宿題合宿(ヒロミ)
『明日、俺んちで夏休みの宿題やろうぜ』
ハセからそんな電話がかかってきたのは、ちょうど僕も宿題をやろうとしていたその時だった。
『いいよ、明日いつぐらいに行けばいいの?』
基本的に男子と遊ぶことが多い僕だけど、家にまで呼んでくれる男子はハセだけだ。
『夕方ごろだ、飯食うし、泊まる用意もしておけよ、宿題合宿だ』
『え、泊まるの? それは……まずくない?』
お呼ばれはされたことはあるけど、泊まるのは初めてだ。
というか、さすがに親友といえども、二人きりでお泊りはマズイと思う。ハセは僕の事を時々男扱いするけど、一応、僕も女なわけだから、いくらなんでも不用心すぎる。
『うん? ああ、俺の彼女も来るから別に気にすんな』
『あ、ミキティーも来るんだ、それなら……』
僕の懸念を察したハセが付け加えた。
ハセの彼女が来るのならば別にいいだろう。
以前にも2、3回会ったことがあるけど、見た目こそギャルだが、僕よりも頭の良い女の子だ、きっと宿題の手伝いもしてくれるだろう。
『あと、玉ちゃんも来るからな、そんじゃ明日』
『え?』
最後にサラッととんでもない事を言って電話が切れた。
玉ちゃんが来るのはちょっとまずい。普通に遊んだことはあるけど、泊りで遊ぶことは初めてだ。ハセやミキティーもいるとはいえ、意識しないわけにはいかない。特に寝顔とかは見られたくない。
僕は、翌日までそのことで頭を悩ませることになった。
次の日
普段、遊びに行く服よりも、ちょっと小綺麗な格好をしてハセの家に来た。
部屋まで案内されると、ミキティーがハセのベッドの上で何やら原稿用紙を読んでいた。
「あ、ヒロミちゃんヤッホー」
「やっほー」
彼氏の家だからか、ミキティーはリラックスしきっている。
「あとはその玉ちゃんだけ?」
「ああ、玉ちゃんもそのうち着くんじゃね」
僕は部屋の真ん中に置かれているちゃぶ台の前に座り、いつでも宿題を始められるようにカバンの中から問題集やワークを取り出した。
「ヒロミどこまで宿題終わった?」
「英語と漢文を訳したところまで」
「全然やってねえな」
「そういうハセはどこまでやったの?」
「読感文だけ」
「ハセこそ全然やってないじゃないか!」
人のこと言えない……というか、ハセの方が酷い。読書感想文は人のを写せないから、この宿題合宿では実質何もやってきていないのと同じだ。
……まあ、ハセが全く手を付けていないことくらいは予想していたけど。
「ヒロミちゃんも見る~?」
ベッドから降りてきたミキティーが原稿用紙を僕に差し出してきた。
「え、なにそれ?」
「晴君の読感文」
僕はハセが唯一終わらせた宿題を受け取って、中身を読んだ。
その読感文は、意外にも綺麗な字で書かれており、さらにこれまた意外にも読める内容だった。適当に書いたものだとばかり思っていただけに、ちょっとショックを受けた。
というか、正直言って、このしっかりした文章と普段のハセが全く結びつかない。ハセでない、別の人が書いたものだと説明された方がしっくりくるレベルだ。
「ヒロミ、どうよ、俺の読感文は?」
「……う、うん、いいんじゃない」
「だろ? 俺、こういうの得意なんだよな」
しかし、無邪気に自分の作品を誇るハセを見れば、そんな事をしているわけがないとわかる。本当にこれはハセが書いたものなのだろう。
ハセの意外な才能を知ったところで、ハセのスマホが鳴った。
「……もしもし? 玄関空いているから入って、もう二人来てるから」
ハセは簡単にそう言ってスマホを切る。
「玉ちゃん?」
「おう、そうだ、美姫、玉ちゃん来るぜ」
「はーい」
