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半日マネージャー(玉城)

多分、この作品で最長の物になってます

どうしてこうなった。

こんなクソ暑い中、しかも夏休み中に、俺は朝早くから制服を着て学校に来ている。


教室まで来ると、ロッカーにある体操服を取りだした。これが、登校日でもないのに学校に来た理由である。こんな体操服持って帰らなくてもいいと思ったのだが、母親が持って帰って来いとうるさく言うのだ。

もしこの体操服が、体育の授業で着用してから、洗わずに夏休み中ずっとここに入れられていたままだったら、俺だって臭くなると思って普通に持ち帰ってきただろう。だが、これは洗ってからまだ一度も着ていないやつだ。だから衛生的には問題ないはず。

そのことを母親に言うと、母親は呆れたように「アンタ、少しは自分が男だって自覚しなさい」と言ってきた。多分、母親的には俺の体操服を盗む奴がいることを心配したのだろう。

しかし、別に俺の体操服を盗む奴なんていないと思うんだが。いたとしても秋名くらいだ。そんな秋名も、洗ってから一度も着てない体操服に興味を示すとは思えない。


まあ結局、母親に口うるさく言われ、こうして取りに来るはめになったのだけれども。


せめて涼しいうちに取ってこようと思って、朝早くから来てみたのだが、今日は朝から暑いときてる。本当に踏んだり蹴ったりだ。




体操服を回収し終え、学校からでようと校門をくぐると、ちょうど向かいから一人の女子生徒が来た。


「……うん?」


そのまますれ違おうとしたのだが、その女子生徒は足を止めてこちらを見ている。なにか用でもあるのかと思い、俺も足を止めた。


「ああ、やっぱり君か」


女子生徒は覗きこむように俺の顔を見ながら言った。


「え?」

「君も部活か何かをやっていたのか?」


何やら顔見知りに話しかけるように、女子生徒に問われる。


「……いや、忘れ物を取りに来ただけだが」

「そうだったのか、こんな暑いなか大変だな」

「あ、ああ……」


なぜか、労われてしまった。どうやら、この女子生徒は俺の事を知っているらしい。

だが、俺の方は……確かに、言われてみるとどこかで会ったような気もするのだが、どこで会ったか、この女子生徒が誰なのかがよく思い出せない。

しかし、ここまで親し気に話しかけられて「どちらさまでしたっけ?」と言うわけにもいかず、適当に合わせることにした。


「……まあ、そっちも暑いなか大変だな、学校まできて……忘れ物でもしたのか?」

「うん? いや、違うが……」


女子生徒はいぶかしげに眉をひそめた。

この反応を見るに、どうやら俺は質問をミスったらしい。


女子生徒の切れ長の目がこちらをジッと見ている。まるで、俺の心を見透かそうとしているようだ。

俺はその眼に耐えきれなくなって、顔を背けた。


「……つかぬ事を聞くが」

「ああ……」

「私の事は……覚えている、よな?」


禁断の質問が飛んできた。

答えはノーだ。ノー以外ない。でも、それを言える空気ではない。


「……」


結局、俺は沈黙で答えた。


「……そうか、覚えていないか」


しかしそれで、女子生徒は察してくれた。


「……すまん」

「いや、いいんだ……多分、あの時、私は眼鏡をかけていたのだろう」

「え?」


女子生徒がゴソゴソと鞄を漁り始める。


「私もつけたりつけなかったりなんだが、やはり眼鏡をかけると人の印象は変わるものだし、眼鏡をかけている、というだけで強烈な個性になったりするだろう? 多分それで君が気づかなかったんだと思う」

