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夢(玉城)

物語の構成上、別視点はありません

歴史の授業中、トントンと背中を軽く叩かれた。

何だと思って後ろを向くと、緩くウェーブの入った茶髪、耳にはピアス、バッチリメイク、どこに出しても恥ずかしくない『ギャル』がニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。


「なんだ、長谷川」


コイツの名前は長谷川、俺のクラスメイトで俺と仲の良い……あれ、長谷川って女だったか?


「長谷川、お前女だったか?」

「え?」


いきなりの質問で、ギャルは一瞬ポカンと口を開けると、すぐに悪戯っ子のように笑みを浮かべた。そして制服の前ボタンを開けて、俺に中が見えるように広げる。


「女だよぉ?」


ブラジャーに包まれた小さなふくらみを目にして、俺は目を逸らす。

なんて大胆なやつだ……まあいい、これで俺の些細な疑問は解決した。


「それで、何か用か?」

「ヒマだからぁ、つついてみた」


長谷川は前ボタンを閉めながら、いつもの鼻にかかる猫なで声で答えた。

長谷川の言いたいことはわからなくもない。周りを見ると、少なくない数の生徒が机に突っ伏しているし、俺自身も結構暇を感じていた。歴史の授業というのはなぜこうも教師の独演会になってしまうのか。


「ねぇ、玉ちゃん、どっかに遊びに行かない?」

「今授業中だぞ、勉強しとけ」


退屈極まりないのは事実だが、しかしそれでも授業であることは変わりない。

俺がたしなめてやると、長谷川が身を乗り出して俺の耳元で囁いた。


「抜け出しちゃお?」

「……出来るわけないだろうが」


いきなり異性の顔が間近まで迫ってきたのと、耳元に息があった事へのゾワゾワ感で、一瞬焦ったが、気をとりなして再度たしなめる。


「つまーんなーい……」

「……」


長谷川は不満げだが、これ以上は付き合っていられない。俺は前に向き直った。

真面目に勉強を……と思った矢先、またも背中にトントンとたたかれた。


いや、今度のはトントン、なんて擬音では表現できない痛みがともなっている。例えるのならツンツンとシャーペンのような先の尖ったものでつつかれている感覚……


「いてえよ」


振り向くと、やはり、長谷川がシャーペンの先で俺をつついていた。


「玉ちゃんが無視するのがぁ、悪いと思う」

「……俺のせいにするな」


長谷川が授業中に勝手に絡んできているだけであって、俺に非はない。


「ヒマだしぃ、お話ししよう?」

「……」


二度目のお願いも無視する、という選択肢はあったが、それを選ぶことはできなかった。


理由は二つ。

一つ目は、どうせ無視しても、またさっきと同じく背中をつつきだすだろうから。

二つ目は、長谷川が「お願いのポーズ」をしながら上目づかいで俺を見てくるから。


というか、俺の知っている長谷川はこんなに甘えてくるやつだっただろうか。メイクのせいもあるかもしれないが、長谷川は結構可愛い顔をしている。そんな可愛い女子に「お願い」をされて断れる男子は少ないだろう。


「……わかった」

「わぁい、玉ちゃんのそういうとこ好き」


そして、美少女ギャルに「好き」と言われて嬉しくならない男も少ない。


「ねえ、玉ちゃん、帰りにボウリング行かない?」

「ヒロミでも誘うか」

「え~、二人で行こうよぉ」

「二人でボウリングするのか? つまんないだろ?」

「つまんなくないって~」


そんなとりとめもない会話をしていると、チャイムが鳴った。

ちょうど都合よく授業も終わったらしい。




ガコーン!


ピンにボールが当たり、勢いよく倒れる音が響く。


「いえーい、ストライク!」


長谷川がこちらを向いてガッツポーズをした。

放課後、結局俺は長谷川と二人きりでボウリング場に来ている。


「玉ちゃん、すごいでしょ?」


俺の目の前まで来ると、ピースサインを突き出す長谷川。


「……ああ、すごかったな」

「でしょ? 私、結構ボウリング得意なんだぁ」


確かにストライクを出した技術は凄いが……ぶっちゃけるとそんなところは見てなかった。

というのも、授業中は気づかなかったが、長谷川はかなりのミニスカートを履いていたのだ。つまり、スローイングする時に前かがみになるモーションで、座っている俺に向かって軽く尻を突き出す格好になり、パンツが見えかけるのだ。俺はそちらを凝視するのに忙しかった。


そもそも、この世界でパンチラの敷居は低い。なんだったらスカートめくりをやっても怒られない雰囲気すらある……いや、やらないけどな?

