筋トレ(花沢)
休み時間、本当に何の気なしに玉城の方を見ていると、彼が机から一冊の本を取り出してそれを熟読し始めた。
あたしは頬杖をついた姿勢のまま、どうにかして玉城が何の本を読んでいるのかつき止めようとした。
「奈江、何してんの?」
「……何でもない」
そんなあたしの姿を隣で見ていた麻美が不審がっている。
変な奴だと思われたくはないので、玉城の方を注視するのは諦め、聞き耳を立てることにした。
「玉ちゃん何やってんの? テスト勉強?」
どうやら長谷川が玉城に話しかけたようだ。
「いや……最近、身体がなまってると思って、ちょっと鍛えなおそうかなと」
「へえ、そんじゃあ運動部入れば?」
「運動部に入れば」……その言葉に思わず、ピクリ、と体が反応してしまった。
運動部に入りたいのであれば、ソフト部はいつでも大歓迎だ。マネージャーとして入部してもらうけど、運動がしたいのならウォーミングアップくらいなら練習に参加しても多分大丈夫(監督が見てなければ)だと思う。
「2年のこの時期にか? それはさすがにないだろ」
「つっても保体の教科書見ても仕方ないと思うぜ」
保体の教科書!
あの身体で保体の教科書を見るなんて、なんてエッチな事を……
「奈江? 何でニヤついてるの?」
「え? ニ、ニヤついてた?」
「何か気持ち悪い顔してたよ」
失礼なことを言われたけど、恐らく本当にスケベババアみたいな顔していたのだろう。でも言い訳させてもらうのなら、あんな会話を聞けば誰でもニヤつくと思う。
「そういうのはさ、自主練とかやってる奴に聞いて、それパクッちまえばいいんだよ」
「運動部で自主練をやってる奴というと……誰だ?」
「あー、確かアイツがやってたな」
「誰だよ」
「ゴリラ」
「ゴリラ?」
あたしは長谷川の「ゴリラ」という単語に反応して席を立った。
あたしの中で、先ほどまでのイヤらしい気持ちが押し出され、代わりにイラついた気持ちが満たされていく。
「ゴリラ」という単語が誰の事を指しているのかを容易に察することができたからだ。
「あ、ナチュラルに間違えた、花沢だ、花沢」
「……長谷川、お前……」
「いや、一瞬名前が出てこなくてさ」
あたしは長谷川の真後ろに立った。
ヘラヘラしている長谷川はそのことに気が付いていない。
「だから玉ちゃん、花沢に聞いてみればっ!?」
長谷川の言葉が途中で止まる。
あたしの腕が長谷川の首にガッチリハマったせいだ。
軽くパニックになっている長谷川の耳元で囁いた。
「随分言ってくれたじゃない」
長谷川がこちらを驚愕の目で見る。
「ちょっ、ちょっ……玉ちゃ……助け……」
「花沢」
「な、なに? 玉城君……」
玉城の前ではあまり暴力的なところは見せたくなかったけど、これは不可抗力みたいなものだ。女として長谷川を成敗しなければならない場面だった。
「そのままでいいから聞いてくれ」
「うん」
「そ、そん……待っ……」
玉城の許可も得たし、長谷川がうるさいので、締め上げる力を強めた。
「実は体を鍛えようと思ってるんだが……」
「う、うん」
その身体をさらに鍛えるつもりなのか。そんなことしたらますますスケベな身体に……いや待て、あたし。あまりエロい事を考えるとさっき麻美に注意されたようなエロババア顔になってしまう。
「花沢がどんなふうに鍛えているのか知りたい」
「え、あ、あたし……?」
玉城があたしに興味を持ってくれるのはとても嬉しい事なのだが、そちらの方面はあまり興味を持ってほしくなかった。肉感的な女なんて非モテ要素の塊でしかない。
「あたし……そんなに鍛えてないから……」
精一杯の抵抗を試みる。
「花沢……俺は真剣なんだ」
「うん……」
「だからちゃんと答えてほしい、鍛えてるんだよな?」
「……はい、鍛えてます」
しかし、玉城の追及の前には白旗を上げるしかなかった。
「そのやり方を教えて欲しいんだ」
「でもそんな特別なことしてないよ……?」
あたしは一応、自主練をして鍛えてはいるが、そのトレーニングメニューはほとんどが監督からの受け売りだ。自分が考えてものでもないし、そんなすごいことをしているわけでもない。
「それでもいい」
しかし、こちらが何を言っても、玉城は真剣な顔のままだ。
「え、えーと……じゃあ、どうしよう……えーと……」
「そんなに困るようなことだったか?」
「全然そんなことはないんだけど……どんな風に説明しようかなって思って……」
本当に特別なことはしてない。
