AV(花沢)
放課後、今日は久しぶりにグラウンドでソフト部の練習に行かず、教室に残っている。
クラス委員というやつで、あたしはそれを任されてしまい、それの作業をしなくてはいけないのだ。
こういうのはもっと暇な人たちにやってほしいんだけど……「まとめ役は花沢」なんて共通認識がうちのクラスにはあり、予定調和のごとくあたしはクラス委員になってしまった。
そして、あたし以外にももう一人、クラス委員を任された女子がいる。
中性的な顔立ちにスラックスを履きこなす女子、姫野ヒロミだ。
ちなみにヒロミもあたしと同じく押し付けられてクラス委員になった。でも彼女の場合はあたしと違って本当にヒマっぽいからちょうどいいかもだけど。
「……」
「……」
ただまあ、この空気にはちょっと耐えられない。
あたしとヒロミはクラスメイト、ということ以外に接点がないのだ。
全く話さないとは言わないけど、するにしても日常会話ともいえないレベルのものだし、こうして二人きりになった時にする会話もない。そもそもヒロミは女子とじゃなくて男子とよくつるんでいるし、長谷川と仲良い時点であたしには別の世界の住人だった。
「……」
「……」
だけど、顔を突き合わせて黙って作業をしているというのも辛いわけで……せめて何か会話の糸口さえ見つけられればいいのだけど。
……そういえば、同じソフト部の後輩の美波が言っていた、相手が女子限定だけど、一発で友達になれる方法があるとか。確か……
「……ヒロミちゃんさ」
「……なに?」
「好きなAV男優とかいる?」
「ぶふっ!?」
ヒロミが吹き出した。
「好きなAV男優の話をすれば一発で仲良くなれるっすよ!」という美波の言葉を信じてみたけど、やっぱり不躾だったかな。というか、もしかしたらヒロミはAVを見ないのかもしれない。大人しそうだし、レズの噂とかあるし。
「え、AV?」
「うん……もしかして、ヒロミちゃんAVとか見ない?」
「……いや、見るけど……」
こちらから聞いておきながら、ちょっと意外な答えだった。普段男子の格好をしているけど、やっぱり中身は女子らしい。
「それでAV男優とかに、好きな人いる?」
「ごめん、あんまりそういうのを気にしたことなくて……AV男優ってよく知らないんだ」
「へえ……」
「……」
「……」
会話が終わった。
美波、この方法ダメみたいよ……
「……見るとしたら、素人ものとかそういうのを見るかな」
「……え?」
「いや、あるじゃん、ナンパものとかそういうやつ……」
まさかのヒロミがAVの話にのってきた。
美波、やっぱりさっきのなし。この方法で本当に仲良くなれるかもしれない。
「ナンパものか……あたしも時々見るよ」
「AVってさ、素人がやってる方が興奮しない?」
「素人っていってるけど、あれみんなAV男優だよ?」
本当の素人がAVに出れるわけがない。仕込というか、ああいうのは全部ちゃんとそういう企画なんだ。
……まあ、この事実はあたしもソフト部の女房役の栞に教えてもらったんだけど。
「……そうなの?」
「そうだよ」
「……じゃ、じゃあさ、たまたま街で声かけたカップルがそのままやっちゃうAVとかあるじゃん? まさかあれも……」
「両方ちゃんとしたプロだから」
そんな、街中でいきなり声かけて、初対面でやらせてくれる男なんているわけない。しかもAVになって顔出しして全国に販売されるわけだし。もしかしたら本当に素人もいないわけではないかもしれないけど、でも大体は新人AV男優がデビュー作として出演したり、あまり名前の知られていないAV男優が名前を隠して出演しているのだ。
……まあ、このあたりの事実も栞に教えてもらったものだけど。
「……AV男優が握手会とか開いたときにそのままファンの人とやっちゃうやつは……」
「そのファンはAV女優だからね」
「そ、そんな……」
ヒロミは驚愕の表情を浮かべた。自分が信じていたものが崩れていく事実にショックを隠せないようだ。その気持ちはよくわかる。あたしも栞に教えられた時はそんな顔をしていたと思う。