まあ、それでもチャンスがあれば見ようとしてしまうのは男の悲しい性だと思う。


「次、玉ちゃんの番ね」


戻ってきた長谷川が座った。

俺の膝の上に。


「……おい」

「なあに?」

「何はこっちのセリフだ、お前何やってるんだ」


長谷川がさも当然のように俺を椅子代わりにしてくつろいでいる。


長谷川の髪の毛が俺の鼻をくすぐった。

良い香りがする。おそらくはそういうシャンプーを使っているのだろう。


「玉ちゃん椅子的な?」

「的な……じゃない、俺はお前の椅子じゃない」

「どいた方がいい?」


長谷川が上を向いて、俺と目を合わせた。


どいた方がいいかと問われれば、別にどかなくてもいい、というのが俺の答えだったりする。

長谷川は女子の中でも細い方で、上に座られることでの俺の負担はほぼない。むしろほどよい重みと長谷川の体温が逆に心地良く感じてしまう。

そしてこの体勢は、なんだか彼女とイチャイチャしているようでとても気分がいいのだ。


「……どかないと、ボウリングが出来ないだろう」


だが、そんな本音は言えない。

もし言ってしまった場合、今の長谷川と俺の関係が崩れてしまう気がするし。


「あー、そだね~」


それは気づかなかった、と言わんばかりに長谷川は勢いよく立ち上がると、俺の隣の席に座った。


俺の上から重みと温かみと良い匂いが同時に消える。

少し名残惜しいと思ってしまったが、それも口には絶対に出さない。


俺は立ち上がり、ボウリングの球に指を入れて持つと、レーンに立った。


「玉ちゃん~、頑張れ~」


長谷川の気の抜けた応援を背中に受けながら一投。

投げた球は見事にガーターに沈んだ。


……まあ、こんなものだろ。


運動神経は良い方じゃないし、ボウリング自体も半年ぶりくらいにやる。ガーターに入ってもそこまでの悔しさはない。


「あー、惜しい!」


しかし長谷川は俺以上に残念そうに、声を上げた。


俺は戻って席に座る。


「ほら次だぞ」

「ねえ、玉ちゃん、勝負しない?」

「……勝負?」


長谷川が俺を上目使いで覗きこむ。


「このゲームで、スコアが高い方が勝ち」

「俺が勝ったらどうなるんだ?」

「このボウリング場のお代、奢ってあげる」


このボウリング場は1ゲーム500円、シューズ代は300円だ。払えない程に金には困ってないし、女子に奢られるつもりもない。


「お前が勝ったら?」

「玉ちゃんがー……」

「俺が?」

「私にー……」

「お前に?」

「……チューするの」


長谷川がニヘラと笑った。


よくわからない交換条件だ。少なくとも俺に損がない。

……いや、この世界なら対等な条件か。

肉食系というか、女の方が性欲全開で迫ってくるのがこの世界だ。男女が一緒に遊んでも、お代とかを女性が持つ場合は少なくない。


「……いいぞ」

「わーい、玉ちゃんのそういうところ好き」


長谷川はバンザイして喜ぶと、ボウリングの球を持ってレーンの前に立つ。


まあこの勝負、結果は見えてるし、適当でいいだろう。




ワンゲームが終わった。結果は俺の予想通り、俺の負けだ。


「玉ちゃん下手過ぎぃ、50なんて初めて見た」


俺のスコアは50だった。適当にやってるから……という言い訳を抜きにしてもヒドイ気がするが、まあいいだろう。

ちなみに長谷川は110だった。女子にしてはかなりのスコアだ。こいつは結構やりこんでいるようだ。


「はい、玉ちゃん罰ゲーム、ほらチューして?」


長谷川が頬を指差しながらこっちにグイッと迫ってくる。

ちょっと意外だった。お調子者の長谷川の事だからてっきりマウストゥマウスを求めてくるものだと思ったのに。


俺は少し身を屈めて指差した部分に軽く口づけをする。


「お? あれ?」

「どうした?」

「いや、本当にしてくれたから……」


長谷川がキョトンとした顔でこちらを見た。


「なんだ、お前がしろって言ったんだろ」

「だってぇ、玉ちゃんの事だから、どうせ『アホ』とか言って、してくれないと思ったんだもん」


『アホ』の部分だけ俺の口調を真似る長谷川。

マウストゥマウスを迫られれば、そう言っていただろう。しかし頬にキス程度なら多少の恥ずかしさを我慢してできる。


まあ、ぶっちゃけてしまえば俺だって女の子にキスくらいはしてみたい。特に長谷川のような美少女が相手ならこちらだって願ったりかなったりだ。


「もうワンゲームいくだろ?」

「うーん、もういいかなぁ……」