「あ、ああ……」


女子生徒は少々早口でまくしたてながら鞄から眼鏡ケースを取り出し、眼鏡をかけた。


「どうだ?」

「えーと……」


眼鏡をかけた女子生徒に見覚えは……なかった。

俺が言葉を濁したことで、またも女子生徒は察してくれた。


「……そうか眼鏡は……あまり関係なかったか」

「……すまん」


もう俺は謝ることしかできない。


「……そうだ、髪だ」

「髪……?」

「あの時、私は髪を束ねていた気がする」


女子生徒が鞄をゴソゴソし始めた。


「髪型というのも人の印象を大きく作用する要素だ、聞くところによれば相貌失認を患った人は髪型によって人を判別することもあるという、つまりは髪型が変わってしまうと、一度だけしか会ったことのない人物は判別できなくなってしまう可能性が高い」


俺に言っているのか自分に言い聞かせているのかわからないが、とにかく女子生徒は早口でそうまくしたてる。


「……どうだ?」


そして、髪をポニーテールにしばった姿を見せてくれた。


「……すみません」

「……」


それでも思い出せないので、俺は素直に頭を下げた。もう敬語で謝ることくらいしか誠意を見せる方法がない。


「……いや、いいんだ……私は昔から男子からは印象に残らない女だった……君を困らせて悪かったな」


何だか知らないがとても悲しい告白をされた。しかし、全面的にこちらが悪いので慰めの言葉すらかけられない。

肩を落とす女子生徒にいたたまれない気持ちで見ていると、別の女子生徒が走ってきた。


「栞先輩! 先に行くのは酷くないっすか?」

「……君が歩くのが遅いんだろう」

「いや、信号につかまってたんですって!」

「信号につかまるくらい足が遅いということだ」


新たに走ってきた女子生徒は、パッチリとした目にすらりとした鼻、いわゆる小顔美人という顔つきだ。どうやらこの二人は知り合いらしい。

……いや、待てよ

この二人が並んだ瞬間、俺の記憶が呼び起された。


「……ああ! ソフト部の!」


以前、花沢のソフト部の練習試合を見に行ったことがある。その時、花沢の横にいた二人だ。どこかで見覚えはある気がしていたが、やはり俺が忘れているだけだったようだ。


「え? あ、花沢先輩の……」


美少女の方も俺に気が付いたようだ。

切れ長の目の女子生徒……栞という名前らしいが……には悪い事をしてしまった。

今やっと思い出せたことを陳謝しようとしたその時、


「……なぜだ!」


いきなり栞が大声を上げた。


「ちょっ、先輩、いきなりなんすか、大声出して?」

「……今、君は美波の顔を見て私の事をついでに思い出したな?」


『ついでに』という言葉に強いアクセントを入れながら栞が俺に迫ってくる。


「い、いや、そんなことは……」

「いつもそうだ、男というのは可愛い女のことばかり気にして私のような女には興味すら示さない」

「お、落ち着け、そんなことないぞ……」

「今さっき君自身が証明したことだろうが!」


栞は怒り心頭の様子で俺を追い込む。

言い訳させてほしい。本当に「二人が揃うことで」思い出せたのだ。美少女の方……美波という名前らしいが……だけならやはりわからなかったと思う。


