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ざぶーんランド(玉城)

プールネタ2回目。もう一回くらいやっておきたい。

「麗ちゃん、ついたよ」

「ゴメンね、彰君……」

「それはもういいって、麗ちゃんの仕事の都合なら仕方ないし」

「本当にゴメンね……」

「だからもういいって」


俺と麗ちゃんは駅の改札から出た途端、夏のまぶしい日差しが照りつけてきた。

やはり夏真っ盛り、プールに来るのは正しい選択だったようだ。

ただ、ちょっと、同行者というか、企画者のテンションが低すぎるのが問題だが。


まあ、これにはわけがある。



元々、俺と麗ちゃんは海に遊びに行こう、という計画を立てていた。

企画立案は全て麗ちゃんであり、俺はどこに行くのかとか、そういう情報を全く貰っていなかった。ただ、麗ちゃん曰く、とても素敵な旅になる、だそうなので、俺も期待はしていた


しかし、海に行く日まであと一週間、といったところでハプニングが起こった。

麗ちゃんが社員旅行に行かなくてはならなくなり、その日程が海に行く日ともろかぶりだったのだ。

結果、海行きはとん挫。麗ちゃんは一泊二日で宿まで予約していたらしいが、それもキャンセル。

麗ちゃんは相当ショックだったらしく、さめざめと泣きはらし、俺はそれを慰めるのに一苦労だった。

そして、さすがにこのままでは終われない、ということで、急遽、別の日にプールに行こう、という話になり、今に至る。



麗ちゃんは電車に乗る前まではまだ元気だったけど、目的地の駅に近づくにつれてテンションが低くなり、今では底辺だ。

俺としては、ぶっちゃけた話、避暑の目的で泳ぎたかっただけで、泳ぐ場所が海だろうがプールだろうがどっちでもよかったのだが……この様子だと麗ちゃんはどうしても海に行きたかったらしい。


「麗ちゃん、きっとプールも楽しいからさ、元気出してくれよ」

「……」


これからプールで一緒に遊ぶ相方がこんなんではこちらも盛り上がらない。なので、さっきから慰めているのだが、それでも麗ちゃんは肩を落としたままだ。

でも、こればかりはどうしようもない。


「なあ、麗ちゃん、プールには海にはないものもたくさんあると思うよ、例えばウォータースライダーとか」

「ウォータースライダー……」

「他にも波の出るプールとかあるから、それで海の疑似体験ができるかもよ」

「波の出るプール……それは……ポ……」

「え? なに?」


麗ちゃんは小声でボソリと呟くと、顔を明るくさせた。


「彰君、プール、楽しもうね!」


なぜか、麗ちゃんの機嫌が急によくなった。元々麗ちゃんは躁鬱っぽいんだけど……会話の流れから考えるに、どうやらプールのアトラクションが効いたらしい。麗ちゃんも意外と子供っぽいところがあるようだ。


ズンズンと歩く麗ちゃんに、俺は苦笑しながらついていった。



俺達が来たプールは、近県最大を誇る巨大プール施設だ。その名も『ざぶーんランド』。波の出るプール、ウォータースライダーはもちろんの事、水上アトラクションや流れるプール、屋外だけでなく屋内には競泳用プールもあって、一日中楽しめる施設……らしい。俺も初めて来るからHPを見ただけの伝聞情報だ。


俺と麗ちゃんは更衣室の前で一旦別れ、水着に着替える。

ちなみに俺の着替える水着は、以前に秋名と一緒に買ったビキニパンツだ。

ぶっちゃけ恥ずかしいけど、これも麗ちゃんのためである。海への旅行が中止になった麗ちゃんを慰める目的で、ビキニの水着を着ることを約束してあげたのだ。


貞操観念が逆転したこの世界では、男子高生(おれ)の身体の価値は、前の世界でいうところの女子高生のものと同じ……なので、試しにビキニ水着でプールに入ることを提案してみたところ、麗ちゃんは物凄い勢いで食いついてきた。機嫌が直ってくれたことを喜ぶとともに、軽く引いてしまったことを覚えている。


