ナンパ待ち(玉城)
「やっぱさ、海とか行きてえよなあ」
「そうだな」
「玉ちゃんバイクとか持ってねえの?」
「持ってないな」
「なんだよ、下がるわ~」
「お前は持ってるのか?」
「持ってねえよ」
俺は地べたにケツをつけて座っている長谷川の背中を膝で小突いた。
夏休みももうすぐ終わりだ。そんな中、俺と長谷川は、先ほどまで「暇だから」という理由のもと「ゲーセンめぐり」という特に何の生産性もないお遊びをしていた。
そして今、コンビニでアイスを買い、店を出て、その店の前でアイスを食べる。なんか地元の不良みたいなことをやっている。
いや、俺と長谷川の見た目ならまんま不良なのかもしれない。
「バイクあったら海とか行けたんだよなあ……」
「そもそも免許とか持ってるのか?」
「そこは捕まらなきゃよくね?」
いいわけねえだろうが、と俺はもう一度長谷川の背中を足で小突いた。
ジリジリと俺たちを熱する太陽は、長谷川からまともな思考も奪っているようだ。
……いや、コイツはこれが平常運転だったか。
「……海が無理なら……プールかあ?」
「まあ、プールくらいなら行けるかもな、ここらへんじゃなくても電車とかで遠出すれば、デカいプールもいけるぞ」
たとえば『ざぶーんランド』だ。あそこなら電車を使うがそこまで遠くない。簡単に遊びに行くのならちょうどいいだろう。以前、麗ちゃんと一緒に行ったが、丸一日遊んでも遊び足りないくらいの大きさだった。
「プールか……」
「行くのか? 行くのなら『ざぶーんランド』がおすすめだぞ」
「……ナンパ待ち」
「あん?」
「プール行こうぜ、ナンパされに」
長谷川がいきなり宣言した。
「……何言ってるんだ、お前」
「ナンパ待ちだよ、ナンパ待ち、夏なんだしちょっとくらい遊んでもいいだろ」
「いや、そもそもお前彼女いるだろうが」
「ちょっとくらいいいだろ、別に遊ぶくらいさ」
「浮気になるんじゃないか?」
「チューとかしなきゃオッケーだべ、あ、でも美姫には内緒な」
長谷川はシッと口に人差し指を立てる。
そういえば、前にこいつから合コンに誘われたことがあったな。遊んでいる女友達も結構多いみたいだし、ミキティーも苦労するだろう。まあ、浮気をする気はないみたいだし、本当に遊ぶだけのようだが。
「ちなみに玉ちゃんってナンパとかされたことある?」
「あるぞ」
「マジかよ」
なんで聞いておきながら驚いてるんだ、失礼な奴だ。この世界でも……いや、この世界だからこそ、俺には需要が生まれるのだ。
「じゃあナンパされて、ちょろっと遊んで、それで帰るって感じでいこうぜ……ああ、俺は帰るけど玉ちゃんはそのままお持ち帰りされてもいいからよ」
俺は長谷川の背中を膝で小突いた。これで三度目だ。
「それで、ざぶーんランドにいつ行く? 明日? 明日でいいか?」
長谷川的には「プールでナンパ待ち」をする気満々らしい。
しかし、ナンパ待ち、か……前の世界ならまず信じられない事だが、この逆転した世界なら、俺でもナンパの対象となる。実際にナンパはされているしな、それもその『ざぶーんランド』で。
ぶっちゃけ、このナンパ待ちという遊びに興味がないといえば嘘になる。ナンパ待ちなんて前の世界だったら一度はやってみたい事だったしな。まあ、実際に声をかけられると戸惑ってしまうんだけども……
「……明日行くか」
「おお、そうこなくっちゃ、玉ちゃん気合入れた水着着て来いよ?」
「ちょうどいいのが一着ある」
「マジか、じゃあ俺もガチ目のやつ持っていくわ」
こいつの言うガチとは何なんだろうか。エグイやつとかを履かれると、隣を歩きたくないから止めてほしいんだが……
俺と長谷川は明日の集合時間を決めて解散した。
そして次の日
ざぶーんランドの更衣室でお互いに水着に着替えて、お互いのガチの水着をお披露目した。
「玉ちゃん、パネエな……」