「もういいのか? まだワンゲームしかしてないぞ?」

「もう満足しちゃったから」


端末を操作しようとしたが、長谷川はすでにシューズを脱ぎ始めている。

ボウリング場に来てから30分くらいしか経っていない。長谷川の方から誘ってきたのにもう満足してしまったのか。


「じゃあ次はねえ……適当にどっかでお茶しようか?」

「腹でも減ったのか?」

「玉ちゃんとお話ししたいの」


「お話し」なんて、それこそボウリングをしながらでもできそうなものだが……


「玉ちゃーん、早く行こうよぉ~」


シューズをもった長谷川がすでに受付の前に移動している。マイペースだなアイツは。




ファストフード店につくと長谷川はアイスティー、俺がポテトを頼み、二人用のテーブル席に向かい合って座る。


「お腹減ってるの、玉ちゃんじゃん」

「こういう店に来るとなんか食いたくなるんだ」


ドリンクとポテトが同じような値段なら、ポテトを選んでしまう。男ならそんなもんじゃないか。


「で、話ってなんだ?」

「うーん? うーん……」


長谷川はストローに口をつけると、少しずつ吸い始めた。


「長谷川?」

「……」


俺の問いには答えず、長谷川はアイスティーをチューチュー吸い続けている。


どうやら自分のタイミングで話したい事らしい。

俺は長谷川がその気になるまで、ポテトを食べながら待った。



俺がポテトの最後の一個を口に放り込んだところで長谷川もストローから口を離した。


「玉ちゃんには話したと思うんだけどさ、私って彼氏いるじゃん?」

「……ああ、そうだな」


そうだ、長谷川には彼氏がいたんだ。ラブラブだとか何とか、惚気話をよく聞かされていた。たった今、ちょうど思い出した。


「彼氏とねぇ、最近あんまりうまくいってないんだぁ」


長谷川がストローをガチャガチャかき回しながら呟くように言う。


「……そうか」


まさかこれは恋愛相談か。

まいった、自慢じゃないが、俺はまともに恋愛なんてしたことがない。アドバイスを求められても上手く答えられる自信がない……


「それでさ……どうすればいいかなって思うんだぁ」

「……どうすればって?」

「どうすれば前みたいな関係に戻れるかなって……」


ヤバい、結構ガチな相談っぽいぞ。


「あー……長谷川、そういうのは別のやつに頼んだ方がいい……」

「え? なんで?」

「いや、まあ……」


それはもう察してくれ。

「恋愛経験がありません」なんて、恥ずかしくて異性にはあまり言いたくないんだ。


答えを濁して顔を伏せると、長谷川が下から覗きこんできた。


「玉ちゃん、女の子と付き合ったことある?」

「……ない」


長谷川からは逃れられない。

俺は観念して白状した。


「そっか、ないんだ~……ちょっと意外」

「……そうか?」


この世界に来る前は女に縁のない生活だった。俺の体格と顔つきは他人を威圧するし、特に面白い話ができるわけでもない。こちらから向こうにいっても向こうがこちらを避ける。


しかし、貞操観念が逆転したこの世界だと、なぜか向こうの方からこちらに関わってくることが多くなった。どうにも「体のデカさ」がこの世界だと強力なモテ要素らしい……ただ、顔の怖さの価値観は据え置きだ。

この世界にきてから確実に女子との交流は増えたが、しかしまだそんなに経っていないし、付き合ったりとかはしたことがない。


「玉ちゃんモテるでしょ?」

「モテたことは……あまりないな」

「うっそ~、女の子と遊んだりしない?」

「したことはない」

「私としてるじゃん」

「お前以外とはない」


俺は長谷川以外の女子と遊んだことがない。

……あれ? 遊んだことはなかったか?

まあいい、遊んだことはなかった気がするからそれでいい。


「そっか……ふーん……」

「とにかく、そういうことだから、俺は相談相手に不適格だ、別のやつに相談したほうが良いと思うぞ」

「……いやだ」

「あん?」

「玉ちゃんだから相談するの」

「上手く答えられないぞ?」

「それでもいいよぉ」


そんなものなのか。割と深刻な相談だと思っていたが。


「男ってさ、やっぱり彼女が他の男と話すと嫌なものなのかなぁ?」

「それは……話すだけなら別にいいんじゃないか」


こちらの懸念をスルーして、長谷川が恋愛相談を始めてしまったので、なるべく一般論に近い形で答える。下手なアドバイスをして余計に関係がこじれたら申し訳ない。こういうのは当たり障りなく済ませよう。


