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ナンパ待ち(花沢)

ラーメン店『ぽんた』

とにかく量だけはたくさん出してくれるこの店は、ソフトボール部の練習で消費したエネルギーを補給するのに一番手っ取り早い店であり、あたしや栞や美波は、部活の帰りにここに寄ることがほぼ日課になっている。


「栞先輩、明日どうするっすか?」

「奈江、明日どうする?」

「ええ?」


カウンター席であたしの横に並んで座っている二人が、まるで伝言ゲームのようにあたしに話題を振ってきた。


明日はソフト部が休みなのだ。

夏休みにソフト部がない日は数えるくらいしかなく、部員のほとんどはこの日のために頑張っているといっても過言ではない。

あたしもせっかくの休み、どうしようかと思っていた。家でゆっくり昼ごろまで寝て過ごす、なんてのも考えていたが、この会話の流れから、どうやら三人で遊ぶことになりそうだ。


「はい、チャーシューマシマシ一丁!」

「あ、自分っす」

「醤油ネギマシマシ一丁!」

「私だな」

「豚骨アブラニンニクマシマシ一丁!」


脂とニンニクと麺以外の材料が見当たらないラーメンがあたしの前に置かれた。

これがぽんたの醍醐味。出てくる料理が基本的に全部雑なのだ。

割り箸を割って、ずずずっと啜る。

見た目通りの大味だ。繊細さのかけらもない。

ぽんたのラーメンは見た目も雑だが味も雑だ。しかし、このお店にとって、『雑』とは褒め言葉である。決して不味いという意味で言っているわけではない。


「……プールに行きたいかな……」


こってりとしたラーメンを啜りながら、あたしは呟いた。


「プールっすか、良いっすね! 自分も泳ぎに行きたいっす」

「まったく、考えが甘いな、奈江がプールで泳ぎたがると思ったのか?」

「え?」

「水着の男が目当てに決まっているだろう」

「そっちすか! さすが奈江先輩っす!」


何がさすがだ、というか栞はあたしを何だと思っているのか。この二人はいつも適当な会話で適当にあたしをいじってくるのだ。


「ついでにナンパとかして男をひっかけてくるかもしれないな」

「おお! 奈江先輩だったらいけますよ!」


何がいけるというんだ、まったく……美波の適当なよいしょに呆れながらもあたしは口を開いた。


「……あたしはね、泳いでリラックスしたいの」

「リラックス?」

「あ、間違えた、リフレッシュ……」

「プールでリラックスってなんだか疲れたOLみたいっすね」


失礼な、誰が疲れたOLだ。

あたしは右隣にいる栞からチャーシューを一枚取った。

栞はさらに右隣にいる美波からチャーシューを一枚取る。


「あー、栞先輩何するっすか!」

「スマンな、奈江が私のを取ってしまったんだ」

「うぅー」


美波が恨みまがしい視線をこちらに向けた。あたしは素知らぬ顔でチャーシューを食べる。


「……そうだ、プールに行くというのなら、ざぶーんランドなんてどうだ?」


栞が提案してきた。

ざぶーんランドはここから少し遠いところにあるプールだ。具体的には県をまたぐ。しかし、かなり大きなレジャー施設だ。一度は行ってみたいと思っていた。

リラックス……じゃなくてリフレッシュする場所としては悪くないかもしれない。


「ざぶーんランド……いいっすね!」

「そうだろう?」


美波と栞があたしを見る。


あたしはニンニクとアブラをかきこんで、


「行こっか」


そう呟いた。



次の日

ざぶーんランドは、更衣室の空を見つけるのが難しいくらい盛況だった。


「奈江先輩、着替えたっすか?」

「こちらは終わったぞ」


少し離れた場所で着替えていた栞と美波がこちらの様子を見に来た。

