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お見舞い(玉城)

「お姉ちゃん? 入るよ~」


稔がたわわの部屋のドアを開けて中に入った。


「うぅぅ……稔……」


部屋の中から、くぐもったたわわの声が聞こえた。かなり苦しそうだ。満さんは鼻風邪みたいなものだと言っていたが、もしかしたら結構酷いのかもしれない。


「あらあら、お姉ちゃん大丈夫?」

「も、もう……五時になっちゃった……」

「そうだねえ」

「玉城先輩が……帰っちゃう……」

「帰っちゃうねえ」


いや、稔は何で同意しているんだ、お前の後ろにいるだろうが。

女性の部屋ということで、呼ばれるまでは入室を躊躇していたが、稔がたわわのことをいじり始めたので、入らざるを得ない。


たわわの部屋は以前きたときよりも散らかっていた。壁にはアニメのキャラやプロレスラーのポスターなんかも貼られており、たわわの趣味が出ている。


「い、いかなくちゃ……」

「はいはい、病人は寝てようね~」

「稔……とめないで……エプロン姿の先輩を……」


たわわはどうやら俺のエプロン姿が見たいらしい。幸い、バイトが終わってすぐなので、エプロンを取る暇がなかったから、俺はエプロンをつけたままだ。


ベッドから出ようとするパジャマ姿のたわわ。そして稔がそれを押しとどめている。互いに力が拮抗しているのか、たわわはベッドから出られない。

この姉妹コントをもうちょっと見てもいいと思ったが、お盆を持って立ちっぱなし、という構図も間抜けなので、声をかけることにした。


「お望み通り、エプロン姿で来たぞ」

「え?」


たわわがこちらを見た。


「久しぶりだな、風邪だと聞いたが……ちょっと元気はあるみたいだな」

「な、なんでここに……?」

「もちろんお見舞いだ、風邪の」

「……」


俺を認識すると、たわわはさきほどの稔とのやりとりをまるでなかったかのように、静かに布団の中に入った。


「うぅ……こほんこほん……」


そしてわざとらしく咳をした。


「いや、今さらとりつくろわなくていいぞ」


たわわは少し顔が赤いし、鼻声なので調子を崩しているのはわかる。でもさっきみたいに姉妹でじゃれ合うこともできるし、思ったより元気そうでよかった。


「とりあえず、満さんが作ってくれたカフェオレがあるんだが、飲むか?」

「の、飲みます!」


跳ねるようにたわわは起き上がった。そんなに焦らなくてもカフェオレは逃げない。

俺がお盆をたわわの前に差し出すと、たわわはカフェオレのコップを取った。


「玉城さん、椅子に座って下さい、お盆はお姉ちゃんの机に置いちゃってどうぞ」

「ああ、ありがとう」


机の上にお盆を置き、椅子に座る。

たわわは両手でコップを包み込むように持つと少しずつカフェオレを飲み始めた。


「稔、そろそろ戻らなくていいのか?」

「いやあ、もう少しいようかな~って」

「あんまりいると満さんに怒られるぞ」


たわわの部屋への案内が終わったらお店に戻るようにと、満さんに釘を刺されたばかりだ。

満さんは結構元気な人で、説教する時にたわわや稔の頭にげんこつを落としたりする。稔のサボりたい気持ちは分からなくもないが、げんこつを食らうのとは割に合わないだろう。