「うん、そうか? というか、お前のガチ目ってそれか?」
「いや……そうだけどさ……」
俺はいつものあのビキニパンツだ。長谷川の方は、よくある海パンだった。
「なんか普通だな」
「いやいや! よく見ろって、結構ローライズだぜこれ!」
言われてみれば必要以上に鼠蹊部が見えている気がする。なるほど、これがこの世界での男のセックスアピールになるわけだな。
「でもそれなら俺の方が……」
「いや、玉ちゃんのは規格外だって、何でそんなもん持ってるんだよ!」
俺の水着は長谷川の想定以上のものだったらしい。それなら俺の方も長谷川の水着は予想外だった。てっきり俺以上にエグイビキニパンツで来るかと思ったのに。
「くっそ……そんなので来るなんて聞いてないぜ……何か俺がハズいじゃねえか……」
「なんでお前が照れてるんだ」
「玉ちゃんはそんなの履いて平気なのかよ?」
俺は大きく頷いた。
もうかれこれこの水着を着るのは三度目だ。一度目は恥ずかしかったけど、履いてみると意外と快適だということに気付いた。二度目は少し恥ずかしかったけど、この履き心地は少し癖になると思った。三度目は全く恥ずかしくないし、むしろなんでみんなビキニパンツを履かないんだろう、という気持ちにさえなっている。
「お前も履くといいぞ」
「いやあ……俺は……」
「なんだったら俺が買うのを手伝ってやろうか?」
ビキニを愛用している先輩として、いろいろとアドバイスができるだろう。長谷川も履かず嫌いは良くないからな。まずは履いてみることが大切だ。
「お、俺はいいって……とにかく、プールに行こうぜ!」
「そうか? 残念だな」
長谷川がビキニパンツに乗り気になってくれなかったのは残念だが、コイツの意見にも一理ある。俺たちの目的はナンパ待ちだ。こんな風に更衣室でグダグダやることじゃない。
相変わらず『ざぶーんランド』は盛況だ。
右を見ても左を見ても人ばかり。家族連れはもちろんいるが、遊びに来たであろう俺たちと同世代の女子も何人か見受けられる。
彼女らからのナンパを待てばいいわけか
「長谷川、具体的にナンパ待ちって何をするんだ?」
「え? 知らねえ」
「……」
知らねえ、じゃないだろうが、お前が提案したことなのに。
「お前、ナンパ待ちってしたことあるのか?」
「ねえよ」
「……」
「お、玉ちゃん、流れるプール行こうぜ、流れるプール」
長谷川はすでにナンパ待ちという目的が二の次になっているらしい。恐らくだがプールを目の当りにして、プールの方に興味を持っていかれたのだろう。
長谷川はこういう奴だ。人を引っ張る癖に気分屋過ぎるところがある。
「……待て、長谷川、流れるプールに行くのなら浮き輪を借りて来よう」
「おう、いいじゃん!」
まあでも、俺もナンパ待ちなんて何をしたらいいかわからないし、目の前のこのプールを楽しまないのはどう考えても損だ。ここは一つ、ナンパ待ちということは一旦おいておき、プールを満喫しようじゃないか。
俺と長谷川はそれぞれ浮き輪を借りて流れるプールに乗り込んだ。
「玉ちゃん、競争しようぜ、先に一周した方がジュース奢りな」
「え?」
長谷川は浮き輪にうつぶせに乗って手で水をかきながら流れるプールを進む。
相変わらず勝手なやつだ……俺は呆れながらも、特に急ぐこともなくどっしりと浮き輪の穴の部分にケツを入れて、プールの流れに身を任せた。
そこまで長谷川に付き合ってやる必要はないだろう。せっかくの流れるプールなんだ、こうしてゆっくりまったりしてやるのが正しい楽しみ方だと思う。まあ長谷川は頑張って泳げばいいさ。ジュースなんて一本ぐらいは奢ってやる。
それにそもそもこの流れるプールだって人がたくさんいるんだ。俺のような図体のデカい男が泳ぎ回ろうものなら他のお客さんにも迷惑がかかる。こうして流れに任せて漂っている方が周りのためにも俺のためにもいいのだ。
ゴツン!
