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筋トレ(玉城)

授業の間の休み時間、机から保健体育の教科書を引っ張り出して、中身を熟読する。

別に体育の授業の予習復習のためではない。


「玉ちゃん何やってんの? テスト勉強?」


長谷川が後ろから覗き込んできた。


「いや……最近、身体がなまってると思って、ちょっと鍛えなおそうかなと」

「へえ、そんじゃあ運動部入れば?」

「2年のこの時期にか? それはさすがにないだろ」

「つっても保体の教科書見ても仕方ないと思うぜ」


まあ、確かに読んでみる限り、有益な情報は書いて無さそうだ。


「そういうのはさ、自主練とかやってる奴に聞いて、それパクッちまえばいいんだよ」


なるほど、一理ある。練習効果もお墨付きだろうし。

しかし、それをやるには一点、問題があった。


「運動部で自主練をやってる奴というと……誰だ?」


自主練してまで真剣に部活に打ち込んでいるやつを俺は知らない。少なくとも俺の男友達にはいなそうだ。


「あー、確かアイツがやってたな」

「誰だよ」

「ゴリラ」

「ゴリラ?」


唐突に動物の名前を出されても困る。ゴリラに何を聞けというんだ。というかゴリラは自主練しないだろう……いや、むしろ毎日自主練しているようなものなのか、あいつらは?


「あ、ナチュラルに間違えた、花沢だ、花沢」

「……長谷川、お前……」

「いや、一瞬名前が出てこなくてさ」


ヘラヘラと笑う長谷川。


さすがにこれは花沢に対して失礼すぎる。

なので、後ろから青筋を立てて近づいてくる花沢の存在は黙っていよう。


「だから玉ちゃん、花沢に聞いてみればっ!?」


言葉の途中で長谷川の首が不自然に曲がる。後ろから花沢が腕を絡めて締め上げているせいだ。


「随分言ってくれたじゃない」

「ちょっ、ちょっ……玉ちゃ……助け……」


長谷川の首を絞め上げている花沢の腕は太い。女子でここまで太いのだから相当鍛えているはずだ。なるほど、これは花沢に聞いてみるのがよさそうだ。


「花沢」

「な、なに? 玉城君……」

「そのままでいいから聞いてくれ」

「うん」

「そ、そん……待っ……」


長谷川が苦しみと驚きを混ぜ合わせた顔をしているが無視しよう。


「実は体を鍛えようと思ってるんだが……」

「う、うん」

「花沢がどんなふうに鍛えているのか知りたい」

「え、あ、あたし……?」


花沢は答えにくそうに口をモゴモゴさせた後、


「あたし……そんなに鍛えてないから……」


そう謙遜をした。

普通に生活しているだけでここまで筋肉が……それも女性につくわけがない。スカートからのびる足もこういってはアレだが、他の女子よりも一際太い。


「花沢……俺は真剣なんだ」

「うん……」

「だからちゃんと答えてほしい、鍛えてるんだよな?」

「……はい、鍛えてます」


俺が再度質問すると、花沢はまるで取り調べで落とされた犯人のように、絞り出すように答えた。


「そのやり方を教えて欲しいんだ」

「でもそんな特別なことしてないよ……?」

「それでもいい」


俺だって別にそんな大層な筋トレを望んでいるわけじゃない。今よりも鍛えたいと思っているだけだ。


「え、えーと……じゃあ、どうしよう……えーと……」

「そんなに困るようなことだったか?」

「全然そんなことはないんだけど……どんな風に説明しようかなって思って……」


口で説明するのが難しいトレーニングなのだろうか? だったら直接見た方が早いだろう。


「もし邪魔じゃなかったら、その自主練一緒に参加って出来ないか?」

「え……」

「無理そうならいいんだ」

「あー、無理じゃない! 大丈夫!」


花沢が首を横に振った。


「そ、それじゃあ今度の土曜日に学校の近くにある都市公園に来てくれない?」

「わかった、ジャージを着てくればいいか?」

「うん」

「は、花沢……玉ちゃん、首が、首……」




土曜日、約束の時間に都市公園の入り口につくと、そこにはすでに花沢が立っていた。


花沢はピンクのジャージを着て、手にはこれまたピンク色のボトルケースを持っている。

少々男勝りなところがある花沢が、私物をピンクで固めていることに驚いたが、それ以上にそのピンクが花沢に似合うことに驚いた……いや、この感想は花沢に対して失礼だな、うん、俺も長谷川に人のこと言えなかった。