「彼氏と、喧嘩したのね?」

「ああ」

「その原因が彼氏の後輩と話をしたからなんだけどぉ……」


他の男と話すだけで喧嘩するなんてよほど独占欲が強い彼氏なのだろう。まあ、そういう男もいるかもしれない。


「ちなみにどんな話をしたんだ?」

「彼女いるのって」

「……うん? どういうことだ?」

「だから、その後輩の男の子が結構可愛くて、彼女いるのかなって思って、それを聞いたの」


まあ、会話の流れでそういうことを聞くこともあるかもしれないな。


「でね、それを聞いたことがその後輩君経由で彼氏にばれたわけ」

「うん」

「それで彼氏が怒ったの、お前は俺の後輩と浮気する気なのかって」


それは彼氏の方が少し考え過ぎだろう。いくらなんでもそれだけで浮気を疑うのは酷い。


「別に長谷川は浮気するつもりはなかったんだろ? それなら……」

「……」


彼氏に問題がある、と言おうと思ったが、長谷川が黙っているのを見て言葉を止めた。


「長谷川、浮気はするつもりは……なかったんだよな?」

「……その前にさぁ、浮気ってどのあたりからだと思う?」

「おい」


長谷川がそういうつもりだったのなら話は変わってくる。


「いや、違うんだって……」


長谷川がいやいや、と手を横に振った。


「女ならさ、絶対どこかにそういう気持ちはちょっとあると思うの」

「……女はそういう気持ちになるものなのか?」

「……うん……本当に浮気するつもりはないんだよぉ? でも……機会があるとね、ちょっと『これいけるんじゃね』みたいなことは思っちゃうの……やらないけどね?」


長谷川が浮気をする気はない事を念押す。

チャンスがあればいってしまう誘惑にかられる……なるほど貞操観念逆転世界。この考え方はまさに前の世界の男と同じだ。


「……まあ、そうだな、仕方ない事なのかもしれない」

「玉ちゃん、わかってくれるの?」

「ああ、わかるぞ」


なんせ俺もそっち側にいるようなものだからな。


「絶対軽蔑されると思った……」

「なんでだよ」

「だって、女と付き合ったことない男子にこんなこと言ったら普通軽蔑されるよぉ」


長谷川の言いたいことはこういうことだろう。

『実は女は普通に浮気心があるものなのだが、女を知らない男はその事を普通知らない』


まあ、俺は特殊な事例だ。

というか、俺に軽蔑される可能性があるのを覚悟してこんな話を打ち明けたのか。長谷川はもしかしたら俺の事をかなり信頼しているのかもしれない。


「で、実際に浮気したのか?」

「だからしてないよぉ……心の中でちょっと思っただけ」

「彼女がいるかどうかって質問は?」

「それは本当に会話の流れだもん」


どうやら本当に浮気はしていないようだ。

まあ、ここで浮気していた、という話になるようなら、そもそもこんな恋愛相談なんか行われないだろう。浮気した方に非があるわけだし、謝れって話で終わる。


「どのあたりから浮気になるのかって話は?」

「だから、心の中で思っただけでも男の人って浮気にだと思っちゃうのかなって……」

「いや、実際に行為に及ばなければ浮気じゃないだろう」


心の中で思うくらいは許してあげないと、さすがに酷過ぎる。


「だよね? よかった~」

「そういうことなら、彼氏の誤解を解けば解決するんじゃないか?」

「誤解っていうかね……そのことで彼氏と揉めて喧嘩っぽいことになったんだぁ」

「結構こじれてるんだな」

「うん、それで私も悪いところあったかなぁ……て思ってたけど、玉ちゃんに言われて決心がついた、私は悪くない」


長谷川はギュッと拳を握りしめた。


「電話してくる」

「どこに?」

「彼氏に」


そう言って長谷川はスマホを握りしめて席を立った。


これで恋愛相談は終わり……だと思っていいのか?

結局、俺はアドバイスらしいアドバイスをしていない。というか、どうにも始めから長谷川の中ですでに結論は出ていたように見える。あいつは単に俺に背中を押してほしかっただけなのかもしれないな。


