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久しぶりのアルバイト(加咲稔)

「うぅぅ~」

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「み、みのり……私は行かなくちゃ……」

「無理しちゃダメだよ、そこで寝てて」

「こんなの平気……今日は……」

「風邪引いちゃったから仕方ないって、あとは私に全部任せて」

「だ、だめ……私も……」

「はーい、病人は寝ててくださーい、お母さんに怒られたくなかったらねー」


ベッドで寝込んでいる姉の顔を覆うように布団をかける。


私はスキップしながらお姉ちゃんの部屋を出た。



喫茶店まで降りてくると、お母さんが店先に今日のおすすめとかを書いたブラックボードを出すところだった。


「お母さん、お姉ちゃん完全にダメだね、うん、あれはダメ」

「あとでカフェオレ作ってあげるから持って行ってあげな」

「はーい」

「……しかし、あの子も間が悪いね」


お母さんは大きくため息をつく。


「せっかく今日玉城君が来るっていうのに」

「本当にね~」


私も肩をすくめた。


今日は久しぶりに玉城さんがうちにアルバイトに来る。

前にも夏休みが始まってすぐに二日間、アルバイトをしてもらっていたのだけど、とある「事情」により、それから今までの間ずっと休んでもらっていた。


その「事情」に解決の兆しがあったので、もう一度アルバイトをお願いしてきてもらおうとしたのだけど……今度はお姉ちゃんの方が風邪でダウンした。暑がりのお姉ちゃんは寝る時だって冷房をギンギンにかけるので、それが原因だろう。

もともとお姉ちゃんのために玉城さんにアルバイトを頼んだようなものなのに、肝心のお姉ちゃんがこれではお話にならない。


「まあ、とにかく久しぶりに玉城君が来るからって、あんたもはしゃぎすぎないようにね」

「分かってます!」


ビシリと敬礼する。


お母さんは肩をすくめると、ドアのかけ看板をCLOSEからOPENにした。




玉城さんが来たのは、きっかり11時だった。


その大きな身体と怖い顔はとても目立つ。なんなら入ってくる前のドアのガラスに映ったシルエットで分かった。


「こんにちは、お久しぶりです」

「おう、久しぶり」


私が出迎えると、玉城さんは微笑みながら応える。

その自然な笑みをお客さんの前でだせれば、玉城さんの接客は申し分ない完璧な物になるだろう。でも、キリマンさんみたいな変な客がまた来てしまう可能性もあるからそのあたりは考え物だ。


「玉城君、早速で悪いんだけど、アルバイトお願いね」

「あ、はい」


挨拶もそこそこ、お母さんに声をかけられ、玉城さんが店の裏に行ったので、私もそれについていく。

久しぶりだし、いろいろ変わったこともあるから、サポートをしなくちゃいけないもの。




案の定、お店の裏にはいった玉城さんは、お父さんのエプロンの入っている棚を開けようとしていたので、声をかけた。


「玉城さん、エプロンこれですよ」

「ああ、ありがとう……あれ、これ、前に着けてたやつじゃないな」

「玉城さん用に買いました、あれ、お父さんのだったし」


玉城さんが休んでいる間、玉城さん用に大きいサイズのエプロンを用意していたのだ。

個人的には前のピッチリエプロンもよかったんだけど、さすがにきつそうだったし、歓迎の意味も込めて新しいものを用意した方がいいだろう、と私たち家族で話し合って決めたのだ。


「どうだ?」


エプロンを着た玉城さんが私に感想を求めてきた。


「いいですよ~」


実際に着てもらうと、新しいエプロンを買ったのが正解であったということがよくわかった。少しピンクに寄せた柄は、玉城さんの体格と強面のギャップで、なんだか優しい雰囲気になって、とても似合っている。


ちなみにこのエプロンの柄はお姉ちゃんが売り場の前で一時間近く悩んで決めたものだ。うちの姉のセンスはその私生活を見るに絶望的で、ぶっちゃけると選んだエプロンも玉城さんに似合わないのでは……と危惧していたのだが、まさか、ここでホームラン級の大当たりを出すとは思わなかった。本人も玉城さんのこのエプロン姿が見れないのはさぞかし無念だろう。