リラックスしきってプカプカ浮いていたら頭に鈍い衝撃が走った。
「いって!」
「いたっ!」
どうやら他の客と頭をぶつけてしまったようだ。相手も浮き輪で仰向けになってプカプカ浮いていたのだろう。とにかくぶつかってしまった以上、急いで謝らなくてはいけない。
「すみません……」
「ごめんなさい!」
俺とその客が同時に振り返って謝ったのだが……
「え?」
「え? あ……」
相手と向き合った瞬間、相手がバランスを崩し、浮き輪から落ちた。
ドボン、と水柱が立つ。
「お、おい、大丈夫か」
俺は浮き輪から降りてプールに足を着ける。流れるプールだが、立ち止まれない程ではない。
浮き輪から落ちた相手が勢いよく立ちあがった。
「プハッ、はあ、はあ……な、何でここにいるの?」
「遊びに来たんだ」
「あ、遊びに……そ、そうだよね」
「お前もだろ、花沢」
俺と頭をぶつけた相手は、俺のクラスメイトの花沢奈江であった。
花沢の話を聞けば、たまの部活休み。気晴らしということでここに来たらしい。
「……と、いうことは、もしかして他に部活の仲間も?」
「うん、栞と美波と来たんだ」
あの二人も一緒か。
前にソフト部を手伝った時も三人で一緒にいたし。きっとこの三人は仲が良いのだろう。
「玉城君は? 一人?」
「いや、長谷川と一緒だ」
「……ああ、長谷川と、ね」
花沢の反応が鈍くなった。そういえば、長谷川と花沢の関係は微妙だったな。長谷川はよく花沢をいじるが、花沢はそれを煙たがっていたはずだ。
「栞たちは……いないようだな」
一方で、花沢も今は独りのようだ。
辺りを見渡すが、あの二人はいない。
「うん、何か競争するんだってさ」
花沢の方の連れも長谷川と同じことをやっているらしい。なかなかにアグレッシブだな。運動部の部員だからだろうか。
「花沢はここでゆっくりしてるのか?」
「うん、せっかく流れるプールだし急ぐのもなんかね、まったりしたくて……」
「気が合うな」
「え、そ、そう?」
流れるプールで競争するというのも面白いかもしれないが、やるにしても、やはりもう少し人が少ない方がいい。
「実は長谷川も競争とか言って勝手に流れるプールを泳ぎだしたんだ」
「あ、そうなんだ」
「とりあえず、あいつが一周してくるまで俺はここで浮いてるよ」
俺は浮き輪に乗って、足をプールの底から離す。
ゆっくりと俺の身体は流れていく。まったりのやり直しだ。
「あ、じゃああたしも……」
花沢も、浮き輪の輪の中に入り直し、俺と並走するように水流に流され始めた。
しかし、まさかここで知り合いに出会うとは思わなかった。世間というのは意外と狭いのかもしれない。
花沢の方を見る。露出している肩や二の腕が女子に似合わず筋肉質だ。さすがはソフト部のエースといったところだろう。
水着の方は……なんだかファンシーだ。ビキニというか、鳩尾のあたりまで隠れるセパレートタイプの水着で、ピンク色な上にフリルがついている。筋肉質な女子が着るにしては少しイメージの違う水着だ。
でも、決して花沢に似合わないというのものでもない。むしろギャップというか、そういうのでちょっと有りなように思えてくる。俺も少し変態が入っているのかもしれない。
ふと、花沢と目が合った。
瞬間、目を逸らす。
いかんいかん、あまりまじまじ見るのは失礼だ。今はまったりすることに集中しよう……いや、まったりに集中するというのも変か。
ドンッと俺の背中が押された。
他の客がぶつかってきたのかと思って後ろを見る。
「玉ちゃん、遅えよ、周回遅れだぜ」
長谷川だった。どうやら流れるプールを一周してきたらしい。
「そうか」
「なんだよ~、遊ぼうぜ~」
俺が乗ってこないと見るや、鬱陶しくまとわりついてきた。
