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肝試し(秋名)

暇だ。

せっかくの夏休みだというのに、このまま暇を持てあましていいのだろうか。


私はリビングの床に寝転がりながら考える。

やることがないわけではない。宿題だってまだ終わらせてないのだから、宿題をやればいいのかもしれない……でも今の私は宿題よりも遊びたい気分なのだ。

ただ、遊ぶにしたって普通に遊ぶのではなく、夏休みならではの遊びがしたい。


私はスマホを手に取った。

こういう時は咲ちゃんや玉城先輩を誘って遊ぶに限る。

時計を見ると時刻は19時。この時間だと、咲ちゃんはまだ喫茶店の手伝いをしている可能性があるから、まずは先輩だ。


私は寝ころがりながら先輩に電話をかけた。

いつもは、どこに遊びに行くとかを決めてから電話をかけるのだけど、グータラテンションの今はそんなことを気にせずに電話をする。たまにはこんな日があってもいいと思う。


数コール後、


『もしもし、どうした?』


先輩が電話に出た。


『先輩、夏休み楽しんでますか?』

『何だお前いきなり……』

『後輩として先輩が夏休みをエンジョイしているか気になりまして』

『余計なお世話だ』


グータラテンションの私はウザさマシマシだ。

だけど先輩は呆れつつも私に付き合ってくれるあたり優しい。

まあウザがらみはこの辺りにして、とっとと本題だ。


『どこか遊びに行きたいです』

『どこかってどこだよ』

『どこかですよ』

『だからどこだっての』


私の言わんとしていることを理解してもらえないようなのではっきりと伝えてみる。


『先輩、夏に行きたいところとかありません?』

『俺に丸投げか』

『だっていつも私から提案するじゃないですか、たまには先輩からもお願いしますよ』

『そうだな……』


まあ、私が先輩と(物理的に)触れ合いたいから、私の方から積極的に遊びのお誘いをしているのは当たり前なんだけども。

いきなり電話してきて理不尽とも思える要求をしているが、先輩は私に優しいので、それでも真剣に考えてくれているようだ。


『……夏といえばやっぱり海かな』

『海ですか……』


海という選択肢もあるにはあったが、実はそこには一つ問題があった。


『どうした、テンション低いな』

『だって、それって私もビキニ着なきゃいけない奴ですよね?』

『俺がビキニパンツを履くのならな』

『それなら……』


玉城先輩はこちらのお願いでビキニを着てくれる気前のいい先輩なんだけど、対価としてこちらにもビキニ水着を要求してくる。

私のビキニになんの価値があるんだ、とも思うが、先輩が求めるんだから仕方なく着た。ぶっちゃけ恥ずかしかったし、先輩のビキニを堪能するのには少し高い対価だと思う。


『うーん……咲ちゃんを誘って……』


咲ちゃんにビキニを着せて生贄にささげるという作戦もある。前に一回実行しようとしたが、咲ちゃんに勘付かれて失敗した。


『加咲も誘うか? 全然いいぞ』


先輩は本当に変わっている。多分、咲ちゃんのビキニ姿もオッケーだと考えているのだろう。先輩はデブ専の可能性がある


『……やっぱり無しでお願いします、海とプールとかは』


色々と考えた結果、ここは水着で遊ぶことは見送りにしよう。ビキニを着るのは結構エネルギーがいるのだ。こういうグータラなテンションの時は、もっと手軽に遊べるものじゃないと遊ぶ気にならない。


