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終業式(玉城)

暇だ。


全校集会というのは何でこんなに暇なのか。体育館の檀上では、すでに校長が独演会を始めて三分が経過していた。話しているテーマは「夏休みの注意点」だったはずなのだが、いつの間にか自分の学生時代の夏休みの思い出を話し始めている。


今日は雨が降ったおかげで暑さはそれほどないが、代わりに湿気で不快指数が高い。それが俺を余計にうんざりさせる。


ツンツンと背中がつつかれた。

首だけで後ろをふり向くと、ニヤニヤ笑っている長谷川が俺の背中をつついていた。


「なんだ?」

「玉ちゃん、暇じゃね?」


どうやら、長谷川も俺と同じ気持らしい。

まあ長谷川に限らず、恐らくは大体の生徒が、俺と同じ思いを抱いているだろう。


「暇だな」

「ばっくれね?」

「どうやって」


全校生徒が集まっている体育館。

教師たちも俺達を監視するかのように囲んで見ている。ここから抜け出すなんて不可能だ。


「玉ちゃんがぶっ倒れてさ、俺が保健室まで運ぶわけ、そんでそのまま帰る、どうよ?」

「アホか」


なんでそんなことをしなくちゃならないんだ。あと数分の苦行を耐え抜けば解散して帰れるのに。

というか、そもそもその方法には重大な欠点がある。


「お前じゃ俺を運べないだろ」


長谷川はいわゆるモヤシ体型だ。ひ弱とは言わないが、腕力は男子の中でも下の方だろう。そんなやつが俺を運べるはずがない。


「あ、そっか……」

「お前がぶっ倒れれば俺が運んでやるぞ」

「それはいやだ」


こいつめ、自分からぶっ倒れ作戦を提案しておきながらそれか。


「じゃあ、間を取ってヒロミに頼むか」

「それはどの間をとったんだ……」


こんなことで利用されるヒロミもたまったものじゃないだろう。

俺はチラリと斜め後ろにいるヒロミの方を見る。


ヒロミは立ちながら船をこいでいた。

器用な奴だな……と思ったが、どうにも様子が変だ。

コクリコクリと動く動作がだんだんと大きくなっていくし、まるでふらついてるように見える。これでは眠るためではなく、バランスが取れなくなって船をこいでいるような……


「ヒロ……」


俺が声をかけた瞬間にヒロミがバランスを崩したかのようによろめいた。

幸い、ヒロミの後ろにいた女子が咄嗟にヒロミを抱きとめたおかげで、ヒロミが床に倒れ込むことはなかったが、それでもヒロミは尋常ではない様子だ。


「おい、ヒロミ大丈夫か」

「ヒロミちゃん? ヒロミちゃん」

「……」


俺や、ヒロミを抱きとめた女子がヒロミに話しかけるが、ヒロミから返事はない。どうやら気を失っているようだ。


「ご、ごめん、玉城君、支えるの手伝って……」

「あ、すまん、俺が支えよう、任せてくれ」


ヒロミはスレンダーな女子だが、同じ女子がずっと支えるのはさすがに無理だ。早く気付いてやればよかった。

俺が女子と交代でヒロミを後ろから支える。ヒロミと俺の体格差なら、後ろから抱えるのに問題はない。


周りのクラスメイトも異変に気付きだんだんとざわつき始めた。


「お、おい、ヒロミのやつ大丈夫なのか?」

「わからないけど、とりあえず先生を呼んで来てくれ」


長谷川も心配げにヒロミの顔を覗き込んだ。


「……なあ、これって俺がさっき言ったからこうなった、とかないよな?」