「……戻りまーす」

「そうしとけ」


回れ右をして部屋を出る前に、稔は振り返って机の上にある梨を指差した。


「お姉ちゃん、その梨、玉城さんからのお見舞いだってさ」

「え?」

「じゃあ、あと頑張ってねえ」


稔が手をヒラヒラさせながら部屋から出て行った。

「頑張って」とはどういう意味だろう。今たわわが頑張る事なんて闘病くらいだと思うが……


たわわの方を見ると、カフェオレを飲みながら盗み見るようにしてこちらを見ている。頑張って闘病をしなければならないほど苦しんでいるようには見えない。

……まあ、そんなに気にするセリフでもないか。


「しかし残念だったな、たわわ、夏休みに風邪をひくなんて」

「え、あ……私が悪いんです、冷房付けっぱなしで寝ちゃったから……」

「この時期なら俺もやる、暑いもんな」


そして、いま現在も暑い。この部屋の温度は、外とあまり変わらないだろう。窓は網戸にして開いているが、あまり風がこないのだ。


思わず手で自分を扇ぐと、たわわは俺が暑がっていることに気が付いたようだ。


「あ、すみません、冷房付けます」


たわわがグイッとカフェオレを一気飲みして、ベッドの上に置いた。


「いや、いいんだ、冷房が原因で風邪引いたんだろう? だったらつけない方がいい」

「いえ、もうだいぶおさまったので、大丈夫です、それに私も暑いと思ってましたから……」


たわわがベッドから降りようとするのを止める。


「わかった、とりあえず俺が窓を閉めよう」

「え、でも……」

「お前は病人なんだから、大人しくしていてくれ、あと、飲み終わったのならカップもくれ」

「はい……」


空のカップを受け取ってお盆に置き、俺は部屋にあった二つの窓を閉めた。

途端、ピピッと音が鳴る。たわわがエアコンのスイッチを入れたらしい。エアコンが冷風を送るための音を立て始める。


冷風はすぐに俺のもとにも届いた。これで涼しくなるはず……いや待て、この風、ちょっと冷たすぎる。


「……たわわ、エアコンの温度は何度に設定している?」

「えっと、23度です」


スーパーかここは。そんな温度の部屋にいたら体調も崩すに決まってるだろう。


「もっと設定温度を上げろ、27度前後で十分だ」

「は、はい、27度にします」


たわわはピピッとリモコンを操作した。


俺はゆっくりと椅子に座る。先ほどの冷たすぎる冷風と比べて心地良い風が俺に当たった。ジンワリとかいていた汗が引いていく。これくらいが快適な室温と言えるだろう。


たわわの方を見ると、ベッドの上にペタンと女の子座りで座っていた。


「寝てなくていいのか?」

「もう体調はほとんど回復しました、大丈夫です」


たわわはガッツポーズのように両手をグッとして元気であることをアピールした。

その仕草が、ちょっと可愛いと思ってしまった。パジャマ姿の女の子がする可愛いポーズランキングがあったら3位以内には入るかもしれない。これが萌えるという感覚か。


しかし、この状況を少し冷静になって考えてみるとなかなかすごい気がする。なにせパジャマ姿の女の子と部屋で二人きりだ。前の世界ではまず体験できなかった事だろう。この世界に来れたことに感謝だ。


だがまあ、若い男女が二人きりのこの部屋で何か起こるかと言われれば、おそらくは何も起きないだろう、と思う。俺が病み上がりのたわわに対して何かするわけにもいかないし、たわわの方も、そんなことをする元気はないはずだ。


「……あの、先輩」

「うん、なんだ?」

「着替えます、汗がにじんで気持ち悪いから……」

「ああ……いや、うん?」


たわわがパジャマの前のボタンを一個一個外していく。

俺はその様子を目の当たりにして動けない。驚いたせいもあるが、巨乳少女が目の前でパジャマを脱ぎだしたら、多分、普通の男は凝視する為に動けなくなるだろう。


早く脱ぎたいのだろう、雑にボタンを外したたわわが、パッとパジャマを脱いだ、その瞬間にたわわのその豊満な胸があらわに……ならなかった。たわわはパジャマの下にシャツを着ていたのだ。