ちょうどこちらも着替え終わったところである。


「あたしも終わってるよ」

「そうすか……て、ええ!?」


美波が大声を上げてたじろいだ。


「どうしたの?」

「いや……奈江先輩の水着が予想外だったもので……」


言われて、自分の着ている水着を見る。

買ったのは終業式の日だ。部活がなかったあの日、あたしは栞と一緒に水着を新調した。

「着る日も来ないし、見せる相手もいないんじゃないか?」とからかう栞の眼鏡にべったりと指紋を付けてやった後、気に入った水着を購入したのだ。


ピンクのフリルがついたトップスは、少し大胆にへそが見えるものにした。ショートパンツのボトムも同じようにピンクでフリルがついている。

結構可愛い水着だと思う。女の子らしくて一目見て気に入った。


「可愛いでしょ?」

「……めっちゃ可愛いっす、自分が男ならヤってます」


美波があたしの腹筋を凝視しながら言う。あたしはその視線から、美波がいつもソフト部のAVネットワークで、ボディビルダー物ばかり借りていることを思い出した。

まあ、美波が男ならヤってあげてもいい。というか、あたしとヤってくれる男子がいるのなら、誰でもウエルカムだ。


ちなみに美波の水着は青色のチューブトップとビキニである。なかなか似合っているんじゃないだろうか……まあ、というか美波クラスの美少女なら、なに着せても似合うと思うけど。


栞の方は何の変哲もない競泳水着だ。ただ、栞は、腰回りが細いのに胸に脂肪がついているから、こういうすっきり見せる水着が似合っている。


「さて、それじゃあ行くか」

「それでナンパっすね!」

「ああ、奈江がな」

「しないっての」


仮にあたしのナンパに引っ掛かる男がいるとすれば、それはもうプールに入っているせいで眼鏡がかけられないド近眼か、かなり性癖のねじ曲がっている変態男くらいしかいないだろう。




更衣室の混み具合である程度は予想していたが、実際にプールは人ばかりだった。いや、むしろ夏休み期間中であることと今日のこの暑さを考慮すれば少ない方なのかもしれない。


「はい、栞先輩、自分行きたい場所があります!」

「言ってみたまえ」

「ウォータースライダーっす! ここのウォータースライダーすごいんすよ」

「却下だ」

「え!?」

「君はなぜここに来たのか、目的を忘れてしまったのか?」

「え、えっと……」

「疲れたOLのようになってしまった奈江を癒すためだろう?」

「あ、そ、そうでした!」


そうでした、じゃない。いつまでそのネタを引っ張るんだこの二人は。


「ということで、行くのなら流れるプールだ、そこで奈江は浮き輪の上にでもいてもらおう」

「そうっすね!」


つっこみたいところだが、考えてみると悪くない。リフレッシュが目的で、プールでひと泳ぎするつもりだったが、流れるプールで流れるまま、というのも面白そうだ。


「……まあ、あたしはそれでいいとして、アンタらどうするの?二人だけでウォータースライダーでもいく?」

「我々は……」

「栞先輩、自分たちも流れるプールに行きませんか?」

「……まあ、確かに奈江だけおいてウォータースライダーというのもあまり気乗りしないしな」

「プールで競争とかどうっすか? 自分、一回流れるプールで泳いでみたかったっす!」

「いいだろう……ということだ、奈江」

「はいはい、いってらっしゃい」


栞と美波を見送って、あたしは施設で貸し出してくれる浮き輪を取ると、それを流れるプールに浮かべて、その上に乗った。

浮き輪の穴にお尻を入れ、流れるプールにプカプカと浮かぶ。


リフレッシュとリラックスを言い間違えてしまったが、実際、こうしてまったりしてみると、リラックスの効果もあるようだ。段々と周りの喧騒も気にならなくなってきて、このまま一眠りできてしまいそうである。


