう。
俺はヒロミの肩を抱いてグッとこちらに寄せた。
その瞬間、周りのお嬢様たちのキャーキャーという黄色い声が聞こえてくる。
「はい、これでちょうど写真におさまります、それでは撮りますね、はい、チーズ」
カシャリ
チェキのフラッシュが焚かれる。これでミッション終了だ。
俺がヒロミの肩を離した。
「ちょ、ちょっと僕、トイレ行ってくる……」
声を上ずらせながらヒロミは席を立った。
ふう、と一息ついて、俺は椅子の背にもたれかかった。まさかチェキの撮影一枚でこんなに疲れるとは。
オールバックの執事がチェキで撮った写真を差し出してきた。
「旦那様、写真でございます」
「……ありがとう」
このオールバックの執事は爽やかな笑みをうかべたままだ。なんだかこの人にいい様にやられた気がする。
……まあ、それもこれも、初めての執事喫茶の思い出ってことにするか。