「先輩、事情は分からないですけど、ちょっと落ち着きましょう?」


美波に諌められ、栞は幾分か落ち着きを取り戻したようだ。


「……そうだな、少し興奮してしまった……すまなかったな、怒鳴ってしまって」

「いや、いいんだ、思い出せなかった俺が悪かったんだし」


そう、悪いのはこちらだ。どうやら先ほどの口ぶりから、俺の対応は栞のコンプレックスにクリティカルヒットしてしまったようだし。


「えっと名前を教えてくれないか、名前を覚えれば忘れないと思うし」

「……私の名前は渡部栞だ、覚えてくれ、そして二度と忘れないでほしい」

「わかった、渡部だな、もう忘れない」


というかもう忘れようがないと思う。あの鬼気迫る顔はかなりインパクトがあった。


「あ、ついでに自分の事も覚えてくださいっす、坂口美波って言います、気軽に美波って呼んでくださいっす」

「美波な、よし……」

「……待て、それなら私の事も栞と呼んでほしい」

「わかった、栞だな」


栞は美波に対抗するように付け加える。頼まれればどうとでも呼ぶので、なんとか機嫌を直してほしい。


「……ああ、そうだ、そういえばまだ俺の自己紹介をしてなかった」

「あ、それは大丈夫っす」

「玉城彰だろう、奈江から話は聞いている」


花沢は俺の何を話したのだろうか。普通、クラスメイトの事なんて、共通の知り合いでもない限りあんまり話さないと思うが……


「あ、そうだ、彰先輩、このあと暇っすか?」

「う、うん? いや、暇だけど……」


いきなり下の名前で呼ばれて少し驚いた。この美少女はかなりフレンドリーな性格らしい。この顔でこの性格ならばこの世界の男でも放ってはおかないだろう。ただ口調でちょっと損している部分はあるが。


「あ、あき……いや、これは私には無理だ……」


そして栞は先ほどから美波に対抗しようとしている。よほど美少女にコンプレックスがあるみたいだ。


「暇って事なら、これからソフト部の手伝いとかどうっすか?」


これまたずいぶん急なお誘いだ。ちょうどいま帰ろうとしていたところなんだが……


「君、いきなり何言っているんだ?」

「いや、ほら、ね? サポートっすよ、サポート」

「……サポート? ああ、奈江のか……」


美波の言葉に栞が少し考えると、俺の方をむいた。


「玉城、もちろん無理にとは言わない、それにやるにしてもちょっとした球拾いとか、物を運ぶとか、その程度だ、やってみる気はないか?」


美波の言葉に呆れていたはずの栞が美波側に回って俺を説得してきた。


「いや、さすがにいきなりすぎないか? それともソフト部ってそんな人いないとか?」

「いきなりなのは本当にすまない、だけど実は三人いる男子マネのうち二人が休みで、今日は人手がいないんだ」


なるほど、つまりは男子マネの手伝いをしてくれ、といっているわけか。

さてどうするか……正直、これから暑くなるだろうし、炎天下の中で働くのは疲れそうだ。だけど、このあとの予定がないのも事実だし、それに今の俺は栞に対しての引け目もある。このまま断る、というのもちょっと気が引けた。