あたしがウトウトとし始めたその時、


ゴツン、と頭に鈍い衝撃がきた。


「いって!」

「いたっ!」


このジンジンする痛みのせいで、眠気が吹き飛んだ。

一瞬何が起きたか分からなかったが、すぐに誰かとぶつかったんだ、ということに気が付いた。

とにかく相手に謝らないといけない。


「すみません……」

「ごめんなさい!」

「え?」

「え? あ……」


あたしとぶつかった相手が同時に振り返った。

相手の顔を見た瞬間、あたしは浮き輪の上でバランスを崩し、流れるプールに落ちた。

一瞬、パニックになりかけたが、すぐにプールに足がつくことに気付き、立ちあがった。


「プハッ、はあ、はあ……な、何でここにいるの?」

「遊びに来たんだ」

「あ、遊びに……そ、そうだよね」

「お前もだろ、花沢」


あたしとぶつかった相手、それは玉城彰だった。

まさか県外のプールでばったりクラスメイト……しかも玉城に会えるとは思わなかった。運命的なものがあるのかもしれない。


「今日ここにいるってことは部活ないのか?」

「うん、すごく久しぶりに休みだったの……それでリフレッシュしたくて」


今度は言い間違えないように細心の注意を払った。


「……と、いうことは、もしかして他に部活の仲間も?」

「うん、栞と美波と来たんだ」


今はちょうど席を外しているけども。


「玉城君は? 一人?」


これで「彼女と一緒にデートに来た」とかならちょっとへこむ。玉城に彼女がいるかは知らないけど、一人でこんなところには遊びに来ないだろう。


「いや、長谷川と一緒だ」

「……ああ、長谷川と、ね」


彼女じゃないだけましだが、長谷川というのもちょっと……あいつはあたしの事をいじり甲斐のある女子としか見てないし、鉢合わせするとすごく面倒だ。

なぜ玉城のような真面目な男子が、あんなチャラ男と一緒にいるのか本当に理解できない。


「栞たちは……いないようだな」

「うん、何か競争するんだってさ」


美波は栞に懐いている、遊びに誘う時はまず栞を誘ってから、その次にあたしを誘うくらいには。一方栞の方は、美波に謎の対抗意識を持っており、何かと美波と張り合っている。多分、あの二人は仲が良いというよりかは、相性が良いのだろう。


「花沢はここでゆっくりしてるのか?」

「うん、せっかく流れるプールだし急ぐのもなんかね、まったりしたくて……」

「気が合うな」

「え、そ、そう?」


男子に「気が合う」と言われて、なんだかちょっと嬉しかった。


「実は長谷川も競争とか言って勝手に流れるプールを泳ぎだしたんだ」

「あ、そうなんだ」


一緒に遊びに来た相手を放って泳いでしまうとは長谷川らしい。


「とりあえず、あいつが一周してくるまで俺はここで浮いてるよ」


玉城は浮き輪に乗っかった。ただ、体の大きさに対して、浮き輪が少し小さいせいで、上手く乗りきれず、なんだか寄り掛かっている格好になっている。


「あ、じゃああたしも……」


あたしも浮き輪に乗って、玉城と同じく流れるプールを漂うことにした。さっき玉城は気が合うって言ってくれたし、別にあたしが隣にいても気にしないだろう。


ちらり、と玉城の方を見る。

玉城の上半身は過去に二回見ているが、いつみてもいいものだ。体は大きくて太いけど、ゴツ過ぎないところもグッド。

履いている水着は海パンなんだろう、ちょうど浮き輪と水面に隠れてしまっていて見えないが、見えないことで逆に妄想をかきたてられる。

個人的には下半身の形がくっきり出る競泳タイプの水着か、お尻が少し見えてしまいそうなローライズがいい。その両方を兼ね備えるビキニタイプだったら最高なんだけど、そこまではさすがに高望みだろうか。


ふと、玉城と目が合った。


瞬間、目を逸らした。

玉城もこちらを見ていたのだ。しまった、まじまじと見ているところを見られた。スケベ女だと思われる……


「おっと」


玉城に流れるプールを泳いでいた他の客がぶつかった。

泳ぐのは良いけど、ちゃんと前を確認した方がいい。あたしが顔をしかめると、そのぶつかった客が水面から顔を出した。


「玉ちゃん、遅えよ、周回遅れだぜ」


ぶつかった客の正体は長谷川だった。どうやらさっきのは、わざとぶつかりにいったらしい。


「そうか」

「なんだよ~、遊ぼうぜ~」


明らかに二人のテンションに格差がある。長谷川は玉城が乗り気でないのを知ると、玉城に抱きついてきた。裸体の男子の絡みだ。相手が長谷川とはいえ、こういうのを見るとちょっと興奮してしまう。


「うん? ……あ、花沢」


長谷川がそばにいるあたしに気付いた。


「何でお前がここにいるんだよ」

「別にいたっていいでしょ」

「……ゴリラの水浴び」

「……お前、その喧嘩買ったぞ」


上等じゃないか。出会っていきなりイジルとは。

あたしは浮き輪から降りると、浮き輪で長谷川を叩く。叩いているのは浮き輪だから痛くないだろうし、割と加減なく叩いた。


「ちょ、ちょっと待て、玉ちゃん助けて」


ただ、痛くはないとはいえ、衝撃はかなりのもので、長谷川はたまらず玉城に助けを求めている。

さすがに玉城に庇われたら叩くのは止めるつもりだったんだけど……


「え、玉ちゃん?」


玉城は浮き輪から手を離すと、助けを求めてくる長谷川の手を掴んだ。


「口は災いのもとだな、長谷川」


玉城はもう片方の手で長谷川の腰に手を回し、そのままプールに潜った。


「おばぁっ!?」


長谷川の悲鳴はプールの水にかき消えた。


一瞬何が起きたのかわからなかったが、どうやら玉城が長谷川をプールの中に引きこんだらしい。


でもなぜいきなりそんなことを……?