まあ、これで彼氏と仲直りしてくれることを祈るばかりだ。


それから5分くらい経って、長谷川が戻ってきた。


「どうだった?」

「ばっちり!」


長谷川が満面の笑みでピースサインを出した。


俺もホッと一息つく。


「そうか、よかったな」

「うん、やっぱりウジウジ考えるよりも話さないとダメだね、向こうも待ってたみたいだしぃ」


無事に仲直りは出来たようだ。

というか、長谷川はことあるごとに惚気てくる女だ。そんなラブラブカップルの前にはこんな喧嘩は些細な行き違いに過ぎず、ちょっと話し合えば解決できた問題なのだろう。


「玉ちゃん、ありがとうね、何かお礼してあげる」

「うん? 別にいいぞ、何かアドバイスしたわけでもないし」

「もう~、こういう時は素直に受け取りなよぉ」


長谷川が俺の肩をパシパシと叩く。


「そうか? それなら今度何か奢ってくれればいい」

「じゃあ、これからカラオケ奢ってあげる」


俺の肩をパシパシと叩く手を止め、今度は二の腕を擦る。


「今からか?」

「うん」


スマホで時間を確認する。

すでに六時近くだ。これからカラオケとなると一時間以上はかかる。そしてそれから俺の家に帰るとなると、家に帰れるのは八時を過ぎるかもしれない。


「玉ちゃん門限とかある?」

「……いや、うちにはないが……」


放任主義というか、親が俺の素行をとやかく言ってくることはあまりない。


「じゃあ行こうよぉ!」


長谷川は甘えた声を出しながら俺の手を握ってブンブンと振り回す。


「……わかった、カラオケな、一時間だけだぞ?」

「わーい、玉ちゃん好き」


好き、ね……

前々から思っていたが、一応彼氏がいるのだから、そういう事を言うのを止めた方がいいと思う。またさっきの『恋愛相談』みたいな喧嘩が起きるかもしれないし。


だが、正直、言われて悪い気がしないのも事実なのでこちらからは何も言わないでおく。


「いこいこ!」

「わかったから引っ張るな」


長谷川に引っ張られながらファストフード店を出た。




「機種はどれになさいますか?」

「玉ちゃん、どれにする?」

「……」


俺と腕を組んでいる長谷川が肩に頬を寄せながら聞いてくる。


俺達はカラオケ店の受付まで来たわけだが……なぜかここに来る道中、ずっと長谷川は俺と腕を組んでいた。俺はやんわりと外そうとしていたが、そのたびに長谷川の方が強引に腕を絡めてくるのだ。