「……やるにしてもあんまり戦力にならないかもしれないぞ? 男子マネの仕事なんてやったことないし」

「構わないさ、疲れたら木陰に休んで奈江の応援でもしていればいい」


ああ、そうか、ソフト部には花沢もいるんだったな。それならまあ、頑張っているクラスメイトを応援する意味でもやってみるか。


「……わかった、そういうことなら今日だけ手伝おう」

「おお! 心が広いっすね、彰先輩! あとで栞先輩とジュース奢るっす!」

「勝手に決めるな……いや、奢るのは何の問題もないんだがな? ともかくありがとう玉城」


罪滅ぼしも兼ねた暇つぶしみたいなものだ。それに女子に頼まれて無下に断るというのも格好悪いし。


「とりあえず制服じゃなくて、動きやすい服とかに着替えてくれるとベストなんだが……持っていないよな、それなら……」

「いや、体操服があるぞ」


これを持って帰るために学校に来たが、まさかそのまま着ることになるとは。人生は何が起こるかわからないものだ。


「……それは素晴らしい、男子マネの更衣室に案内しよう、そこで着替えてきてくれ」




俺が栞に案内されたのは家庭科室だった。


「ここが更衣室か?」

「ああ、冷蔵庫があるからソフト部への差し入れとかも保管できるしな、男子マネがおにぎりを作ったりもするぞ」

「今日は作るのか?」

「今日は作らないさ」


それは残念だ。基本的に料理が作れない俺だが、おにぎりだけは自信がある。


家庭科室のドアを開けると、中にはジャージを着た男子生徒がいた。


「ちょ、ちょっと渡部部長、開けるのならノックくらいしてくださいよ」

「すまなかった、いるとは思わなくてな」

「もし僕が着替えてたら、どうするつもりだったんですか!」

「君が着替える時は、そもそもドアにカギをかければいいだろう」

「そ、それはそうですけど……」


栞はジャージを着た男子生徒の苦情を軽く受け流した。このジャージを着た男子生徒の反応こそ、この世界での正しい男子像だろう。


「山口君、紹介しよう、こちらは玉城、君の一個上だ、今日臨時で男子マネの仕事を手伝ってくれることになった」

「え、え?」


ジャージを着た男子生徒……山口君が今日いる一人だけの男子マネらしい。俺の一個下ということは一年生か。体格も秋名並に小さいうえに童顔で、全体的に幼さが残っている。


「玉城、彼が山口君だ、何かわからないことがあったら、彼か私に聞いてくれ」

「わかった、よろしく山口君」

「あ、は、はい……よろしくお願いします……」


山口君はまだきちんと状況を把握していないようだが、とりあえず頭を下げて挨拶してくれた。


「それじゃあ私は部活に行くから……着替え終わったら私のところに来てくれ」


そう言って栞は家庭科室から出て行く。


さて、とりあえず俺も着替えるか。制服のワイシャツを脱ごうとすると、山口君が慌てて俺を止めた。


「ダ、ダメですよ、えっと……た、玉城先輩? 着替える時は鍵を閉めないと!」


山口君は急いで家庭科室のドアの鍵を閉める。


「さっきみたいに入ってくるかもしれません、この部の女子はそこら辺が雑なんですから」

「俺は別に気にしないぞ」


すでにズボンも脱ぎ、パンツ一丁で体操服に手をかけた


「……」


俺の言葉に山口君は呆れかえっている。実に正しいこの世界の男子の反応だと思う。


山口君の冷たい目線をうけながら、俺はマイペースに体操服を着終えた。


「じゃあ、栞のところに行くか」

「……玉城先輩、ジャージは?」

「え? そんなものないけど」


ジャージは持ってないし、そもそもこんなクソ暑い中ジャージなんか着たくない。


「いや、着ましょうよ、玉城先輩みたいに発育がいいと多分じろじろ見られちゃいますよ、汗で透けるかもしれないし……」

「別に気にしないが」

「……」


山口君は「ダメだこりゃ」とばかりに額に手を当てると、自分のジャージを脱いで俺に渡してきた。


「とりあえず、僕のを着てください」

「……ふむ」


体格差的に絶対に着れないと思うが、一応着ようと試みた。

結果、俺の肩幅が大きすぎて、片腕は袖を通せても、もう片方の腕は通せなかった。


「着れないぞ、山口君」

「……」


山口君は、今度は「どうしようもねえ」とばかりに両手で顔を覆った。




結局ジャージは山口君に返し、グラウンドに出た。


「栞はどこにいる?」

「渡部部長は……多分、花沢キャプテンと一緒にピッチングをやってると思います」

「ピッチング?」

「ほら、あそこです」


確かにグランドの隅の方で花沢がボールを投げている。とすると、ボールをキャッチしているのは栞か。あいつはキャッチャーだったんだな。


「なるほど、俺はそっちに行ってくる」

「……色々と気を付けてくださいね……玉城先輩はなんだか危なっかしいので……それにあの二人ですし……」


まさか初対面の年下に心配されるとは思わなかった。そんなに頼りなく見えるだろうか。


「安心しろ、山口君が心配するようなことは起きない」

「……僕が何を心配しているかわかってます?」


問われて、少し考えるが、確かにそもそも山口君が何に気をつけろと言っているのか、思い当たるものがなかった。俺が返事をする代わりに肩をすくめると、山口君は大きくため息をついた。