だから、そのまま言って「本当に普通の筋トレだな」的な事を言われて、何となく失望されるのはちょっと嫌だ。
「もし邪魔じゃなかったら、その自主練一緒に参加って出来ないか?」
「え……」
しかし、あたしの葛藤を吹き飛ばす提案を玉城がしてきた。
「無理そうならいいんだ」
「あー、無理じゃない! 大丈夫!」
反射的に首を縦に振った。
振った後に少し後悔したが、了承してしまった以上もうやるしかない。
「そ、それじゃあ今度の土曜日に学校の近くにある都市公園に来てくれない?」
「わかった、ジャージを着てくればいいか?」
「うん」
「は、花沢……玉ちゃん、首が、首……」
土曜日、普段運動している時に着用しているジャージに身を包み、都市公園の入り口で待っていると、待ち合わせの時間ピッタリに玉城が歩いてきた。
「待たせたか? 悪いな」
「いや……あたしが早く来ただけだから」
念のために30分前からここに待機していたのだ。
「それじゃあ、早速だけど自主練を教えてくれ」
「うん、ついて来て」
あたしは玉城を連れて公園をしばらく歩く。
開けた芝生の広場まで来ると、あたしは大きく伸びをしながら言った。
「まず準備運動からね」
あたしの言葉に玉城が頷く。
あたしが屈伸をすると玉城もそれを真似て屈伸を、アキレス健を伸ばすストレッチをすると、玉城がそれを真似てストレッチを、手足を回すとやはり玉城がそれを真似て手足を回した。
玉城がまるで真似をしてくる悪戯っ子のようで面白い。ただの準備運動だけど、なんだか楽しくなってきた。
それなら……これは真似できるかな?
ちょっと意地悪な心が出てきたあたしは、芝生に座った。
「何するんだ?」
「柔軟」
あたしはそのまま足を開き、片足のつま先に手を伸ばす。
男子は身体が固い、と聞いたことがあるが、果たして。
玉城は、やはりあたしの真似をして足を伸ばす柔軟を始めた。
しかし、手がつま先につくかつかないかのところで玉城の動きが止まる。
あたしから見れば冗談かと思うほど、玉城の手は伸びていない。
「は、花沢、これは俺には無理だ……」
「玉城君身体固い?」
姿勢を戻した玉城は感心した顔をこちらに向ける。
「花沢は身体が柔らかいんだな」
「そう? こんなこともできるよ」
玉城に褒められて調子に乗ったあたしは、上半身の向きを正面に戻すと、そのまま身体を前に倒した。
額に芝生がふれる。少しくすぐったい。
顔を少し上げ、玉城の方を見ると、必死に手を前に伸ばしていた。
一生懸命無理するその姿は、なんだか可愛い。
「うぐ……」
「男子って身体固いってよく聞くけど本当なんだ」
「ま、まあな……」
玉城は辛そうな声を上げる。
「もうちょっといけない?」
「……えぇ? あー……」
しかし、あたしから見れば「まだ頑張れる」ように見えた。
実際、前屈というのは、自力では無理でも、他人に押してもらえば伸ばすことができたりするものだ。
ここであたしが「背中押してあげようか?」なんて言って軽くスキンシップを取り合ったりできればいいんだけど……そんなことが気軽にできるようなら、今までの人生で彼氏の一人くらいはできていただろう。
「……花沢、ちょっと背中押してくれないか?」
「え!? いいの?」
しかし、ここで幸運がめぐり合わせた。
「やってくれ」
まさか、男子の方から「背中を押して」とお願いされるとは思わなかった。
いや、玉城が女子に対して警戒感が薄いことは前から知っていたが、おさわりとかも結構簡単に許してくれるのか。
あたしはなるべく平静を保ちながら玉城の後ろに立つと、背中に手を付けた。
「固い……」
肩甲骨を避けるようにして触った背中は、固かった。
これが男子の背中。前は手を握ったが、今度は背中を触れた。スキンシップが順調にレベルアップしている気がする。
……いや、腕相撲を「手を握るスキンシップ」に入れていいのかは微妙だけど、でも触れる面積が大きくなっていることには変わりない。
「じゃあ、押すよ?」
「おう」
玉城の背中をゆっくりと押す。
固くて大きな背中、こんな機会でもなければ触れる事すら許されないだろう。ならば、存分に触れなければ損だ。
あたしは更に強く背中を押した。
直に触ってみたい。この背中の厚みを抱きついて確かめてみたい。なんだかムラムラしてきた。
「うぐぐ……花、沢、そろそろ……」
「……」
事故を装って抱きつけないかな……許してくれそうな雰囲気ではある。
でもさすがに怒られるかもしれないし……
「は、花沢……?」
いくか? やるか?