「……花沢さんってAV詳しいんだね……」
「いや、別に詳しいってわけでもないけど……ほとんど栞の……ああ、ソフト部の部員ね、それの受け売りだから」
「ソフト部の人同士でAVの話するんだ」
「うーん、話をするっていうかね、ソフト部の部員でAVを共有して回し見する、とかいう文化があるんだよね」
「あ、やっぱり運動部ってそういうのあるんだね」
「うん、あたしらはAVネットワークって呼んでる」
あたしよりも何代か前のソフト部OGたちが作ったこの伝統のおかげで、あたし達は知識だけなら同世代よりは上をいっていると思う。
「あ、ちなみに時間停止モノとかあれも嘘だからね」
「……それはさすがにわかってるよ」
ヒロミはムッとした。
……その顔はちょっと可愛いかも。ヒロミはパッと見で女顔の美少年だ。男に相手にされない一部の女子の間では「もうヒロミでもいいや」という合言葉があるほどだ。
あたしも男に相手にされない部類の女子だけど、さすがに同じ女に行く気はない。というか、あたしは相手にされていないだけで、相手をしてほしい男子はいるわけだし。
「そういう花沢さんは好きなAV男優とかいるの?」
「まあ、あたしもいないんだけど」
「えー、なにそれ」
そっちからふっといて……と言いたげなヒロミ。まあ、その辺りは許してほしい。
「実はあたしも男優とかじゃなくてジャンルとかで見るからさ」
「じゃあ何見るの?」
「……盗撮ものとか」
「……そういうのを見るんだ」
「意外?」
「うん、なんか変態っぽいじゃん、盗撮系って、花沢さんのキャラじゃない気がして」
ヒロミは意外とはっきりものを言った。まあ変態っぽいのは事実だから否定できないんだけど。
「ヒロミちゃんこそナンパものが好きなんでしょ? それってやっぱり長谷川の影響?」
学年でも一、二を争うチャラい長谷川ならばいろんな女子とやってそうだ。ナンパされればひょいひょいついて行くんじゃないだろうか。
「ち、違うよ、ハセはナンパとか断るタイプだからね」
意外だ、あいつは相当遊んでると思ったのに。
「そうなんだ、でも長谷川と一緒にいるのって、そういうタイプが好きだから、とかじゃないの?」
「それも違うよ、そもそも僕はハセの事はそんな風に思ってないもん」
「本当に? いつも一緒にいるのに?」
「気が合うから一緒にいるだけだよ、それに僕は……」
「うん?」
「……いや、なんでもないよ、とにかく僕はハセのことは友達以上に思ってないから!」
なんだかヒロミの歯切れが悪くなった。これはつつくと面白いことが起こりそうな予感がする。
「長谷川に対しては、なんとも思ってないんだ?」
「そうだよ!」
「長谷川以外には?」
「……」
ヒロミは黙った。
やはり。この反応から見て、どうやら本命が長谷川以外にいるらしい。とすると、長谷川以外でヒロミと仲良くしている男子で該当するのは……
「玉城君?」
「……」
ヒロミは返事をしない。しかし、否定しないということは、それはつまり無言の肯定を意味する。
「玉城君のどこがいいの?」
「……え、えーと……」
もはや確定事項として直接聞いてみた。
ヒロミは焦ったように返事に窮している。
「誰にも言わないからさ、教えてよ」
ダメ押しでグイッと聞いてみる。
すると、ヒロミは観念したように口を開いた。
「……性格、かな」
「性格!?」
「え、そんな驚くの?」
玉城の魅力的なところを聞かれたら普通はあの体格を挙げるだろう。あの身体に抱かれたくない女はいないはずだ。あのいかつい顔さえ見なければの話だけど。
だから、ヒロミが玉城の良い点に『性格』を挙げたことに驚いた。そこに惹かれているなんて、もしかしたらヒロミはガチで玉城に惚れているのかもしれない。
「そうか、性格かー……」
「べ、別にもういいじゃん、僕の話は!」
「もうちょっと聞きたいな~」
「ダメ、この話終わり!」
「はは、わかったわかった」
ヒロミは口をつぐんだままプイッとソッポを向いた。