「んなわけあるか、早く呼んでこい!」


俺が怒鳴って急かすと、長谷川が「せんせーい、ヒロミがぶっ倒れたー!」と大声を上げて手を振った。


ここまでくると、周りの生徒だけでなく、檀上の校長先生もこの異変に気がついた。話を中断し、養護教諭の名前を呼んでいる。


周りのざわめきがかなり大きくなるなか、担任と養護教諭と保体兼生活指導の三ツ矢が生徒の列をかき分けて到着した。


「どうした、姫野、大丈夫か!?」

「貧血ですかね……こいつに持病は?」

「い、いや、姫野はそんなのなかったと思いますが……」

「……おそらく熱中症ですね」


慌てる担任と三ツ矢とは対照的に、養護教諭はヒロミの額に手を当てながら冷静に告げた。


「保健室まで運びましょう……誰か手を貸して」


養護教諭が近くにいる生徒に呼びかける。

なぜ周りに助けを求めるんだ。ちょうどいいやつがちょうどいい具合にヒロミを抱きとめているだろう。こういう時こそ、俺の無駄にデカい図体が役に立つ。


「先生、このまま俺が運びますよ」

「え?」


養護教諭が目を丸くした。そんな変な事を言ったつもりはない。


「いや、俺そこそこ力ありますから……」

「あ、いや、そうじゃなくて、この子、スラックス履いてるけど女子よね?」


さすが養護教諭、一目見てヒロミの男装(本人はそんなつもりないらしいが)を見破るとは。


「ええ、そうですけど」

「最近、スクールセクハラとかも問題になってるのよ、君も聞いたことない?」


俺は首を横に振った。新聞とか読まないし、ニュースもあまり見ない。

しかし、何にせよセクハラとは心外だ、俺は純粋にヒロミを助けようとしてるのに……と、憤りかけた時、ハッと気づいた。


多分、この世界でセクハラを受ける側なのは男子の方なのだ。つまり、この養護教諭が心配しているのはむしろ俺の方なのだろう。

だが、いまいちよくわからない。俺がヒロミを運ぶことについて、どこがセクハラされる部分なのだろうか。


「先生、大丈夫です、運びます、早く保健室に連れて行かないとヤバいでしょ?」


まあ、とにかく、セクハラとかなんとか言っている場合じゃない。今はヒロミの緊急事態だ。

俺が説得すると、擁護教諭は一瞬迷った顔をしたが、


「……ごめんなさい、そうね、お願いするわ」


思い直してくれたようで、コクリと頷いた。


さて、ようやくヒロミを保健室に連れて行けるわけだが……どうやって運ぶか。

一番運びやすそうなのは背中におぶってしまう方法だが、現在、俺はヒロミを後ろから抱きかかえている体勢だ。この状態からヒロミを背負う体勢に移行するのは少々面倒だろう。


なら、こうするしかあるまい。


俺は腰を落とし、右腕をヒロミの脇の下に、左腕をヒロミの膝関節の裏にまわして、立ちあがった。


いわゆるお姫様抱っこという体勢だ。


「……君、すごいわね」

「ヒロミは軽いですからね」


養護教諭が驚くが、帰宅部といえど俺だって鍛えているのだ。スレンダーな女子くらいならこれくらいは可能だ。


「そういう意味じゃなくて……いいわ、とにかく運びましょう、ついて来て」


クラスメイトの女子をお姫様抱っこする、という行為に、いろいろと好奇な目で見られた気がするが、俺は善行しているのだ、と割り切って、養護教諭に先導されながら体育館を後にした。