俺がピッチングしている二人に近づくと、栞の方が気づき、その後に花沢が俺に気付いた。


「た、玉城君……な、どうしてここに?」

「栞に頼まれたんだ、男子マネの仕事を手伝ってくれって」


どうやら栞は俺の事を花沢に言っていなかったらしい。


「しお……え? 栞? 玉城君、いま栞のこと栞って呼んだ?」

「ああ、呼んだな」


花沢はパクパクと言葉にならない声を上げている。


「し、し、栞! どういうこと!? 何で名前で呼ばれてるの!?」

「まあ、いろいろあったんだ」

「説明になってない!」


花沢が栞に詰め寄る。

栞はすっとぼけているようだが、別に話してはいけない事ではないと思うが。


「栞にそう呼んでほしいって頼まれたから呼んでいるだけだぞ」

「……」


俺の言葉に、花沢が俺と栞を交互に見る。

その表情は、憤怒の顔なのか哀愁の顔なのかいまいち判別がつかない。とにかくテンパっていることだけは確かだ。


「……あ、あたし…………」

「うん? なに?」


何やら花沢がぼそぼそと呟いている。俺に向けて言っているのかと思ったが、しかし、声が小さすぎて聞こえない。栞なら距離的に聞こえただろうから、栞に向けて言っているのかもしれない。


「ふっ、ヘタレめ」

「……う、る、さ、い!」


なぜか栞が勝ち誇った顔すると、花沢が強く栞を揺さぶった。さっきから仲が良いなこいつら。


「……なあ、それで栞、俺は何をすればいいんだ?」

「ああ、そうだな、とりあえず、ここで部活を頑張っている奈江を応援していてくれ」


早速応援の仕事が回ってきた。しかし、それは「疲れたらやってくれ」という話だったはずだが。


「もう応援の仕事をするのか? まだ俺は元気だぞ?」

「なに、練習効率を良くするのも男子マネの重要な仕事だ」

「……わかった」


確かにそう考えると、ちゃんとした男子マネの仕事だと思える。それに俺なんかの応援でも、されないよりはマシかもしれない。


「……でも具体的に応援って何するんだ? なにかで扇ぐとかそういうのか?」

「いや、そのまま応援だ、頑張れと言えばいい」


そんなのでいいのか。あまりに簡単、というか、適当過ぎる気がするんだが。


「奈江的になにか希望はあるか? 応援の仕方とか」


栞に話を振られ、花沢はしばらく考えた末、


「……応援団みたいな感じで」


と呟いた。


「だ、そうだ、頑張ってくれ」


栞が俺の肩にポンと手を置く。

応援団ってあの、学ラン着て大声を張り上げるやつだろうか。もちろんそんなのはやったことがない。というかこんな場所であんな応援をするのはけっこうなムチャブリな気がするんだが……


「えー……フレーフレー、花沢」


とりあえず、形だけ小さな声でやってみたけど、栞が肩をすくめている。


「おいおい、そんなんじゃ奈江はやる気にならないぞ」

「いや、だって応援団なんてやったことないぞ」

「もっと声を張り上げるだけでいいんだ、奈江を見ろ、もっと真剣にやってほしいって顔をしているだろう?」


俺が花沢に目を向けると、花沢はすぐに顔を背けた。


「さあ、やるんだ、大きな声で、フレー、フレーと」


栞が迫ってきた。花沢じゃなくてお前が見たいだけじゃないかと勘繰りたくなる。

だがまあ、ここまで頼まれて、それでもなお断るというのも、なんだか乗りが悪い奴みたいでちょっとはばかられる……ここは、やるしかないか。そして、やるにしても下手に恥ずかしがると逆にもっと恥ずかしくなるだろうから、全力でやるしかない。