「待たせたか? 悪いな」

「いや……あたしが早く来ただけだから」

「それじゃあ、早速だけど自主練を教えてくれ」


花沢の時間を借りているのだ。とっとと始めてしまおう。


「うん、ついて来て」


花沢に連れられて、公園の中を歩く。

この都市公園には初めて来たが、かなり広い。博物館が併設されたり、売店があったり、ジョギングコースやテニスコート、さらにはやたら大きな噴水やらモニュメントが置いてあったり、見るところがかなりある。ここで丸一日潰せるんじゃないか。


そんなふうに周りの景色を観察しながら歩くこと数分、青い芝生が覆われている広場まで来ると、花沢が足を止めた。


「まず準備運動からね」


花沢がそう言って屈伸運動を始めたので、俺もそれを真似る。

それからアキレス健を伸ばし、肩を大きく回し、手首足首を回す。


一通りの準備運動を終えた後、今度は花沢が芝生に座った。


「何するんだ?」

「柔軟」


花沢は足を広げると、片足のつま先に手を伸ばす。花沢の額が自身の膝小僧についてしまいそうだ。

とりあえず、俺もマネしようとしてみたがつま先に指がつくか、つかないかのところで指が止まった。

これ以上いくとふくらはぎが釣る。


「は、花沢、これは俺には無理だ……」

「玉城君身体固い?」


俺の身体が特別固いわけではないと思う。スポーツ選手でもないのだし、普通はこんなもんだろう。

苦しい体勢をいったん止めて、花沢の方を向いた。


「花沢は身体が柔らかいんだな」

「そう? こんなこともできるよ」


花沢が足を広げたまま体の向きを前に戻すと、そのまま手を前に伸ばしていき、上半身だけ倒すようにペタンと芝生につける。花沢の額が、今度は芝生につきそうになった。

身体が柔らかいことを証明する為によくやるやつだ。

一応、俺も挑戦してみるが、上半身を前に傾けた瞬間に股関節まわりが降参を宣言した。


「うぐ……」

「男子って身体固いってよく聞くけど本当なんだ」

「ま、まあな……」

「もうちょっといけない?」

「……えぇ? あー……」


確かにもうちょっと頑張れる気がするが、いかんせん身体が言うことを聞かない。これは俺一人の力では無理だ。


「……花沢、ちょっと背中押してくれないか?」

「え!? いいの?」

「……やってくれ」


正直「仕切り直して二回目以降の挑戦」をする気は起きない。こういうのは一度始めたら、勢いで一気にやらないといけない気がする。


花沢が俺の後ろに立つと、背中に手を付けた。


「固い……」


花沢がボソリと呟く。

俺の背中を押すことで身体の固さを改めて感じたらしい。


「じゃあ、押すよ?」

「おう」


背中に圧力がかかる。こちらの反発を許さない強い力だ。

花沢の助けもあって、俺の伸ばしていた手は数センチ芝生を移動した。

しかし、他人の手を借りてもここが限界みたいだ。腰、股関節、うちもも、他下半身のいたるところがギシギシと悲鳴を上げている。


「うぐぐ……花、沢、そろそろ……」

「……」

「は、花沢……?」


かすれ声で白旗を上げたのだが、花沢の押す力は弱まらない。


「は、はな……」

「……」

「はなざわ……」

「……え? 何?」

「もう……無理だ……」

「……!? ゴメン!」


背中の重圧が無くなった。その途端に芝生に倒れ込む。


「だ、大丈夫!?」

「……大丈夫ではない」


特に腰への負担が半端なかった。

横になりながら曲げられた腰を逆に反る。


「ゴメンね、ゴメン、ど、どうしよう、救急車!?」

「いや、そんなことしなくていいから……」

「で、でもさ……」


申し訳なさそうにする花沢。

確かに花沢は少しやりすぎたが、そもそも頼んだのは俺だし、別に救急車を呼ばなくてはいけない程の重傷じゃない。ちょっと休めば大丈夫だろう。


しかし、青い顔でアワアワとしている花沢をみるに、何かさせてやらないと逆に辛そうだ。


「……花沢、お願いがあるんだが」

「うん、何でも言って!」

「ちょっと腰を擦ってくれ」