止めろ。プールにいるとはいえ、男にまとわりつかれたら暑苦しい。
「うん? ……あ、花沢」
引きはがすためにもみ合っていると、長谷川が俺の隣にいる花沢に気が付いた。
「何でお前がここにいるんだよ」
「別にいたっていいでしょ」
「……ゴリラの水浴び」
「……お前、その喧嘩買ったぞ」
長谷川の不用意な一言に花沢がキレた。浮き輪から出ると、その浮き輪を武器代わりにして長谷川をバシバシと殴っている。
「ちょ、ちょっと待て、玉ちゃん助けて」
花沢の猛攻に長谷川はなすすべがない。たまらず俺に助けを求めてきた。
俺は浮き輪から手を離すと、助けを求めてくる長谷川の手を掴んだ。
「え、玉ちゃん?」
「口は災いのもとだな、長谷川」
俺はもう片方の手で長谷川の腰に手を回し、そのままプールに潜った。
「おばぁっ!?」
俺に引っ張られる形で長谷川も水中に引き込まれる。
個人的に花沢の水着姿は気に入っているのだ。それをゴリラと形容するということは、俺をバカにしていることに等しい。こいつとしては、いつものイジリをやったつもりなのかもしれないが……まあ、プールの中で少し反省するといい。
三秒ほど潜ってから手を離すと、長谷川は急いで立ち上がった。俺も立ち上がる。
「はあ、はあ、何するんだよ玉ちゃん!」
「お仕置きだ」
「はあ!?」
「花沢もこれで許してやってくれ」
「……あ、う、うん、許すよ……」
「クッソ……玉ちゃんに裏切られた……」
長谷川はブツブツ文句を言いながら、流れるプールから出た。
「なんだ、出るのか?」
「ジュース奢れよ! コーラだからな!」
そういえば、そういう約束をしてたな。
「じゃあ花沢、俺たちはもう出るけど……」
「う、うん、あたしは栞たち待ってるからまだここにいるね」
「そうか、またどっかで鉢合わせになるかもな」
「そうだね……」
「玉ちゃん、早くしろよ!」
逆切れ気味の長谷川に急かされ、俺もプールから出た。
長谷川に二杯目のコーラを奢ってやるころには、興奮と怒りの状態も冷めたようで、またいつものダウナー系ギャル男テンションになっていた。
「玉ちゃん、次どうする?」
「次って、ナンパ待ちの話か? プールで遊ぶ話?」
「ああ、そういやナンパ待ちで来たんだっけ、俺ら」
「お前、それが本来の目的だろうが……」
「まあそれはいいわ、それよりもプールで遊ぼうぜ」
本来の目的が忘れ去られつつあるが、プールが楽しいというのなら、それに越したことはない。ここは純粋にざぶーんランドを楽しむのもいいだろう。
「とりあえず、あのウォータースライダーとか行ってみねえ?」
「ウォータースライダーか……」
ウォータースライダーは前回きたときにたっぷり遊んだ。個人的には、別のやつでも遊んでみたいのだが……
「ほら、行こうぜ、玉ちゃん」
「ああ、待て長谷川……」
長谷川が歩き出したので、その後を追おうとしたその時、ちょうど目の前から女子の三人組が歩いて来た。
見覚えのある三人組、というか、さっきまでそのうちの一人と会っていた。
「おや、ちょうど玉城か、これは運がいいな」
「チャンスっすね、奈江先輩」
「……」
すらりとした競泳水着を着こなす栞と、チューブトップのビキニがまぶしい美波、その二人が俺の事を見つけると、嬉しそうに花沢に話しかけた。その口ぶりから、俺に何か用があるらしい。しかし、花沢の方は二人の話を聞いているのかいないのか、俺の方をジッと見ている。
そしてこちら側では、長谷川が花沢を見つけて顔をしかめた。
「げっ、なんだ花沢、まさか俺たちに付きまとってるのか?」
「そんなわけないだろうが! たまたまそっちがいただけだ!」
先ほどの事もあってか、二人は既に臨戦態勢だ。
「奈江、ダメだぞ」
「奈江先輩、抑えるっす」
「……」