強く振り払うのも何だし、途中から諦めてそのままにしていたが、やはりこれは何となくおかしい気がする。少なくとも「異性の友達」の距離感ではないと思う。


「なあ長谷川、そろそろ腕を離していいんじゃないか?」

「えー? それよりもどの部屋行くか決めない? やっぱり採点機能とか会った方がいいよね?」


俺の言うことをスルーして、長谷川はカラオケの機種選びをしている。


「……どれでもいい」

「そう? じゃあこれで」


長谷川が機種の一つを指差す。


「かしこまりました、ご利用の時間は?」

「三時間で」

「……一時間で」


当たり前のように三時間と言い放った長谷川の横から、即座に訂正する。

受付の店員は困惑した顔で俺と長谷川を交互に見た。


「えーと……どちらですか?」

「三時間です」

「一時間だ、そういう約束だろう」


三時間もカラオケ店にいれば、家に帰るのは更に遅くなる。門限がないとはいえ、あまり遅くなるわけにもいかない。


「ほら、三時間パックの方が一時間当たりの時間はお得だよ?」

「三時間いるんだったら三時間パックの方がお得だろうけど、俺達は一時間しかいないんだから一時間の方が安くすむだろう」

「もしかしたら延長するかもしれないじゃん、そう考えれば三時間の方がいいって」

「延長しなければいい」

「……わかった! 一時間では出るけど、念のために三時間パックにしよ?」


長谷川は何でこうも三時間パックにこだわるんだ。どれだけ長くカラオケ店にいるつもりだ。


「……言っておくが、お前の奢りでここにいるんだからな? 無駄に出費するのはお前の方なんだぞ?」

「すみません、三時間パックで」


俺の言葉を了承と受け取ったらしい。長谷川は鞄から財布を取り出すと、中から一万円札を出した。


心の中で深いため息をつく。結局なんだかんだで、三時間カラオケ屋にいることになる気がする。




「~♪ ~♪」


長谷川がノリノリで歌う。

俺はとりあえず手拍子をしながら盛り上げた。


「~♪ ……はい、次玉ちゃんの番」


長谷川が歌を終えると、俺にマイクを差し出してきた。


しかし、俺はそのマイクを受け取らず、代わりにスマホを取り出して時間確認をした。


「長谷川、一時間経ったぞ」


ここに来てから交互に歌い続け、すでに一時間が経過したところだ。


「あ、そうなんだぁ」

「そうなんだ、じゃない、帰るぞ」

「まだ歌い足りないしぃ」

「それならお前一人で歌っていればいいんじゃないか?」

「あ、玉ちゃん、今度この曲デュエットしない?」


俺の言葉を長谷川が無視する。受付の時もそうだったが、こいつは自分に都合の悪い話題を聞こえないふりをして流すくせがあるらしい。


「長谷川、もうその手には乗らないぞ」

「……玉ちゃん、好きな物食べていいよ」


長谷川が媚びるように笑いながらフードメニューを差し出してきた。

とうとう物で釣り始めた。長谷川はどうしてもカラオケに付き合って欲しいようだ。

しかし、どうにも違和感がある。長谷川はこんなにもこちらの話や都合を聞かない奴だったか? 少なくとも、こんなにしつこくされたことはなかったはずだが。


「別に食べたいものなんかない」

「えー? 今日は夜ここで食べてきなよ、とりあえず一緒にこのミニパーティセット食べない?」


長谷川がチラチラこちらの顔色をうかがいながらメニューを指差す。


「四人用って書いてあるぞ」

「玉ちゃんたくさん食べるでしょ? 余ったら余ったで別にいいしさ」

「……」


長谷川は一向に引かない。

さてどう説得するか。


「……というか、お前、俺と二人きりでいいのか」

「なんで?」

「彼氏にまた誤解されるぞ」


恋愛相談された喧嘩の原因も、長谷川の言動を彼氏が誤解したからだ。こんな時間まで男子と二人きりのカラオケなんて、それこそ誤解してくださいと頼んでいるようなものだろう。


「ああ、それは大丈夫」


長谷川は自信満々に断言した。


「……言っとくが、俺は口下手だからな? いざという時は力になれないかもしれないぞ」

「だから心配しなくても大丈夫だって」


長谷川は朗らかに笑う。


「もう別れたから」

「そうか……うん? なんだって?」

「だからもう別れたから、誤解も何もないよ」


一瞬何を言ってるのか理解できなかった。

別れた? 彼氏と?

さっきのファストフード店で仲直りをしたんじゃなかったのか?


「ま、待て、おかしいだろ、いつ別れたんだ?」

「さっき」

「さっき……? だ、だって電話して仲直りしたばかりだろ?」

「うん? あの電話で別れたんだよ?」


あの電話で別れた?

それはおかしい。

電話を終えて帰ってきた時、長谷川は言っていたじゃないか……


________________________________________

「どうだった?」

「ばっちり!」

「そうか、よかったな」

「うん、やっぱりウジウジ考えるよりも話さないとダメだね、向こうも待ってたみたいだしぃ」

________________________________________


……いや待て、長谷川は、一言も「仲直りした」とは言っていない。むしろやたらとスッキリした顔をしていた気がする。


「……お前、あれ別れの電話だったのか?」

「うん」


長谷川はこくんと頷く。


「玉ちゃんが言ってくれたから、踏ん切りがついたんだよ」

「お、俺が?」

「玉ちゃんが私の事悪くないって言ってくれたから」


何て事だ。まさか俺の言葉がもとで仲直りどころかカップルを一つ破局させてしまったなんて……


「ま、待て、長谷川、確かお前らかなりラブラブだったよな? そんな簡単に別れるなんておかしいだろ」


まだどこか、たちの悪い冗談か嘘であって欲しいという俺の気持ちを、長谷川は笑顔で否定した。


「ううん、本当に別れたよ、確かにラブラブだったけど、それは喧嘩する前の話だから」

「い、一回喧嘩しただけで別れちゃうのか?」

「うーん……というかね、元々お互いに不満はあったんだけど、何となく流してたんだよね、でもこれがきっかけで爆発したって感じ?」


お互いに不満を溜め込んで、それが一気に溢れ出て別れたのか。喧嘩するほど仲が良い、とはいうが、言い得て妙なのかもしれない……いや、こんなことを考えている場合か。


「玉ちゃん、何でテンパってるの?」

「い、いや、だってお前……別れた原因の一つって俺にもあるんじゃないか?」

「……あー、そんなこと気にしてたの?」

「気にするだろ……」

「そんなこと気にしなくてもいいよぉ、だっていつかは別れただろうし、玉ちゃんは本当にきっかけをくれただけだから」


長谷川はそこまで言うと、あっ、と何かを思いついたように、手を叩いた。


「玉ちゃんがもしその事を気にしてるんならさ、カラオケ付き合ってよ、私のお別れ祝いのカラオケ」


お別れ祝いってなんだ。

というか、長谷川はなんでこんな朗らかなんだ、恋人と別れたばっかりなんだぞ? 普通は落ち込むというか、へこむものじゃないのか? それとも女子ってこういうものなのか?


