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ナンパ(玉城)

たまには一人で遊ぶのもいい。

繁華街を適当に歩いて、欲しいものがあったら買う。散歩と変わらないが、家にいてもゴロゴロするだけだし、有意義な休日の潰し方だろう。


さて、昼過ぎくらいから街に繰り出し、だいぶ歩き回って日もかげってきた。

これから帰るか、それとももう少し散歩を続けるかを、足を止めて考えていたところ、


「あ、ちょっとごめんね」


ふいに声がかけられたので振り返った。

そこにいたのは見知らぬ若い女性。雰囲気から察するに少し年上、恐らくは女子大生だろう。

その女子大生は手にスマホを持っていた。


「ねえ、あのさ、今カラオケ店探してるんだけど、君この辺り詳しい?」

「まあ一応……地元です」

「そうなの? よかった、私この辺よく知らなくてさ」


ニコニコと笑顔の女子大生はこちらにスマホの画面を見せながら俺の隣まで来た。


「今この辺じゃん?」

「そうですね」


スマホの画面にはこの辺りを表した地図が表示され、そこに光る赤い点を女子大生は指差した。


「カラオケ屋ってどの辺にあるの?」

「えーと……」


俺は見せられたスマホの画面をいじる。

この辺りにあるカラオケ店だと、やはり大通りにある『歌会場』だろうか。あそこは地元の友達とよく行くごく普通のチェーン店だ。


「そうですね、画面だとこうだから……ああ、つまりこの道を行きまして……」

「ふんふん」


俺はスマホの画面と目の前にある道路を交互に指差しながら説明する。

人に道を教えるというのは意外と難しい。なるべくわかりやすい道や目立つ建物などを教える必要がある。


「……それで、交差点のガソリンスタンドを左手に見ながら左に曲がると、目の前に看板が見えてくると思います」

「ガソリンスタンドで、はいはい」


これで一通り説明し終えた。上手く伝えられたのか少々不安だが、スマホのマップも見ながらなら何とかなるだろう。


「でさ、せっかく教えてもらっといてアレなんだけどさ、そこの店って『ジューク』置いてる?」

「『ジューク』……? ああ、機種ですか」

「そうそう、あれメッチャ曲はいってるじゃん? できればあれ使いたいんだよね」


機種か。そんなの特に気にしたことなかった。カラオケを行くにしても、友達づきあいで行く程度で頻繁に行くわけでもないのだ。


「うーん……多分、あるんじゃないですかね、チェーン店だし」

「わからない? そこで歌ったりとかしないの?」

「歌うことはありますけど、友達と一緒に行く程度ですから」

「あ、そうなんだ、じゃあ今日も友達と一緒に遊んでたりしたんだ?」

「いえ、今日は一人です」


最近いろんな奴と遊んでばかりだったし。それはそれで楽しかったが、たまにはこういう、一人で遊びたいときもある。


「そっか一人なんだ、実は私も一人なんだ」

「そうなんですか」


一人でカラオケ店に行こうとしているのか……?

でも前ニュースでやっていたが、そういう利用方法も増えているらしい。確かヒトカラといったか。カラオケ店に一人で入店なんて、それはそれで勇気があることだと思う。俺にはマネできない。


「でもね、やっぱり一人は寂しいわけ」

「一人で行くのが目的じゃないんですか?」

「違う違う、友達誘ったんだけどみんな断られたの」


女子大生は、ありえないよねえ、という顔をしながらオーバーリアクションで肩をすくめた。

中々悲しい事を言っているのだが、女子大生の大袈裟な動きに思わず吹き出してしまった。


「ちょっと笑わないでよ、これガチなんだから」

「すみません」


女子大生はそう言いつつも、さっきのは完全に受けを狙いにいっていたし今も半笑いだ。

謝ってる俺もつられて笑ってしまっている。


「いや、本当に君ヒマなら一緒にカラオケきてくれない? 歌おうよ」

「え、俺ですか?」


急なお誘いだ。これから帰ろうと思っていたのだが……しかし、帰って何をするかといえば、夕食まで適当にしているだけだし、遊べる時間がないわけではない。それなら遊んでもいいかもしれないが。

しかし、ここまで考えてふと疑問に思った。


なぜこの女子大生は、今日、初対面の俺をカラオケに誘うのだろう? 


