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アルバイト後編(玉城)

俺は今、バイトをしている。

従姉弟の愚痴聞き係という身内からお小遣いを貰う方便みたいなものじゃなくて、正真正銘のアルバイトだ。


場所は後輩の実家の喫茶店、つまりは加咲たわわの家である。



「玉城君、これブルーマウンテン、奥の窓側のお客さんに」

「わかりました」


満さんから出来上がったコーヒーを受け取り、窓側の席のお客さんに持っていく。


まだバイトを始めて二日目だが、俺の接客は上手いらしい。加咲一家は、それはもう俺の接客を褒めてくれる。

なんかおだてられている気がしないでもないが、褒められること自体は悪い気はしていない。俺は「接客」に対するそれなりの自信も生まれていた。


「こちらブルーマウンテンになります……」

「なに?」

「え?」


そんな自信満々だった俺の接客に、席に座っていた初老の男性は顔をしかめた。


「なります、じゃないだろう! すでになったものを持って来ないか!」

「す、すみません……」

「すみません、じゃない! 客相手に謝る時は、申し訳ありませんでした、だろう!」

「は、はい、すみ……申し訳ありませんでした……」


突如として激高する初老の男性に俺は恐縮した。

俺としては教えられたとおりやったつもりだが、まさかそれでこんなに怒られるとは思わなかった。軽く調子こいていた分、かなり肝を冷やした。


「まったく!」


この初老の男性は怒り冷めやらぬ、という様子だ。

……しまった、こういう時どうすればいいんだ!? とにかく謝り倒せばいのだろうか?それとも誰か呼べばいいのか……?

たわわに教えてもらったことのない事態に、俺は軽くパニックになった。


「はいはいはーい、おじいちゃん、ごめんね~」


そんな俺に、絶妙なタイミングで助け舟が来た。

稔である。

稔は俺とこの老人の間に割って入ると、ニコニコ顔で老人に対応した。


「この人ね、昨日アルバイト始めたばかりなんだ、だから変な事言っちゃっても許してあげてね、お願い」

「……まったく、ちゃんと教育してやらないとダメだぞ、稔ちゃん」


さっきまでムスッとしていた老人が、今度は顔を崩す。


……何だこの対応の差は。というか稔も「申し訳ありませんでした」って言ってない、「ごめん」って言ってるぞ、さっきと言ってることが違くないか。


「……玉城さん、ここは私で大丈夫ですので、カウンターに戻って下さい……」

「……だけど……」

「……大丈夫ですから、戻って……」


稔に小声で促され、俺は肩を落としながらカウンターに戻る。


まだバイトは二日目で、仕事を始めたばかりだが、まさか年下の女の子にフォローされるとは……情けない。早くも心にズシリときた。


「玉城君、ちょっとこっち来て」

「あ、はい……」


カウンターに戻ったところで、満さんに店の裏に呼び出された。用件は先ほどのお客さんを怒らせた事だろう。

これは怒られるかもしれないな……と覚悟を決めてついて行った。


「あの、満さん……」

「ゴメンね」

「え?」


裏につくなり、満さんが申し訳なさそうに手を合わせた。


「いきなり気難しい人に接客させちゃって……あの人、うちの常連なんだけど、ちょっと偏屈なところがあってね、稔やたわわには良いおじいちゃんみたいに接するから玉城君も大丈夫だろうって思ったんだけど……」

「いや、でもあれは俺がちゃんと接客できなかったから、怒られたわけで……」

「ううん、接客のやり方を教えたのはこっちだから悪いのはこっちなの」

「はあ……」


そんなこといわれても、あんなに怒っている以上、俺にも何らかの落ち度があると思うんだけど……

俺のそんな思いを察したのか、満さんが口を開いた。


「……本当に気にしないでいいからね、あの人はそういう人だから」

「そういう人、ですか?」

「うん、お客さんっていろんな人がいてね、基本的にはみんな普通の人なんだけど……たまにね、こちらの話が通じなかったり、100人が気にしない事を気にするような人もいるの」