『それなら、別の場所に行くか』

『はい、お願いします』

『あと他には……』


先輩はしばらく間をおいて、


『……肝試しなんてどうだ?』

『え?』


「肝試し」を提案してきた。


先輩からその単語が出て、私はすぐにとある場所がピンときた。もしかしたら、先輩はうちの地元にあるあの場所の事を知っていて、それを提案してきたのかもしれない。


『先輩肝試しスポットとか知ってるんですか?』

『いや、知らん』


しかし、どうやら違ったみたいだ。


『あれ、てっきり私の地元の猫鳴トンネルの話だと思ったんですけど』

『猫鳴トンネル? なんだそれ?』

『なんかお化けが出るとかで有名なんですよ』


正式名称は別にあるみたいだけど、そんなのは知らなくて、私や私の友人はその場所を『猫鳴トンネル』と呼んでいる。

うちの地元ではそこそこ有名な心霊スポットで、確か死亡事故も起きている結構ヤバい場所だ。


『……待て、確か犬鳴トンネルとかあったよな? それの間違いじゃないか』

『いえ、猫鳴トンネルです、犬鳴トンネルをもじってますから』


確か九州とかそこら辺にあるすごい有名な心霊スポットが犬鳴トンネルで、それから名前をもじったのがうちの地元にある猫鳴トンネル。この二つは全くの無関係だ。


『パクリか』

『まあ、地元で勝手に呼んでるだけですから……』

『それ絶対に心霊スポットじゃないだろ』

『いや、心霊スポットですから、ガチのやつですから!』


私は中学時代、友達と一緒にそこに行ったことがあるけど、昼間に行ったのにも関わらず、まったく車のとおりがなくて、とても不気味な場所であったのを覚えている。私は霊感とか特にないけど、あそこになら幽霊が出ると言われても不思議には思わない。