ミキティーとハセもちゃぶ台の前に座った。
玄関が開く音、そして足音がどんどん近づいてくる。足音が部屋の前まで来ると、ガチャリ、と扉が開いた。
Tシャツにジーンズというラフな格好の玉ちゃんが部屋に入ってきた。夏ということもあってか、薄着なのが個人的にはちょっと嬉しい。
「あ、初めまして~」
玉ちゃんを見て、ミキティーが少し声色を高くして挨拶をした
「玉ちゃん、こいつ美姫な、俺の彼女」
「晴君の彼女やってまーす、ミキティーって呼んでねっ」
「んで、こっちが玉ちゃんな」
「玉ちゃん……可愛い名前してるね、受ける」
玉ちゃんは頷きながらも、ミキティーのからかいを軽くスルーして、バッグから宿題を取り出した。
「……じゃあ、早速始めるか」
「え、いきなりやんの?」
「何のために集まったんだ」
「いや、どうせみんな今日泊まりじゃん? だったらいつでもできるし、最初はちょっと遊んでもいいんじゃね?」
「いいからやるぞ、どうせお前のことだから一度遊ぶとそのままずっと遊び続けるだろうからな」
「ははは、玉ちゃん、晴君のことよくわかってるじゃーん」
ミキティーが両手で玉ちゃんを指差す。
僕も玉ちゃんとミキティーの言葉に頷く。ハセの性格から考えれば、当然予想できることだ。
「お前がやらないなら俺とヒロミだけで宿題を終わらせるからな」
「え、マジ? それ俺に見せてくれる?」
「誰が見せるか」
ハセが僕の方を向いた。
僕は苦笑いを浮かべながら、首を横に振った。
玉ちゃんが見せないのなら、僕も見せられない。
「……わかったよ、最初はやるよ……でも、一時間で休憩な、それでゲームすっから」
「……まあいいだろう」
玉ちゃんは肩をすくめたが、気を取り直すようにこちらを見た。
「ヒロミはどこまでやった?」
「えーと……とりあえず、漢文と英語の翻訳はやったよ」
「問題集は?」
「それは手を付けてないかな……玉ちゃんは?」
「俺は日本史のワークを全部埋めただけだ」
「あ、じゃあそれで見せ合いっこしよう、ミキティーは問題集を教えて?」
「オッケー……って、言っても、ウチあんまり頭良くないから期待しないでね」
こんな事を言っているが、ハセ曰く、ミキティーのテストの順位は、学年だと大体真ん中くらいらしい。ミキティーの通っている学校が進学校であることを考えれば、普通に僕らよりも頭がいいことは確実だ。
「玉ちゃん、俺も読感文は終わらせたぜ!」
「……お前は応援でもしてろ」
玉ちゃんはハセをバッサリと切り捨てた。
明らかにハセを無視していたし、ハセを戦力外だと思っているのだろう。まあ、僕もそう思ってるけど。
「じゃあ晴君に玉ちゃんとヒロミちゃんの分の読感文書いてもらえば?」
ミキティーがポンと手を叩いて提案した。
「え? ……いや、それはいい」
「それいいかもしれないよ、僕、さっきハセの読感文読んだけど、意外と普通だったし」
ミキティーの意見に僕も賛成だったりする。
ハセがこのまま何もしないのは、なんだか仲間外れにしているみたいで可哀想だし、それにハセは結構器用だから、僕ら二人分の感想文を別々に書くくらい多分出来ると思う。
「……マジか?」
「晴君はねえ、基本頭悪いんだけど、文才だけはあるんだよね~、中学校の頃に書いた作文が市の文集とかに載ったりしたし」
ハセのことだから別に特別な勉強とか練習とかもしてないだろうし、本当に文才を持っているとしか思えない読感文だった。
「え、てか、お前ら俺の事舐めすぎじゃね? 俺、小論外したことねえからな? テストでも国語とか80点以下取ったことねえし」