満さんが遠い眼をしながら言う。なんだかよくわからないが、きっと色々な苦労があったのだろう。接客業で遭遇するクレーマーの話は、テレビとかでもよく見かける。


「……そういうことだから、あまり気にしないで」

「は、はい……」

「先輩、大丈夫ですか!?」


レジ打ちをしていたはずのたわわが裏に入ってきた。


「……ああ、たわわ、別に大丈夫だ」

「あれ青山さんですよね? 私、あの人苦手です」

「青山さん?」

「あのおじいちゃんです、うちの常連でブルーマウンテンばっかり頼むから青山さんって呼んでます」


なるほど、あだ名としてはピッタリだ。


「いっつも私に「覇気がない」とか「元気を出して接客しろ」とか言ってくるんです、余計なお世話ですよ……」

「たわわ、その辺にしなさい、お客様の悪口は絶対に口に出さない」


満さんに諌められてたわわは黙ったが、それでも腹の虫がおさまらないらしく、プリプリとしている。


「まあ今後、あの人の対応は私達でやるから、安心してね」


満さんならまだしも年下の女子に頼らざるを得ないというのは情けない話だ。

だが、まあ確かにあの『青山さん』は稔に対しては甘かったし、俺ではあの爺さんに対応出来ないのは事実だろう。


「それじゃあ店に戻ろうか、玉城君、本当に気にしなくていいからね」


とりあえず、ここまで満さんに何度もフォローされたら、落ち込んでもいられない。俺は気を取り直して店に戻ることにした。




店に戻って、まず青山さんの方を見ると、平然とコーヒーを飲んでいた。


なんかちょっと腹が立ってきた。アンタに怒られてこっちは結構へこんだってのに……いや、いかん、平常心だ、満さんも気にするなって言っていたじゃないか。青山さんの事なんか気にするな。


俺は喫茶店の入り口のドアの前に立つ。こうして入ってきたお客さんを席に案内するのがこのバイトでの俺の役目だ。


入り口のドアが開く。


「いらっしゃいませ、お一人様でしょうか?」


入ってきたお客に教えられた言葉で接客をする。

そう俺は教えられたとおりにやればいいのだ。


「……え?」

「え?」


しかし、入ってきた客は、驚いた表情を浮かべ、固まっている。

しまった、また何かやらかしたか?


「あの、お一人でしょうか……?」

「……あ、は、はい、一人です!」


改めて声をかけると、お客ははじけるように返事をした。


「タバコはお吸いになられますか?」

「す、吸わないです……」


お客の様子が先ほどからおかしい。

なんだかキョドっている。きちんと答えてくれるところを見ると、俺の接客がおかしいというわけではなさそうだが……


お客をよく観察する。

外回りをしてきたOLのようだ。『出来る女』の雰囲気を漂わせている。キャリアウーマンというやつだろうか。

というか、このキャリアウーマン、なんだか見覚えがある気がする。どこかで会ったか……?


いや、そんなことはどうでもいい、今はきちんと接客に集中だ。俺がしっかりやらねば、また加咲一家に迷惑をかけることになる。


「カウンター席とテーブル席がございますが、どちらがよろしいですか?」

「……テ、テーブル席で」

「かしこまりました」


まだお客さんがあまりいない時は、一人の来店の時でもテーブル席に案内する選択肢を提示する。うん、ちゃんとできてるぞ、俺は。


「では、こちらにどうぞ」

「は、はい……」


テーブル席に案内し「注文が決まったらお呼び下さい」と告げ、去ろうとしたその時、


「あの、すみません……」

「はい」


キャリアウーマンに呼び止められた。

もう注文が決まったのだろうか。いや、メニューすら見てないからそれはないか……待てよ、この店の常連で注文するものも決まっている、という可能性もある。


「ご注文お決まりですか?」

「あ、そうではなくて……私、なんですけど」

「はい?」

「……えっと、私です」


キャリアウーマンがワタシを連呼する。

『ワタシ』なんてメニューは無かったはずだ。


「ワタシ? ……あ、あー……」


ここでやっとキャリアウーマンの言いたいことがわかった。

やはり常連説が正しかったわけだ。「メニューなんて見なくても私が来たら注文するものはわかっているでしょ」の「私です」なわけだな。


「分かってもらえましたか?」

「あ、はい、すみません……」


キャリアウーマンが安堵したようにホッと胸をなでおろした。


「あの、俺、ここのバイト始めてすぐでして……」

「……え?」

「いや、ですので、お客様が注文したいものがちょっとよくわからないんですけど……」


常連ということならば、満さんやたわわ達に助けを求めるという手もあったが、そう何度も頼りにしてはいられない。こういうちょっとした事態でもちゃんと一人で対応できることを証明せねばなるまい。