最初の頃に比べて、だいぶヒロミとも打ち解けてきた気がする(ちょっと怒らせてしまった気もするけど)。これも美波のアドバイスのおかげか……まあ「好きなAV男優の話」からは少し離れてしまったけど、それがきっかけになったのは確かだし。
「……そういえばさ、AVで思い出したけど、噂のレンタルビデオ屋の話知ってる?」
「なにそれ?」
今のところ、ヒロミと出来る共通の話題がAVと玉城の話しかなく、玉城の話はヒロミが拒否しているので、AVに話を戻した。
「あたしも友達から聞いたんだけどさ、何でも無修正のAVが置いてあるとか」
「え、そんなお店あるの!?」
「あくまで噂だけどね」
その友達曰く、「地元の友達の姉が見つけたことがある」とかなんとか……眉唾だけど、夢のある話だ。
「……ちなみにそのお店ってどこにあるの?」
「あ、気になるんだ」
「いや、えーと……まあ参考程度に?」
今さらとりつくろわなくてもいいのに。あたしたちは好きなAVについて語り合った仲じゃないか。
「それならさ、今日にでもそのお店に行って探してみない? 無修正AV」
実を言うと、あたしもそのビデオ屋に興味があって、場所だけは聞いていたのだ。機会があれば行ってみたいと思ったけど、部活とかで結構忙しくてタイミングがなかった。
「え、今日? 急だね……」
「うん、あたし、基本的に部活休めないし、部活ある日は放課後遊ぶ時間とかないから……だから今日くらいしかないんだよね」
タイミングとしては申し分ないし、こういうのを一人でやるのもちょっとさみしい。やっぱりバカバカしいことは友達と一緒にやった方が楽しいだろう。
「あ、そっか……わかった、じゃあ、今日行こう」
「オッケー、アダルトコーナーに行くから制服はマズイし、一旦家帰って着替えてから、ビデオ屋の最寄駅に集合ってことで」
「わかった、最寄駅ってどこ?」
あたし達はビデオ屋を訪れる計画を立てると、委員の仕事を早々に切り上げてそれぞれの家路についた。
二人でビデオ屋に着いた頃には、すっかり日も落ちていた。
「なんか、いかにもそういうAVが置いてありそうな雰囲気だね……」
ヒロミの感想にあたしも頷いた。
外装の塗装はところどころ剥げ、電飾も数個つかない状態なのを放置している。店名も聞いたことがない。普段なら絶対に入らない店だが、この寂れた感じが、逆にあの噂の信憑性を高めていた。
「行こう」
「うん」
ビデオ屋に入って驚いた。
大抵アダルトコーナーに仕切りがされているものだが、このビデオ屋にはそういうのがなかったのだ。ドラマコーナーを見ていたらいきなり男の裸体の背表紙が出てくるのにはびっくりした。
「これっていいのかな……?」
「いいじゃない? おかげで探しやすいし」
まだ18歳未満だし、暖簾とかで仕切られたアダルトコーナーに入っていくのはさすがに勇気が必要だった。まずないことだろうけど、店員に見咎められれば言い訳をしなければならない。なので、こういうところが緩いのは非常にありがたい。さすが無修正AVの噂が立つだけのことはある。
「じゃあ探してみよっか?」
「う、うん……」
背丈の関係からあたしは上の段から、ヒロミは下の段から見ていくことにした。
店自体が小さいせいもあって、AVコーナーも棚二つ分程度しかない。二人で手分けすればすぐに終わるだろう。
……まあぶっちゃけてしまえば、あたしも本当に無修正AVがあるとは思っていない。あったらいいなくらいだ。たまの部活がない日、気晴らしに普段話さないクラスメイトと仲良くなるっていうのも悪くないと思った、それがここに来た本当の理由だ。
見つからなかったら見つからなかったで、適当にその辺のファストフード店に入って、ご飯一緒に食べて帰ればいいし……
「……あ」
「え、あったの!?」
しゃがんで下の段を見ていたヒロミが声を上げたので、あたしもすぐにしゃがんでヒロミが発見したAVを見た。
見つからないとは思っていたけど、見つかるのならそれに越したことはない。
「いや、無修正のじゃないんだけど……」
「なんだ、紛らわしい」
「うん、ゴメンね……」