それは初耳。でも、ハセはテストの学年順位は僕よりも下だ。多分、現国以外の教科がヤバいのだろう。
「……よし決まりだ、長谷川は俺とヒロミの読書感想文を書いてくれ、それが終わったら遊んでていいぞ」
「やりぃ!」
「ヒロミは俺と終わってるところまで見せ合いっこ、その間にミキティーは問題集とかの答えを出しといてくれ」
「うん」
「はーい」
この場を仕切ってくれている玉ちゃんの言葉に、ハセはもちろんの事、僕とミキティーも同意した。
「終わったー!!」
宿題を始めてから2時間、ノルマをいち早く達成したハセは、持っていたシャーペンと作文用紙を投げ出してベッドに転がり込んだ。二人分の読感文をわずか2時間で仕上げるなんて普通はできない。ハセの文才がいかんなく発揮されたんだろう。
一方で、僕たちの方はまだ問題集を片づけている途中だった。全体のまだ半分もいっていない。
まあ、全教科まんべんなく出されている上に、その量も多いから仕方ないんだけども。
「玉ちゃん、俺終わったんだけど」
「こっちはもうちょっとかかるな」
「じゃあ俺、ちょっと飯とかジュースとか買ってくるわ」
時間は6時を回っていた。ちょっと早いけど、夕飯にしてもいい時間だ。
「あ、お金だすね」
「おう、よこせよこせ」
僕とミキティーが財布から千円札を出してハセに渡す。
玉ちゃんはなんと五千円札を出していた。夕飯代やお菓子代にするにしても多い。
「お、玉ちゃん太っ腹じゃん、ありがたく使うわ」
「好きなだけ使っていいけど、俺たちで飲み食いするものだけにしろよ」
「え、マジで五千円全部使っていいの? 玉ちゃんどうした、身体でも売ったか?」
ぶふっ、と思わず吹き出した。あんまりの冗談だ。いくらなんでもこれは玉ちゃんも怒るだろう。
「まあ、そうだな」
「ええ!?」
と思ったのに、まさかの同意してしまった。玉ちゃん、本当に売春を……
「いや、信じるなよ、ただのバイトで稼いだ金だからな」
……していなかったみたいだ。よかった。玉ちゃんは見た目的にその手の冗談にリアリティがありすぎるんだ。
「じゃあ行ってくるけど……美姫」
「なに~?」
「俺がいない間に玉ちゃんにちょっかい出すんじゃねえぞ」
「はいはーい、わかってるよ~」
ミキティーにしっかり釘を刺してハセが部屋から出ていく。
「ねえ、玉ちゃんって彼女いる?」
釘を刺されたばかりなのに、ミキティーはあっさりとその釘を抜いてしまった。
「別にいないが」
「今まで彼女いたこととかあるの?」
「……ないけど」
「あー、やっぱりないんだ」
ミキティーがニヤニヤしながらこっちを見た。
嫌な予感がする。
「ちなみにヒロミちゃんって男の子が好きなの? 女の子が好きなの?」
「お、男だよ!」
「へえ……それで二人って友達?」
「……そうだが」
「じゃあさ、二人って付き合ったりとかしないの?」
嫌な予感はズバリ的中した。ミキティーはこういう話題が大好きな女子なのだ。以前に会った時も、その場にいた他の女友達に向かって、彼氏はいるかとか、もうエッチした、とかそんな話をしまくっていた。
でも、合コンとかならまだしも、こういうところでは空気を読んでほしかった。だってよりにもよって玉ちゃんといる時にそういう話題を振られるのは……色々と困る。
「ねえねえ、どうなの?」
ミキティーがしつこく聞いてくるけど、僕はとにかく聞こえないふりをしながら問題集に取り組んだ。問題なんか頭に入ってこないが、やっているふりだけはしている。
「……とっとと宿題終わらせるぞ」
玉ちゃんも呆れながらミキティーに言い聞かせた
「えー? 玉ちゃん、ノリ悪いよ?」