そんなわけでビキニパンツを履いて、俺はプールサイドまでやってきた。

二回目のビキニパンツは、一回目ほどの羞恥心もなく、むしろピッタリとフィットする感覚が心地よく思えた。やばいな、ちょっとビキニパンツにハマりかけている。




「彰君、お待たせ……」


プールサイドで立っていると、麗ちゃんの声がした。

そちらを向くが、すぐに顔を背けた。


麗ちゃんの水着は布面積の少ないビキニなのだ。しかもパンツのサイドが紐で結ばれている、いわゆる紐ビキニと呼ばれるやつ。

なんでそんな大胆な水着を着ているんだ。いや、俺も他人のこと言えないけど、でもまさかこんな恰好をしてくるとは思わなかった。


もう一度麗ちゃんを見る、なんとか首から下を見ないようにしながら。

それで麗ちゃんはというと……俺の股間を凝視していた。


「麗ちゃん、そんなにみられるのはさすがに恥ずかしいんだが……」

「あ、ご、ごめんね……」


麗ちゃんは慌てて首を上げる。


「それじゃあ、麗ちゃん、まずどこからいこうか?」

「……ウォータースライダー」




『ざぶーんランド』にはウォータースライダーが二つある。一つは一人で滑るタイプのもの。もう一つは二人乗りの浮き輪に乗って、二人で滑るタイプのものだ。


俺達は麗ちゃんの希望で二人乗りのウォータースライダーにやってきた。

ウォータースライダーは長蛇の列だったが、回転率自体は良いものらしく、すぐに俺たちの番になった。


「それでは乗って下さい、どちらが前になりますか?」


スタッフに促され、麗ちゃんの方を見る。


「……どうしよう、どっちがいいかな?」

「麗ちゃん、どっち側に乗りたい?」

「……」


麗ちゃんは返事をしない。浮き輪を凝視しながらとても難しい顔をしている。


「麗ちゃん?」

「……ダメ、決められない」


麗ちゃんはかぶりを振って、絞り出すように言った。まるで悩み抜き、それでも答えが出せないようなリアクションだ。そんなに悩むことでもないような気がするんだけど……


「これどっち側が乗ってて楽しいですか?」

「そうですね、やっぱり前の方が迫力はあると思います、あと、前の人が後ろの人に寄り掛かる形になるので、体重が重い方が後ろになれた方がいいと思います」


やはり、迷ったらスタッフに聞くのが一番だ。明瞭にスパッと決めてくれる。


「俺が後ろに乗るから、麗ちゃんは前に乗ってくれ」

「……わかった」


俺が浮き輪の後ろの部分に乗る。しかし、俺の図体のデカさから、二人分でもまるで一人分のようにすっぽりと収まってしまった。しまった、これでは麗ちゃんが座るスペースがない。


「すみません、お客様、足を開いてください、浮き輪の縁に足を置く感じで」

「あ、はい」

「では、女性の方、こちらに」


俺が言われた通りに大股開きをすると、スタッフが、俺の足の間に座るよう麗ちゃんに指示を出した。


麗ちゃんはゆっくり俺の足の間に座った。


「それじゃあ行きますよー? 3、2、1、ゴー」


浮き輪が押される。ゆっくりと浮き輪が傾き、水流に乗ると、一気に加速した。


大きく曲がりくねるカーブを、風を切りながら走る。めまぐるしく変わる景色、遠心力で引っ張られる身体、とりあえず浮き輪から落ちないように足でガッチリつかみ、あと麗ちゃんが振り落とされないように腰に手を回した。


最後に一直線を走り抜け、俺達はプールに滑り込んだ。


滑っている時間自体は10秒程度だっただろう。しかし、濃い数秒間だった。滑っている時は「投げ出されるのでは」という不安感もあったが、実際に滑り終えてみると、逆にそのスリルがかなり楽しいことがわかる。


「麗ちゃん、もう一回やらない?」


麗ちゃんはコクコクと頷く。麗ちゃんも同じ気持ちだったようだ。


「今度は私が後ろになるから」

「いいの? 前の方が楽しいらしいけど」

「いや、後ろにいくから」


麗ちゃんは確固たる意志を持っている。そんなに後ろにいきたいのなら、止めはしない。というか、実は俺も前の方にはちょっといきたかったのだ。


それから、俺達はウォータースライダーにハマった。交互にお互いの位置を入れ替えて、合計で5、6回くらい滑っただろうか。あまりに乗りすぎたせいか、俺のビキニパンツが脱げかける、なんてハプニングもあったが、まあこのウォータースライダーの楽しさの前には、些細なことだった。