……そりゃそうか。何を焦っているんだ、俺は。


6割の安堵と4割の残念を感じつつ、俺がホッと一息つくのもつかの間、たわわは、今度はそのシャツの裾に手をかけて、一気に上に持ち上げようとした。


「たわわ!」

「は、はい!?」


俺が大声を上げて呼ぶと、たわわが驚いて手を止める。

シャツはみぞおちのあたりまでめくれており、下乳が少し見えていた。


「……トイレは、どこだ?」

「え? えっと……私の部屋を出て、まっすぐ行ったところの左に……あの、案内します」

「いや、いいんだ、たわわはそのまま着替えてくれ、俺はトイレに行ってるから」

「は、はい……」


俺は素早く部屋から出て、ドアを閉めると、その場で大きく深呼吸した。

これが、貞操観念が逆転した世界の恐ろしさ(うれしいこと)だ。女性が上の服を脱ぐことに躊躇しない。

危うくたわわのたわわな部分を目撃するところだった。いや、個人的にはメッチャみたいのだが、しかし、状況が状況だ。もし直で見たら俺も理性を保てる自信がない。たわわは病み上がりで、しかも下のお店にたわわの家族がいる。ここは我慢するところだろう。


俺はゆっくりとトイレに向かって歩き出す。不自然にならないくらいに、なるべく時間をかけて、たわわが着替え終える時間を確保する。


それにしても、シャツまで脱ごうとしていたとは……いや、考えてみれば当たり前か、シャツが汗ばんで着替えたかったのだろうし。

そして、シャツの中もチラリと見えただけだがすごかった。おそらくはノーブラだったのだろう。下乳だけでもあの迫力ならばすべてさらけ出した時にどうなってしまうのか……


かぶりを振って想像の裸体のたわわを頭から消した。落ち着くためにトイレに来たのに盛ってどうする。平常心だ、平常心。

俺とたわわは先輩と後輩であり、この関係を壊すべきじゃない……少なくとも今この場では。

もう一度大きく深呼吸してトイレを出た。部屋を出て、大体5分くらい経った。もうさすがに着替えは終わっているだろう。


たわわの部屋の前に立って、ノックをする。


「はい」

「たわわ……着替え終わったか?」

「はい、終わってます」


ドアを開けて中に入る。

たわわは何やらよそ行きの服を着て、ベッドの上に座っていた。


「これからどこかに出かけるのか?」

「いえ、どこにも行かないですよ?」

「じゃあなんでそんな格好を?」


たわわはフリルの装飾が施された白のブラウスと落ち着いた色のスカートを着ている。部屋着にしてはずいぶんおしゃれな格好だ。


「あ、あの、ちゃんとした服を着ようと思いまして……先輩の前ですし……」


そんな事を気にしていたのか……確かにたわわの今の格好は可愛いと思う。しかし、俺はパジャマ姿でも全然かまわない。というか、妙にかしこまられてもこちらが困ってしまう。