「……えっと、すみません、どういうことですか?」

「……え? 常連の方、ですよね?」

「……あ、いや、そうではないですね、ここには初めてきます」


うん? どういうことだ? 常連ではなかったら、あの「私です」ってどう意味だったんだ。

どうにもこのキャリアウーマンと話がかみ合わない。


「……そうだったんですか」

「……はい、えー……あの……」


お互いに何だか探り合いの会話になっている。これは俺の接客が下手だからこうなっているのか? わからん、もしそうだとしたら、接客は奥が深すぎる。


「……とりあえず、ここのお店の、おすすめのメニューとかを教えてください」

「それでしたら……コーヒーとかがおすすめです」

「コーヒー……何コーヒーですか?」

「えっと……キリマンジャロ、ですかね」


今日、バイトを始める直前に満さんに言われた。キリマンジャロの良いのが入ってるから、お客さんにおすすめを聞かれたらそれを答えてね、と。


「じゃあ、キリマンジャロでお願いします……」

「かしこまりました、ご注文は以上でよろしいですか?」

「……はい」


キャリアウーマンは頷く。その顔はどことなく無念そうだ。

やはり俺の接客に問題があったのかもしれない。

とりあえず、注文を伝えにカウンターまで戻った。


「満さん、キリマンジャロ一つです」

「うん、わかった……ねえ、さっきのお客さんとなにかあった? なんだかぎこちなかったんだけど……」


満さんがカウンターから身を乗り出し、小声で心配そうに聞いてくる。

俺も満さんの声量に合わせてヒソヒソ声で応えた。


「俺もよくわからないんですが……さっきの俺の接客で何か問題ありましたか」

「ないですよ、玉城先輩の接客は完璧です」


俺の横からたわわが、ニュッと現れた。どうやら、俺の先ほどの接客を監視していたらしい。


「あの人って常連ですか? なんかそれっぽいこと言ってたんですが……」

「初めてだと思うけど……たわわ、見覚えある?」

「ないよ、というか、お母さんが知らないのなら私が知るわけないし」

「なになに? 何の話してるの?」


俺たち三人の小声会議に稔も入ってきた。


「稔、アンタ、あのOL風のお客さん誰か知ってる?」

「え? 知らないよ?」


やはり、彼女はこの店の常連ではないらしい。

だが、そうすると彼女のあの言葉は一体……?


「……まあ、いいよ、とにかく玉城君はしっかりやれてるから、その調子でお願いね、個性的なお客さんと連続で当たることなんてよくあることだし」

「はい、わかりました」


そうだ、俺は自信を持ってやればいい。


今日、二度目の気を取り直し、俺は接客に励むことにした。




「玉城君、このキリマンジャロお願い」

「はい、わかりました」


この注文は例の女性客のものだ。

変わった客なので、ちょっと気が引けるが、そんなワガママも言っていられない。


俺はキリマンジャロをキャリアウーマンの席に届けた。


「こちら、キリマンジャロになりま……」

「……? どうしました?」

「……いえ、キリマンジャロ、です」


「なります」と言いかけたところで、青山さんに言われたことを思い出し、言い直した。青山さんのような人はたまにしかいない、と言われたが、それでも注意を払うのにこしたことはない。