「麗ちゃん、次はどこに行く?」


休憩時間を呼びかけられたのを機に、俺達はウォータースライダーを楽しむのを止めて、空いているベンチに座った。


「彰君は何か希望ある?」


そんな風に聞かれると逆に困る。行きたいところがないわけではなくて、行きたいところがたくさんあって俺も選べないのだ。


ふと、尿意を催した。冷たいプールに入っていたせいだろうか。


「麗ちゃん、ちょっとトイレ行ってくる」

「うん、わかった」


トイレに行って帰ってくる間に、どうするか考えをまとめておこう。



トイレで用を足して、麗ちゃんのもとに帰ろうとした時、


「あ、ねえ君……」


見知らぬ女性に声をかけられた。


「はい?」


立ち止まると、メイクバッチリの女性二人がニコニコ笑いながら歩いてきた。


「今、暇だったりしない?」

「え?」

「私達、二人でここに来たんだけど、一緒に遊んでくれる男の子を探してるの」


女性が交互に俺に話しかける。

話の内容からして、どうやら、俺はこの女性たちにナンパされているようだ。

ナンパされるのは、この世界に来てから二回目だ。俺はもしかして軽そうな男に見られるのだろうか。


「いや、ちょっと連れがいまして……」

「友達? ならその友達とも一緒に遊ぶ?」

「うん、私ら全然オッケーだよ」


女性たちは朗らかに笑う。多分、この二人は『連れ』を男友達と勘違いしているのだろう。

まあこの二人と絶対に一緒に遊ぶことはできない。この人たちが麗ちゃんと合うとは思えないのだ。


「いえ、友達じゃないです」

「……あ、もしかして彼女?」


片方が何やら察したようだ。

まあ彼女でもないんだが……そういうことにしておくか。さすがに彼女持ちをナンパするような馬鹿でもないだろう。


「まあ、そういうことなので……」


俺が断りかけたその時、気付いてしまった。

二人の女性の後ろに、麗ちゃんが立っていることに。


そしてその麗ちゃんの顔が、限りなく無表情であることに。


「……?」

「どうしたの?」


二人組はキョトンとしている。後ろにいるサイコパスじみた表情を浮かべている麗ちゃんの存在には全く気付いていないようだ。ある意味幸いかもしれない。


「い、いや、何でもないです、とにかく、俺はこれで……」


俺は二人の間を割って通り抜け、静かな殺気を漂わせている麗ちゃんの前に立った。


「れ、麗ちゃん、波の出るプールでも行かない?」

「……あの二人を……」

「あの二人はいいから、さあ、行こう、すぐ行こう」


あの二人をどうするかについては深く聞かない方がいいと判断した。

麗ちゃんは時々、自分の感情をコントロールしきれずに爆発してしまうことがある。今の麗ちゃんの顔はその前兆の顔だった。

こうなってしまった麗ちゃんには、強引に話を逸らしてとっとと空気を変えるに限る。

二人組に迫っていこうとする麗ちゃんを押しとどめて、強引に波の出るプールまで強引に連れて行った。




波の出るプールには人がたくさんいた。その中でも、浮き輪なり何なりに浮かんでいる人がかなり目立つ。


「しまった、浮き輪を持ってくればよかった、ねえ麗ちゃん?」


波の出るプールや流れるプールを十分に楽しむならば、浮き輪は必要だったかもしれない。


「……借りてくる?」


先ほどよりも幾分機嫌が直った麗ちゃんが提案する。『さぶーんランド』の浮き輪の貸し出しは無料で行われるから、それも選択肢の一つだが、


「多分、もう残ってないと思うし、このままでいこう」


見れば、波の出るプールで使われているほとんどが貸し出されている浮き輪だ。ストックがどれだけあるかはわからないが、行って無駄足でした、というのは避けたい。


俺の言葉に麗ちゃんが頷き、二人で波の出るプールに入った。


進んでも波に戻される。波の出るプールというのはただそれだけだが、その波に戻されるというのが面白い。どんなに頑張っても戻されるし、踏ん張って耐えようとしても波に押されてしまう。