『じゃあ、そこに行こうぜ』


しかし先輩はあっけらかんとしている。

私の言うことを信じていないのか、そもそも幽霊を信じていないのか……いや、幽霊を信じていないのなら、肝試しなんて提案しないか。


『いいですけど……何度も言いますけど、ガチですからね』

『ガチで可愛い猫がいるのか』

『だからもじってるだけで猫は関係ないんです!』


私が念を押しても先輩はどこ吹く風だ。


『場所はどこだ、お前の駅から遠いか?』

『ちょっと遠いですね……自転車とか使う必要があるかもです』


あそこに行くには、一旦国道に出なければならない。多分、最寄りの駅とかバス停もないし、車で行けないのなら自転車で行くしかないだろう。


『自転車か……』


乗り気だった先輩が難色を示した。多分、自転車のことを心配しているのだ。


『あ、自転車はうちのやつ使いますか』

『いいのか?』

『いいですよ、別に……』


私は自分の自転車を、先輩はママチャリを使ってもらえばいいだろう。

……と、そこまで考えて、別の妙案が浮かんだ。

何も、先輩と私で自転車を分ける必要はない。つまり、先輩が走らせる自転車に私も乗ってしまうというのも有りだ。

力強くペダルをこぐ先輩の自転車の荷台に座り、私はその先輩の腰にしがみつく。そして先輩の広い背中に顔をうずめたりなんかしちゃって……


『……でいつ行きます?』


グータラテンションだった私は、先ほどの妄想を機にシャキッとなった。なんだったら今からでも全然かまわない。


『……今から行くか?』

『え、今から? マジですか?』

『すまん、無理なら別にいい』

『いえ、無理じゃないです! 良いですね、これから行きましょう』


何て事だ。私の願いどおりにことが運んでいる。


『よし、それなら今からそっちの駅……いや、自転車を借りるのなら家に行った方がいいな』

『いえ、駅で大丈夫ですよ、待ってますから』


私が家のママチャリをこいで駅まで持っていけばいいのだ。


『うん? そうか、それなら駅に向かうぞ』

『オッケーでーす!』


私は電話を切ると、すぐに服を着替えた。


「あら発子、どこか行くの?」

「うん、ちょっとね、帰り遅くなるから」

「そう、遊んでばかりじゃなくてちゃんと宿題もやらなきゃダメよ、あなたいつもギリギリでやるんだから」


お母さんの小言を聞き流しながら靴を履くと、私は家から出て自転車が置いてあるガレージに向かった。



家族共用のママチャリを立ちこぎで駅まで持っていく。

それから待つ事数十分。改札から先輩が来た。

Tシャツからむき出しの二の腕をふりながらこちらにくる。


「よお、秋名……自転車はこれか?」

「はい、空気も入れておきました!」


先輩が自転車のタイヤを触った。ここに来るまでに準備は万端に整えてある。


「……で、これからお前のうちに行くわけか?」

「いえ、直接猫鳴トンネルに行きましょう」

「直接って、お前、俺が自転車に並走するのか?」


先輩はまだ私の計画に気付いていないようだ。


「先輩がこの自転車をこぎます」

「じゃあ、お前はどうするんだ?」


私は自転車の荷台を指差した。


先輩はそこでやっと私の計画を察したらしい。

一応、セクハラに近いことを提案しているので、普通の男子なら断る可能性もある。だけど先輩なら……


先輩は、ふむ、と顎に手を当て、少し考えたあと、頷いた。


「よし、それで行こう、道案内よろしく頼むぞ、あと落ちるなよ」

「オッケーでーす」


ほら、大丈夫だった。先輩のこういうところが本当に好き。




先輩がこぐ自転車の荷台に乗って街を走り抜ける。


順路は私が指示を出す。

といってもそんなに複雑じゃない。基本は真っ直ぐ走っていればいいだけだし。注意点は国道を曲がる場所くらいだ。

大通りを走っていると、その国道に出られた。


「この道をしばらく真っ直ぐです」

「わかった」


さて、とりあえず私はいま、自転車の荷台に乗って先輩の腰にしがみついている。

学校に通っている頃は、ほぼ毎朝胸の方に抱きつかせてもらっていたが、背中の方はあまりなかった。なので、この広い背中の感触は私にとっては新鮮である。

男の人の背中は熱いと聞いたことがあったが、確かに熱かった。夏場の今だとちょっとあれだけど、これは冬場に是非抱きつきたい背中だ。

何はともあれ、先輩に抱きつけてラッキーだ。適当に思いつきで先輩に電話して本当によかった。


「あ、先輩、そこを左です」


先輩の背中を満喫しつつもちゃんと指示役の役目も果たす。

以前きたこともあり、順路はきちんと覚えている。国道から道を外れ、「田舎」と言う言葉がピッタリの場所を走るのだ。

この辺りから極端に、街灯と人通りと車の行き交いが少なくなる。去年は昼に来たけど、その時もこんな感じだった。


「……秋名、この道で本当にあってるか?」

「あってますよ、行ったことありますし」

「なんだ、あるのか?」

「はい、有名な心霊スポットですから友達と一緒に入り口までは行きましたよ……でも、中までは入ったことないです」


目の前まで来て、本当にちょっと不気味だったからそのまま帰ったのだ。


「ちなみに、あとどれくらいだ?」


先輩の声にちょっと疲労の色が見える。小一時間、私を乗せてこぎっぱなしだし、疲れるのも無理ないだろう。


「もうすぐですよ、この道をまっすぐ行った先ですから……あ、先輩、そこのコンビニで休憩しますか?」


前方に大きなコンビニがある。去年もここのコンビニに寄ったっけ。これがあるということはもう目的の猫鳴トンネルはすぐだ。


「すぐなんだよな? それなら、大丈夫だ」

「ちなみにこのコンビニから先は休憩するところとかないです」


すぐっていっても自転車で5分くらいはかかる。トイレとかを済ませるならここしかない。


「マジか……まあいいや、そのトンネルから帰ってきたら、ここで何か買うか」

「おお、いいですね、先輩の驕りですか?」

「アイスくらいなら奢ってやるよ」

「先輩、太っ腹ですねー!」


帰る時の楽しみも増えた。先輩の背中に抱きついていることも相まって、私はもう心霊スポットに行くとは思えないくらい、ウキウキと昂揚した気持ちになっていた。




それからしばらく走って、目的の『猫鳴のトンネル』に着いた。


昼も結構薄暗かったけど、夜はそれに輪をかけて暗い。一応、トンネルには照明があるけど……それでもなんとなく薄暗い。


「……なかなか、雰囲気があるな」

「言ったじゃないですか、この辺りは不良も来ないんですよ、ガチなんです」

「……」


まあ、不良が来ないのは街から離れすぎてるからってのもある。駅から自転車で小一時間とか、まず肝試し以外の目的では来れないし。それにその肝試しにしたって、車を持っている不良じゃないと、こんなところまでは来ないだろう。