俺はうつぶせになって腰を上に向けた。


「……わ、わかった!」


花沢は少し逡巡したようだが、意を決したように俺の腰に手をやった。

おっかなびっくりといった感じで腰をさする。


「……どう?」

「いい感じだ」

「そう? よかった……」


だんだんと花沢の腰を擦る動きが大きくて強くなってくる。それと同時に腰も温かくなってきて気持ち良くなってきた。


「……これは……気持ちいい」

「実はあたし、結構後輩の腰のマッサージとかやってるんだ」


なるほど、そうだったのか。そのマッサージとやらもやってもらいたいが、さすがにそこまで頼むわけにはいかない。


「……やってあげようか」


俺の思いが伝わったのか、まさか花沢の方から提案してきた。


「やってくれるのか? じゃあ頼む」

「え? う、うん」


腰のマッサージを同級生の女の子にしてもらえるなんて、なかなか体験できない。こういう女子と直接的なふれあい出来ることが、この世界に来てよかったことだ。


「……」

「……」

「……?」


しばらく待っていたが、一向に背中がマッサージされない。

どうしたのだろうと思って見てみると、やはり逡巡している花沢がいた。


「……どうした?」

「あ、いや……普段、馬乗りになってやってるんだけどさ……それは玉城君的に大丈夫だったり……する?」

「大丈夫というか、腰のマッサージって馬乗りじゃないと出来ないんじゃないのか?」


むしろ、腰にまたがられることを想定して盛り上がっていたのだ。口に出しはしないが、やってもらわなければ困る。


「じゃ、じゃあ……失礼します……」


うつぶせの俺のひざ裏に、確かな重みがきた。

そして、腰にグイグイと指圧感がくる。先ほどの擦る動作とは違う、確かな圧迫。少し苦しいが、それを上回る心地良さがあった。何よりも女子に腰をマッサージされている、という事実が俺の気持ちを高ぶらせている。


「花沢……」

「うん!? どこも触ってないよ!?」


花沢が焦ったような声を上げた。


「……? いや、すごくいい感じだぞ?」


こうしてマッサージされているのに触ってないはずがない。何をテンパっているのか知らないが、俺は気持ちいいのでもっと続けてほしいくらいだ。


「そ、そっか、いい感じなんだね……?」

「ああ……なんだか悪いな」


「罪滅ぼし」という形を作らせるためにあえて花沢にお願いしたのだが、なんだか俺の方がいい気分になってきてしまった。


「いいの、お互い様だから!」

「お互い様……?」

「な、何でもない!」


花沢が何かを誤魔化すかのように強く指圧する。

何だかよくわからんが、気持ちいいし、別にいいか。

俺はまるで王様になったかのような気分で、花沢のマッサージを満喫した。




「花沢、もうそのくらいで大丈夫だ」


花沢のマッサージを受ける事数分、ちょっとまどろみかけていた俺は、ようやくここに来た本来の目的を思い出した。


ここには花沢のマッサージを受けるために来たのではない。花沢の自主練を伝授されに来たのだ。


「あたしはまだ全然できるよ?」

「そうか、それなら……じゃなくて、自主練だ、メニューを教えてくれ」

「あ、そうだった、ごめん、忘れてた」


どうやら花沢も目的を忘れて俺のマッサージに夢中になっていたようだ。


「俺もすっかり忘れてた……それで、もう準備運動はいいんだよな?」

「うん、じゃあまずは腕立てと腹筋とスクワットと背筋からね」

「やっぱりそういうので鍛えるんだな」

「普通でしょ?」


花沢は少し自嘲気味に笑いながら腕立ての姿勢をとった。


「じゃあまず20回ね」

「……20回?」

「うん、1、2、3……」


一瞬冗談を言われたかと思ったが、花沢が当たり前のように始めたので、急いでそれに倣う。

しかし、腕立て伏せ20回とはずいぶん少ない気がする。よくテレビとか漫画とかでは100回とか200回とかやっているのに。こんな少ない数の筋トレで本当に筋肉がつくのかと疑問に思ったが、今はとりあえず花沢を信じてやるしかない。