ちょっと経ってから、長谷川が焦ったように水面から出てきた。それからワンテンポ遅れて玉城も水面から出てくる。


「はあ、はあ、何するんだよ玉ちゃん!」

「お仕置きだ」

「はあ!?」

「花沢もこれで許してやってくれ」

「……あ、う、うん」


どうやら、長谷川を沈めたのは、あたしへの暴言のお仕置きだったらしい。玉城は前からあたしを女子扱いしてくれる数少ない男子だったが、まさか長谷川に制裁までしてくれるなんて思わなかった。


あたしは小さく「許すよ」と呟いた。


やはり玉城は優しい。これだけ優しくされると「もしかして、あたしに惚れているのでは……?」と勘違いしてしまいそうになる。


「クッソ……玉ちゃんに裏切られた……」


一方、長谷川はブツブツ文句を言いながら、流れるプールから出た。


「なんだ、出るのか?」

「ジュース奢れよ! コーラだからな!」


長谷川は苛立たしげに玉城に怒鳴った。


「じゃあ花沢、俺たちはもう出るけど……」

「……う、うん、あたしは栞たち待ってるからまだここにいるね」


一瞬、「一緒に遊ばない?」という言葉が出かかって止めた。クラスメイトだし、まったく知らない間柄じゃないから遊びに誘うのも不自然じゃない。不自然じゃないけど……その言葉が出せなかった。


「そうか、またどっかで鉢合わせになるかもな」

「そうだね……」

「玉ちゃん、早くしろよ!」


長谷川に急かされて玉城がプールから出る。


その瞬間、あたしは目を見開いた。


玉城がすごい水着を履いていたのだ。お尻だけはピッチリ隠しているが、それ以外は完璧に露出しているような……そう、あれはビキニパンツ……!


嘘だろう、まさか本当に玉城はビキニパンツを履いているのか。あたしのバカ、なんで水中に潜ったときに間近にあったのにちゃんと見なかったのだ。


とにかく、ちゃんと真正面から玉城を見たい。今からでも遅くない、彼を呼び止めてこちらに振り向いてもらわなくては……そう思った矢先、バシャバシャと水を叩く音が聞こえてきた。