ヒロミが手に持ったAVを見る。確かに無修正ではないみたいだ。あたしは落胆して立ち上がろうとしたが……もう一度そのAVをよく見た。
……なんだか似ている。
「……ヒロミちゃん、それ……」
「……な、なんでもないよ」
ヒロミが誤魔化すようにAVを棚に戻したが、あたしはそれをすぐに棚から取り出した。
パッと見で似ている。よく見ると違うけど、でも全体的な雰囲気が……
「……このAV男優、玉城に似てるね」
「……う、うん」
三白眼気味の目が玉城を思わせる。髪型もどことなく玉城に近い。惜しいのは顔の輪郭だ。このAV男優はちょっと丸すぎる。もう少し顎から頬にかけてをスッキリすればもっと似るのかもしれない。
「……いや、今探してるのこれじゃないから」
「僕が閉まったのに花沢さんが出したんじゃないか」
ヒロミの苦言を聞き流して、無修正AV探しを再開する
「あ」
「今度こそあった?」
「……」
ヒロミが無言でAVを見せてきた。
無修正AVではない。
しかし……
「……これは似てる」
「……うん、似てる」
見せられたそれは、さっきのAVよりもずっと似ていた。玉城に。
……いや、だからこんなことするために来たんじゃないって、そうツッコもうとした時、
「何が似てるんだ?」
「え?」
「え?」
あたし達に声がかけられた。
振り向くと、そこには先ほどのAVのパッケージの男優……じゃなくて、玉城本人がいた。
「「ええええぇぇぇ!?」」
あたし達の絶叫が店内にこだまする。
「驚きすぎだろお前ら」
「な、な、な、何で玉城君ここにいるの!?」
「それはこっちのセリフだ、近所のビデオ屋に来てみたらお前らがいるわけだし」
「た、た、た、玉ちゃん家の近くなの!?」
「ああ」
そ、そうだったのか。知らなかった……というか、この状況は非常にマズイ。クラスメイトの男子にAVの棚を物色しているところを見られるなんて。
「で、お前らここで何やってるんだ? まさかエロDVDを……」
「み、見てないよ! ね、花沢さん?」
「そ、そう! 見てない!」
あたし達は焦って首を横に振った。もう割と今さら感あるけど、でも開き直れるほど図太くはない。
「何か背中に隠してないか?」
やばい、とっさに手に持っていたAVを背中にまわして隠したが、それが怪しまれている。
「な、何も!」
「何も隠してない!」
「まさか、二人とも背中にエロいDVDを隠してるんじゃ……」
「そんなことないよ!」
「うん、そんなことない!」
「本当か?」
あたし達はヘッドバンキングのごとく首を縦に振った。
玉城が素直に騙されてくれるという一縷の望みを託して、あたし達はこうするしかないのだ。
「そ、そういう玉ちゃんこそ、こんな所で何してるのかな?」
ここで、ヒロミが玉城に話を振った。
そうだ、そういえば玉城もここ(アダルトコーナー)にいるんだし、もしかしたら玉城もここに用があったのかもしれない。
「俺は……ビデオを借りようと思ってな」
「……ビデオってどんな?」
「……そこにある、ドラマのやつを」
このお店はアダルトコーナーに敷居らしい敷居がされていない。いうなればドラマコーナーへの通り道にアダルトコーナーがあるので、玉城の言い分は自然といえば自然だ。
ただ、玉城の方も、なんとなくだが歯切れが悪くなった気がした。
「そうなんだ……」
「そうだ……」
「……」
「……」
微妙な空気が流れる。「この場にいたくない」という雰囲気だけは玉城から伝わってきてるし、あたし達も同じ気持ちであることは玉城に伝わっていると思う。
「……じゃ、じゃあ、あたし達もう……行くから」
「お、おう……」
こちらから別れを切り出し、微妙な空気を残したまま、あたしとヒロミはその場を去った。
あたし達は、何も言わずただこの店の入り口まで来たが、そこで足を止めた。
「どうしたの?」
「……いや、これどうしようかと思って」
あたしの手には、例の玉城に似ているAV男優が出演しているAVがあった。あの時に棚に戻しそびれたやつだ。
「……戻るのもアレだし、借りてく?」