「たわわ、そう思ってくれるのは嬉しいが、俺の事なんか二の次でいいからまずは自分の事を考えてくれ」

「え、は、はい……」

「その服だとゆっくり休めないんじゃないか? 俺は部屋着のたわわでも全然いいと思うぞ?」

「そ、そうですか? ……わかりました、じゃあ部屋着に着替えますね……」

「ああ、そうしてくれ……」


少し残念そうなたわわは、ブラウスのボタンに手をかけた。一枚一枚ボタンを外して……


「……って、ちょっと待て!」

「は、はい?」


いま現在、たわわはブラウスの胸元の部分のボタンが外れて、谷間とブラジャーがチラリと見えている状態である。

なんと絶景……じゃない。


「ど、どうしたんですか先輩……?」

「……たわわ、よく見てみると、その服は可愛いと思う」

「え? ……そうですか?」

「ああ、やっぱりその服を着ていてくれ」

「わかりました!」


たわわが嬉しそうに微笑む。

胸元が開いた状態で微笑む巨乳少女という構図がもう完全にヤバい。俺は目をつぶってグッと劣情を堪えた。


「……先輩、どこか痛いんですか?」

「いや……俺の心の問題だ……」

「はあ……」

「……ちゃんとボタンは閉めたか?」

「はい、閉めました」


目を開けると、ブラウスの胸元は閉まっている。

部屋着に着替えさせるつもりだったが、とっさのあまり、逆に今の格好を肯定してしまった。

……まあ、風邪の具合もだいぶ良くなっているみたいだし、本人もこの格好が気に入っているようだから、いいか……


俺はようやく一息ついて、椅子に座った。たわわも俺と向かい合うようにベッドに座る。


「ふう……あ、そうだ、梨も用意したんだ、良かったら食べてくれ」

「い、いただきます!」


俺が梨の置かれた皿をたわわの前に差し出す。しかし、たわわはそれをジッと見つめるばかりで受け取ろうとしない。


「……どうした? もしかして梨は嫌いだったか?」

「いえ、大好きです!」

「そうか……」


ならなぜ食べない。というか、受け取らない?

たわわは梨を見つめ、時々俺を見てから、また梨を見つめる、という作業を繰り返している。

一体どうしたというのだ。


「……先輩」


俺が頭に疑問符を浮かべていると、たわわが意を決したように呟いた。


「……お願いが……あります」


たわわの方からの「お願い」とは珍しい。秋名とかからはよくされるけど。


「なんだ? なんでも言ってくれ、何でもしてやるからな」


病み上がりの後輩からのお願いだ。当然聞いてやるのが『頼れる先輩』の務めだろう。


たわわはベッドから座ったまま滑るように降りて、床の上に正座する。

何をするつもりだろう、と思ったその瞬間、両手を床につき上半身を前に倒した。


「梨を……先輩の手で食べさせてください」

「ば、馬鹿、何やってるんだ、お前……」


俺はすぐにたわわを起こした。


「お、お願いをしようと……」

「そんなことで土下座なんかするやつがあるか、梨でも何でも食わせてやるから、ほら、ベッドに座れ……」


ひとまず、たわわをベッドに座らせる。

どこの世界に土下座までして男に食べさせてもらうように頼む女がいるんだ……いや、貞操が逆転したこの世界なら結構いるのか? まあとにかく、俺は土下座までして頼むほど価値のある男ではない。


「ほら、たわわ、食べろ、あーんだ」

「……あーん……」


たわわの小さく開けた口に梨を半分だけ入れる。

シャクっと音を立て、梨を食べるたわわ。


「美味しいか?」


たわわは頷いた。


「よし、どんどん食べろ」

「ふはい」


口に梨を含んだまま返事をする。

土下座までされた時は引いたが、こうして食べさせてみると意外とこの行為が楽しいことに気付いた。なにせ、たわわは梨を差し出されれば、すぐにシャリシャリと食べるのだ。まるで小鳥にエサをやる感覚である。


一個分あった梨は、あっという間にすべてたわわの胃袋の中に入ってしまった。


「よく食べたな、もうなくなったぞ」

「あ……ごめんなさい、先輩の分が……」

「たわわのために買ってきたんだから、俺の分なんか気にするな」


お見舞いとして買ってきたかいがあるというものだ。梨を選択したのは間違いじゃなかった。


「まだ何個かお店の冷蔵庫に入れておいたから、稔や満さんと食べてくれ」

「はい、いただきます」


たわわが顔をほころばせた。


さて……カフェオレも届けたし、梨も食べさせたし、お見舞いもこのあたりでいいだろう。あまり長居するのもよくないだろうしな。


「たわわ、それじゃあ俺はそろそろ帰るよ」

「え、もうですか?」

「ああ……もうだいぶ調子も良くなったみたいだけど、明日は店に出れそうか?」

「で、出れると思います……あ、いえ、出ます! 必ず!」

「そうか、俺も明日来るから、明日はお店の方で会おうな」

「はい!」


たわわが大きく頷いた。


明日からようやくバイト生活が再開できる。夏休みはもうだいぶ経ってしまったが、それでもまだまだ時間はあるし、お手伝いできるだろう。たわわ達と一緒に。


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