玉城先輩はトンネルの前で自転車を止めた。私が自転車を降りると、先輩も自転車を降りてスタンドを立てた。


「……それじゃあ、行くか」

「……はい」


先輩と一緒にトンネルに入っていく。怖くないわけではないけど、隣に先輩がいるということが安心感につながっている。なんだか今日の先輩は一段と厳めしい雰囲気だし、いざとなれば、お化けくらいぶん殴ってしまいそうだ。




「……なあ、秋名」

「はい?」

「このトンネルって、何で心霊スポットって言われてるんだ? なにかいわくでもあるのか?」

「ありますよ」


肩を並べて、しばらくトンネルを歩いていると、先輩が聞いてきた。

そういえば、肝心のそこら辺の話をいっさい先輩にしていなかった。まあ、いわくと言っても別に呪いがかかってる、とかじゃないし、本当にただの死亡事故だから全然すごくないのだけど。


「……どんなのだ?」

「なんか事故があったらしいです、車の死亡事故」

「……まあ、トンネルくらいなら、そんな事もあるかもな」

「一昨年の話です」


いや、三年前だったかな?

その辺りはあいまいだ。去年でない事は確かだけど。


「ちなみに、どの辺で事故ったんだ?」

「さあ? そこまでは……探してみましょうか?」


ぶっちゃけると私もそんなに詳しくは知らないのだ。このトンネルのことだって、中学時代、クラスの噂で流行って知ったのだもの。いうなれば、又聞きの又聞きみたいな情報しか持っていない。


私は辺りをキョロキョロと見まわす。事故の痕跡とかないだろうか。


「……そうだな、適当に探しながら歩くか」

「そこで写真とか撮って見ますか」

「ああ、じゃあそれやって帰るか」


もしかしたら、心霊写真も撮れるかもしれない。

……待てよ、「写真を撮る」というのは、いろいろ利用できるかもしれない。例えば自撮りツーショットとか。そこに本当にお化けが写っていたら儲けものだし、写っていなかったとしても、先輩と自撮りツーショットを撮った写真だけが残る。どちらに転んでも私の得にしかならない。


というか、私はもっとこの状況を利用すべきだと気づいた。せっかくの肝試しだ。もっとこう男子に頼って、どさくさに紛れてタッチとかしないともったいない。


「先輩、ちょっと怖いので手を握っていいですか?」


嘘は言っていない。

ちょっと不気味に思っているだけだけど、怖くないとは思ってないから。

男は怖がる女子に庇護欲をかきたてられるって前に雑誌で読んだし、先輩は兄貴肌だからこれでいけるはず。


私の予想通りに先輩は私と手をつないでくれた。先輩って本当にチョロい。


なんか、心なしか先輩の手がじっとりとしている気がする。手汗のようだけど……先輩ってこんなに汗っかきだったっけ?