ミキティーは話に乗ってこない僕たちに文句を言ったが、僕たちがそれでも無視するので、結局、宿題の処理作業を再開した。
作業を再開してから2時間ほどが経った。進行状況的には順調なんだけど、気がかりなことが一つある。
ハセがまだ帰ってこないのだ。
再開してから2時間ということは、出かけてからも2時間経っているということで、さすがに時間がかかりすぎていると思う。
「……遅くないか?」
玉ちゃんが時計を見ながら言う。どうやら玉ちゃんも僕と同じことを思っていたらしい。
「まさか、なにかあった、とか?」
何かあれば電話で連絡してくれると思うのだけど、それすらもないというのはさすがに心配だ。
「……うーん、多分ねー、ちょっと遠出してるだけだと思う」
「この辺りにスーパーとかコンビニってないのか?」
「あるけどー、多分、アレ買いに行っているんだろうし」
なにやらミキティーは事情が分かっているらしい。アレとは何のことだろう……
すると、ガチャリ、と玄関のドアが開く音が聞こえた。
「帰ってきたみたいだよ」
ミキティーは「ね?」と言わんばかりだ。
ドタドタという足音とともにドアが開くと、両手にスーパーの袋を持ったハセが入ってきた。
良かった、本当にただ遠出していただけみたいだ。
「宿題終わった? 飯買ってきたぞ」
「どこまで行ってたんだお前」
「悪い悪い、これ買ってたんだよ」
ハセがちゃぶ台の上にスーパーの袋をドサリと置く。
中を確認すると、『お酒』というロゴの入った缶が何本も入っていた。一人二本くらいはあるんじゃないかな?
「お前……酒を買ってたのか?」
「へへへっ、やっぱり、これがないと盛り上がらねえだろ?」
「酒盛りなんかしたことないぞ、お前普段から酒飲んでんのか?」
「晴君もお酒飲み始めたのは高校に入ってからだよー、その勢いで初めてエッチしたし」
「バカ、そういうこと言うんじゃねえよ!」
ミキティーは時々こういう下ネタを差し込んでくる。僕はいいけど、玉ちゃんの前ではあまり言わないでほしいと思った。
「よくお前が買えたな」
「買える店があるんだよ、そのためにわざわざ遠くまで買いに行ったんだから」
2時間もかかったのはそのお店に行くためだったらしい。というか、お酒は飲んだことあるけど、別に好きなわけじゃないし、無理に買ってこなくてもよかったんだけどな……。
「それじゃあ夕飯にしようぜ! 適当に弁当買ってきたからさ、そんで飯食い終わったら宴会な」
時間はもう夕飯にしていい頃合いだ。あとは宿題リーダーの玉ちゃん次第だ。
玉ちゃんを見ると、少し考えごとをしていたようで、ちょうど僕と目が合った。
「……よし、じゃあ今日はここまでにしておこう、飯食って……酒も飲んでみるか」
「そうこなくっちゃ!」
玉ちゃんの号令のもと、僕たちで机の上を片づける。
ハセは弁当とお酒を空いた机にどんどんおいていった。
「そんじゃあ、まずは乾杯からな」
ハセは座ると早速缶のタブを開ける。
プシュッという炭酸飲料の音が鳴った。
僕たちも缶を開ける。
「お疲れさーん、かんぱーい」
ハセの音頭で乾杯をして、僕たちはグイッとお酒を飲んだ。
ジュースのようだけど、どこか少し違う。後味が苦いというか、お腹にたまるというか……とにかく、あまりお酒というのは美味しいとは思わない。これならやっぱり普通のジュースの方がよかった。
弁当は普通の幕の内弁当だ。頭を使った後だから、お腹も減っていたので、それはバクバクと食べてしまった。
「あ、忘れるところだった、玉ちゃん、これお釣りな」
みんながお弁当をほぼ食べ終えたころ、ハセがポケットから千円札数枚と小銭を出した。さすがに全部は使わなかったようだ。