「わかった、やるけど、先に言っておく」

「なんだい?」

「笑うなよ」


俺が念を押して睨む。頼まれて全力でやったのに、もしそれでこいつらに笑われてしまえば、俺はいいピエロだ。

栞と花沢は俺の気迫に押されたのか、コクコクと頷いた。


俺は呼吸を整える。そして息を大きく吸い込み、


「フレー!! フレー!! は、な、ざ、わ! フレー! フレー! はなざわー!」


肺にあった空気を全て使い切った感覚だ。酸欠で頭がクラクラする。

二人の方をチラリと見ると、呆けていた。すぐにフォローをして欲しかったところだが、ひとまず笑いものにしないだけマシか。


「……こんなもんで、どうだ?」

「……ブラボーだ、玉城、君は本当に応援団になったことはないのか? そんなに声量が出るのに?」


栞が拍手をしながら俺を褒めた。


「いや、ないが」

「玉城君、才能あるよ!」

「ああ、やはり身体が大きいと肺や喉も大きいのかもしれないな……おおっと、これは単純に褒めてるつもりなんだ、セクハラしようという意図はないぞ?」


そこまで褒められまくると悪い気はしない。そうか、俺は応援団の才能があったのか。

いや、実は中学校の頃、体育祭の応援団に推薦されたことがあるのだ。ただ、その時は面倒だから断ったのだけど……もしあの時承諾していたら、俺は応援団として体育祭のヒーローになれていたかもしれないな。そう考えると惜しいことした。


「玉城、試しに今度の試合でソフト部の応援団として参加してみないか? 君の今の応援はきっとうちのソフト部員みんなが喜ぶだろう」

「え? うーむ……」


なんだか急に話が大ごとになってしまった。さすがにそれは二つ返事できない。


「難しく考える必要はないぞ、応援団といってもただ客席で応援してくれればいいんだ、出来れば学ランを着て」

「そうはいうが……」

「た、玉城君、本当にむずかしい事なんてないんだよ? なんだったら学ラン着て座ってるだけでもいいから……」

「いや、それの方が意味わからんだろう」


学ラン着て座ってるだけって、それはもうただの観客だ。応援団と何の関係もない。


「すまん、玉城、さっきの処女の意見は無視してくれ」

「うん? 処女?」

「は、はは! 何でもないよ玉城君!」


花沢が必死に栞の口をふさいでいる。


それで結局俺は応援団をやった方がいいのかやらなくていいのか。

まあ、個人的にはさすがにそこまでやるのもちょっとな、と思うが、しかし俺が応援するとみんなやる気になるという話なら、やってやるのもやぶさかではないし……


「あの、先輩たち何やってるんですか」


声をかけられたので、そちらをみると、ボールがいっぱい入った籠を持っている山口君がいた。


「やあ、山口君、ちょっとした話し合いだ、気にしないでくれ」

「……あの、玉城先輩はお手伝いしてくれるんですよね?」

「そうだぞ」

「だったら、このボール運ぶの手伝ってください」


それくらいはお安い御用だ。俺はちょっと不機嫌そうな山口君からカゴを受け取った。カゴにはボールが満杯だが見た目ほどは重くない。


「さあ、行きますよ」

「わかった、じゃあな花沢、栞」

「う、うん」

「わかった、また手が空いたら来てくれ」



 俺は山口君に連れられ、グラウンドのホームベースのところまで来た。


「この辺りでいいです」

「わかった、ここにおけばいいんだな?」

「ええ」


ボールの入った籠をバッターボックスの近くに置く。


「……あの、玉城先輩、さっきはなんでいきなり大声出したんですか?」

「うん? あれは応援してくれって頼まれたからしただけだ」

「……玉城先輩、あの人たちの言うことはあまり真に受けないでください」

「え?」

「絶対なにか悪戯したいだけですよ、玉城先輩は色々と無防備すぎなんです、気を付けてください、本当に」


どうやら、山口君が不機嫌だったのは、俺を心配しての事らしい。今日初対面なのに説教してまで俺を心配してくれるとは、山口君はかなり良いやつのようだ。


「……何やってるんですか?」

「うん?」


俺が山口君の頭を撫でていると、山口君が冷たい目でこちらを見ていた。どうやら頭ナデナデはお気に召さなかったらしい。


「……とにかく、これからは僕の指示に従ってください、分かりましたね?」

「分かった、山口君」


サムズアップで応える俺に、山口君は大きなため息をついた。




それから、山口君の的確な指示のもと、俺はマネージャーの仕事を頑張った。

転がったをボール拾い、部室や備品の掃除、練習機材の出し入れ、練習時のタイム測定及びデータの管理、水を欲しがる部員には水筒を届けてやる等々……炎天下の中で休む暇もない。栞は男子マネの仕事を「ちょっとしたこと」と表現していたが全然そんなことはなかった。