いくら一人がさみしいからって、道を尋ねた相手を簡単に誘うものじゃない。

そこまできて、ピンときた。


「……ナンパ?」


俺の言葉で先ほどまでニコニコしていた女子大生の顔が軽くひきつった。

どうやら図星らしい。


今にして思えば話しかけられた時からだいぶおかしかった。

スマホを持っていながら周辺にカラオケ店があるかどうかわからない、という状況があり得るだろうか? 可能性は0ではないが、この女子大生はマップを見るなど、スマホを結構使いこなしていた。ならばネットにつないで検索すれば割と簡単にわかることじゃないのか。

途中道案内とは関係ない話で盛り上がったのも、こちらが一人なのを確認するためじゃないのか?


「いや、まあナンパって言うかね、うん……」


女子大生は頭をかきながら、


「……まあ、ナンパなんだけど」


少し言いづらそうに認めた。


基本的にこの世界で『ナンパ』といえば、女性が男性にやるものだ。この世界のドラマ、漫画、アニメにおいて「強引なナンパ女から男を救う女性」というシチュエーションはかなりの頻度で目にする。


そしてまさか俺自身が『ナンパ』されるとは思わなかった。


これがナンパか……前の世界では逆ナンという形になるが、女性から声をかけられる、というのは憧れのシュチエーションでもあった。

しかし実際にされてみると、少しビビるな。初対面の相手といきなり遊ぶなんて結構遊び慣れてるやつしかできないだろう。

だが、声をかけられたということは俺も結構軽い感じにみられた、ということか? 自分で言うのもなんだが強面で話しかけづらい方だと思うんだが。


「……えーと、どう?」

「……」


試しにこのままついて行ってみようか。

多分、この女性が俺を力づくでどうこうはできないだろうし、実際にナンパというもので遊んでみるのも悪くないかもしれない。


「あ、わかった、今日はちょっと都合悪いかもしれないからさ、またいつか予定があったらとかにしない?」

「え?」


行くかどうか迷っていて沈黙していたのだが、どうやら女子大生は「断るに断れないから黙っている」と受け取ったらしい。


「だからさ、そうだな……ラインとかやってる? それで遊びたくなったら連絡取り合うってのはどう?」


女子大生はラインの連絡先の交換を妥協点としたようだ。

話を乗せるのも上手いし、引く判断も早い。もしかしたら結構ナンパに手馴れてる人なのかもしれない。


「いいですよ……」


俺がスマホを取り出して、ラインのIDを教えようとした、その時、


「待つんだ」

「え?」


キャリアウーマン風の女性が俺と女子大生の間に割って入った。


……え、誰?


「……あんた誰?」

「私は……たまたまこの場を通りかかったものです」

「はあ?」


女子大生がこちらを見る。しかし、俺もこんな女性知らないので首を横に振るしかない。


「君は彼がナンパされて困っているとは思わないんですか?」

「……いや、アンタ関係ないんでしょ? 引っ込んでてくれない?」


女子大生が顔をしかめる。


「そういうわけにはいきませんね」

「……マジでなんだアンタ? 別に君の知り合いじゃないんでしょ?」


女子大生がこちらを見る。俺はこくんと頷こうとしたが……


「……」


よくよく見てみると、このキャリアウーマン、どこかで見たことがある気がする。思い出せないが、どこかで……


「君」

「はい?」

「君はもう行って」

「え?」

「ここは私に任せて」


任せるとはどういうことか。別にこのキャリアウーマンがナンパされているわけではないのだし、彼女をここに残して俺が去ることに何の意味もない気がするのだが。


「さあ、早く……」

「は、はあ……」


しかし、キャリアウーマンは俺の肩を押して強引に、もう行け、としてくる。


「ちょっとマジでおばさん何やってんの? キレそうなんだけど」

「勝手にキレればいいでしょう、だけど君のやっていることは許される事じゃない」

「マジで意味わかんねえ」


女子大生もかなりイライラしているようで、俺と話していた時の人のよさそうな笑顔はもはや見る影もなく、キャリアウーマンを殺さんとばかりに睨みつけている。


そんな恐ろしい形相の女子大生を見ると、急に一緒に遊ぶ気が失せた。思えば知らない人について行ってはいけないと小学生の頃に教わったではないか。ここはキャリアウーマンの言うとおり、大人しく退散した方がよさそうだ。


俺は二人から背を向けると、家路についた。


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