「……」
しかし、玉ちゃんは差し出されたそのお金を受け取ろうとしない。
お酒をグビリと喉を鳴らして一気飲みすると、空になった缶をグシャリと握りつぶした。
「……いらん、お前にやる」
「え、マジか? 太っ腹だな、玉ちゃん」
「……代わりに、もう一本貰うぞ」
玉ちゃんがスーパーの袋を漁り始める。
「え? お、おう……」
なんだか玉ちゃんの飲むペースが速い。飲み慣れているはずのハセもミキティーもまだ一缶目を飲み終わってないし、チビチビ飲んでいる僕なんてまだ3分の1も飲んでいない。
もしかして玉ちゃん、お酒好きなのかな? 見た目的に普段から飲んでても違和感がない。いや、でもさっきお酒なんて飲んだことないって言ってたような……
漁った挙句、玉ちゃんがスーパーの袋から取り出したのは瓶だった。中には無色透明なお酒が入っている。
「おい、玉ちゃん、それワンカップだぞ」
「ワンカップ?」
「日本酒だ、度数強いから、あとでみんなで回し飲みしようと思って買ったやつ」
「……」
玉ちゃんが躊躇なくワンカップの蓋を開けた。
「いや、だからまだそれを飲むのは早……」
ハセが止める間もなく、玉ちゃんはワンカップの酒を飲んだ。それもチビチビとじゃなくて、まるで普通の水を飲むかのように飲んでいる。
玉ちゃんの様子がおかしい。行動がいつも以上に豪快だ。これじゃあまるで酔っ払っているみたいだけど……でも、顔色は普通だ。
「……暑いな、この部屋」
玉ちゃんがワンカップ片手に言う。
「え? 冷房効いてないか?」
「充分効いてるよ~? 玉ちゃんって暑がり?」
僕もハセやミキティーと同じ意見だ。冷房は効いている。暑いわけがない。
「いや、暑いぞ」
しかし玉ちゃんはワンカップを置くと、立ちあがってシャツを脱いだ。
「な、なにやってんだ、玉ちゃん!?」
「え!?」
「お~!」
玉ちゃんの行動に3人とも驚いた。女子もいるのに、突然服を脱ぐなんて普通じゃない。
玉ちゃんはシャツの下に何も着ていなかった。太い二の腕、広い肩幅、薄らと割れた腹筋、そして何よりも肉感的な胸筋がセクシーだ。
「いいぞ~、脱げ脱げ!」
「煽ってんじゃねえよ、美姫! てか見るな!」
上半身裸になった玉ちゃんに焦るハセと喜ぶミキティー。
ちなみに僕は喜ぶ側だ。顔には出さないし、何も言わないけど、でも玉ちゃんの裸を注視している。
「ほら、玉ちゃんも脱ぐなって!」
「暑いんだから仕方ないだろ」
「わかった、冷房強くするから脱ぐな!」
ハセはなんとかシャツを着せようとするが、力では玉ちゃんに敵わない。むしろ逆にもてあそばれている。
玉ちゃんは上半身裸のままどっかりとベッドの上に座ると、またワンカップの酒をぐびぐびと飲み始めた。
「……玉ちゃん、酔ってないか?」
「酔ってないぞ」
「……本当か?」
「本当だ」
嘘だ。この場にいる全員が同時に思ったことだろう。
玉ちゃんは酔っ払っている。確実に、絶対に。これで酔ってないのなら玉ちゃんはただの変態である。
「玉ちゃん、頼む、服は着ようぜ? ここには女子もいるんだからよ……」
ハセが僕とミキティーをチラチラ見ながら、困ったように言う。
ハセ的には僕よりもミキティーの前で半裸になられるのが辛いのだろう。げんに、ミキティーは今すごくニヤニヤしている。鼻の下が伸びている顔というのはまさにこういう顔だ。もしかしたら、僕もいまこんな顔をしているかもしれない。
「思うんだがな、長谷川……」
「な、なんだ?」
「別に裸なんてもの、減るもんじゃないし誰に見せてもいいだろ」
「いやいやいや、そんな問題じゃねえから!」