「どう? 玉ちゃん、付き合ってくれる?」

「……」

「玉ちゃんが付き合ってくれたらぁ、きっとこの失恋の悲しみ? 的なものは癒されると思うの」


何が悲しみだ。ずっと朗らかに笑ってんじゃねえか。


「……」

「玉ちゃん、ねぇ?」


長谷川が俺の膝に手を置いて、ゆする。


「……わかった」

「わーい、玉ちゃん大好き!」


長谷川が俺の腰に抱きついてきた。


「長谷川……」

「なあに?」


何か一言言ってやりたかったが、上目づかいの長谷川と目が合って、何も言えなくなった。


「……」

「玉ちゃん、次はデュエットしようね」


長谷川が俺の腰に抱きついたまま、テーブルに置かれたマイクを取る。


「……はあ」


俺は大きなため息をついた。




それから1時間、俺は半ばやけくそ気味にマイクを握り、歌った。

長谷川は受付からタンバリンやらマラカスやらを借りてきて、合いの手をいれながら盛り上げ役に徹している。


「……あー、疲れたー」

「イエーイ、玉ちゃん、イエーイ!」


長谷川はマラカスを振る。

何曲目かを歌い終え、俺はソファーにもたれかかった。


「はい、お水どうぞ」

「ああ」


長谷川に渡されたジュースを一気飲みする。


「はい、からあげどうぞ」

「ああ」


長谷川がミニパーティセットのからあげを一個、手づかみで俺の口まで運んできて、そのまま入れた。

口の中に肉のジューシーな味わいが広がる。歌い疲れた後に食べたので、一際おいしく感じた。


何だか接待されてるみたいだ。

いや、長谷川としては俺のご機嫌取りをしているつもりなのだから、接待されているのか。

長谷川のギャルっぽい見た目も相まって、キャバレーの疑似体験をしているようだ。


「次なに歌う?」

「休憩だ」

「はーい」


マイクを長谷川に渡すが、長谷川は渡されたマイクをテーブルに置いてしまった。


「お前は歌わないのか?」

「うん」


ここにきてもやはり、長谷川の行動がいまいち読めない。

ここまで熱心に俺をカラオケに誘っておきながら、自分はろくに歌わないときてる。

最初の一時間は一応歌っていたが、それでも俺と交互に歌っていたので、合計で30分も歌っていないと思う。


「長谷川が歌わないと意味ないだろ」


俺は長谷川のカラオケに付き合ってここにいるはずなんだが。


「え? そんなことないよ?」

「お前、カラオケする為にあんなに駄々こねてたんじゃないのか?」

「カラオケするためっていうか……うーん……」


長谷川がこちらを見ながら考えている。


「違うのか?」

「違うっていうか……」


長谷川は歯切れが悪い。


「はっきり言えよ、気になるだろ」

「……玉ちゃんてさ」

「ああ」

「私の事好きだよね?」

「……はあ?」


長谷川が含み笑いを浮かべながら突拍子もない事を言い出した。


「……何言ってるんだお前?」

「図星だった?」

「いや、図星とかじゃなくて……」


俺の言葉が言い割らないうちに、長谷川が俺の膝の上に向かい合うように座った。


「な、何だ?」

「大丈夫大丈夫、わかってるから」


わかってる? 何をわかっているっていうんだ。


「ボウリングの時もさ、このカラオケの時もさ、口では色々言ってたけど、結局は付き合ってくれてるわけだしぃ? 玉ちゃんチャラくないのに私の遊びにはつきあってくれるじゃん? 普通に私の事好きなんでしょ?」