パシャリ


「うん? なんだ?」

「いえいえ、何でもないですよ」


妹からのせめてもの情けだ。

私はスマホで撮った玉城さんのエプロン姿をお姉ちゃんに送って上げた。


するとすぐにお姉ちゃんから返信が来た。


『三┗(┓卍^o^)卍<私もそっちに行く』

『来たらお母さんに怒られるよ』

『(´;ω;`)』


もし来たら、お母さんのげんこつが落ちる可能性がある。それをわかっているので、お姉ちゃんはここにこられないのだ。全ては自分の不摂生がいけないのだよ、お姉ちゃん。


「……なあ、ところでなんだが」

「はい?」

「今日は、たわわは買い出しか何かに行ってるのか? 店舗にもいなかった気がするんだが……」


ちょうど玉城さんからお姉ちゃんの話題を振られた。


「お姉ちゃんはですねえ、風邪引いちゃってます、今日の朝から」

「え、大丈夫なのか?」

「うーんまあ、ただの風邪ですし、お客さんの前には出られないから部屋で休んでます」

「そうか……」


風邪と聞いて、玉城さんは暗い表情を浮かべている。

きっとお姉ちゃんを心配しているのだろう。あんな姉でも心配してくれる男の人がいるのだから、世の中分からないものだ。


「……そういえば、なんで俺はしばらくこの店に来ちゃいけなかったんだ? たわわは説明してくれなかったんだが」

「ああ、それはキリマンさんが来てたからですね」

「……キリマンさん?」

「命名はお姉ちゃんです、キリマンジャロばっかり頼むからキリマンさん」


命名法則はあの『青山さん』と同じだ。テーブルについてまず頼むものはキリマンジャロ。来る時間帯によっては追加で軽食とかも頼むけど、頑なに飲み物だけはキリマンジャロだった。


「そのキリマンさんってのは誰なんだ?」

「お姉ちゃん曰く、玉城さんの付きまといだそうで、お母さんもちょっと怪しいと思ったみたいです」

「なるほど、その人がずっとこの喫茶店に通ってたってことか?」

「ええ、だいたいは朝早くに来て、それから日によって昼とか、夜とか、時々顔を出していました」


私も時々対応したけど、見た目は清潔感があったし、話し方も普通の人となんら変わらない……いや、むしろハキハキとしていて好感が持てる部類だった。そんな人がつきまといだなんて、人は見かけによらないものだ。


「その人が最近になってようやく店に顔を出さなくなったので、そろそろ玉城さんを呼んでもいいだろうってことになりました」

「そうだったのか、それならそうと説明してくればよかったんだが」

「お姉ちゃんなりに気を効かせたんじゃないですかね、心配させたくなかったとか」


あの姉は根暗で内向的だけど良くも悪くもジャイアンみたいな気質がある。多分、「玉城先輩は私が守る」的な思いがあったのだろう。


「あ、そうだ大丈夫ですか? バイトのやり方覚えてますか? なんだったら私が一からレクチャーしますよ?」

「多分、覚えているから大丈夫だ」

「本当ですか? ちゃんと笑顔で接客とかできます?」


私に言われて、玉城さんはぎこちない笑顔を作った。

うん、全然ダメ。

この店に来た時のあの微笑みはどこにいってしまったのか。


「こうですよ、こう」


私がニッコリ笑顔を作った。

接客の8割は笑顔だと思ってる。笑顔でいれば、ちょっとくらい粗相をしたって流してくれるのだ。


玉城さんは口をモゴモゴさせている。なんとか笑顔を作ろうとしているようだ。


「自然な笑顔」を作るのは意外と難しい。お姉ちゃんなんて私よりも長くこのお店を手伝っているのにいまだにできない。玉城さんは……もうちょっと頬の筋肉を緩められればいいんだけど。


「ちょっと失礼しますね」

「ん、んん!?」


私は背伸びして手を伸ばし、玉城さんの頬を引っ張った。


こんなこと、普通の男子にはできない。でも玉城さんなら多分やってオッケーのはずだ。


「玉城さん、笑顔っていうのは、こう、頬を横にやる感じです」


ほらやっぱり、玉城さんは一瞬戸惑ったようだけど、私にされるがままに頬を引っ張られている。


私の予想通り、玉城さんは女に優しい。

普通こんなことしたら引っ叩かれても文句は言えないのに、払いのけすらもしないし。


玉城さんの頬を縦に引っ張ったり、横に引っ張ったりしてみる。

意外と頬の筋肉は柔らかいようだ。これはちょっと楽しくなってきた。


「みのり」

「はい?」

「おまえ、あそんでないか?」

「あ、バレました?」


私がテヘっと舌を出すと、玉城さんはお返しとばかりに私の頬を引っ張る。


「いたいですよ~」

「おれだってちょっといたいんだぞ」

「ふふふ……」


楽しい。男の子と気安くやりとりしたことは何度かあるけど、ここまでイチャイチャできたのは生まれて初めてだ。

玉城さんって、なんか告れば一発オッケーしてくれそうな空気がある。物は試しでやってみようかなとも思うけど、でも姉より先に私がやるのは、姉に申し訳ない気もするし……


まあ、姉がフラれたら挑戦してみよう。そうしよう。


「……あんたら何やってるの?」


声の方を見ると、呆れ顔のお母さんがそこにいた。

ちょっと遊び過ぎたかもしれない。




残念ながら、玉城さんはバイトのやり方を忘れていなかった。


ちゃんと接客が出来ている。ブランクをものともしない働きぶりだ。まあ、玉城さんの場合、もとから才能があったから、ブランクとか関係ないかもだけど。

いや、そう考えるとますます惜しい。接客だけなら100点、でも顔の怖さでマイナス50点されるから結局50点だ。あれでもうちょっと優しい顔つきだったら申し分ないんだけど……


「稔、なにボケッとしてるの」

「失礼な、いつでも玉城さんのフォローをできるよう待機してたんだよ」

「玉城君はちゃんとできてるでしょ、アンタは余計なこと考えなくていいの、自分の仕事をしなさい」


お母さんに促され、私は空いたテーブルの片づけを始める。

お姉ちゃんがいない間、お姉ちゃんを出し抜いて玉城さんと仲良くなれるかと思ったけど、やっぱり営業中はそんな暇がない。うちの喫茶店は目が回るほど忙しいことはないけど、常に、探せば見つかるくらいにはやることがあるのだ。

それでも、玉城さんと楽しくお話ししようものなら、私語厳禁という目でお母さんが睨んでくるし……案外アルバイト作戦は仲が良くなれないのでは?