栞と美波が花沢を宥めている。それならば俺は長谷川を宥めなければならないだろう。
「長谷川」
「玉ちゃん行こうぜ」
「まあ、落ち着け」
俺はローライズの海パンの裾を掴んだ。この状況で長谷川が動けば海パンがずれる。仮にずれてもサポーターを履いているだろうが、それだって女子に見せるわけにはいかないだろう。
「お、おい玉ちゃん、何すんだ……」
「別に邪険にしなくてもいいだろう、クラスメイトなんだし楽しくやろうぜ」
「わ、わかった、わかったから海パンから手を離してくれ、脱げちまいそうだ……」
長谷川が大人しくなったところで手を離した。
「それで、俺に何か用か?」
「ああ、ちょっとしたことなんだがな……奈江?」
栞が花沢の方を見るが花沢はなぜかオロオロしている。
「……ヘタレめ」
「……うるさいな、栞にだけは言われたくないからね……」
何やら花沢と栞がブツブツやり始めた。
そっちで色々やられてしまうと、俺たちが手持無沙汰になってしまうんだが。
「彰先輩、お久しぶりっす、自分の事覚えてます?」
「ああ、久しぶりだな、美波」
「おお、覚えてくれて感激っす!」
もう美波と栞の顔と名前は忘れないだろう。あれだけ印象的なことがあったわけだし。
「やっぱり先輩たちもあのウォータースライダーを目当てでここに来たんすか?」
「いや、俺たちは……あー……」
俺たちがここに来た本来の目的は『ナンパ待ち』なんだが、それをそのまま言うのは少しはばかられた。
「どうしたんすか?」
言葉に詰まった俺を美波が不思議そうな顔で覗きこむ。
あまり疑問に持つな美少女。クラスメイトに『ナンパ待ち』していたことがばれるなんて、なんか格好悪いだろうが。
「俺たちはナンパ待ちで来たんだよ」
「え、マジっすか!?」
しかし、俺の代わりに長谷川が真実を答えてしまった。
「長谷川……!」
「? なに? 別に隠すことじゃなくね?」
お前は別に遊んでいることがばれてもいいかもしれないが、俺はちょっとイメージが違うだろうが。これでも女子に対しては硬派なイメージでいきたいと思っていたのに……!
女子たちの反応をおそるおそる確認すると、
「チャンスっすよ、奈江先輩!」
「だな、おあつらえ向きだ」
「……わ、わかった、やってみる……」
なぜか、花沢が勇気づけられていた。俺がナンパ待ちをしていたことの、何がチャンスなのだろうか。
「あ、あの、玉城君!」
「ど、どうした花沢……」
「い、一緒に遊ばない!?」
「お、おう、いいぞ」
あまりにも気合の入った花沢に、軽く圧倒されながら返事をした。
わざわざ気合を入れて言うほどの事じゃないと思うが……せっかくのプールなんだ、野郎だけというのも寂しいし、女子と一緒に遊ぶのもありだろう。
「ええ~、花沢と遊ぶのかよ~」
ぶーぶーと文句を垂れる長谷川。
「俺たちの目的も達成されただろう」
忘れかけてはいたが、俺たちの本来の目的はナンパ待ちで、そしていま、花沢からナンパされたところだ。
「いや、ナンパっつうか相手クラスメイトだし、そもそも花沢だし……」
「楽しいかもしれないじゃないか」
むう……と、唇を尖らせて不満をあらわにする長谷川。残念だがその表情は野郎がやっても全然可愛くない。可愛くないので俺の心は動かないのだ。花沢たちと遊ぶことは決定である。
二人乗りのウォータースライダーを滑り終わり、プールから笑顔で長谷川と美波がでてきた。
「たのーしい! おい、もう一回やりに行こうぜ!」
「いいっすね! やりに行くっす!」
「あ、こら美波! 次は私が彼と……」
あれだけ不満顔をしていた長谷川は、いざ遊び始めるとしっかりと楽しんでいる。こういうところで長谷川の気分屋な性格が幸いした。ついでに美波と栞も楽しんでいるようで何よりだ。