「……秋名、猫鳴トンネルって別名なんだろう?」

「はい」

「それなら、正式名称はなんなんだ?」

「さあ?」


先輩に質問されたが、私もそれは聞いたことがない。私も私の友達もこのトンネルの事は、ずっと『猫鳴トンネル』と呼んでいるし。


「……じゃあ、このトンネルの長さってどれくらいあるんだ?」

「さあ?」


それも知らない。


「……このトンネルはどこに繋がってるんだ?」

「さあ?」


それもだ。


「知らない事ばっかりじゃねえかよ」

「だって、中に入ったの初めてですし」


私がこのトンネルについて知っていることは、地元で有名な心霊スポットである、ということだけである。


私が知らない事を逆に胸を張って答えていると、何やら唸る音が聞こえた気がした。


「……先輩、何か聞こえませんか?」

「え?」

「何か音がするような……」

「……」


私は耳を澄ます。唸る音は段々と近づいてくる。

先輩も音に気付いたようで立ち止まり、音がする方向、つまりは後ろを振り返った。


ヘッドライトをつけた一台の乗用車がこちらに向かって走ってきている。

唸る音はトンネルで反響して少し変な風に聞こえただけで、車が近づいてくれば、それがエンジン音だということがわかった。

その車は、またたく間に止まっている私たちを追い越してトンネルの先に向かっていった。薄暗いトンネルの中だというのに、スピード出しすぎじゃないだろうか。


まあ、でも普通の車だった。一瞬何か不気味なものが迫ってくるのかと思ったけど、まったくそんなのじゃなかったし……いや待て発子、これを利用しないでどうする。貪欲に先輩へのスキンシップを求めていかなくては。


「きゃー、先輩、怖いですー」


私は先輩の腕に抱きついた。

ワンテンポ遅れたが、まあギリギリ不自然じゃないくらいの怖がり方が出来たと思う。


先輩をチラリと見ると、先ほどまでの厳めしい雰囲気が無くなり、なんだか顔がほころんでいる気がする。


「秋名、ここら辺で写真撮って、それで帰るか」

「あ、もう帰りますか?」

「ああ、この先どれくらいあるかわからないし、時間も結構遅くなりそうだしな」


先輩はスマホを見ながら言う、しまった、先輩は門限があるのか……まあ男子高生なら当たり前か。


「先輩、うちとか泊まります?」

「アホ、そんなことできるか」

「……ですよねー」


うちに泊まれば門限とか気にしなくていいと思ったけど、さすがに実家とはいえ、女子の家に泊まるのは先輩も抵抗があったみたいだ。


「わかりました、この辺りで写真撮って帰りましょう、それじゃあ……」


私は周りを見て、『それっぽい』場所を探す。


「あ、これなんてどうですか、血のシミっぽくないですか?」


丁度良さそうなシミが壁にあった。

見ようによっては血が飛び散った跡にも見えるし、こんなもので良いだろう。

ぶっちゃけ撮る場所なんてどこでもいいんだ。私がやりたいことはその先だし。


「じゃあ、写真撮るか……」


先輩がスマホのカメラモードを起動し、そのシミに向ける。


「先輩、せっかくだから二人で写った写真にしません? 霊も人と一緒の方が写りやすいって聞いたことありますよ」

「そうか?」


「霊も人と一緒に~」の部分は私が適当に思いついて言ったことだ。先輩と自撮りツーショットのためならこの程度の嘘もつくことは辞さない。


「でも二人ってどうやって?」

「だからこうするんですよ、先輩と私がまずこのシミの前で並びます」


私は先輩と並んでシミの前に立った。


「そして、自撮りモードで撮るわけです」


これなら位置的にシミも入れられるだろう。


「さあ、先輩、撮ってください」


こういうのは腕の長さ的にも先輩に撮ってもらわなくてはいけない。

先輩はスマホを自撮りモードにして思い切り腕を伸ばした。

先輩は私と先輩の両方の顔が写るように身を少し屈めて私に身を寄せる。そこへ私は思いきりくっついた。


「おい秋名、あまりグイグイくるな」

「いや、こうしないと入らないんですよ」


そう、近づかないとフレームに入らないのだからくっつかないといけない。このくっつく行為は大義名分のある正当な行為だ。ついでにどさくさに紛れて先輩の首筋の匂いを嗅ぐことも正当な行為だ。