やはり、ここは一緒に買いだし作戦をやるべきだろう。お姉ちゃんも前にそれで仲良くなった。なぜか知らないけど玉城さんと一緒に子供の名前まで考えたらしくて、それをお母さんに報告してたし。

そうと決まれば……


「お母さん、卵とか食料品の在庫が残り少なくなっているから買いに行きたい! 玉城さんと一緒に」

「……なんで、二人で行くの?」

「玉城さんが買い出しに行くべきなんだけど、でもきっと玉城さんはまだ買い出しの勝手とかよくわからないだろうから私と一緒に行くの!」


玉城さんはもともと買い出しとか力仕事を任せるために雇った、というのが建前だ。こういう言い方をすれば、お母さんもダメ、と言いにくいだろう。


「……」


お母さんは胡散臭いものを見るかのように私を見ているが、狙い通り「まあいいでしょう」と許してくれた。




私と玉城さんがスーパーに向かって肩を並べて歩く。


「しかし抜けてよかったのか? これから忙しくなる時間帯だろ?」

「本格的に忙しくなる前に買っておくんですよ、本当にギリギリのタイミングなんです」


私が適当に言い訳すると、玉城さんはなるほど、と神妙な顔で頷いた。玉城さんってなんかチョロそうだ、適当な嘘を言っても信じちゃう気がする。


「買って来るものは卵とあとなんだ?」

「野菜とかパンとかですね、とりあえずスーパーに着いてから説明します」

「そうか……ならついでに果物とかも見ていいか? 買うのはもちろん俺の金だ」

「いいですけど、買ってどうするんですか? わざわざこんな買い出しの時に買わなくても、バイトが終わった時に買えば……」

「たわわのお見舞いの品にしようと思ったんだ、バイト終わったら、顔を見るついでにな……それで、たわわの好きな果物ってなんだ?」

「……」


いまだにちょっと信じられない。本気であの姉を心配してくれる男の人がいるなんて。


「なんだ、ジッと見て……」

「玉城さん的に、お姉ちゃんのどこら辺が良いと思ってます?」

「いきなりその質問はなんだ?」

「いやあ、お姉ちゃんを心配してくれる男の人がいることに驚きでして」

「稔には冷たいのか?」

「冷たいなんてもんじゃないですよ、あれは暴君ですね」


今まで姉に受けた仕打ちを思い出す。私が調子に乗るとすぐにプロレス技で制裁してくるのだ。私にとっては根暗なジャイアンみたいな存在である。


「ははは、そうなのか……まあでも、俺にとっては可愛い後輩だよ」

「顔が好みのタイプだからってことですか?」


これは割と重要な質問だ。私はあの姉と顔が似ている。


「うーん、というか……」


玉城さんが言葉を詰まらせる。


「というか?」

「……まあ、健気なところが良いかなと思ってる」


健気、あの姉が玉城さんの前だと健気なのか……多分、引っ込み思案とか不器用とか、そういうものを玉城さんが好意的に解釈しているだけなんじゃないかと思う。

だけど、まあ、ここまで姉の事を思っているのだから、いちいちツッコむのも野暮なのかもしれない。


「健気、ですか……」

「ああ……俺たちは先輩後輩って関係だが、俺はこれからもたわわと仲良くやっていきたいし、それに……」

「それに?」

「苦しんでるっていうのなら、力になってやりたいだろう? たわわを心配することに理由はいらないと思う」


玉城さんはこともなげに言う。


……なんだかなあ、これを機にお姉ちゃんを出し抜いて一気に仲良くなってしまおうと思ったけど、本気でお姉ちゃんを心配している玉城さんを見ていたらそんな気持ちが薄れてしまった。


「……ミカンですかねえ」

「うん?」

「お姉ちゃんが好きな果物です、冬とかずっとミカンばっかり食べてますもの」

「ミカンか……今の季節だとあるかな……」

「探してみて無かったら別のにしましょう、お姉ちゃんの事だから玉城さんから貰えるものだったらパセリだって喜ぶと思います」

「はは、随分安上がりだな、あいつも」


大袈裟な表現じゃなくて、本当にお姉ちゃんだったらパセリだって喜ぶだろう。なんだったらその辺に落ちてる石ころだって……いや、石ころはちょっとわからない。さすがに喜ばないかも。


まあ、今日くらいは、一応、サポート役としてお姉ちゃんの役に立ってあげようと思う。本当に感謝してよね、お姉ちゃん。



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