ちなみに二人乗りのウォータースライダーを三人で遊んでいるので、長谷川と交互にペアになるように滑っているらしい。
一方で、俺と花沢はそんな三人の様子を、隣のプールから、浮き輪の上でプカプカ浮かびながら眺めていた。
「花沢」
「なに?」
「お前あっちに行かなくていいのか? 奇数のせいで一人余っちまってるし」
「いや……あの二人は別にあたしと組みたいわけじゃないから……」
それもそうか。俺だって長谷川と一緒にウォータースライダーなんてゴメンだ。つまりこの逆転世界で、女子同士でウォータースライダーに乗りたがる奴はあまりいないだろう。
それに花沢も長谷川と一緒にウォータースライダーは嫌だろうし……なるほど、花沢があの輪に混じる気が起きないのも理解できる。
「一人用のウォータースライダーもあるぞ、そっちの方にはいかないのか?」
でも、それなら一人用のウォータースライダーで遊ぶ、という手がある。
「えっと……玉城君は、行かないの?」
「うん? 俺はもうちょっとこうして浮いていようかと思ったが」
二人乗りのウォータースライダーは前回たっぷり遊んだ。かといって一人用のウォータースライダーを延々滑り続けるというのも、一人だけ楽しんでいるようで何となくいやだ。結果、まったりとプールに浮かぶことを選んだのだ。
しかし、割とこうして浮かぶだけでも楽しい。流れるプールでもそうだったが、もしかしたら、こういう楽しみ方の方が俺の性に合っているかもしれない。
「た、玉城君ってさ……」
「うん?」
「いつもその……こうして遊んでたりする?」
「ああ、遊んでるぞ」
宿題ももう終えたし、夏休みは基本的にいつも遊んでいる。決まっている予定としては週三で入れている加咲家の喫茶店のバイトくらいだ。
「あ、遊んでるんだ……長谷川と一緒に?」
「まあ長谷川とも遊ぶな」
長谷川と遊ぶこともあるが、長谷川だけじゃなくて他のやつとも遊ぶ。クラスメイトの連中もそうだし、後輩の秋名達とも遊ぶ。
「……女子とも遊んだりとかする?」
「ああ、するな」
主に遊ぶ女子は、秋名と加咲、それとヒロミだ。三人ともとても仲良くしている。
「……するんだ……」
「……花沢?」
花沢がテンションを下げていた。
一体何があったというんだ。
「遊んでるんだ……」
「ああ……あ、スマン!」
少し考えて花沢がテンションを下げている理由が思い当たった。
花沢はソフト部のエースとして夏休みの間はずっと部活をやっているのだ。だったら当然、遊ぶ暇なんてない。そんなところに、クラスメイトが「夏休みに遊びまくっている」なんて話をすれば、羨ましく思って、テンションを下げてしまうだろう。
「花沢は夏休みは遊んでないんだよな?」
「……まあ、遊んでないかな……」
「だよな……わかった、今日は思いっきり遊ぼう」
「え?」
俺としたことが、まったりしている場合ではなかった。花沢はせっかくの休みにこのプールに来ているのだ。楽しませてやらないと可哀想じゃないか。
「ウォータースライダーだ、花沢もやろうぜ」
「え、あ、うん……やるんなら、玉城君もやらない?」
「おう、やるぞ」
「ふ、ふ、二人乗りのやつを、い、一緒にやるとか……」
「いいぞ、どんどんやろうぜ」
花沢とウォータースライダー、全然問題ない。花沢はちょっと筋肉質な身体をしているけど、それでも女の子らしい丸みもある。そんな女子と密着するのは、むしろ望むところだ。
俺と花沢がプールから出ると同時に、長谷川達がウォータースライダーから滑り下りてきた。
「おい、長谷川、俺たちもウォータースライダーやることにしたぞ」
「マジか、ゴリラの面倒みるのか、大変だな!」
俺はウォータースライダーの列に並ぶ前にまず、プールにいる長谷川に向かって飛びかかろうとする花沢を止めなければならなくなった。