冷房の効いた保健室につくと、まずはベッドにヒロミを寝かせり。

ヒロミは軽いとはいえ、体育館からここまでの道のりで、さすがに腕がパンパンになってしまった。

俺が腕を曲げたり伸ばしたりしていると、


「お疲れ様」


養護教諭が冷蔵庫からスポーツドリンクを一本取り出して、俺に渡してきた。


「え? 貰っていいんですか?」

「いいわよ、今度はあなたが倒れてしまっても困るし」


そうか、そういえばヒロミは熱中症で倒れたんだったな。

俺はお礼を言って、スポーツドリンクを受け取り、飲んだ。

喉は乾いていなかったつもりだが、俺の身体は俺の予想よりもはるかに水分を欲しがっていたらしく、気が付けば500mlのペットボトルを一気に空にしてしまっていた。


「……そういえば、今日ってそんなに暑くないですよね? なんでヒロミは熱中症になったんです?」

「よくある勘違いだけど、暑くなくても熱中症にはなるのよ」

「へえ……」


意外だ、熱中症はクソ暑い日に外で運動している時に起こるものだと思っていた。


「今日みたいに湿度の高い日は体から熱が逃げなくて熱中症を発症してしまうことがあるわ、睡眠不足と体力がない時だと、特にね」


養護教諭が話しながらヒロミの制服のボタンを外し始める。俺はとっさにそっぽを向いた。


「もしなってしまったら、日陰で休むことと水分補給をすること、服を緩める事で対処してね、こんな風に」

「え、ええ……」

「悪いけど、机に冷蔵庫から出した氷嚢があるからとってちょうだい」

「あ、はい……」


俺が机の上の氷嚢を養護教諭に渡すと、彼女はそれをタオルでくるみ、ヒロミの首筋にあてた。


「……ヒロミは大丈夫なんですか?」

「ええ、多分熱失神で一時的に気を失ってしまっただけだから、こうしていればすぐに快復するでしょう」


ヒロミに大事がなければ、これ以上の幸いはない。俺はホッと一息ついた。


「……えーと、それじゃあ俺は戻りますね」


この冷房の効いた涼しい保健室にもう少しいたいとも思うが、俺がヒロミのそばにいてもヒロミの快復が早くなるわけでもなし。ヒロミが平気だと確認もできたし、もうここにいる必要はないだろう。

それに二回り近く年の離れた養護教諭と二人きりというのもなんとなく気まずいしな。


「ああ、ちょっと待って、話があるから」

「え?」


保健室のドアに手をかけていた俺は、そのまま止まって振り返った。


「君、スクールセクハラって知ってる?」

「いえ聞いたことはないです……まあでも、意味は多分わかります」


セクハラという名前からして、異性に対しての性的な嫌がらせのことだろう。


「ええ、基本的には女性教諭が男子生徒にセクハラをすることを言うんだけど……」


女性から男性へのセクハラ、やはりこの世界ならそれが一般的な認識なのだ。


「でも、生徒同士でもそういったことはあるの」

「生徒同士でセクハラ……ですか」

「ええ、女子生徒が男子生徒にセクハラをしたってニュース、ちょうど一週間くらい前にあったんだけど、知ってるかしら?」


俺は首を横に振った。


「女子生徒が男子生徒を運ばせて問題になったのよ」

「それ問題になるんですか?」

「男子生徒におんぶを強要したの」

「はあ」


いまいちピンとこない。というか、むしろおんぶを『強要』とはなんだか間の抜けた話に聞こえる。


「まあ、あの案件はおんぶの強要以外にもいろいろあったらしいけど……とにかくそういったことがあって、今、学校ではちょっと敏感になってるのよ」


なるほど、だから俺がヒロミを運ぼうとした時、養護教諭は一瞬止めたのか。


「でも、緊急の場合ですから……」

「もちろん今回は緊急の場合だから問題になることはないでしょう、でもこういったことがあることは頭の片隅に入れておいて」

「はあ……」


しかし、正直に言ってしまうと、仮に俺がそんな場面に出くわしても、セクハラをされている、という認識は生まれない気がする。むしろおんぶをすることで、胸のふくらみを感じることができると思うから嬉し……いや、なんでもない。


「あまりピンときてない?」

「……まあ、そうですね」


そんな俺の思いを、養護教諭は俺の表情から察したらしい。


「まあ、君がセクハラと感じなければ、それでいいんだけど、ただ周りの目も一応あるから、そこはちょっと配慮してみてね」

「わかりました」

「繰り返しになるけど、今回の事は誰が悪いとかそんなことはないわよ、むしろあなたは褒められることをやったんだから、胸を張っていいわ」

「はい」

「じゃあ話は終わり、戻っていいわよ」

「はい、失礼します」


俺は改めて保健室を出た。




おんぶの強要がセクハラになるのか、その辺りの事はあまり深く考えてなかった。というか、想像に及ばなかった、前の世界にはなかった、この世界独特のものだしな……とすると、あのお姫様抱っこはちょっとやりすぎたかもしれない。