「いい加減撮るぞ」

「うーん、もうちょっとこのままでいいですか?」

「はい、3、2、1」


私の言葉を無視して先輩がカウントを始めてしまった。慌ててカメラの方に顔を向けた。


パシャリ、薄暗いトンネルにシャッター音とフラッシュがたかれる。


「撮れました?」

「ああ、撮れたぞ」


撮れた写真を確認するが、壁のシミこそバッチリ写っているけど、肝心の私と先輩の顔が微妙に全部写りきっていない。というか、先輩が半目だ。


「……先輩、自撮り下手ですね」

「うるせえな、初めてやったんだから仕方ないだろ」

「とりあえず、この写真、私のスマホにも送って下さい」

「わかった」


先輩から送られた写真を確認する。

心霊写真的に変な部分は……ないかな、普通の自撮りツーショット写真だ。ちょっと物足りないけど、まあ心霊スポットなんて所詮はこんなものだろう。


「帰るぞ」

「あ、はい……」


私はスマホを操作しながらネットを開いた。

先輩に言われて気づいたけど、私はこのトンネルについて何も知らなかった。ちょっと調べてみようと思ったのだ。


『猫鳴トンネル』で調べてみたが、特に何もヒットしない。この名前は私の地元でしか使われてないし当たり前か。

それならば、と今度は地図アプリを開く。

現在地を表示させると『矢張トンネル』という文字があった。どうやらこれがこのトンネルの正式名称らしい。

今度は『矢張トンネル』で再検索……してみたけど、心霊スポット的なものは何もヒットしない。あるとすれば例の死亡事故のニュースのもので、日付を見ると3年前のものだった。


最後にもう一度スマホの地図アプリを起動する。


先輩が気になっていたこのトンネルの長さとか、このトンネルがどこに繋がっているのかとかを調べてみようと思ったのだ。


今いるところから、フリックでトンネルの先を見る。

そこには何もなかった。


うん?

私はトンネルの出口を拡大して見る。しかし、いくら拡大してもトンネルの先には道や建物や民家が見当たらない。


いや、待てこれはおかしい、だってさっき……


気が付けば、私達はトンネルの外に出ていた。


先輩が自転車のカギを開けてスタンドを外し、またがった。


「おい、秋名、何やってるんだ、帰るぞ」

「……あの、先輩」

「うん?」

「先輩に言われて、ちょっとこのトンネルについて調べたんですけど……」

「ああ、何か心霊ネタでもあったか?」

「いえ、それはなかったんですが……」


心霊ネタはなかったというか、今さっき心霊ネタが起きていたというか……


「その、スマホの地図アプリでこの場所を調べてみたんですが……」


私はスマホの画面を先輩に見せた。


「ここが、このトンネルです」


覗きこむ先輩に見えるようにトンネルを指差す。


「それで……このトンネルがどこに続いてるかなんですけど……」


私は画面をスクロールした。


「特に何もないみたいだが……確かに言われてみると奇妙だな……」


それも奇妙だが、それ以上にヤバいというか……それだからヤバいというか……


「いやそれも奇妙なんですが、それよりも……さっき私たち車に追い抜かされたじゃないですか?」

「ああ……」

「あの車どこを目指してたのかなって……だってこの先行き止まりなのに……」


そう、あの車は間違いなく私たちを追い越してトンネルの出口に向かって走っていた。すごいスピードで、行き止まりのはずの出口に向かって。


「……ちょっとそのスマホ貸せ」

「はい……」


先輩が神妙な顔をしながら私のスマホを操作しようとした。


「……それ最大で拡大した状態です」


先輩の指の動きで先輩が何をしようとしたかわかる。

私も先輩も、あの車がこの先にある何かを目指してこのトンネルに来たのだと信じたかったのだ。


でも、そんなものはない。


「……」

「……先輩、もしかしてあの車って……事故を起こした車の幽……」


私がお互いに思っているであろうことを告げようとした瞬間に、


「秋名、乗れ」

「え?」

「いいから乗れ」

「は、はい……」


先輩が私の言葉を遮った。

先輩の顔はここに来た時のように厳めしいものになっている。

私が荷台に乗ると、先輩は力強くペダルをこいだ。まるでこのトンネルから逃げるように。

私は後ろを振り返る。あの車がなんだったのかわからない。もしかしたら本当に幽霊なのかもしれない。


とにかく肝試しとしては最高の結果になったと思う。今日の夜は眠れなそうだけど。

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