ここはやりどころじゃないのか?
「は、はな……」
「……」
もしかして向こうはあたしを誘ってるんじゃないのか?
だっていくらなんでも無防備すぎるし……
それならしてあげないと逆に失礼じゃないか?
「はなざわ……」
「……え? 何?」
「もう……無理だ……」
「……!? ゴメン!」
玉城の今にも死にそうな声で、あたしは正気に戻った。
玉城の背中から手を離すと、玉城は芝生に倒れ込んだ。
「だ、大丈夫!?」
「……大丈夫ではない」
玉城が寝転がりながらエビ反りをした。よほど背中と腰に負担がかかっていたらしい。
「ゴメンね、ゴメン」
せっかく幸せな時間だったのに、こんな形で潰してしまうなんて……こんなんだからゴリラと呼ばれるんだ。バカバカあたしのバカゴリラ!
「ど、どうしよう、救急車!?」
「いや、そんなことしなくていいから……」
「で、でもさ……」
運動をやっているからわかるが、腰を痛めるのは大問題なのだ。あたしのせいでこうなってしまった以上、責任は取らないと。
「……花沢、お願いがあるんだが」
「うん、何でも言って!」
あたしに出来ることなら何でもする。
「ちょっと腰を擦ってくれ」
玉城がうつぶせになった。
ええ!? こんなゴリラをまだ信用して、触れることを許してくれるのか!?
いいの? やっちゃっていいの?
……でも、やって欲しいって向こうが言ってるし、あたしも何でもやってあげるって言ったし……
「……わ、わかった!」
あたしは決意を固めて、玉城の腰を擦った。
もちろん可能な限り優しく、だ。
「……どう?」
「いい感じだ」
「そう? よかった……」
大丈夫そう……かな?
もしそうなら、少し大きく擦ってみよう
「……これは……気持ちいい」
あたしに擦られて、玉城が心地よさそうにつぶやく。
「実はあたし、結構後輩の腰のマッサージとかやってるんだ」
以前、栞にお遊びでやってみたところ「君にはあんま師の才能がある」とおだてられ、それを聞きつけた美波にせがまれ、さらに美波にやってあげていたところを他のソフト部員に見られ……今ではソフト部のマッサージ師として予約殺到の状況だ。
「……やってあげようか」
調子乗って、小声でつぶやいてみる。
「やってくれるのか? じゃあ頼む」
「え? う、うん」
どうせ聞こえてないだろう、と思っていた呟きは、玉城にはバッチリ聞こえていたらしい。
いや、でもこれは結果オーライだ。
玉城の信頼を取り戻しつつ、さらに玉城に触れられる。一石二鳥と考えていい。
あたしは早速、うつぶせになっている玉城にマッサージをしようとして……止めた。
普段、あたしは後輩たちにまたがってマッサージをしている。玉城にマッサージをするのにしても、またがってやらねばならなくなる。
でも、これってセクハラになるんじゃ……?
背中や腰を触るのを許してくれたが、この行為はさらにそれから一段上をいくものだ。玉城はそれの許可をくれるのか……?