「ぷはっ……よし私の勝ちだな!」

「はあっはあ……先輩、速いっすね! さすがっす!」

「当然だな」


隣を見ると栞と美波がちょうど泳いできたところだった。


「奈江はどうだ、リラックスできたか?」

「うん……まあね、二人とも元気ならもう一回泳いで来たら?」


その間にあたしは玉城を呼びとめに行くから。


「いや、でもあんまり奈江先輩を放っておくのも悪いっすから」

「私たちがいなくてさびしかったか?」

「全然、ていうかまあ、さっきまで知り合いと会って話してたし……」

「おや、私も知ってる人か?」

「……うん、まあ知ってるけど」


言ってから、「しまった」と思った。この二人は、さっきまでナンパがどうとか言っていたのだ。

もしかしたら、「玉城をナンパできるチャンスだぞ!」とかムチャブリしてくるかもしれない。


「あ、もしかして部員っすか?」

「……違うけど」

「じゃあ誰だ?」

「誰っすか?」

「……玉城君だけど」


二人は顔を見合わせると、ニンマリと笑ってこちらを見た。


「玉城をナンパできるチャンスだな」

「奈江先輩、ここは彰先輩をナンパしちゃいましょうよ」


あたしの悪い予感はよく当たる。やっぱりこうなってしまったか……




「だから、やらないって……」

「しかし、男二人だったのだろう? ナンパ待ちの男は二人組でこういうところに来るからな」


とりあえず、次に何をやるか考えるついでに、休憩をすることにしたあたしたちは、流れるプールからでて自販機のある休憩所を目指して歩いた。


「それ、実体験?」

「いや? プレイガールの情報だ」


出た、栞の週刊誌情報。

男と接した経験の少ない栞は、こんな風に嘘か本当かわからない男子にまつわる情報を、女性向け週刊誌とかから仕入れて披露するのだ。


「おお、じゃあいけるっすね!」


普段の美波なら、栞の発言を真に受けるほど馬鹿じゃない。でも今の美波は完全にあたしをいじるモードになっているから、こんな風に栞に便乗しているのだ。


「……あんたら簡単に言うけどね、相手はクラスメイトなんだよ? ナンパなんて出来るわけないでしょ」

「もちろんその通りだ」


簡単に自分の意見を翻す栞に、あたしは肩透かしを食らってしまった。


「だからナンパじゃなくて、遊びに誘うことくらいはできるだろう? クラスメイトなんだから」

「え、え……?」


それはあたしも思ったことだ。でも口から出てこなかったけど。


「そうっすね、別にナンパとかじゃなくても普通に遊ぶのもありっすね」


美波が何でもない事のように言う。


二人とも簡単に言ってくれる。栞は完全に第三者の立場から言っているし、美波はそのルックスから男子の方から寄ってくる。男子と話す時に身構えてしまうあたしの気持ちなどわからないだろう。


「で、奈江、彼らはどこに行ったんだ?」

「……なんか、玉城君は長谷川にコーラ奢るらしかったけど」

「ということは、もしかしたらどこかで鉢合わせするかもな」


いま、あたし達は自販機のある休憩所を目指して歩いている。確かに鉢合わせする可能性もなくはない。

でも、別に自販機は休憩所以外にもあるし、可能性が低いことは間違いない。


「……まあ、会えたら誘うかもね、会えたら」


とにかく「会えたら」を強調した。


「わかった、会えたら、だな」

「会えるといいっすね!」


……本当に他人事なんだから、この二人は……




まあ……会えてしまったわけだけど。


「おや、ちょうど玉城か、これは運がいいな」

「チャンスっすね、奈江先輩」

「……」


栞と美波が嬉しそうに話しかけてくる。

くそ……何でここにいてしまうんだ玉城……いや、玉城の水着姿を正面から見たかったから、会いたかったという部分もあるのだけど……

やはり玉城の水着は凄かった。

後姿で見た通り、ヒョウ柄のビキニパンツというドエロい水着を着ていた。こんな凶器を履いてさっきまで普通に話していたなんて……なんだか興奮してきた。


しかし、隣にいる男がいただけない。長谷川だ。こいつもローライズのエロい水着を着ているが……水着だけなら100点だが、長谷川の時点でマイナス50点。さらに長谷川の貧相な体つきでは全くそそられないので、さらにマイナス50点。合計で0点だ。