「いや、それは……」


どうやら、あのボウリングもこのカラオケも、長谷川はテストのつもりだったらしい。「拒否されていない=好き」みたいな図式を形成するための。


「それにあれだけオッケー出しておきながらそんなことないとか言わないよね?」

「オッケー? 何の話だ?」

「え?」


俺の疑問に長谷川はキョトンとした。


「もしかして玉ちゃん、本当に何もわかってないの?」

「だから、大丈夫とかオッケーとか何の話だ」


長谷川が俺の二の腕を擦る。


「……嫌じゃない?」

「……別に嫌じゃないが」


長谷川はそのまま肩、胸、腹と俺の上半身を撫でまわした。


「おい、くすぐったいから止めろ」

「くすぐったい? それだけ?」

「それだけだ」


ふふ、と長谷川が笑う。悪戯っ子のような表情だが、目はぎらついていた。


「玉ちゃん本当に何もわかってないんだぁ……女の子に無防備すぎだよ?」

「それはお前も知ってたことだろ?」


この世界にきてから長谷川には色々と相談に乗ってもらっているのだ。長谷川は俺を貞操観念が他の男とずれていることを知っているはずである。


「玉ちゃんから色々と相談されたけどさ……最初は、てっきり私に気があるんだと思ったんだよね」

「は?」

「だってさ、誘ってるとしか思えないじゃん、玉ちゃんみたいにエロい身体した男の子から言われたら普通そう思うよ?」


確かに異性に相談するのはおかしい事だったのかもしれないが……いや待て、そもそもなぜ俺は異性(はせがわ)に相談したのだろう。同性に相談すればよかったのに。


「長谷川、勘違いだ、俺はお前に気があるわけじゃない」

「うん」

「本当にただそういうことに疎かっただけだ」

「そうみたいだね」


長谷川が悪戯っ子の顔を崩さない。

身体中を撫でる手がいつの間にか背中に渡り、抱きしめる格好になった。


「でもいいんだ、別に……だって玉ちゃん、こうされるのは嫌じゃないんでしょ?」

「嫌じゃないが……」


長谷川の口調がどこかまどろみ始めているような気がした。

まるで、恋人に甘い言葉をささやくかのような優しい口調だ。


「じゃあ、Hしようよ」

「……は?」

「H、ここまでされて嫌じゃなかったらもう出来るよね?」


なんだなんだ、もう俺を置いていってどんどん話が進んでいく。


「待て、それとこれとは話が別だ」

「待たない、もうこっちは本当に我慢の限界だったんだから」


長谷川が俺から手を離すと、今度は制服のボタンを外し始めた。


「お、おい、待てって……」

「何にもわかってない玉ちゃんに色々教えてあげる、まずはね、例え彼氏持ちの女であっても二人きりでカラオケとかはダメ、それはオッケーって言ってるようなものだから」


さっき言ってた「オッケー」とはそういう意味だったのか!?


「あとね、これだけ触られて抵抗しないのもダメね、抵抗しないってことはそれもオッケーの合図だから」

「……わかった、長谷川、よくわかった、つまりはお前に期待を持たせ過ぎたってことだな? それについては本当に謝るから……」


長谷川が制服を脱いだ。

薄い胸板と授業中に目に入ったやたらとオシャレなブラジャーが目に入る。


「謝らなくていいよ、もうやるだけだし」

「ま、待ってくれ、長谷川……」


長谷川は返事の代わりに俺の頭を掴んだ。


「大丈夫、私結構上手いって彼氏から言われたからさ……ああ、元彼ね、玉ちゃん童貞でしょ? 大丈夫、優しくしてあげる……」


長谷川の唇が俺の口に迫ってくる。

い、いかん、このままでは流されてしまう。な、なんとか抵抗しなくては……





「はっ!?」


そこで俺は目が覚めた。


見知った天井。俺の部屋の天井だ。

周りを見渡せば、ここはカラオケ店などではなく、十数年住んできた俺の部屋だということがすぐにわかった。

時計を見る。アラームが鳴る5分前だった。


「……」


俺はベッドから起き上がると、リビングに向かった。



朝、教室に入ると、俺はすぐにアイツを探した。


……いた。教室の隅で、床に座りながら数人の男子とヒロミを加えてトランプをしている。


俺はズンズンそいつのもとに歩いて行った。


「……長谷川」

「お? 玉ちゃんオッス、玉ちゃんもやる? 負けた奴が今日の昼の購買買い出し係なんだけど」


長谷川は男子用のワイシャツとスラックスを履いている。

見た目は間違いなく男子だ。


「長谷川、ちょっと確かめさせてくれ」

「え?」


俺はまず、長谷川のワイシャツのボタンの隙間に手をツッコんだ。


「うえっ!? ちょっ、何!?」


胸を揉むが、女子特有のふくらみはない。

いや待て、あの長谷川も胸は薄かったはずだ。


俺は長谷川のズボンのベルトを緩めた。


「ちょっと待って! マジで何やってんだ玉ちゃん!」


長谷川がパニックを起こして暴れるが、所詮は華奢な身体だ。強引に調べてしまえばいい。

ズボンのベルトを緩めると、そのまま手をツッコんで、中にあるものを揉んで確認する。


「ほわあ!?」


……よし、あるな。


俺はズボンの中から手を抜いた。


よかった、やはりあれは夢で、現実の長谷川はちゃんと男だった。これを確かめなくては俺の今日は始まらなかった。


長谷川は乱れた制服を手で抑え、うずくまりながら怯えたような目をこちらに向けている。

周りにいるクラスメイト達は何事かとオロオロするばかりだ。


「長谷川」

「な、なんだよ……」

「彼女に不満がある時は溜め込むなよ?」

「……意味わかんねえよ!」



またもストックが切れたので、来週の投稿は期待しないでください

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