「あ、やっぱり先輩だった」

「うん?」


保健室を出たところで待ち構えていた女子生徒がいた。


「なんだ秋名、お前も調子悪いのか?」

「違いますよ、お姫様抱っこしてたのが先輩かどうか確かめに来たんです、後姿がなんとなく似ていたからまさかと思ったんですが、ビンゴでしたね」

「そんなことのために全校集会を抜け出してきたのか?」

「集会は先輩たちが出て行った後にすぐに解散になりましたよ」

「じゃあもうホームルームやってるのか?」

「まだです、先生たちは職員室に集まって会議しているみたいですから」


なるほど、こいつは教室で待機せずに保健室まで来たわけか。まあ、教師も職員室にいるのなら怒られることもあるまい。


「それじゃあ教室に戻るぞ」

「あ、先輩、その前にですね……」

「うん?」


秋名が両手ですくう動作をした。


「なんだそれ?」

「ちょっと私も、お姫様抱っこをやってほしいなあ、なーんて……」


俺はため息をついた。

なるほど、それがこいつの本当の目的だったが。

まあ普段の俺だったら、気軽に了承していたかもしれない。だが、今の俺はさっき養護教諭から色々といわれたばかりなのだ。


「なあ、秋名、知ってるか、おんぶを強要することはセクハラになるらしいぞ」

「え」

「知らなかったか?」


秋名は困惑している。まあ、こいつもたまにはセクハラを控えさせた方がいいだろう。


「いえ、それは何となく聞いたことあったんですが、何でいきなりそんなこと言うのかなって」

「たまにはお前も反省しろ、ということだ」

「えー、じゃあやってくれないんですかー?」


俺だって可愛い後輩の頼みごとを断るのは心苦しいという気持ちはある。だが、この世界の世間様はそういうことに厳しいのだ。


お姫様抱っこを断られた秋名はわかりやすくしょげている。スカートをイジイジしている様はまるで……待て、スカートだと?

ヒロミはスラックスを履いていたから何とも思わなかったが、スカートを履いている女子をお姫様抱っこした場合、膝が持ち上がる形になるのだからスカートがずれるのではないか?


……つまりは、パンツが見えてしまうのでは?


「じゃあ帰ります……」

「……待て秋名」

「……なんですかあ?」

「お姫様抱っこ、やっぱりやってもいいぞ」

「え!? 本当ですか!?」

「ああ、お前がそこまで落ち込むのを見たら、断るのもなんだか忍びないと思ってな」

「おー! 先輩さすがです! 男前ですよ!」


そんなに褒めるな。こっちは下心100%だ。


「じゃあ、お願いします」

「おう、任せろ」


俺は早速秋名をお姫様抱っこした。ヒロミよりもさらに軽い。


「先輩、首に手とか回していいですか?」

「存分にやれ」

「わーい」


秋名が俺の首に手を回して密着する。

俺は膝の裏にまわした腕を気持ち高めに上げた。

ずり落ちるスカート、しかし、かなりギリギリのところで止まった。

くそ、もうちょっとなんだが!


「先輩、とりあえず教室の前までお願いします……先輩? どこ見てるんですか?」

「い、いや、何でもないぞ……」


俺はその後、なんとか秋名のパンツを見るために奮闘した。

回した腕のポジショニングを整えるふりをしてちょっと腕を動かしてみたり、階段で少し大きめに揺らしてみたりした。


しかし結局、パンツは見れなかった。

秋名はもし今後も俺にお姫様抱っこをしてほしかったら、もう少しスカートを短くするべきだ。


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