衝撃の発言だ。出来れば酔ってない時にそのセリフを聞きたかった。
「いいぞいいぞ~!」
「だからお前は黙ってろっての!」
ミキティーはぴゅーぴゅーと口笛を吹いて煽り立てている。まあ、目の前で脱ぎだしてる男の子がいればこうなるだろう。実は僕も心の中でちょっと玉ちゃんのことを応援したりしている。本当にちょっとだけだけど……
「俺は男の裸に価値なんぞないと思っている」
「は、はあ?」
「むしろ女の裸にこそ価値があるんだ」
「い、意味わかんねえぞ、ちくしょう……」
ハセは頭を抱えている。
ミキティーはお酒の効果でテンションが高くなっているのか、ヤレヤレ!と腕を回している。
僕は顔を伏せて玉ちゃんの半裸を見ないようにしている……フリをしている。いや、だって見ちゃうよ、仕方ないもんこれは。
「というわけで、お前も脱げ」
「いや、はあ!?」
玉ちゃんが床にワンカップを置いて立ち上がると、そのままハセをベッドに押し倒した。
暴れるハセに馬乗りすると、玉ちゃんはハセのシャツを脱がしにかかる。ハセも抵抗するが、玉ちゃんに力では適わず、結局シャツを脱がされてしまった。
男子二人の痴態に僕は目が離せない。ベッドの上で半裸の男が半裸の男にのしかかっているのだ。僕もあのベッドの上に行きたい。
「……ねえねえ、ヒロミちゃん……」
「……なに?」
ミキティーがヒソヒソ声で話しかけてきた。
「……なんかヤレそうな雰囲気じゃない、あれ?」
「……な、な、何言っているの?」
ヤレそうってつまりセックスできそうってことだ。
たしかにちょっとエッチな雰囲気になってきている気がするけど……でも、それはダメだと思う。
「……ミ、ミキティーにはハセがいるじゃん……」
「……だからさ、こう上手い具合にね? エッチは無理でもチューくらいならオッケーでしょ、あれは……」
「……え、え、えっと……」
どさくさに紛れてキスとかそんなことやったことない。というか男の子にキス自体やったことない。
「……晴君には一回だけならキスして良いよ、その代りウチが玉ちゃんとキスする時、晴君何とかしてて……」
どうしよう、本格的にミキティーがやる気になってる。こういうときにがっつくかどうかで処女と非処女の分かれ目なのかもしれない。
そりゃあ、僕だって玉ちゃんとキスしたいし、セックスもしたいさ、でもお酒に酔った相手にそういうことをしていいのだろうか。あとで玉ちゃんに怒られて、警察とかに通報されちゃうかもしれないし……
僕が悩んでいる間に、ハセが玉ちゃんの馬乗りから抜け出した。
上半身裸のハセは四つん這いになりながらベッドから転げ落ちる。相当体力を使ったのだろう。息も絶え絶えだ。
玉ちゃんはそんなハセをどうするでもなく、床に置いていたワンカップを手に取り、一気に飲み干した。
「長谷川、開けてない酒をもう一本くれ」
空になったワンカップをテーブルに置く玉ちゃん。まだ全然お酒が足りないようだ。
「……玉ちゃん、酒はもう飲むな……」
「いいじゃん、いいじゃん、盛り上がってきたじゃん、このまま乱交しちゃう?」
「おい、美姫!」
乱交という単語に僕の胸が一気に高鳴った。
何度も言うけど、やらない方がいい、だけど出来るのならしたい、というのが僕の本音だ。
「お前な、ちょっと黙ってろ! 玉ちゃんは酔ってんだよ!」
「冗談、冗談、乱交なんてしないってば~」
「嘘つけ、やる気満々だろ」
「そんなわけないじゃーん」
彼氏に本心を見透かされているが、ミキティーはとぼけている。一応、普段はラブラブカップルなんだけど……こういうところでミキティーも女が出てしまっていた。