そしてその長谷川が、私を見て顔をしかめた。


「げっ、なんだ花沢、まさか俺たちに付きまとってるのか?」

「そんなわけないだろうが! たまたまそっちがいただけだ!」


出会うかも、とは思っていたが、出会ったのは完全に偶然だった。というか、玉城はともかく長谷川には出会いたくなかった。


「奈江、ダメだぞ」

「奈江先輩、抑えるっす」

「……」


栞と美波があたしを宥める。

あたしだって怒りたくはないけど、向こうが挑発してくるんだ。


「長谷川」

「玉ちゃん行こうぜ」

「まあ、落ち着け」


玉城が長谷川の海パンの裾を掴んだ。


「お、おい玉ちゃん、何すんだ……」

「別に邪険にしなくてもいいだろう、クラスメイトなんだし楽しくやろうぜ」


海パンの裾を掴んだ玉城の指が心なしか下がっている気がする……いいぞ、そのまま脱がせてしまえ。


「わ、わかった、わかったから海パンから手を離してくれ、脱げちまいそうだ……」


玉城は手を離してしまった……すこし残念だ。長谷川とはいえ、男子の海パンが脱げる様子はちょっと見てみたかった。


「それで、俺に何か用か?」

「ああ、ちょっとしたことなんだがな……奈江?」


しまった、いきなりこっちに話がふられてしまった。

まだ心の準備ができていない。クラスメイトを遊びに誘うだけ……だけなんだけど、相手が玉城なんだからそれ相応の気持ちというものが必要なのだ。


「……ヘタレめ」


オロオロするあたしを栞が鼻で笑った。


「……うるさいな、栞にだけは言われたくないからね……」


栞があたしの立場だったら絶対にあたし以上にオロオロしていたはずだ。


「彰先輩、お久しぶりっす、自分の事覚えてます?」

「ああ、久しぶりだな、美波」

「おお、覚えていてくれて感激っす!」


あたしがまごまごしている間、美波が場をつないでいる。出来た後輩を持ってあたしは幸せだ。


「やっぱり先輩たちもあのウォータースライダーが目当てでここに来たんすか?」

「いや、俺たちは……あー……」

「どうしたんすか?」

「俺たちはナンパ待ちで来たんだよ」

「え、マジっすか!?」


あたしと栞が同時に玉城の方を見た。

いま長谷川はなんといった? 『俺たちはナンパ待ちで来た』だと? 長谷川ならまだしも玉城がナンパ待ちなんてそんな遊び人みたいなことするのか……いや、やりかねない。だって玉城はやりかねないスケベな水着を履いているじゃないか……! あんなの履いているということは、もう女を抱きたいというアピールをしているようにしか思えない。


「チャンスっすよ、奈江先輩!」

「だな、おあつらえ向きだ」


向こうが抱かれたがって……いや、ナンパされたがっているのだ。それならばこっちからいっても大丈夫なはず……ナンパされたがっている相手とナンパしたいと思っているあたし、思いは一緒、のはずだ。


「……わ、わかった、やってみる……」


あたしは決意を固めると、玉城の方を向いた。


「あ、あの、玉城君!」

「ど、どうした花沢?」

「い、一緒に遊ばない!?」

「お、おう、いいぞ」


すごい、本当に成功してしまった!

なんか、あたしの気迫に押されて勢いで頷いてしまったようにも見えるけど、ともかく結果がすべてだ。


「ええ~、花沢と遊ぶのかよ~」


一方で、長谷川はあたしと遊ぶことが不満のようだ。もしかしたらあたしは長谷川と気が合うのかもしれない。あたしも長谷川と遊ぶことには不満がある。なんだったら長谷川だけ別のプールで遊んでいればいいとさえ思う。


「俺たちの目的も達成されただろう」

「いや、ナンパっつうか相手クラスメイトだし、そもそも花沢だし……」

「楽しいかもしれないじゃないか」


玉城に説得され、長谷川は唇を尖らせながらも渋々了承した。

くやしいことだが、そのアヒル口をちょっと可愛いと思ってしまった。




「たのーしい! おい、もう一回やりに行こうぜ!」

「いいっすね! やりに行くっす!」

「あ、こら美波! 次は私が彼と……」


あんなこと言っていたくせに長谷川はしっかり楽しんでいた。まあ長谷川と遊んでいるのは栞と美波だけど。

二人乗りのウォータースライダーを交互にペアになるように長谷川と滑っている。二人とも楽しそうだし、栞に至っては明らかに男を見る目で長谷川を見ている。だが残念だがそいつは彼女持ちだ。彼女の話をしているのを何度か聞いたことがある。

……あれ、長谷川のやつ、彼女がいるくせにナンパ待ちとかしてたのか?

とんだビッチだ。やはり長谷川は男としてダメな奴だ。


一方で、あたしはそんな長谷川とは比べ物にならない良い男子である玉城と一緒に、ウォータースライダーの隣のプールでプカプカと浮かんでいた。


「花沢」

「なに?」

「お前あっちに行かなくていいのか? 奇数のせいで一人余っちまってるし」

「いや……あの二人は別にあたしと組みたいわけじゃないから……」


本来なら玉城と一緒に二人乗りのウォータースライダーに行きたかったが、肝心の玉城がウォータースライダーにあまり乗り気ではないようで、こっちに来ている。


「一人用のウォータースライダーもあるぞ、そっちの方にはいかないのか?」

「えっと……玉城君は、行かないの?」

「うん? 俺はもうちょっとこうして浮いていようかと思ったが」


ならばあたしもこっちだ。あたしの目的はあくまで玉城と遊ぶことにあるわけだし。


しかし、改めて考えるとちょっと信じられない。あの真面目な玉城が『ナンパ待ち』なんてするなんて。これがまだ4月ごろなら……玉城に対して偏見を持っていたあの頃なら、素直に信じていただろう。


「た、玉城君ってさ……」

「うん?」

「いつもその……こうして遊んでたりする?」

「ああ、遊んでるぞ」


即答された。いつも『ナンパ待ち』なんてしてるのか。もしかして長谷川と同じく玉城もビッチなのか。類は友を呼ぶ……いや、単に長谷川(ビッチ)に影響されてしまっただけかもしれない。


「あ、遊んでるんだ……長谷川と一緒に?」

「まあ長谷川とも遊ぶな」


やはり長谷川が原因か……ということは、女遊びとかもやっているということ……?