「20、と……」


花沢と同じ回数、同じで早さで腕立てを終わらせた。


「次は何をやるんだ?」

「あ、余裕だね」


ぶっちゃけそんなに余裕ではないが、さすがに腕立て20回でヘロヘロになるほど体力がないわけでもない。


「次は腹筋」

「何回だ?」

「20回」


これも20回。筋肉というものは、俺が思うよりも簡単につけられるようだ。


それから、スクワットと背筋も20回で済ませた。


「こんなものか……次は何をやるんだ?」

「ちょっと休憩してから、腕立て伏せ」

「え?」


さも当然のように花沢が言った。


「腕立て伏せ? さっきやっただろ?」

「3セットやるから」

「3セット……?」

「うん、各種筋トレは20回3セット、1セット終わったからあと2セットずつやらないと」


どうやら20回を3回繰り返すらしい。つまり合計でそれぞれの筋トレを60回やるようだ。


「なんでそんなまどろっこしいことを……」


わざわざそんな回数をわけなくても、始めから60回を通しでやれば済むだろうに。それとも回数を分けた方が効果的なのだろうか


「あたしもよく知らないけど、まとめて何十回もやるよりも、20回くらいで分けた方が効率よく筋肉がつけられるんだって……インターバルトレーニング? って言うらしいよ」