「ありがとう……」

「ご注文は以上でよろしいですか?」

「はい」


俺は伝票をテーブルに伏せて置き、また定位置に戻ろうとした。しかし、


「あの、すみません」


キャリアウーマンに呼び止められた。


「はい、追加のご注文でしょうか」

「いえ、違うんですが……あの、つかぬことを伺いますが、普段からここでバイトを?」


なんだ、その質問は。俺への個人的な質問などする意味があるのだろうか。

ただ、お客さんには愛想よくした方がいいと思うし、別に答えにくい質問でもないから素直に答えることにした。


「はい、といっても、今日で二日目ですけど」

「二日目ですか、接客が堂に入っていたものだから、ベテランなのかと思いましたよ」


キャリアウーマンが笑顔でいう。この人もたわわ達と同じことを言う、もしかしたら本当に俺には接客の才能があるのかもしれない。

青山さんにへこまされた自信が徐々によみがえってきた。


「そうですか? ありがとうございます」

「あ、もしかして他に接客業のバイトでもしてるんですか? それでそんなに上手いとか?」

「いえ、これが初めてのバイトで、他にバイトもしてないです」


これが俺の人生初のバイトだ。麗ちゃんのアレはバイトに含めるべきではないだろう。少なくとも他人に言うようなものではない。


「へえ、それはすごいですね、接客や営業の才能があるかもしれませんよ、羨ましいです、私も営業で外回りをしているんですが、中々上手くいかないもので」


ちょっとほめ過ぎな気もするが、ここまで言われて悪い気はしない。そして、やはりこの人は営業の外回りをしているようだ。


「学生さんですよね? 夏休みを利用してバイトを?」

「はい、そうです」

「コーヒーが美味しいですし、このお店にまたくるかもしれません、もしまた会ったら、よろしくお願いしますね」

「あ、はい」


どうやら、今度は本当に常連になってくれるらしい。コーヒーのことを褒めていたが、間違いなく俺の接客も加味されたものだろう。


「玉城君、ちょっと……」


満さんにちょいちょいとされたので、俺は意気揚々とカウンターに戻った。


「玉城君、さっきの女の人と結構話してたみたいだけど、何か言われた?」


またもヒソヒソ声で話しかけられたので、こちらもヒソヒソ声で答える。


「バイトの経験を聞かれただけです……あ、あと、またこの店に来たいって言ってました」

「……そう」


俺が得意げに報告しても、満さんはあまり喜んでない。むしろ心配そうな顔をしている。

なんでだろう、リピーターが増えることは喜ばしいことだと思ったんだが。


「……わかった、とりあえず、その調子でお願い」

「はい……」


いまいち釈然としないまま、俺は定位置に戻った。



それからしばらくは普通に働いていたが……


「ちょっと店員さん、いいかい?」


例の青山さんから直接俺に声がかけられた。

まあ、俺が青山さんの隣のテーブルを片づけていたわけで、一番近い店員である俺を呼ばれるのは当然といえば当然だ。


さて、どうする、満さんからは青山さんの対応はしなくていいと言われているが……チラリと、店の中を見渡す。満さんはコーヒーを作っているし、この場にいないたわわは、確か厨房で軽食を作っているはずだ。同じくこの場にいない稔は店の外で帰り際のお客さんと会話をしているようだ。