「……山口君、しんどいんだが」

「はい、しんどいですよ」


山口君も暑さで顔を真っ赤にしながら、当然のように答える。


「山口君、暑くないのか? ジャージ脱げば?」

「脱ぎません、女子の目もありますし、肌が焼けるのが嫌なんです、僕は肌が弱いんですよ」

「そうか……なあ、山口君、俺は休みたいんだが、いいか?」


さすがにもう限界だ。そろそろ休憩を入れないと俺がへばってしまう。


「……そうですね、僕も休憩します、どこかで休んでいてください」


しんどいのは山口君も一緒らしい。校舎の方に……おそらくは家庭科室に向かって歩いていく


俺は休むのに適当なところを探した。ソフト部の邪魔にならなそうなところで、木陰になりそうなところは……グランドから少し離れるが、ちょうどいいところがあった。


木陰だし、木の揺れ具合からいい感じに風が吹いていることも分かる。

ちょうど同じ場所で花沢がストレッチしているが、邪魔にならないように座っていれば問題ないだろう。


俺が歩み寄ると、花沢が俺に気付いたらしい。ストレッチを中断して立ち上がった。


「そのままでいいぞ、ただ涼みに来ただけだから」

「あ、ここ涼しいもんね」


どうやら、花沢も涼しいからここでストレッチをしていたらしい。


「男子マネの仕事お疲れ様、見てたけど、すごい頑張ってたね」

「ああ、こんなクソ暑い中、自分でもよくやったと思う」


木陰に来ても、一度服の中にこもった熱は中々逃げてくれない。

こんな状態では座るに座れない。


「……花沢」

「なに?」

「俺ちょっと脱いでいいか?」

「……え?」


この体操服を脱いでしまえばこの暑さから解放されるだろう。ならば脱いでしまうのも手だ。

というか、もう単純に脱ぎたい。


俺は花沢の返事を待たずに体操服の裾に手をかけて持ち上げる。汗で服が体に張り付いて非常に脱ぎにくい。こういうのも鬱陶しくて嫌だ。

なんとか体操服を脱ぎ捨て、それを地面に置く。

爽やかな風が肌に直に当たり、とても気持ちいい。


ふと花沢の方を見ると、なぜか、俺に対して拝んでいた。


「何やってるんだ、花沢?」

「……ありがとうございます、ありがとうございます」

「は?」


意味が分からない。俺は仏様じゃないぞ。拝んだってご利益なんてない。


「……ちょっとちょっとちょっと! 何やってるんですか玉城先輩!」


声がしたのでそちらの方を見ると、ペットボトルを抱えた山口君が走ってこちらに来ていた。


「どうした山口君、そんなに焦って」

「な、な、なに裸になってるんですか!!」

「暑いからな」

「だからって脱がないでください! 早く着て!」


別にこんなもの見られても気にしないが、山口君は大いに気にするらしい。

山口君に急かされ、俺はまたべたべたするこの体操服を着た。


「本当に何考えているんですか!」

「山口君、その手に持ってるものは何だ?」

「あ、これは渡部部長が男子マネにって買ってくれたやつで……じゃなくて、玉城先輩がそういうことすると……」

「一本いただくぞ」

「あ、はいどうぞ……て聞いてますか玉城先輩!」


正直、真剣には聞いていない。俺は山口君から受け取ったペットボトルを開けると、中身を一気飲みした。やはり汗をかいた時に飲むスポーツドリンクは最高だ。


「……もういいです、玉城先輩、行きますよ!」

「もうちょっと休憩させてくれよ」

「休憩はしますけど、ここじゃダメです! 家庭科室に行きますよ」


山口君が花沢を睨みながら言う。花沢はというと、まるで菩薩のような達観した表情でこちらを見ていた。こいつも一体どうした。


俺は山口君に引っ張られながら、家庭科室に向かった。




家庭科室で充分に休憩した後、さてまたグラウンドに……と思ったが、山口君がそれを止めた。


「玉城先輩はもう帰ってもらって大丈夫ですよ」