「ていうか、玉ちゃん、ウチらも脱いだ方がいい?」
「脱げ」
「イエーイ!!」
「ちょ、ちょっと、待ってくれ、玉ちゃん! いえ、玉城さん!」
もう玉ちゃんとミキティーの暴走が止まらない。ミキティーはキャミソールを脱いでタオルみたいに頭のうえで振り回している。
一方、ハセはもうお代官様にすがる商人みたいな感じで玉ちゃんの足にすがりついているが、玉ちゃんはふんぞり返って気にも留めてないようだ。
「晴君、もうヤル空気じゃない? これ? ねえ?」
「ああ、もう何言ってんだ、お前は! このバカ!」
玉ちゃんの説得を諦めたハセは今度はミキティーを抑えにかかった。
僕はどうしよう……僕も脱いだ方がいいのかな? でもやっぱり酔った勢いでこういうのは良くない気もするし……でも……
「ヒロミ、ちょっとこっち来い」
葛藤している僕に玉ちゃんが、手招きしてきた。
なんだかすごい。上半身裸で堂々としているそのさまは、まるで極道映画のベッドシーンを終えたヤクザみたいだ。
僕が立ち上がると、
「その酒も持ってな」
と、玉ちゃんから注文が入った。
僕が自分の缶チューハイを持って玉ちゃんのもとに行くと、玉ちゃんは自分の隣に僕を座らせた。
何をされるんだろう、とドキドキしていると、急に玉ちゃんが僕の肩を抱いた。
「た、玉ちゃん……」
「酒だな、酒が足りん」
「あ、うん……」
僕は持っていた自分のお酒を玉ちゃんに渡すと、玉ちゃんはそれを躊躇なく飲み始めた。
豪快に喉を鳴らしながら飲む玉ちゃん。完全に間接キスなんだけど、玉ちゃんは酔っ払っているせいか、全く気にしていないみたいだ。
結局一気飲みしてしまったらしく、空き缶を床に置いた。
「……ヒロミ、お前はズルいと思わないか?」
「な、何が?」
「俺が服を脱いでいるのに、お前が服を着ているということがだ」
「え、あ、う、うん……」
つまり、僕に服を脱げって言ってるのかな?
どうしよう、隣にまで座らされて脱げって、これは玉ちゃんに誘われていると考えていいのだろうか?
もしかして、玉ちゃんも酔っ払ってエッチな気分になってて、乱交的な事をしたいと……
「ヒロミ、脱がないのか?」
「あ、脱ぐ! 脱ぐよ!」
こうなったらとやかく考えるのは無しだ。向こうの方から誘ってきたのだから和姦になると思う。玉ちゃんは酔ってるけど、多分なる……なってくれるといいな。
僕は急いでシャツを脱いだ。
念のために下着もちゃんとしたやつを着てきてよかった。
上半身がブラジャーだけになった僕。その僕の肩を、玉ちゃんは強く抱いた。
「た、玉ちゃん……」
「やっぱりいいな、女の子はな」
「う、うん……」
耳元で囁かれ、僕の身体の中も熱くなった。もうこれはいくしかない流れだ。
念のためにハセ達の方を見ると、まだ言い争いをしていた。多分、こっちには来ないだろうし、乱交にはならないかな……いや、もしかしたら、こっちが始めたら向こうも参加してくるかも……
「おりゃ」
「きゃっ」
玉ちゃんが僕をベッドに押し倒した。酔っ払った玉ちゃんは本当に積極的だ。こういうのは女子がリードするものだと思ったのに。
いやでも、逆に助かる。正直僕もどうやっていいのかよくわからないからね。あとは玉ちゃんが好きにしちゃいますってことでいいだろう。
「……」
「……」
僕は目をつぶった。ダサいけど、やり方わからないんだもん。そりゃAVとかは見たことあるけど、いざとなると体が動かない。
「……」
「……」
……おかしい、玉ちゃんが僕を抱きしめたまま何もしてこない。やっぱりこっちから何かしなくちゃいけなかったのだろうか?