……俺しかいないな。


俺は腹をくくって青山さんに対応した。


「……はい、なんでしょう」

「遅い、呼ばれたらすぐに来ないのか」

「……すみません」

「申し訳ない、だろうが!」

「……申し訳ありません」

「まったく、今時の若い奴らは常識というものがない、俺がアンタみたいな年のころは、親や学校の先生に厳しく躾けられたものだ、アンタにはそんな経験ないだろう?」


爺さんは、今度は怒るでもなく、説教を始めてきた。

こういう時はどうするべきか……とりあえず、適当に、はいはいと言っていればいいのだろうか。


「はい」

「それだからいけないんだ、アンタはまだ若いからきっと言っても分からんだろうがな、社会に出たらそんなんじゃやっていけないぞ」

「……はい」


この人はなんのために俺を呼んだんだ。もしかしてこの説教を聞かせるためか? だとすれば迷惑この上ない。一応、俺は今仕事をしているわけだし……


「ちゃんと聞いてるのか?」

「はい」

「そういう不貞腐れた態度がいけないと言ってるんだ」


もうどうしろっていうんだ。勘弁してくれ。

この場から立ち去るわけにもいかず、だが、満さん達に助けを求めるのは……なんか、男らしくなくて嫌だ。

つまりはうんざりしながらも黙ってこの説教を聞く以外に選択肢はないわけか。


「ちょっと、いいですか」


そんな絶望的な状況に、第三者が声をかけてきた。


「なんだ、アンタは?」

「いや、とても素晴らしいお話をしていたと思いますが、ちょっと時間と場所が良くないなと思いまして」


あのキャリアウーマンである。彼女が自分の席からここまで来て、俺と青山さんの間に割って入ったのだ。


「そのお話しの続きはまた今度ということにした方がいいと思います、彼はいま仕事中ですし」

「アンタには関係ないだろう」

「ええ、関係ないですけど……」


キャリアウーマンが俺の胸に手を置き、俺を下がらせるように押す。俺が一歩引くと、彼女は俺の前に立った。まるで俺を青山さんから分断するような形だ。


「はいはい、どうかされましたか?」


すると、さらにそこにコーヒーを作り終えた満さんが、カウンターから飛んできた。


「……満さん、あの……」


事情を説明しようとするが、満さんが視線で店の裏に戻れと指示を送っている。


「俺はあの店員に教えてやっただけだ」

「そうなんですか、ただ、今やることじゃなかったですね」

「わざわざすみません、何かうちの店員が粗相をしましたか?」


完全に青山さんと満さんとキャリアウーマンで会話が成立しており、俺は蚊帳の外となった。

俺はトボトボと歩きながら店の裏に引っ込んだ。




「はあ……」


店の裏で、大きくため息をつきながら壁に手をついた。結局満さんに助けられてしまった。情けない。


「先輩! な、何かあったみたいですけど、大丈夫ですか!?」


たわわが焦りながら聞いてきた。

おそらく作った軽食をお客さんのもとに届けた時に、青山さんの席でもめている三人を見たのだろう。


「たわわ……」

「はい……」

「俺はこの仕事に向いていないのかもしれない」


なんでこう、トラブルに巻き込まれるんだ。まだ二日目だぞ。本当に心が折れそうだ。


「そ、そんなことないです! そんなことないですよ! 事情はよくわからないですけど、先輩は悪くないです、きっと! 多分!」


語気は力強いが、言葉のチョイスはフワフワしている。ただ、とにかく「俺を励まそう」という気持ちだけは充分に伝わってきた。


「先輩は、ここで休んでいてください」

「……いやだが、給料をもらっているのだから、そういうわけにも……」

「大丈夫です! ちょっとくらい休憩したって平気です! 私や稔だって時々サボってますから!」

「お、おう……」


そういうことはあまり言わない方がいいんじゃないか、と思うが、やはりたわわが俺を励まそうとしているのは伝わってくる。


後輩にここまで気を使われているのだ。先輩としてその思いに応えねば。


「そういうことなら……少し休ませてもらおうかな」

「はい! あとは私達に任せてください!」


たわわは力強く頷いた。

たわわをこんなに頼もしく思ったことはない。



たわわに勧められて、休憩を始めてから5分ほど経つと、満さんが店の裏に入ってきた。


「あ、満さん」

「ゴメンね、玉城君、あんなこと言っておきながら結局玉城君に相手させちゃって」

「いや、あの場面はああするしかないと思いますし……」

「本当にゴメンね」


満さんに謝られるというのはなんだか変な感じである。満さんは悪い事をしていないし、むしろ俺が迷惑をかけた側なはずだ。


「あの、それで、青山さんは?」

「うん、いろいろ納得してもらって、今日はもう帰ってもらったから」


俺のせいであのお客をお返したということか。なんだか申し訳ない気分になった。


「それでね、今日はもう疲れただろうし、あとは裏の方で頑張ってくれればいいから、お店の方には出なくて大丈夫だからね」


満さんが申し訳なさそうに言う。

多分、戦力外だから外すとか、そういうことではないと思う。率直に俺の身を案じているのだろう。


まだ体力は残っているからお店に出て働けるが、おそらくこの状況で俺が店に出ても、満さん達をさらに心配させるだけだろう。それに俺自身が精神的に疲れているのは事実だ。


「……わかりました、それなら、なにか裏方の仕事でやることってありますか?」

「うん、ちょうど買い出しに行ってほしいものがあるから、それお願いできる?」

「はい」


今日はちょっとつまずいてしまったが、また明日からがんばればいいのだ。

俺は気を取り直して、買い出しに出かけた。




次の日

今日も喫茶店でバイトがあるが、俺が働くのは基本的にお店が忙しくなる昼からのなので、それまでの間、自分の家でくつろいでいると、たわわからラインがきた。


『先輩、今日はバイトに来なくていいです』


衝撃的な文面である。

昨日の今日でこれは一体どういうことだ。


『なんでだ? もしかして俺はクビになったのか?』

『違います、先輩をクビになんかしません』

『それなら……青山さんがいるから来ない方がいいってことか?』


青山さんは常連客らしいし、今日もいるだろう。なので、トラブルになったあの人と会わせるのを避けるために今日は来なくていいと言っているのかもしれない。


『青山さんは来てますけど、そこら辺は大丈夫です、今日朝一番に来て、お母さんに謝ってました、「昨日は騒がせて申し訳なかった、もう大人しくしているから」って』


あの偏屈爺さんが謝る姿がまったく想像できない。

だが、そういうことならますます俺が行ってはいけない理由がわからない。


『なんで行っちゃいけないんだ?』

『それは言えません』


だから何でだよ。


『先輩はしばらくの間、バイトに来ないでください』

『え、今日だけじゃないのか?』

『少なくとも一週間は来ないでください、バイト以外の理由でも来ないでください、あと、出来る限り、うちの最寄駅でも降りないでください』


なんだそれは。

駅にすら降りるなという話は、もうなんか鬼門とかそこら辺の風水的な話になっている気がするぞ。


『私が大丈夫と言うまで絶対に来ちゃダメですからね』

『わかった……とりあえず、俺はクビじゃないんだな?』

『クビじゃないです』

『加咲家に嫌われてるわけでもないんだな?』

『家族全員で先輩の事を歓迎してます』

『それなら……なんか風水的なもので行っちゃいけないってことか?』

『そんなものじゃなくて、もっと具体的な危険性があるので先輩は来てはいけないんです』


俺の知らない間にたわわの実家の喫茶店は紛争地帯か何かになってしまったのかもしれない。

ここまで強く言われた以上は、行かないけども。

俺はいまいち納得できないまま、『わかった』とだけ返信した。


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