ここは海と違って、流されてしまう心配もないし、俺はどんどんと奥の方(波の発生源)へと向かう。波に負けてなるものか、という俺の闘争心がそうさせた。


「……あれ?」


だいぶ進んで気が付いた。隣にいたはずの麗ちゃんがいない。

どうやら波の出るプールに熱中しすぎて、麗ちゃんを置いてけぼりにしてしまったらしい。


「まずったな……」


俺は頭をかいた。

この波の出るプールは、人でギチギチ、とまでは言わないが結構賑わっているのだ。一度はぐれると合流するのは面倒である。


「……おっと」

「あ、すみません」


つっ立って、どうしようかと考えていると、そばにいた女の子が波に流されて俺とぶつかった。


「大丈夫か?」

「はい、大丈夫です」


見た目は中学生くらいだろうか。ワンピースの水着を着ている。俺と同じく波に逆らってここまで来たに違いない。


女の子は、俺から少し離れたが、また波に流されてすぐに俺にぶつかってきた。


「すみません」


女の子が頭を下げる。


「ううん、大丈夫だから」


俺でも耐えられない波だ。中学生の女の子に耐えられるわけがない。多分、足もギリギリでついているのだろう。


女の子が俺から離れようとするが、すぐに次の波が来て、またも俺とぶつかった。


三度目で、もうすみませんとは言わず、女の子はこちらに会釈をする。波に揺られること自体は楽しいのか、とてもいい笑顔だ。


しかし、その笑顔がすぐにひきつった。


どうしたんだろう、と、思う間もなく、女の子は泳いでどこかに行ってしまった。


「……彰君……」


俺の後ろでボソリと呟かれた。

振り返ると、麗ちゃんが幽鬼のような表情で立っていた。


「れ、麗ちゃん……」

「あの子は?」

「あ、あの子って……?」

「さっきまでここにいたでしょ」


あのワンピースの水着を着た女の子の事を言っているらしい。

どうやら、麗ちゃんは俺たちの様子を見ていたようだ。


「あの子なら、どこかに泳いで行ったけど……」

「……」


まるで鷹の如く眼を鋭くさせて辺りを見渡す麗ちゃん。もしあのワンピースの女の子を見つけようものならば飛んでいきそうな雰囲気だ。


「れ、麗ちゃん、今はプールを楽しもう」


麗ちゃんがなんでこんなにキレてるのか知らないが、さすがにこれを放置しておくのはまずい。なんとか麗ちゃんの気を逸らさなくてはならない。


「麗ちゃっ、おっと……」


俺が話しかけようとした瞬間に、タイミングよく波が来た。思わずよろける。


「あ……」


よろけた先に麗ちゃんがいたせいで、思わず麗ちゃんに抱きつく格好になってしまった。


「ゴメン、麗ちゃん」

「い、いいんだよ、彰君……」


お互いに照れてすぐに離れる。

いかんいかん、身内相手に何をやっているんだ。


「……と、とりあえずもう出ない?」

「あ、うん……」


麗ちゃんに言われて、俺も頷いた。

何とか気は逸らせたみたいだが、あの女の子とニアミスしてしまったら何が起こるかわからない。早くこのプールから出た方がいい。


「じゃあ次、どこのプール行く?」

「……というか、『ざぶーんランド』から出ない?」

「え、もう出るの? 早くない?」


まだ来てから2時間も経ってない。俺はまだ全然遊べるのだけど。


「……ここは予想外に危険な場所だったから」

「え、溺れたりした?」

「ううん、とにかく、彰君のためにも、ね?」


なぜだか知らないが、俺のためにも出た方がいいらしい。俺は何も危ない目には合っていないのだが……まあ、そこまで言うのならば出るけども。


「それじゃあ、この後どうする? 家に帰ろうか?」

「とりあえずこの近所に美味しいレストランがあるらしいから、お昼ご飯食べて……そのあと、近くにアウトレットがあるから、そこで彰君にお洋服を買ってあげる」


どうやら、麗ちゃんは始めからプール以外にも色々なプランを練っていたらしい。さすがだ。

俺は麗ちゃんに連れられ、プールから出た。


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