「……どうした?」
「あ、いや……普段、馬乗りになってやってるんだけどさ……それは玉城君的に大丈夫だったり……する?」
「大丈夫というか、腰のマッサージって馬乗りじゃないと出来ないんじゃないのか?」
こちらの心配をよそに、玉城はむしろ「何言ってんだコイツ」と言わんばかりの顔で問いかえてきた。
「じゃ、じゃあ……失礼します……」
ご本人から許可が降りたので、あたしは玉城のひざ裏に座る。
腰にグイグイと指圧する。いつものようにすればいいんだ。難しいことはない、いつものようにすれば……
あたしは腰を押す指を気持ち少しづつ下げた。
いつもどおりマッサージをするとなると、お尻のあたりも指圧をするわけなんだけど、ここを触るのもオッケーなのかな。シチュエーション的に「マッサージ行為を理由にイヤらしいことをしまくるAV」みたいな感じだけど……
「花沢……」
「うん!? どこも触ってないよ!?」
まだ触ってない、触ろうとしたけど未遂だ。
「……? いや、すごくいい感じだぞ?」
そんなあたしの反応に、玉城はキョトンとした顔をした。
「そ、そっか、いい感じなんだね……?」
「ああ……なんだか悪いな」
「いいの、お互い様だから!」
こちらも良い思いをさせてもらっている、むしろお礼を言いたいくらいだ。
「お互い様……?」
「な、何でもない!」
ダメだ、喋るとボロが出る。
あたしは口をつぐんで腰を指圧することに専念した。
もう何も考えてはいけない。今だけは邪な気持ちを追い払わねば……!
「花沢、もうそのくらいで大丈夫だ」
マッサージを始めてから数分くらい経っただろうか。玉城がこちらに顔を向けて言った。
「あたしはまだ全然できるよ?」
「そうか、それなら……じゃなくて、自主練だ、メニューを教えてくれ」
「あ、そうだった、ごめん、忘れてた」
あたし達がここに来た目的はあたしの自主練のメニューを玉城に教えることだ。それなのにすっかり玉城の背中に魅了されていた。
「俺もすっかり忘れてた……それで、もう準備運動はいいんだよな?」
「うん、じゃあまずは腕立てと腹筋とスクワットと背筋からね」
「やっぱりそういうので鍛えるんだな」
「普通でしょ?」
あたしは自嘲ぎみに笑う。
「じゃあまず20回ね」
「……20回?」
「うん、1、2、3……」
腕立て伏せを始めると、玉城も少し戸惑いつつもあたしに倣った。
「20、と……」
「次は何をやるんだ?」
「あ、余裕だね」
玉城はあたしとほぼ同じ速度で腕立てをやっていた。
玉城は「鍛えたい」と言っていたが、とても鍛えなければならない程、体力がないようには見えない。
「次は腹筋」
「何回だ?」
「20回」
それから、あたし達はスクワットと背筋も20回、1セット目を済ませた。
「こんなものか……次は何をやるんだ?」
「ちょっと休憩してから、腕立て伏せ」
「え? 腕立て伏せ? さっきやっただろ?」
「3セットやるから」
「3セット……?」
「うん、各種筋トレは20回3セット、1セット終わったからあと2セットずつやらないと」
各種筋トレを20回3セット。あたしがソフト部に入った時、監督から教えられた筋トレの方法だ。
「なんでそんなまどろっこしいことを……」
「あたしもよく知らないけど、まとめて何十回もやるよりも、20回くらいで分けた方が効率よく筋肉がつけられるんだって……インターバルトレーニング? って言うらしいよ」
「そうなのか」
もう去年の事だからあまり覚えていないけど、監督が言うには、筋トレというのは数をこなせばいいというわけではないらしい。むしろ10回から20回くらいを休憩をいれながら繰り返した方がいいのだとか。
「というわけで、腕立て伏せね」
「わかった」
「はあはあ……しんどいな」
20回3セットを終わらせると、玉城は芝生にゴロンと寝ころんだ。
「なんかゴメンね、ただの筋トレで」
あたしは持ってきたスポドリを飲む。まだ昼前だが日差しも強く、筋トレだけで軽く汗が出てくる。
「いや、そんなことない、勉強になった、やっぱり花沢に教えてもらってよかったよ」
「そう?」
「ああ、俺一人で筋トレしてたら、そのインターバルトレーニングとかいうのには気づけなかった」
あたしにとっては普通のトレーニング方法になっていたが、確かに誰かに教えてもらわなかったらわからない事だったかもしれない。思えばあたし自身も監督から教えてもらったやり方だったし。
「よかった……あ、身体大丈夫? 次はランニングだけど、この辺にしとく?」
「さすがにそこまでじゃない……」