「そうだね……あ、待った、あたしこの店の会員カード持ってない」
会員カードがないとAVが借りられない。そしてあたしは未成年だからそもそも会員カードを作っても借りられない。つまりは、このAVはあの棚に戻すしかない。
「え、会員カードないのに無修正AV探してたの?」
「さ、探すだけならただじゃん」
それに始めからあるとは思ってなかったわけだし。
「……じゃあ、これ戻しに行く?」
「それしかないよ」
「玉ちゃんいたらどうしよう?」
「……もうさすがにいないでしょ」
なんかもうグダグダになりながら、あたし達はアダルトコーナーに戻った。
いたよ。
誰がって? 玉城が。どこにって? アダルトコーナーに。
しかもなにやら探しているようで、AVを取り出して吟味しているし。
「……花沢さん、どうしよう?」
「しっ」
あたしはヒロミを黙らせると、玉城を注視する。玉城はこちらに気付いていないようで、ずっと棚の背表紙を追っている。
いけない、ニヤニヤが止まらない。まさかあの玉城のこんな姿が見れるなんて思わなかった。
お目当てのAVがなかったのか、玉城は深いため息をついて、帰ろうとこちらを向いた。
あたし達と目が合った。
「……え?」
「……や、やあ……」
「お、お前ら帰ったんじゃ……」
「……いや、DVDを戻すの忘れちゃってて……」
「……見てたのか?」
あたし達は揃って頷いた。
それから玉城の言い訳タイムが始まった。支離滅裂でいいたいことはよくわからなかったけど、とにかくこの場でAVを物色していたことを誤魔化したいという気持ちだけは良く伝わった。
まあ、誤魔化されるつもりはないけど。
「と、とりあえず、玉城君もそういうのに興味あった……てことだよね?」
「……そういうことだ」
言い訳を止め、玉城は諦めの表情を浮かべている。
「そうだったんだ、玉ちゃんがね……玉ちゃんもやっぱりAVとか見るの?」
ヒロミが一歩斬り込んだ。
「……見る」
「見るんだ!?」
観念した玉城はあっさりと白状した。
あたしとヒロミのテンションは爆上がりである。だって、こんなエロい身体をした男子が「AVを見る」なんて言い出したんだ。もうエロい妄想が捗る。
「……見るんだあ、AV……」
「……玉城君がAVを……」
これはもう色々と聞くしかない。もし玉城がその身体に反しないエロい男であれば、ちょっといい思いができるかもしれない。
「ち、ちなみに! どんなの見たりする?」
「え? ……まあ、普通のやつ」
「普通のって……どんな?」
「だから、普通に……やるやつだよ」
「……やるって?」
「だから、その……セックスをやるやつだ」
セックス! 頭の悪そうなチャラい男子は時々その言葉を口に出すが、あんなビッチとはわけが違う玉城からこの言葉が出ると、なんというか……すごくたぎる。
「それってジャンルは……?」
「ジャンルってなんだよ……」
「シチュエーション的なものの話、いろいろあるでしょ?」
「え? いや……」
困り果てた玉城が助けを求めるようにヒロミを見た。
「……ねえ玉ちゃん、例えば、こういうのとか見る?」
しかし、残念ながらヒロミはこちら側だ。
玉城はヒロミが見せてきた『勃起天国 混浴温泉』を取り上げると、それを棚に戻した。
「……こういうのは見ない」
「じゃあこっちとか」
今度はあたしが棚にあった『盗撮マッサージ店 イカされるサラリーマン』というAVを玉城に見せた。しかし玉城はそれも取り上げて棚に戻した。
「それなら玉ちゃん、どういうのを見るの?」
「いや、だから……」
「玉城君、どういうのを見るの?」
「……」
玉城がこの質問に答えてくれるまで、あたしもヒロミも玉城を逃すつもりはなかった。こんなチャンス滅多にない。玉城のエロい部分を存分に見せてもらわなくては。
「……見るとしたら、ナースとかそういう感じのやつとか」
玉城はとうとう己の性癖を白状した。
「ナースって看護士さん?」
「……そうだな」
「え? それのどこがいいの?」
「いや、あの看護されながらしてもらうとかそういうのが……」