「……女子とも遊んだりとかする?」

「ああ、するな」

「……するんだ……遊んでるんだ……」


即答されてしまった。

玉城が女の子と楽しく遊んでいるだなんて……もしかして、もう本当に彼女がいるのかもしれない。ショックだ。

ビッチな玉城なんてそんなの……いや、ちょっとありかもしれない、ついでにあたしとも遊んでくれれば。


「ああ……あ、スマン! 花沢は夏休みは遊んでないんだよな?」

「……まあ、遊んでないかな……」


別にこっちは夏休みだろうが平日だろうが遊んでいない。部活があってそれどころじゃないし……ごめん、ちょっと見栄を張った。仮に部活が無くても、あたしはきっと男遊びなんて出来ない。


「だよな……わかった、今日は思いっきり遊ぼう」

「え?」


さきほどまでのまったりムードから一転し、ハツラツとした表情を見せる玉城。


「ウォータースライダーだ、花沢もやろうぜ」

「え、あ、うん……」


急にテンションが上がった理由がよくわからないが、玉城がウォータースライダーをやるというのならば、当然あたしもやる。


「……やるんなら、玉城君もやらない?」

「おう、やるぞ」

「ふ、ふ、二人乗りのやつを、い、一緒にやるとか……」

「いいぞ、どんどんやろうぜ」


気持ち悪いくらいドモってしまったが、玉城は気にせずに快く了承してくれた。


あたしと玉城がプールから出ると同時に、栞と長谷川がウォータースライダーから滑り下りてきた。


「おい、長谷川、俺たちもウォータースライダーやることにしたぞ」

「マジか、ゴリラの面倒見るのか、大変だな!」


あたしの頭の中で試合開始のゴングが鳴った。

プールにいる長谷川の息の根を止めるべくプールに飛び込もうとしたが、あたしのやることに勘付いた玉城によって羽交い絞めにされてできなかった。



帰りの電車。

帰る方向は途中まで一緒だから、あたし達は五人で一緒に帰ることにした。


「くっ、ここで美波にアドバンテージを取られるとは……」


向かい側の席に座っている美波と長谷川が仲良く肩を寄せ合って眠りこけているのを見て、あたしの左隣にいる栞が悔しそうにつぶやいた。


あたしの席順は、あたし側が左から栞、あたし、玉城が座っており、向いの美波側の席順は左から長谷川と美波が座っている。

なんでこんな席順になったかといえば「男子を席の端っこに座らせてあげよう」という男子ファースト的な発想によるものだ。

……まあ、男子ファーストなんて表現したけど、そんなのは建前で、ようは男子の隣に座りたいという女子のごく自然な発想のもとに、あたし達三人が共謀してこういう席順にした。普通だったら玉城と長谷川、あたし達ソフト部三人、で分かれちゃうし。

栞が長谷川の隣を美波に取られたのは単純にジャンケンに負けたからだ。美波もこういうところで先輩を尊重しないのはどうかと思う。まあ絶望に打ちひしがれる栞は見ていて面白かったから、放っておいたけど。


あたしは隣を見た。

玉城がいる。

玉城もプールで疲れたのだろう、ウトウトしながらあたしに寄り掛かりそうになるのをなんとかこらえている。

是非玉城は、そのまま眠ってもらって、あたしの肩に頭を乗っけてほしい。男子に寄り掛かられるなんて、女子としてとても光栄なことだと思う。


「なんとか美波からあの場所を奪えないものか……」

「栞にいいことを教えてあげる」

「……なんだ?」

「長谷川って彼女いるから」

「……え?」

「いくら頑張っても彼女にはなれないよ」

「……ファック」


栞は汚い言葉をつぶやくと腕を組んで目をつぶった。もはやふて寝するしかやることがないのだろう。


あたしの肩に重みが来た。隣を見ると、眠ってしまった玉城があたしの肩に頭を置いている。

あたしはグッとガッツポーズを作った。久しぶりの部活が休みの日、あたしは十分すぎる程リフレッシュが出来た。


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