「そうなのか」


どうやら本当に回数を分けた方が筋肉をつけられるらしい……インターバルトレーニング、そんなものがあったとは。

やはり花沢に直接教えを乞いてよかった。こういうのは自分では絶対気付けない。


「というわけで、腕立て伏せね」

「わかった」




20回を3セット、合計60回の4種類の筋トレを済ませた俺は、疲れから芝生にゴロンと寝転がった。


「はあはあ……しんどいな」


1セットごとに1分程度のインターバルをおいたが、それでもヘロヘロになってしまった。

花沢の方は額に汗こそかいているが、立ったまま持ってきていたドリンクを飲んで、まだまだ余裕がありそうだ。


「なんかゴメンね、ただの筋トレで」

「いや、そんなことない、勉強になった、やっぱり花沢に教えてもらってよかったよ」

「そう?」

「ああ、俺一人で筋トレしてたら、そのインターバルトレーニングとかいうのには気づけなかった」

「よかった……あ、身体大丈夫? 次はランニングだけど、この辺にしとく?」

「さすがにそこまでじゃない……」


休むにしてももう充分だ。息も整った。

俺はバシリと膝を叩くと立ち上がる。


「ランニングってことは、ランニングコースで走るわけだな?」

「うん、スタート地点に行くからついて来て」


花沢に連れられて、ランニングコースのスタート地点まで歩く。


「来る時から思ってたけど、この公園は施設がいろいろあるんだな」

「この辺でイベントとか大会とかがある時は大抵ここでやるかな……」

「ソフトの試合とかも?」

「ここからだと見えないけど、野球場があって、そこでソフトの試合もやるよ」


花沢と世間話をしながらしばらく歩くと、赤色に塗装された道路と、『1km地点』と書かれた看板が立っている、開けた場所に着いた。


「ここがスタート地点ね」

「1kmコースってことか?」

「そう、このランニングコース1周でね」


ジョギングならば時々している。さきほどの筋トレのような情けない姿は見せないだろう。

花沢は腕時計をいじり始めた。


「何してるんだ?」

「時間を計るの、あたしは自分のペースで走るから、玉城君も自分のペースで走りな」


なるほど、ダラダラと走るだけなら何周でも出来るものな。

しかし、せっかく花沢のもとで自主練の方法を学んでいるのだ、花沢のペースというのも体験してみたい。


「なあ、試しに花沢と並走していいか?」

「いいけど……結構真面目に走るから、疲れるかもよ?」


それはわかっている。俺だって現役運動部の花沢と体力で勝てるとは思ってない。だが、俺もモヤシじゃないんだ、1周くらいなら並走できるだろう。


「ちなみにこのコースは何周するんだ?」

「いつも3周してるよ」

「3周? それでいいのか?」

「うん」


俺の疑問に花沢はごく自然に頷いた。

本当に3周程度で終わらせてしまうのか。1kmコースを3周ということは3kmしか走っていない。俺が時々するジョギングだってもうちょっと走る。

不思議がっている俺をよそに、花沢がスタート地点に立った。


「じゃあ、行くよ?」

「ああ……」

「スタート」


花沢がピッと腕時計のスイッチを押す。


俺が軽めに走り出そうとしたその瞬間、花沢がすごい速度で走りだした。


「え?」


どういうことだと言いたかったが、とにかくそんな疑問を投げかけている余裕がないほどのスピードで花沢が駆けていく。

俺はいぶかしみながらも全力で走り、なんとか花沢と肩を並べた。


「はあ、はあ……」


走り込み開始10秒足らずで、すでに呼吸が乱れる。

明らかに花沢のペースは速すぎる。少なくとも3kmを完走できる速度ではない。それこそ短距離走とかで記録を狙う時のペースだ。


ソフト部のエースともなると、化物みたいな体力も余裕で持っているということだろうか。

しかし、花沢の横顔を見ると、俺と同じくらい呼吸が乱れていた。どうやら花沢にとってもこの速度はつらいらしい。


花沢がこの速度で走っている意図がわからず、ますます混乱していると、今度は急に花沢が速度を落とした。


「……は、花沢……」

「なに?」


花沢が速度を落としたおかげで、ようやく花沢に話しかける余裕が生まれた。


「これ……何だ?」

「これって?」

「いきなり全速力で走りだしたり……ゆっくりになったり……」

「ああ、これ瞬発力を鍛える走り込みなんだ、200mごとにダッシュとジョギングを繰り返すの」

「そ、そうか……」


そんな風に説明してくれればわかる。

さっきの筋トレもそうだったが、どうやら筋肉を鍛えるためには「緩急」をつけると良いようだ。


しかし、それなら事前に説明してくれればよかったのだが……いや、詳しく聞かなかった俺もいけないけど。


「俺はてっきり……あの速度で3周するつもりなのかと思ったぞ」

「はは、さすがにそれは無理だって」


花沢は朗らかに笑う。まったく、そうならなくて本当によかった。


「あ、そろそろだよ」

「え? おう……」


『400m』の看板を通過すると同時に花沢がまたも速度を一気に上げる。

1周は並走する、と心に決めた以上、俺は花沢に合わせてダッシュをした。




『600m』の看板を通過すると、俺も花沢も速度を落とす。


「はあ、はあ、はあ……」

「大丈夫?」


俺は返事の代わりに手をヒラヒラさせた。

速度が落ちるジョギングが挟まるとはいえ、それでもこの走り込みは結構辛い。


というか、熱い。


俺はジャージの上を脱いだ。

何で俺は長袖のジャージを着てきてしまったのだろう。今日は涼しくもないし、運動して熱くなることはわかっていたのに。ダッシュによって発汗し、蒸れてしまった上半身を風に当てる。


「た、玉城君……その、大胆だね……」

「え?」


花沢がこちらをチラチラ見ながら目を泳がせている。

どうやら俺がジャージの上を脱いだことを大胆だと言っているらしい。

この貞操観念が逆転した世界だと、男のこんな所作も大胆に分類されてしまうのか。まあでも熱いし、今さらもう一度ジャージを着ようとは思わない。


「いや、熱いだろ、花沢も脱いだらどうだ?」


花沢も長袖のジョージを着ている。見てるこっちが熱くなってきそうだ。


「……あ、うん、そうだね」


花沢もジャージを脱いだ。


その姿を俺は思わず注視してしまった。


花沢はジャージの下に白のシャツを着ていたのだが、思いっきりインナーが透けてしまっているのだ。

インナーは形状からピンク色のブラジャーのような……スポーツブラというやつなのだろうか。とにかく、シャツが張り付いて、それが強調されている。


以前にも花沢の下着は見たことあるが、その時と同じ衝撃……いや、あれ以上かもしれない。あの時はテンパっていてちゃんと見れなかったが、こうしてよく観察してみると、結構立派なものを持っている……


ふと、花沢と目が合ってしまった。

すぐに目を逸らす。どうやら花沢もこちらを見ていたらしい。


「……そ、そろそろダッシュだよ」


気が付けば『800m』の看板が目の前まできていた。


「そ、そうか……先に行ってくれ、俺はちょっと疲れた」

「わ、わかった!」


花沢がダッシュをした。気のせいか、今日一番の速度を出している気がする。


健全なスポーツ女子になんて邪な目を向けてしまったんだ……

俺は後悔の念にさいなまれながらも、走りゆく花沢の背中に映るピンクの透けブラから目を離すことができなかった。


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