「え? 俺はやっぱり戦力外か?」

「違います、そろそろ部活も終わりますし、あとは機材の片づけだけですから」

「もう終わりなのか、まだ昼前だぞ」

「今日の部活は午前中だけなんです、午後から別の部活がグラウンド使うらしくて、それに監督もいませんから」


そういえば、俺は顧問や監督に会っていなかった。多分、助っ人として飛び入りで参加したなら真っ先に挨拶しきゃいけない人だったろうに。


「それなら片づけも手伝おう」

「いえ、結構です、それよりも早く着替えてください」

「そんなに冷たくしなくてもいいじゃないか」


確かに今日は山口君を怒らせてばかりだったが、にべもない山口君に悲しい気持ちになる。


「別に冷たくしてるわけじゃありません、先輩の為に早めに着替えてくださいって言ってるんです」

「俺のため? なんで?」

「……先輩の着替えを覗く人がいるかもしれないから、早く着替えてほしいんです」


忌々しそうにつぶやく山口君。

そうか、そういう理由だったか。やはり山口君は俺の事を思ってくれる良い後輩だった。


「わかった、それなら着替えよう」

「はい、それでそのまま帰ってもらっても……」

「いや、最後までここには残る」

「……まあ、玉城先輩がそうしたいのならどうぞ」

「ところで山口君、今日の昼飯はどうするんだ?」

「え? ……家に帰ってから食べようかと思ってますよ」

「ラーメンは好きか?」

「好きですけど……」

「よし、今日は俺がお昼を奢ってあげよう『ぽんた』で」


今日はとても世話になったし、俺からの感謝のしるしだ。

山口君は少し驚いた顔をしたが、小さな声で「……ありがとうございます……」と呟いた。




山口君の忠告を素直に聞いて着替えた俺は、部活が終わるまで適当に時間を潰した。


校庭に出ていたソフト部員たちが続々と部室練の方に移動していることで、部活が終わったことを確認した俺は、家庭科室に向かおうとしたが、その途中でコソコソとしている花沢と栞と美波を見かけた。


「何してるんだアイツら」


後を追うと、なぜか部室練には帰らず、家庭科室の窓の前で騒いでいた。


「なにやってるんだ、お前ら」


俺が声をかけると、三人はビクリこちらを振り向いた。


「あ、あれ、玉城君……き、着替えたの?」

「ああ、というか俺は早めに上がらせてもらった、山口君から聞いてないか?」

「……いや、何も聞いていないが」


山口君、顧問や監督もいないのなら、せめて栞たちには俺の事を伝えるべきだったな。しっかりしていると思わせておいて意外と抜けているようだ。


そこへ家庭科室の窓が開いた。


「何やってるんですか、先輩方」


ジャージ姿から着替えたのだろう、制服姿の山口君である。


「山口君、着替え終わったか」

「はい、いつでも行けますよ」

「よし」

「……二人ともどこかに行くの?」

「玉城先輩に誘われたので『ぽんた』に行きます」


山口君が勝ち誇ったように言う。


「へえ、いいっすね、自分も行きたいっす!」

「そうか、じゃあ美波も来るか」


元より拒む理由はない。二人組が三人組になるだけだ。


「ま、待て、それなら私もいくぞ!」


相変わらず美波に対抗意識を燃やしている栞が乗っかってきた。三人組が四人組になったけど、問題はあるまい。

というか、美波と栞が来るのならば花沢も来るだろうし、五人組か。


「じゃあ五人で行くか」


ちょっと大所帯になってしまったが、あの店ならこの人数でも入れるだろう。山口君は少し不満そうな顔をしている、まあ、同じ部活の仲間なら仲良くやらないとな。

あとさっきから花沢がガッツポーズしているが何かいいことでもあったのだろうか。


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