僕はチラリと玉ちゃんの方を見た。
玉ちゃんは目をつぶっていた。
「……」
「え? 玉ちゃん?」
「……」
玉ちゃんから微かに息の音が聞こえる。
玉ちゃんは完全に寝ていた。
「う、嘘でしょ? この状況で……?」
「……」
こんな間近で声を上げても一向に起きない。どうやら本格的に寝てしまっているようだ。
さっきまでのあれはなんだったんだ? この僕の気持ちの高ぶりはどこにやれば……
起き上がろうとしたが、無理だった。玉ちゃんが僕を抱き枕みたいに強く抱きしめるからだ。身動きが取れないけど、男の人に抱きしめられるのを実感できるので、逆に心地良かった。
先ほどの盛り上がりから急に冷水を浴びせられ、なんかもう、色々どうでもよくなってきた。ここから玉ちゃん相手に僕が何か出来るとは思えないし。
頭が冷えると同時に眠気も襲ってきた。さっきまで極度に緊張していた疲れとアルコールのせいだと思う。
セックスできなかったのは残念だけど、いまこの状況もかなりすごい状況だと思うし、ここで満足しよう……僕も目を閉じた。
翌朝
玉ちゃんは昨日の事をまるっきり覚えていないようで、しきり僕らに何があったと聞いてきた。
教えてあげようかと思ったけど、ハセに止められたので止めた。ハセ曰く、昨夜の事はなかったことにしよう、との事で、僕もそのハセの提案に乗ったのだ。
あれは、玉ちゃんは知らなくてもいい記憶だと思う。僕らの心の中だけにとどめておけばいい。
結局、残った宿題を片づけ、ハセの分の宿題を写させ、昼前に僕らは解散した。
帰り道、方向が同じミキティーと肩を並べて歩いていると、
「ねえ、ウチらの方からだとよく見えなかったけど、二人ともやった?」
ミキティーがとんでもないことを聞いてきた。
「や、やってないよ!」
「ああ、やってないか~やっぱり……まあ、ウチらはやったんだけどさ」
「え!? ハセとあそこで!?」
「なんか軽く喧嘩してたら変な風に盛り上がっちゃって」
そ、そうだったのか。そういえば起きた時に、二人とも着ている服がやたらと乱れてるなと思ったけど……
「ねえ、ヒロミちゃんって処女でしょ?」
「そ、そうだけど……」
「玉ちゃんとやりたい?」
「……まあ、それは……」
「そう、頑張ってね、いざとなったら酒飲ませればいけると思うよ、昨日みたいに」
ミキティーから謎のエールを貰った。
いや、確かに出来るかもしれないけど、でもお酒を飲んだ玉ちゃんを上手くコントロールできる自信がない。
「あ、もし酒飲んでヤルって話になったらウチも呼んでね、玉ちゃんお酒はいると記憶抜けるタイプだし、3Pいけるよ、3P」
ニヤニヤと笑いながら三本指を立てるミキティー。
「……このこと、ハセに伝えておくから」
「あー、ウソウソ! ウソだから! 全部ウソ!」
絶対に僕以外の前で玉ちゃんにお酒を飲ませるのは止めよう。僕はそう固く誓った。