「……」
「……」
玉城は「される系」がいいのか。いわゆる受け体質か。そんな身体をしときながら好きに触っていいなんてかなりヤバい。女の夢を体現させたようなものじゃないか。
「……じゃあ、こういうのとか見るの?」
ヒロミが棚からDVDを一枚抜きだした。
『スケベな看護師 シリーズ1』
看護師の制服を着たさわやかイケメンが表紙だ。
「違う、女が看護師の方だ」
「え? そんなAVあるの?」
「……あったんだよ」
あたしとヒロミが顔を見合わせる。
それではまるで女が主役みたいなAVだ。そんなものがあるなんて……あれ、待てよ、そういえば……
「あ、でも確かに、そんなAVあったかも……」
「え、あるのか?」
「なんで玉城君が驚いてるの? 見たことあるんでしょ?」
「いや、まあ……そうなんだがな」
「あ、それってもしかして教室で言ってたソフト部のAVネットワークの……」
「ちょっとヒロミちゃん黙ろうか!」
ヒロミが不用意にAVネットワークの事を口にしたので強引に黙らせた。あれは女子だけの秘密のシステム……もし男子に知られれば軽蔑されること間違いなしなのだ。決して玉城の耳に入れてはいけない。
「……花沢」
「な、なにかな?」
「……そのDVDってのはどんなものなんだ?」
「え、ナースのAV?」
「あ、ああ……」
「もしかして……見たいの?」
玉城が小さく頷いた。
ま、まさか、本気か玉城。女子が持っているAVを見たがるなんて、本物のスケベじゃないのか!?
これはもしかして……ワンチャンある? 玉城とエロい事ができる……かもしれない?
「そ、そう……でも、借り物だから貸せないんだ、ゴメンね」
「……いや、いいんだ、気にするな」
「……でも、貸さないのなら見れる……かも」
「どういう意味だ?」
「つまりね……玉城君が、私のウチで見たら……借りてないわけだし、問題ないんじゃないかなって……思うんだよね?」
「……」
完全に下心丸出しで、多分玉城にも見透かされてるだろうけど、これで断られたら適当に冗談ってことで誤魔化せばいい。まあ、90%断られるだろうけど、でもワンチャンに賭けたい気持ちが私を突き動かした。
「花沢さん、何言ってるの!?」
「……ワンチャンあるかなって」
「ワンチャンって何!? あるわけないって、ゴメン、玉ちゃん、花沢さんはちょっと疲れてて……」
ふん、断られるなんて分かってるさ、でもあたしみたいな非モテ女子はこういう数パーセントしかないチャンスでも逃したら次はないんだから、チャレンジするくらい……
「いいぞ」
「……え?」
「花沢の家でそのAV……見せてもらおうか」
「ええええ!? 玉ちゃん、本気?」
ま、まさか本当に了承されるとは……多分、この三人の中であたしが一番驚いている。
というか、ワンチャンあった! 一か八かで言ってよかった……!
「じゃ、じゃあ、いつにしようか……今から?」
玉城の気が変わらないうちに、話を進めた方がいい。この勢いのまま、一気にことを進める! あたしは処女だからぶっちゃけ部屋に呼び込んだあとどうするかわからないけど、そこはAV流してるわけだし、AVの真似すればなんとかなるんじゃないか。
「ちなみに、花沢のうちはどこだ?」
「ここから二駅くらい離れてるけど……」
「……よし、行くか」
「う、うん!」
恐いくらいにトントン拍子に話が進んでいく。
単に男子があたしの部屋に来るだけだけど、そこでAV視聴会なんてするわけだし、玉城だって、何も起こらないなんて考えてないはずだ。つまり向こうも同意していると考えていい……はず。
「じゃあ、連れていってくれ」
「わ、わかった……」
「……あ! 待って!」
ヒロミが顔を真っ赤にしながら大声を上げた。
「ぼ、僕も……行っていいかな?」
「あ、ヒロミちゃんは……」
別に来なくてもいい……と言おうとしたが、
「もちろん来てくれ」
「え?」
「あ、ありがとう!」
あたしが言う前に、玉城が快諾してしまった。
も、もしかして3Pが希望なのか? 玉城って結構こういうことに慣れてる?