玉城はバシリと膝を叩くと立ち上がった。
「ランニングってことは、ランニングコースで走るわけだな?」
「うん、スタート地点に行くからついて来て」
玉城を連れて、ランニングコースのスタート地点まで歩く。
「来る時から思ってたけど、この公園は施設がいろいろあるんだな」
「この辺でイベントとか大会とかがある時は大抵ここでやるかな……」
「ソフトの試合とかも?」
「ここからだと見えないけど、野球場があって、そこでソフトの試合もやるよ」
玉城と世間話をしながらしばらく歩くと、赤色に塗装された道路と、『1km地点』と書かれた看板が立っている、開けた場所に着いた。
「ここがスタート地点ね」
「1kmコースってことか?」
「そう、このランニングコース1周でね」
あたしはデジタル時計をストップウォッチのモードにする。
「何してるんだ?」
「時間を計るの、あたしは自分のペースで走るから、玉城君も自分のペースで走りな」
あたしは瞬発力を鍛えるために、普通とは少し違う走り方をするけど、身体を鍛えたいだけの玉城なら、普通に走った方がいいだろう。
「なあ、試しに花沢と並走していいか?」
「いいけど……結構真面目に走るから、疲れるかもよ?」
慣れてない人にはキツイと思う。でも玉城は体力あるっぽいし、もしかしたらついてこれるかもしれない。
「ちなみにこのコースは何周するんだ?」
「いつも3周してるよ」
「3周? それでいいのか?」
「うん」
あたしがスタート地点に立つと、玉城もそれに並ぶ。
「じゃあ、行くよ?」
「ああ……」
「スタート」
ピッと腕時計のスイッチを押し、全力で走る。
走る時は無心で走る。隣に玉城がいることを肌で感じるが、そちらを気にする余裕はない。
『200m』の看板を通過すると、あたしは速度を落とした。
「……は、花沢……」
「なに?」
隣を見ると、玉城が息も絶え絶えになっていた。
「これ……何だ?」
「これって?」
「いきなり全速力で走りだしたり……ゆっくりになったり……」
「ああ、これ瞬発力を鍛える走り込みなんだ、200mごとにダッシュとジョギングを繰り返すの」
「そ、そうか……」
これもインターバルトレーニングだ。ソフトボールは瞬発力が必要なスポーツで、このランニング方法はそれが鍛えられるらしい。
「俺はてっきり……あの速度で3周するつもりなのかと思ったぞ」
「はは、さすがにそれは無理だって」
あんな速度で3周できれば、ソフト部じゃなくて陸上部の長距離ランナーになった方がいいだろう。
「あ、そろそろだよ」
「え? おう……」
『400m』の看板を通過すると同時にあたしは速度を上げる。
玉城もそれに合わせて速度を上げた。
『600m』の看板を過ぎる。
200m間のダッシュを終え、速度を落とした。
「はあ、はあ、はあ……」
隣から荒い息が聞こえてくる。
「大丈夫?」
チラリと玉城の方を見て、目を見開いてしまった。
玉城がジャージを脱ぎ、白いシャツをあらわにしたのだ。
首元が広いシャツで鎖骨が強調されるように露出しているし、むき出しの二の腕がたくましい。何よりも汗でピッタリと張り付いたシャツが透けて少し肌色が浮き出ている。
筋肉質とはいわないまでも、健康的で引き締まった体だ。
率直に言ってそそられる。
ゴクン、と思わず生唾を飲み込んでしまった。
「た、玉城君……その、大胆だね……」
「え?」
玉城の姿を見ていいのか、悪いのか。
本人が自主的に脱いだわけだし、あたしがセクハラしているわけじゃないけども……前に玉城の着替えを一度見てしまったことがあったが、その時は大して気にした風でもなかった。
ということは今回もじろじろ見てもいい……のかな?
「いや、熱いだろ、花沢も脱いだらどうだ?」
「……あ、うん、そうだね」
あたしの葛藤に全く気づいてない玉城があたしにもジャージを脱ぐことを促してきた。
確かに気温とランニングと、隣にいる玉城のせいであたしの体温は急上昇している。あたしもジャージの上着を脱いだ。
ふと、玉城と目が合ってしまった。
すぐに目を逸らした。どうやら玉城もこちらを見ていたらしい。
マズイ、イヤらしくチラチラ見ていたことがばれたかも……
「……そ、そろそろダッシュだよ」
ちょうど都合よく『800m』の看板が目の前まできていた。
「そ、そうか……先に行ってくれ、俺はちょっと疲れた」
「わ、わかった!」
あたしは誤魔化すように全力でダッシュをした。
今、あたしの頭にはしっかりと玉城の透けシャツが焼き付いている。今夜は……とても捗りそうだ。