まあいい、とにかく、あたしは手に持っていたAVを棚に戻すと、玉城とヒロミを連れてビデオ屋を出た。
玉城とヒロミをあたしの家に招いた。
男子を招くなんて初めてだし、こんなことならいつも部屋の片づけをちゃんとやっておけばよかった。
「ゴ、ゴメン、あんまり片づけてなくて……」
「いや、気にするな……」
とりあえず、いそいそと床に無造作に放置されている服や本を一か所にまとめた。
あたしの家は、両親が共働きなので、これからしばらくの間、家にはあたし達以外誰もいない。つまりは、邪魔者がいない、おあつらえ向きの状況だ。
ある程度、整理整頓を終えて、あたしはCDラックからケースを一つ取りだした。マジックで『ナースもの シオリ』とある。そうか、これは栞から借りたAVだったか。さすがソフト部のAVマスター、彼女には感謝しかない。
「……これが例のアレです」
「お、おう……」
玉城にそのAVを渡す。
「……じゃあ、見るか」
玉城はうけとったケースからディスクを取り出して、あたしのノートパソコンにディスクを入れた。ディスクの起動音が静まりかえる室内に響く。
あたし達はパソコンの前で正座で待機している。
これから起こることに対して、期待と緊張をしているのだ。
ディスクを入れてから数秒後、メニュー画面が出てきた。
ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む音がした。玉城はその画面のまま待機している。
早くその再生ボタンを押してほしい。そして、この場をエロい空気に変えてほしい。
玉城があたしとヒロミを見た。目が合って、あたしは焦って目を逸らす。
玉城は大きく深呼吸して、再生ボタンをクリックした。
とうとう始まった、AV観賞会。
ソフト部を休んでこんなことになるなんて、夢にも思わなかったが、とりあえず、栞には悪いけど、あたしは処女一抜けだ。もう処女ネタでいじられることはないし、むしろ逆にこちらが栞を処女ネタでいじってやる。
AVの方は導入を終えて、ナースが男性の病衣を脱がすシーンだ。あらわになる男性の股間にカメラがよった。そこからカメラは男性の上半身を映していく。病衣をはだけさせ、肌をあらわにしていく男性を扇情的に映し出す。
やばい、この状況であたしもかなり興奮状態である。今まではこんなシーン適当に飛ばして本番シーンにいってたけど、今はあたしの下半身をたぎらせるには充分なものだ。
ナースはそこから男性の身体を愛撫する。
「……花沢」
「な、なに?」
「……ちょっと飛ばしていいか?」
「う、うん、いいよ……」
え、飛ばしちゃうのか、ここから良いシーンなのに……男優のあそこが激しくしごかれて、最高のオナニーポイントのはずなのに。
しかし、玉城は容赦なくシークバーを動かす。それこそコマ送りでAVを見ている。
どうした、と玉城の顔を見ると、すごい冷静な顔をしていた。もう全然興奮していないことがよくわかる。
そしてとうとう、シークバーは右端まできてしまった。
画面が暗転する。
……そんなバカな、エロい空気など全く起きなかった。というか、玉城がすごい冷めた顔をしている。まさか、実は玉城はAVとか見たくなくて、嫌々ここに来ていたのか……? いや、でも見たいって言ったのは向こうの方だし……本当に意味がわからない。
「た、玉城君……その、やっぱりAVとか見るの嫌だった……かな? ゴメンね、あたし……」
「……これじゃない」
「え……?」
「これじゃないんだよな……」
玉城はなぜか頭を抱えた。
どういうことなのか、頭を抱えたいのはこっちだ。
結局この日は、AV視聴は止めて、適当に三人で話して時間を潰し、あたしの親が帰ってくる前くらいに普通に解散した。
栞に処女抜け自慢をするのは、まだ先の事になりそうだ……